朗詠
137
貴方は美しいまま、その綺麗なままで死んでください。
138
枠綿水仙は、ずっと求めていた。
自分の欲求を満たしてくれる相手を。
その誰かに出会うことが出来れば、何かがどうにかなるかもしれない、と。
「まるで、恋だな。水仙ちゃんの話を聞く限りだと、その誰かさんに何かを変えて欲しいってことだろ? 案外あんたみたいなやつが一目惚れとかすんのかもな」
「うふふ、恋というのはいいわね。気に入ったわ、恋ね、うん。運命的な出会いを求めているのね、私は」
「少し、安心した。水仙ちゃんが外の世界に出たとして、大量殺人なんかしでかしたらどうしようかって考えてたよ」
「それじゃ、ここと変わらないじゃない。殺す相手はちゃんと選ぶわよ」
悪気もなく、無邪気に枠綿水仙は笑った。
まるで、同性の友だちとの恋愛話に花を咲かしているかのように。
それを靴谷氷花は冷静に見ていた。
ただ、じっと観察するように、見ていた。
「水仙ちゃんよ、あんたは白塔呑荊棘の死にどれくらい関与してんだ?」
「全く、ね。白塔呑荊棘の死体を解剖し、再利用したのは私で間違いないけれど、彼女の死そのものには微塵も関与してないわ。そもそも、解剖するついでに素性を少し調べただけだから、今現在を持ってしても、彼女のことは、ほとんど知らないのよね」
枠綿水仙は、白塔呑荊棘の死体を弄り尽くし、バラバラに刻んで培養したことを、全く悪いと思っていないのだろう。
その事実を、靴谷氷花はどう処理していいのか迷ってしまう。
情が湧きかけている。
「白塔梢を回収する際、私と彼女の間に確執が生じる心配でもしてくれているのかしら。何度も言うけれどね、氷花ちゃん。守るものにはちゃんと順位を付けておきなさい。貴方が心配するべきは、白塔梢のことだけでいいのよ」
「だから聞いてんだろうが」
「違うわよ。貴方の物差しでの正しい行いが、全てを解決できると思わない方がいいわ。長生きしたいのなら、長生きしてほしいのなら、常に境界線を見極めなさい。うふふ、そんな険しい顔しないでよ。白塔梢は、私を恨むことはないわ」
相談や提案ではなく、断言だった。
推測でも懸念でもく、彼女は私を恨まないと断言した。
彼女の妹を、その命を弄び、増やした張本人がそう言い切ったのだ。
「水仙ちゃん、正直な話な、あたしはあんたみたいな気の強い女は嫌いじゃない。むしろ割と好意的ですらある。でも、あたしの家族を傷付けたことは絶対に許せない。だからさ、梢のことをこれ以上悲しませないでくれ、頼むよ」
「うふふ、エゴを押し付けるような性格には見えないけれど、余裕がないのかしら。でもいいわよ、いいものも見せてもらったし、私としては氷花ちゃんに嫌われたくないから、ね。その辺はうまく立ち回るわよ」
二人は、どこか通じ合うところがあるのかもしれない。
それは本人同士にしかわからないことではあるが、それでも出会う場所が違えば、違う絆が芽生えていたかもしれない。
正義を掲げる組織の一員である靴谷氷花と、悪虐の限りを尽くす組織の一員である枠綿水仙。
この二人は、どこかの殺人鬼と殺人姫のような関係に慣れていたかもしれないのだ。
「お姉さん、どこでも口説かれてんだな。俺にもそのモテる秘訣とやらを伝授してくれよ」
枠綿無禅の屋敷の地下にあり、さらに設計図には記されていない隠し部屋にて、当然のようにそれは現れた。
両手に無骨なナイフを握り、既に戦闘態勢を整えている彼は、その気になれば、一秒後には枠綿水仙の喉元にそのナイフを突き立てていただろう。
その気にならなかった理由を挙げるとするならば、それは枠綿水仙にあった。
「随分とゆっくり来たのね、殺人鬼君。案内を向かわせたはずだけれど、予定より五分程遅かったわね」
殺人鬼としての矜持とやらが、「クロ」にあるのかは定かではないが、少なからず意表をつくつもりで登場した彼だが、部屋に入った瞬間目があったのだ。
限りなく気配を殺した「クロ」を、瞬時に認識してみせたのだ。
そこで一旦、「クロ」にブレーキがかかる。
「自己紹介はいらないわよね? ただ、君をここに呼んだ時とは状況が変わってしまっているから、そこだけ説明させてもらえるかしら」
「あー、勝手に話を進めてくれてるとこ悪いんだけどさ、そろそろそこのおっさん解放してやれよ」
「あら、忘れていたわ。大猫さん、もういいわよ。お疲れ様」
直後、大猫正義は大きくため息を吐き、表情を綻ばせ、呆れたように肩をすくめた。
「水仙さん、流石に長過ぎですよ。あの表情を維持するの、結構大変なんですよ?」
「は? おい、ちょっと待てよ、おっさん操られたんじゃ」
「あはは、ごめんね。一芝居打ったんだよ、お嬢さんと、殺人鬼の彼をこの部屋に集めるために、ね」
靴谷氷花は目を丸くして、大猫正義を向くが、そこには先程の形相はカケラもなく、どこか軽薄な普段の大猫正義が罰が悪そうに立っていた。
枠綿水仙も、その様子を楽しんでいるのか、クスクス笑いながら、「クロ」に歩み寄る。
「殺人鬼君、すぐに順応して頂戴。私たちはこれから手を組み、枠綿無禅の全てを壊すわ。君には研究所及び、実験場にいる使用人を根こそぎ殺してもらいたいの。所謂、陽動ね。得意でしょ?」
