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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
60/71

無題(血)

151

「きっと、君はいい人なんだね。優しくて綺麗な心を持っている」

「だったら、今すぐ貴方を殺してもいいかしら?」



152

 嫌なことは忘れてしまえばいい。

 面倒なことは後回しにして、それも忘れたらいい。

 ずっと、そんなふうに生きてきたつもりなんだけどなぁ。

 シロと会って、シロを拾って、シロと生きて、どこに向かってんだろうかねぇ。



「いい加減、陽動役ってのも切り上げていいだろ。これだけ暴れ回ってりゃ、多少は目立てたはずだろうし、文句は言われることはねぇよな」



 振り返った場所に転がるそれらを見ても、俺の心は痛まない。

 俺はそういうふうにできているし、殺人鬼ってのはそういうもんだろ。

 

 あっちは上手くいってんのかねぇ。

 シロのことも気掛かりではあるけれど、暴力刑事のお姉さんの方が心配だな。

 いつもの覇気みたいなのが、根こそぎ無くなってたし、かなり消耗してたしなぁ。

 枠綿水仙、つったっけ。

 どっかで会ったことある気がすんだよなぁ。

 仕事か伝手か、それともあの街で。

 いや、それはねぇな。

 俺があのクラスのプレイヤーを、認識して忘れるなんてのはあり得ない。

 はぁ、面倒臭い。



「こういう考える仕事は、シロやお姉さんの役割だろうが。たかが殺人鬼でしかない俺が頭捻ったところで、いいことなんかねぇよ」



 思考すること自体は嫌いじゃない。

 昔から、「わからないこと」は面白いと感じていたし。

 ただ、考えても仕方がないことを考え続けるのは嫌いだった。

 


 どうして俺は殺人鬼なのだろうか、とか。

 どうして俺は流塵街なんかで生きなければいけないのだろう、とか。


 

 そんな確定してしまっていることを、悩むフリをするのがこの上なく嫌いだった。

 


 もう名前なんか思い出せないけれど、いつかどっかの善良な殺し屋が俺に言った言葉。



「少年は憧れている」



 何にだよって思わなくもないが、シロと会って少なくない時間を共に過ごしてきた今なら、ほんの少しだけ納得できてしまう。

 異端で異質で異常でありながら、殺人鬼になれないシロ。

 確定してるはずの存在が、揺らいで曖昧になる。

 自分にもあったかもしれない可能性とでも言うのかねぇ。



 俺はどこまでいっても殺人鬼だし、普通にはなれない。

 


「うふふ、君みたいな殺人鬼でも年相応に悩んだりするのね。お姉さんが聞いてあげようかしら」



 こいつは油断できねぇな。

 さっきの地下で話した時もそうだったが、ずっと殺気をぶつけてきやがる。

 正義のおっさんにも気付かせない程度の、僅かな殺意を、絶え間なく俺に向けてきてやがった。



「水仙つったよな、お姉さん。あんたの目的っつーか行動原理っつーのかな、まるでわかんねぇ。俺と殺し合いたくて、わざわざここまで追いかけて来てくれたってことか?」

「まさか、違うわよ。私は君に興味はあるけれど、氷花ちゃんに嫌われたくないのよ。だからここに来た理由は殺し合うためではなく、助け合うためよ。うふふふふふ」



 とか言いつつ、殺気漏れてんじゃん。

 ダダ漏れじゃん。



 氷花ちゃんには嫌われたくない、か。

 こいつが、お姉さんをそこまで気に入るってのがおかしいんだよなぁ。

 いつから一緒にいたのかは知らねえけど、多く見積もっても一時間程度だな。

 その時間で、お姉さんの何かがこいつを動かした?

 違う、それは違う。

 もっと前、俺たちがここに乗り込むよりも前だろうな。



 呑荊棘のお姉さんたちの件よりも前、福岡でなんたら教ってのとやり合った時くらいか。

 まあ、実際はそれよりも前か。

 俺には思い出しようのない時点から、こいつはお姉さんに目をつけていたってのが可能性としては精度が高そうだな。



「氷花ちゃんたちは、ちゃんと《会場》に向かっているはずよ。懸念があるとすれば、この場に彼岸様がいないことかしら。敷地内の警戒態勢からしても、無禅がここから離れているとは考えにくいし、絶対的に安全な場所でこちらを観ているのでしょうね。そうなると、彼岸様は自由に動けてしまう。だからこそ君のところにいると踏んだのだけれど、当てが外れたわ。うふふ」

