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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
62/71

求刑

155

 物語は続く。

 終わらせることなんて、誰にもできない。



156

 枠綿水仙は通常運転だった。

 何かに気を遣うこともなく、誰かを慮ることもなく。

 例え目の前に白塔梢がいたとしても、靴谷氷花がいたとしても、自身が造った人造人間がいたとしても。

 


「水仙ちゃん、こいつが白塔梢、あたしの妹だ」

「うふふ、そんなに怯えないでちょうだい、氷花ちゃん。その子が白塔梢だということは見ればわかるわよ。それで、私は何をすればいいのかしら?」

「え?」



 意地悪な笑みだった。

 靴谷氷花にしても、アイにしても、彼女が白塔呑荊棘の命を弄んだことはわかっている。

 直接的に、白塔呑荊棘の死に関わっていないにしろ、その事実は変わらないのだ。

 だからこそ、二人は白塔梢の反応を無視できない。

 二人の後ろで息を呑むように黙ったままの彼女が、どう思っているのか。

 


「私は、貴方たちが納得できるように誠心誠意話すつもりよ。ここにきて事実を隠すつもりはないし、自分がよく見えるように過去を捻じ曲げて話すこともしないわ。それを踏まえてもらった上で、私は貴方たちに何を話して聞かせたらいいのかしら」



 威圧するつもりなんて、微塵もないのだろう。

 ただ純粋な疑問を投げかけてきたに過ぎない。

 しかし、枠綿水仙が投げかけてきたそれは、靴谷氷花にとって異常でしかないものだった。

 


 わかったつもりでいた。

 わかりあうことは難しいけれど、それでも精一杯歩み寄ったつもりでいた。

 向こうも心を開いてくれていると思っていた。

 手放しで信頼し合えることはないにしても、協力関係は築けているものだと思っていた。

 


 全てが茶番のようだった。

 彼女の口から溢れる言葉の全てが、欺瞞に聞こえた。

 自分の信用を踏み躙られていくような感覚だった。

 とっくに踏み外した存在を、彼女は昔から知っていたはずなのに。

 


「初めまして、白塔梢です。ひょうか姉の妹です。そして、白塔呑荊棘の姉です。枠綿無禅を殺すために、私はここにいます」



 芯の通った、強い口調だった。

 家族を亡くし、復讐に駆られ、目の前で育ての母を亡くしたばかりの彼女が、毅然とした態度で、しっかりと枠綿水仙を見据えて、そう言ったのだ。



「うふふ、初めまして。枠綿水仙といいます。貴方たちの目的は、氷花ちゃんから聞いているわ。微力ながら協力させてもらっているけれど、梢さんの目的は無禅の殺害ということで変わりないのかしら?」

「はい、私はあの男を殺すために今まで生きてきました。ひょうか姉たちを巻き込んで、姫ちゃんを死なせてしまった私には、何かを選ぶ権利なんてないのかもしれないけれど、それでも私はあの男を許せない」



 白塔梢の目は、憎しみや怒りで染まっている。

 もう引き返すことなどできないほどに、彼女の心は壊されてしまったのだろうか。



「梢、これ以上は本当に殺されるぞ。姫ちゃんが死んで、舞白まで危ないって状況で、あんなに取り乱してたくせに、これ以上踏み込んでどうするつもりだよ」

「わかってるんだよ••••••。私には何の力もないし、ここにいても足手まといなことくらい。でもね、駄目なんだよ。ひょうか姉、もう無理なんだよ。どれだけ逃げても、どれだけ目を背けても、私は復讐から抜け出せない」



 白塔梢の声は、静かに響く。



「うふふ、復讐。いいじゃないの、思う存分殺し合いなさい。誰かを殺されたのなら、その倍殺したらいいわ。どうせ満足することなんてないわ、とことん皆殺しにするのも一つの手かもしれないわよ」

「おいっ!! 余計なこと言うな、水仙ちゃんと梢は生きてきた世界が違うんだよ。なあ、梢がそうならないように、あたしら家族がまだいるから。だから一人で何もかも抱えてしまおうとすんな。分けろ、任せろ、頼れ」

「氷花ちゃん、そういうことじゃないのよ。梢さん、貴方の復讐は破綻するわ。枠綿無禅を殺せたとしても、貴方の憎しみが薄れることはないわ、断言する」



 靴谷氷花の言うことも、枠綿水仙が言うことも、彼女には痛いほど伝わっている。



「梢、お前の復讐だ、その善悪について説教するつもりはねえ。でも、お前には本当にもう何も無いか? 傷だらけで闘ってる舞白は、お前の何だ? ここにいるアイは、お前にとって何だ?」

「なるほどね、うふふ。氷花ちゃん、少しいいかしら。内緒の話をしましょう」



 熱が入っていく靴谷氷花を、茶化すように枠綿水仙は提案する。

 そしてそのまま、返事を聞くこともなく靴谷氷花の腕を取り、部屋の外へと出ていった。



「梢、私は協力すると言った。戦う力がなくとも、命に変えても守ると言った。造られた命でしか無い私が、誰かのために命を賭けることができる、それはこれ以上ないほどに嬉しいことだ。でも、今の梢は、命を投げ捨てようとしていないか? おそらくあの人もそこに気付いたんだと思う。だから氷花さんだけを連れて出ていったんだと思う。ねえ、梢。もう一度聞かせてくれないか。梢は今どうしたい?」



 黙っていたアイは、枠綿水仙の退出と同時に捲し立てるように、白塔梢に詰め寄った。

 その瞳に、悲しみを宿しているかのような、寂しげな表情で。

 


「アイちゃん、大丈夫だよ。ちゃんと覚えてる、ちゃんとわかってるんだよ」



 それ以上、彼女は何も言わなかった。

 アイもまた、それ以上何かを言うことはなかった。



 嫌な静けさが、部屋を覆い尽くす。

 


 何かがわかった時、それを知らなかったことを忘れる。

 誰かを思うとき、自分がどう思われてるかを忘れる。

 忘れることで、人は前に進むのだろう。

 では、忘れることのできない傷を背負った彼女は、一体どこに向かうのだろうか。

 彼女は前に進めているのだろうか。

 前に進めていないことを、彼女が嫌悪し悩み続けていたのだとしたら、彼女はどんな答えを導き出すのだろうか。

 その答えが、誇りある前進であるとは限らないのだけれど。



 静かな部屋に、再び音が帰ってくる。

 ゆっくりとその扉は開かれる。

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