求刑
155
物語は続く。
終わらせることなんて、誰にもできない。
156
枠綿水仙は通常運転だった。
何かに気を遣うこともなく、誰かを慮ることもなく。
例え目の前に白塔梢がいたとしても、靴谷氷花がいたとしても、自身が造った人造人間がいたとしても。
「水仙ちゃん、こいつが白塔梢、あたしの妹だ」
「うふふ、そんなに怯えないでちょうだい、氷花ちゃん。その子が白塔梢だということは見ればわかるわよ。それで、私は何をすればいいのかしら?」
「え?」
意地悪な笑みだった。
靴谷氷花にしても、アイにしても、彼女が白塔呑荊棘の命を弄んだことはわかっている。
直接的に、白塔呑荊棘の死に関わっていないにしろ、その事実は変わらないのだ。
だからこそ、二人は白塔梢の反応を無視できない。
二人の後ろで息を呑むように黙ったままの彼女が、どう思っているのか。
「私は、貴方たちが納得できるように誠心誠意話すつもりよ。ここにきて事実を隠すつもりはないし、自分がよく見えるように過去を捻じ曲げて話すこともしないわ。それを踏まえてもらった上で、私は貴方たちに何を話して聞かせたらいいのかしら」
威圧するつもりなんて、微塵もないのだろう。
ただ純粋な疑問を投げかけてきたに過ぎない。
しかし、枠綿水仙が投げかけてきたそれは、靴谷氷花にとって異常でしかないものだった。
わかったつもりでいた。
わかりあうことは難しいけれど、それでも精一杯歩み寄ったつもりでいた。
向こうも心を開いてくれていると思っていた。
手放しで信頼し合えることはないにしても、協力関係は築けているものだと思っていた。
全てが茶番のようだった。
彼女の口から溢れる言葉の全てが、欺瞞に聞こえた。
自分の信用を踏み躙られていくような感覚だった。
とっくに踏み外した存在を、彼女は昔から知っていたはずなのに。
「初めまして、白塔梢です。ひょうか姉の妹です。そして、白塔呑荊棘の姉です。枠綿無禅を殺すために、私はここにいます」
芯の通った、強い口調だった。
家族を亡くし、復讐に駆られ、目の前で育ての母を亡くしたばかりの彼女が、毅然とした態度で、しっかりと枠綿水仙を見据えて、そう言ったのだ。
「うふふ、初めまして。枠綿水仙といいます。貴方たちの目的は、氷花ちゃんから聞いているわ。微力ながら協力させてもらっているけれど、梢さんの目的は無禅の殺害ということで変わりないのかしら?」
「はい、私はあの男を殺すために今まで生きてきました。ひょうか姉たちを巻き込んで、姫ちゃんを死なせてしまった私には、何かを選ぶ権利なんてないのかもしれないけれど、それでも私はあの男を許せない」
白塔梢の目は、憎しみや怒りで染まっている。
もう引き返すことなどできないほどに、彼女の心は壊されてしまったのだろうか。
「梢、これ以上は本当に殺されるぞ。姫ちゃんが死んで、舞白まで危ないって状況で、あんなに取り乱してたくせに、これ以上踏み込んでどうするつもりだよ」
「わかってるんだよ••••••。私には何の力もないし、ここにいても足手まといなことくらい。でもね、駄目なんだよ。ひょうか姉、もう無理なんだよ。どれだけ逃げても、どれだけ目を背けても、私は復讐から抜け出せない」
白塔梢の声は、静かに響く。
「うふふ、復讐。いいじゃないの、思う存分殺し合いなさい。誰かを殺されたのなら、その倍殺したらいいわ。どうせ満足することなんてないわ、とことん皆殺しにするのも一つの手かもしれないわよ」
「おいっ!! 余計なこと言うな、水仙ちゃんと梢は生きてきた世界が違うんだよ。なあ、梢がそうならないように、あたしら家族がまだいるから。だから一人で何もかも抱えてしまおうとすんな。分けろ、任せろ、頼れ」
「氷花ちゃん、そういうことじゃないのよ。梢さん、貴方の復讐は破綻するわ。枠綿無禅を殺せたとしても、貴方の憎しみが薄れることはないわ、断言する」
靴谷氷花の言うことも、枠綿水仙が言うことも、彼女には痛いほど伝わっている。
「梢、お前の復讐だ、その善悪について説教するつもりはねえ。でも、お前には本当にもう何も無いか? 傷だらけで闘ってる舞白は、お前の何だ? ここにいるアイは、お前にとって何だ?」
「なるほどね、うふふ。氷花ちゃん、少しいいかしら。内緒の話をしましょう」
熱が入っていく靴谷氷花を、茶化すように枠綿水仙は提案する。
そしてそのまま、返事を聞くこともなく靴谷氷花の腕を取り、部屋の外へと出ていった。
「梢、私は協力すると言った。戦う力がなくとも、命に変えても守ると言った。造られた命でしか無い私が、誰かのために命を賭けることができる、それはこれ以上ないほどに嬉しいことだ。でも、今の梢は、命を投げ捨てようとしていないか? おそらくあの人もそこに気付いたんだと思う。だから氷花さんだけを連れて出ていったんだと思う。ねえ、梢。もう一度聞かせてくれないか。梢は今どうしたい?」
黙っていたアイは、枠綿水仙の退出と同時に捲し立てるように、白塔梢に詰め寄った。
その瞳に、悲しみを宿しているかのような、寂しげな表情で。
「アイちゃん、大丈夫だよ。ちゃんと覚えてる、ちゃんとわかってるんだよ」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
アイもまた、それ以上何かを言うことはなかった。
嫌な静けさが、部屋を覆い尽くす。
何かがわかった時、それを知らなかったことを忘れる。
誰かを思うとき、自分がどう思われてるかを忘れる。
忘れることで、人は前に進むのだろう。
では、忘れることのできない傷を背負った彼女は、一体どこに向かうのだろうか。
彼女は前に進めているのだろうか。
前に進めていないことを、彼女が嫌悪し悩み続けていたのだとしたら、彼女はどんな答えを導き出すのだろうか。
その答えが、誇りある前進であるとは限らないのだけれど。
静かな部屋に、再び音が帰ってくる。
ゆっくりとその扉は開かれる。