「その割には愉しそうだな、お姉さん」

「ここにいない彼岸様が、どこにいるかは想像に難くないわ。彼は強いわよ、君も会っているのでしょう? 彼は、君や私でどうにか相手になるレヴェルのプレイヤーよ。こうなってしまったら全員で仲良く脱出は難しいかもしれないわ」

「それが嬉しいってのか? 悪趣味だな」

「うふふ、勘違いしないで。全員を助けると言うのは、氷花ちゃんとの約束なの。それを違えてしまうのは、私としても業腹ではあるのよ。でも、もしかしたら誰かの覚醒に立ち会えるかもしれないでしょ?」

「覚醒••••••、シロか」



 こいつの言うことに納得するのは、癪ではあるが、確かに可能性としては充分あり得る。

 もし、目の前で家族を殺されでもしたら••••••。

 


「お姉さん、俺たちも合流しよう」

「そうね、それがいいでしょうね。うふふ」



 不気味な立ち居振る舞いが気に入らないが、今の俺に出来ることはそう多くはない。

 だからこそ、選択をミスったらそこで終わりだろうな。

 シロが完全にこちらに来てしまうことは、絶対に止めねえとなぁ。



「一応、フェアに行きたいから教えてあげるけれど、ここで私たちが合流に動いてしまうと、無禅を捉えるのは難しくなるわよ。向こうの様子も、こちらの様子も抜け目なく観られているわ。あの男が逃げると言うのは考えにくいけれど、ここで距離を取られると、さらに犠牲が出る。間違いなく、ね」



 そりゃそうだ。

 俺らの世界でも、それは当たり前のことだ。

 殺すなら、徹底的に。

 俺やシロはなんとかなるにしても、梢のお姉さんや暴力刑事はそうじゃねぇ。

 自衛できるなんて言っても、本職からしたらどうにでもできる範疇だしな。

 


 はあ、本当に面倒なこった。

 ここが分水嶺だな、間違えられねえ。

 ま、とっくに答えは出てんだけど、選ぶにはあと一押し必要そうなんだよなぁ。



「殺し合いましょう、殺人鬼君。全てが終わったら、私と。誰にも知られないところで、誰にも知られず。うふふ、それをお互いの約束として、未来を掴みにいきましょう」



 くはは、正気かよ。

 こいつはこいつで、ぶっ飛んでたな。

 


「信じるとか、ぬるいことは言わねえ。死んでも果たせ。そしたら俺がきっちり殺してやる」

「うふ、うふふふふふふ」



 うぉ、こいつ殺気が漏れるとかそんな次元じゃねえ。

 ここまで来ると、俺らと変わりねえな。

 どう生きてきたら、殺人鬼でもねえ人間がこうなるんだか。

 いや、どう殺してきたら、か。



「俺はこのまま無禅とやらを探す。ある程度の特徴は正義のおっさんに聞いてるから、なんとかする。その代わり、あっちは任せる。シロが暴れてたら、油断するな」

「シロちゃん、ねぇ。あの子はそんなに強いのかしら」

「強くはねえよ。動きも技術もまだ未熟だし。でも、殺すことに関しては、俺以上だな。殺人鬼である俺が、本気で止めに行って漸く張り合えるってところだな、だから••••••頼む」

「いいわよ、私の命くらい幾つでも賭けてあげるわ」



 それが胡散臭いんだけどなぁ。

 でも、他に手がねえ。

 こいつが、無禅のとこに行くのは悪手だろうし。

 さっさと終わらせて、シロたちと合流する、それしかねえ。

 上手くことが運ぶとか、この後に及んで微塵も期待してねえけど、くはは。



「じゃ、また後でね。うふふ」



 結局何しに来たんだよ、あいつ。

 いや、分かりきってる。

 あいつは、俺を使いに来たんだろうな。

 駒として、刺客として。

 


 乗ってやる、お姉さんたちとの約束もあるし。

 誰かのために殺すってのは、気持ち悪いが、悪くねえ。

 


 さて、行きますかね。

 ここから先、殺せるものは皆殺す。

 手加減も手心も、一切なし。

 


 殺人鬼の独壇場ってやつだな、くははは。

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