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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
56/71

壊落

143

 愛で人は救われるが、人は愛で身を滅ぼす。



144

「舞白ちゃん、よかった。また会えたね」



 消え入るような、何かに縋るような声だった。

 白塔梢は、既に生命活動の全てを絶たれた殻柳優姫をその両手に抱えたまま、「シロ」を見てそう囁いた。

 その目は、彼女をどう映したのだろう。

 


「舞白ちゃん、姫ちゃん死んじゃった••••••」



 涙を流し、力無くそう呟いた彼女は、殻柳優姫の顔を優しく撫でる。

 数えきれないほどの傷を負って、何本ものナイフをその身で受け止め、家族を守ったその表情もまた、優しさが見て感じ取れるようだった。



 許せなかった。

 許せるはずもなかった。

 彼女にとって、それは受け入れられるものではなかった。

 「時野舞白」にとって、「シロ」にとって、家族を失うことは自らの命を失うことよりも怖いことだった。

 彼女たちの母を傷付けたのは誰だ。

 誰が、一体誰が彼女の母を殺したのか。



「梢姉、誰?」

「え?」



 命のやり取りに深く関わり続けた者と、そうでない者との差だった。

 彼女は殺人姫だ。

 世にも珍しい殺人鬼と共に生きる彼女は、人が死ぬということを理解している。

 許すとか受け入れるとか、そういう次元の話ではなく、彼女は理解している。

 そして、白塔梢はそうではない。

 身近な人間が死ぬことは経験していても、そしてそれをどうにか乗り越えていたとしても、白塔梢には人の死を理解することはできていない。



 だから、そこには少なからず差が生まれる。

 白塔梢は腕の中で動かなくなった殻柳優姫に思いを馳せている。

 しかし、彼女はその状況を生み出した元凶に殺意を向ける。



「ふん、下らん。どうせ死ぬのならさっさと死ねばよかったものを。何かを守る者というのは、いつも手間だけはかかる」



 四四咲彼岸の冷たい声が響いた。

 会場にいる者たちは、彼女らを好奇の目で見ている。

 しかし、「シロ」にとっては既にそれらはどうでもいいことだった。



「お前が、姫ちゃんを、私たちのお母さんを?」

「ああ、俺が殺した。その小汚い女には価値が無かったからな。せめて今ここでささやかな余興に使えただけでも良しとしといてやる。貴様らは商品でしかない、その領分を出て余計なことをするな」



(ああ、駄目だ。自分の理性が消えていく。感情を抑えられない。また梢姉を怖がらせてしまうのかな、それは嫌だな)



 静かに、その意識は深く深く飲み込まれていく。

 


「ひだまり園の生き残りの白塔梢、そして殺人鬼と同じ性質を持った貴様。殺すことはせん、だから安心していい。しかし歯向かって来るのならば、相応の覚悟はしておけ。俺は手加減が嫌いだからな」



 四四咲彼岸は構えない。

 会場を埋め尽くすほどの重い殺気をその身に浴びたとしても。

 それは自分の仕事ではないと言わんばかりに、彼女の存在を無視している。



「舞白ちゃん、駄目なんだよ。行かないで、お願いだから」



 白塔梢は、彼女の普通でない部分を一度見ている。

 どうしようもないほどに、言い逃れなどできないほどに踏み外れてしまった彼女を知っている。

 愛すべき妹が憎しみや怒りに染まり、我を忘れて人に襲い掛かるのを放置できる姉などいない。



「これ以上、誰も傷ついてほしくない••••••」



 それはどちらの言葉だったのだろう。

 白塔梢の願いだったのか。

 それとも、殺人姫である「時野舞白」の決意だったのか。

 それはきっと、本人たちにももうわからなかっただろう。



 それは一瞬だった。

 会場にいた者の中でそれを目で追えたのは、四四咲彼岸ただ一人だった。

 目で追えた、ただそれだけ。

 四四咲彼岸は、それを侮ってはいなかった。

 口では興味のないように言っていても、その存在を無視するような振る舞いをしていても。

 目の前にいるそれは、あの殺人鬼と同質の異物なのだ。

 報告に聞いていたことを、妄言や嘘だと軽んじてなどいない。

 


 しかし、それだけでは彼女の障害にはなることはできない。

 


 彼女が動き出す瞬間を感じ取った四四咲彼岸は、いつも通りに静かに戦闘体勢をとる。

 ナイフを取り出す時間はなさそうだと判断し、静かにその神経を研ぎ澄ませる。

 目で追うことはできていた、その次に彼女がしてくる動作も予測できた。

 それでも、彼女の爪は四四咲彼岸に届いたのだ。



「ちっ••••••、獣だな」



 頬を掠めた何かに苛立ちつつも、冷静さは失わない。

 彼女は間髪入れずに、次の攻撃にくる。

 そんなことは見なくてもわかる、しかしだからこそ見なければならない。

 四四咲彼岸はさらに深く集中しつつ、振り返る。

 彼女がいるはずの己の背後を。



「••••••は?」



 振り向いたそこには誰もいない。

 そして、その代わりに自分の胸から細い腕が生えていることに気付く。

 その腕は、何の遠慮もなく乱暴に引き抜かれる。

 四四咲彼岸ではなく、その腕の持つ主によって。



「ふは、がっ、はははははは!! 貴様も到達していたのか、意識もなく会話すらできそうにないのが残念ではあるが、いいぞ。瑣末なことだ、殺し合いが成立するのは久方ぶりだ。あの小僧で遊ぼうと思っていたが、そうか貴様だったか」



 貫かれたのは右の胸だった。

 致命傷には変わりないが、まだ体は動く。

 喉の奥から血が逆流してくるが、そんなことはどうでもいい。

 ようやく殺せるのだ。

 単なる作業としての殺しではなく、殺し合い。

 四四咲彼岸が望んで止まないもの、命の奪い合い。

 


 直後、四四咲彼岸は少女に向かって飛びかかった。

 そう表現するには、多分にして速すぎる動きではあったが、それは至ってシンプルな動きだった。

 狂気にも似た表情を浮かべながら、嬉しそうに、愉しそうに。


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