無題(堕)
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孤独は人を強くするが、優しくはしてくれない。
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さてさて、シロはちゃんとお姉さんのところに行けたのかねぇ。
微かに聞こえた、おそらくは白塔のお姉さんの叫ぶ声だった。
その瞬間、シロのスイッチが入っちまった。
こんな状況だし、シロの暴走も少しは多めに見ておかないと、本当にこっちが全滅しちまいそうだ。
くはは、ヒリヒリしてきたなぁ。
俺は、乱暴刑事のお姉さんと合流してぇところではあるけれど、あの正義のおっさんの気配がねぇんだよな。
ここから、一旦屋敷に戻ってみるのもありっちゃアリかもな。
シロを置いていって、本当に大丈夫か?
シロの神経は、もう既にかなり擦り切れている。
さっきの戦闘でも、危うい場面は何度もあった。
今のシロは、限りなく殺人鬼に近づいていて、いつ成ってもおかしくないところまで来ちまってる。
お姉さんんを、おっさんに任せたままで大丈夫か?
純粋な殺し合いなら、おそらく俺の方が強い。
でも、誰かを守る闘いにおいては、あのおっさんの方が圧倒的に強い。
おっさんの気配が感じ取れない今、俺が行くべきか、信じて俺のやるべきことをやるべきか。
くはは、全く。生きるって面白いことだらけじゃねぇか。
面倒臭いことだらけで、煩わしいものに囲まれて、面白おかしく盛り上がってんなぁ。
呑荊棘のお姉さんとの約束もあるし、こんな所で足踏みしてる暇はねぇんだけどなぁ。
「殺し合いの最中に考えことかい? 流石は殺人鬼といったところですね。非常に妬ましくて腹立たしい」
うるせぇな。だいたい誰だよこいつ。
シロが駆けて行った直後に現れて、いきなり襲ってきやがった。
大した脅威もなさそうだから、適当にいなしながら観察してるけれど、こいつ程度なら一瞬で殺せる。
それよりも、今後のことだな。
俺がいるのは実験場、おっさんは研究所に向かうっつったけれど、こりゃ屋敷の方に行ってるのかもしれねえな。
俺がやるべきこと、それは誰を殺すか見極めることだろうな。
「死になさい、殺人鬼っ。あなたを殺して、あの方に認めてっーー」
本当にうるさいな、こいつ。
反射的に殺しちまったじゃねぇか。
枠綿ってやつの居場所と、あいつの居場所を聞き出そうと思ってたってのに。
俺もまだまだだな、なんか凹むなぁ。
取り敢えず、先に進むしかねぇよな。
殺人鬼は殺すしかできねぇ、それはどこまでいっても、どこまで堕ちてもかわらねぇ。
くはは、くはははははは。
「お待ちしていました」
おっと、油断しすぎた。
一人で高笑いしてるところ、見られちまったかな。
恥ずかしいじゃねぇかよ、ってまたこの顔か。
お姉さんの顔は、さっき嫌という程見たばっかりなんだけれど、何の因果かねぇ。
俺、お姉さんに呪われてんのかねぇ、くはは。
「俺を待ってたって? どこに連れてってくれんの?」
「枠綿水仙様の所へ、お連れする様仰せつかっています」
おいおい、また新キャラかよ。
水仙っつったか、なんか聞いたことあんだよな。
どこだったかな、水仙って名前のプレイヤーと会ったことある気がすんだけれど。
まあ、会えばわかることではあるか。
「いいよ、案内頼むわ。それとも、お姉さんとも殺し合ってからの方がいいかい?」
「いえ、その必要はございません。あの催しは貴方様ではなく、もう一人のお方のためのものでしたので」
そりゃそうだろうな。
俺に、あの類の攻撃は効かない。
あれに何かしらの目的があるとしたら、それはシロを揺さぶることだろうな。
その結果なんか、最初から考えてないんだろうなぁ。
あいつが暴走して、完全にその線を越えちまったら、ここにいる人間は誰一人生き残れない。
断言できる、俺ですら殺されちまうかもな、くはは。
完全に覚醒した殺人鬼の前で、姿を隠し切るなんて不可能に近い。
わずかな命の気配すら、殺人鬼は掴めてしまう。
そんな存在にあいつをする訳にはいかないよなぁ。
いろんなやつに守られてるシロなら、まだ戻れるはずだから。
俺が捨てた、諦めた未来を、シロなら歩けるかもしれない。
それを邪魔するやつは、俺が全員まとめて殺してやる。
俺たちに関わったことを後悔するだけじゃ足りねぇ、生まれてきたことすら後悔する程の恐怖を与えてやる。
「あの、そろそろ向かいましょう。水仙様は大変気難しい方ですので。それに貴方の知り合いの方もお待ちになっているそうです」
「あそ、じゃ行こうか」
知り合いねぇ、靴谷氷花以外ねぇだろ。
おっさんは間に合わなかったってことか?