「その杜撰な作戦には大賛成だが、そこのお姉さんのツレはしっかり守られんだよな?」
「ええ、そっちは大猫さんと私がなんとかするわ」
「あっそ、ならいい」
言いながら、ナイフを懐にしまう「クロ」だったが、刹那その動きが止まる。
「おいおい、どういうつもりだよ。こっちは色々あり過ぎて頭使うのは御免なんだよ。そういうのはそこのお姉さんやシロに任せたいってのに」
「うふふ、流石ね。この程度の殺気にも反応できるのね。大猫さんに聞いていなかったら、ここで私か君のどちらかが死んでいたわね」
枠綿水仙は、やはり何もしていない。
ほんの少し、意識を深く沈めただけ。
殺しを愉しむ自分に切り替えようとしただけのことだったが、その前に「クロ」は反応した。
「水仙さん、勘弁してくれないか。彼の機嫌を損ねないようにってお願いしてたのに。すまないね、彼女は少し悪戯が好きでね。何はともあれ、こうしてまた君と合流できてよかったよ」
「おっさん、こういうことはちゃんと伝えておけよ。内通者がいるとか、お姉さんと共に待つとか言ってたのはわかったけどよ、枠綿水仙って名前を教えずに行くのはどうなんだよ」
「あはは、あの状況でそこまで細かく説明する余裕はなかっただろ? 何せ僕と君は殺し合っていたんだから」
「よく言うよ、狸かよ」
大猫正義と「クロ」は、確かにこの状況について打ち合わせをしていた。
殺し合いの最中、断片的な言葉を交わし、作戦を立て別れた。
「さて、再会を喜ぶ時間は十分でしょう。これからの行動を決めていきましょう」
枠綿水仙は、パンと手を叩き、笑顔で三人を促した。
靴谷氷花、大猫正義、「クロ」の三人は、それに従うように四人で輪を作るような位置に立った。
それぞれ、まだまだ言い合いたいことは山のようにあるが、それよりも優先すべきことがあるのもまた事実。
渋々ではあるが、誰も文句は言わなかった。
「戦闘力だけを考えれば、十全ね。でも問題は彼岸様が誰の前に現れるか、ね。彼は大猫さんと私、そして殺人鬼君の三人で殺しにいって、やっとなんとかなる可能性が出てくるくらいには化け物よ。彼にあったら、無理して戦闘する必要はないわ」
「そうだね、僕も彼とは闘いたくはないかな。戦闘ってだけならまだしも、殺し合いとなると、おそらく殺されてしまうだろうね」
「おっさんでも勝てねえのかよ。あの四四咲彼岸ってのはそこまでなのか?」
「••••••」
「彼岸様以外なら、どうとでもできるわ。枠綿無禅の生命線が彼岸様だから、先に主人の方を叩けばなんとかなるかもしれないわね。でも、今どこにいるのか彼岸様しか知らないのよね」
「うーん、難しいところだね。危険がある限りお嬢さんはここにいた方がいいんじゃないかい?」
「ふざけんな、あたしも行く。梢や舞白はまだ闘ってんだ、あたしだけ安全な場所で待つなんてできるわけねぇだろ」
「••••••」
「うふふ、そういうところ好きよ、氷花ちゃん。じゃあチーム分けは、私と大猫さん、そして氷花ちゃんの三人。単独での陽動は殺人鬼君ということで良いかしら」
「そうなってしまうね、重ねてすまないね。そんな役回りを押し付けてしまって」
「陽動つったって、こっちの動きは大体把握されんだろ? なんの意味があってそんな役にこいつを回すんだよ」
「••••••」
「意味はないわ、全く。これっぽっちも。時間稼ぎにもならないかもしれない、逆に利用されて捕らえられてしまうかもしれない。でも、必要な役割なのよ、氷花ちゃん。彼はもう納得しているわ」
「僕では、おそらく時間がかかり過ぎてしまうからね。残りのお嬢さんたちの救出に間に合わない可能性があるんだよ」
「誰に言い訳してんだよ、おっさん。チーム分けはわかった。こいつが文句言わないなら、あたしも言わない。それで、こっちのチームは何すんだよ」
「••••••」
「うふふ、誘拐よ。悪党よろしく人攫いに興じましょう。ターゲットは五人ってところかしら」
「白塔梢、時野舞白、殻柳優姫、アイという人造人間、そして枠綿登。戦闘は最小限に、出来る限り隠密に」
「三人で五人て、無理がないか? まあ姫ちゃんたちは抵抗とかしないだろうけどよ。攫ってきたら、ここに戻ってくんのか? それともまだ隠し部屋みたいなところがあんのか?」
「••••••」
「その辺は臨機応変にいくしかないわね。そもそもうまくいく可能性なんてほとんどないのだから、そこは割り切りましょう。戦闘になった場合、躊躇しないことよ。隙を見せた瞬間殺されると思っておいてね」
「結局、行き当たりばったりってことだね、はは」
「大丈夫かよ、最優先は梢たちの救出だからな?」
「••••••」
四人は、それからも幾つかの条件や対応策を話し合い、部屋を後にした。
枠綿水仙の隠し部屋には、もう誰もいない、はずだった。
その影は枠綿水仙のものではない。
その影は大猫正義のものではない。
その影は靴谷氷花のものではない。
その影は「クロ」のものではない。
その影は、ゆっくりと部屋を見渡し、何かを探すように揺らぐ。
「もうすぐ会えるからね。待っててね、梢お姉ちゃん。私が殺してあげるからね」