それか、負けたか。
どちらにせよ、お姉さんが人質になってるってんなら、俺に選択権はねぇな。
大人しく言いなりになるつもりはねぇが、どうしてくれようかねぇ。
「水仙様は、お屋敷にいらっしゃいます。お手数ですが、そちらまでお付き合いくださいませ」
「お姉さんと歩くのは、嫌いじゃないからいいよ」
呑荊棘の姉さんは、またそこにいたりすんのかねぇ。
だとしたら、説教されそうだな、くはは。
「他の私とも、お話をされたのでしょうか」
「ん? お話って程でもねぇけど、俺にとっちゃ懐かしい顔なんでね」
「嫌な気持ちに、させてしまったでしょうか?」
人造人間、完全なる人工の命。
それでも、人の思いってのはそこに残るってことなのかねぇ。
あのお姉さんも、そうやって人に優しく生きてきたんだろうな。
妬けるよ、ったく。
「気にすんなよ、俺はお姉さんのこと嫌いじゃねぇからさ。それに、こうして何にもねぇ道中、会話に付き合ってくれるだけでもありがたいよ」
「私は、私たちはここで生まれ、ここで死んでいくのみです。稀に外の世界に出荷されることもある様ですが、それを望む者は、おそらくいないでしょう。私たちはそれぞれの感情や記憶を共有できる様です。その結果、外の世界で私たちが、どのような使われ方をしているのか、その全てが流れ込んでくるのです」
共有、共鳴、共振。
その感覚は、俺ら殺人鬼にも共感できる。
しかし、こいつらのそれは、覆すことのできない現実として、争うことのできない運命として流れ込んでくるってことか。
面白くねぇよな。
「俺にその話、していいのか?」
「貴方様は、私の願いを聞いてくださいました。正確には、私たちの中に分散して存在する、白塔呑荊棘様の願いでしょうけれど。しかし、それだけでいいのです。それだけで、ここにいる誰よりも信用に値する人間だと、私たちは希望を持てるのです」
「あんまり、殺人鬼に期待するもんじゃねぇぞ。俺にできることは••••••」
「殺すことのみ、ですよね」
うーん、お姉さんのことは嫌いじゃねぇし、少なからず好意的に思うけれど、これはこれでやっぱりやりづらいもんがあるんだよなぁ。
「この辺りでしたか、貴方様が白塔呑荊棘様と、お話をなさったのは」
そうだ、ここで俺はお姉さんと話して、約束して、そして殺した。
「安心してくださいませ、私の中に白塔呑荊棘様はいらっしゃいません。記憶としては引き継いでいますが、意識が内在する程には、適合していない様です。ですから、貴方様がもう一度私を殺す様なことは起きませんよ」
「そんなことで、悩んではねぇよ」
俺が考えてんのは、もっと自分勝手なことだよ。
どうしようもなく終わっちまってる俺が、誰かのために闘うってこと自体おかしいんだからよ。
「優しい方なのですね、お話しできてよかったです。水仙様は、彼岸様と同格の強さだと聞いております。殺人狂というのでしょうか、人を弄ぶことに悦びを感じるお方です。十全に警戒くださいませ」
「彼岸ってのが誰なのかは、知らねぇけど、大丈夫だろ。俺の知り合いに手出してんだ、相手がどこの誰だろうが、殺すだけだよ」
彼岸、おそらくはあいつのことだろうな。
あれと同格ってのがどこまで真実なのかは置いといて、お姉さんが何をされてんのかが肝だな。
操られて、俺と殺し合うこともあり得る。
考え得る最悪を準備しておけ。
どうせ、俺に都合のいい展開にはならねぇ。
「着きましたね、お屋敷です。このお屋敷の地下に、水仙様はいらっしゃいます。私の案内はここまでとなります」
「おう、ありがとな」
「行ってらっしゃいませ」
「ん、行ってくる」
変な感じだよなぁ。
俺の中のお姉さんは、こいつじゃない。
それでも、不思議と受け入れちまう。
分散して、存在してる、か。
白塔梢に、あんたが命をかけて守りたかった姉に、会えるといいな。
それは、俺の役割じゃねぇ。
それは、あいつの仕事だ。
俺の仕事は、こっちだよな。
枠綿水仙、殺しに長けた相手ってならこっちもやり易い。
無様に捕まっちまってるお姉さん助け出して、枠綿水仙ってのを殺して、さっさとシロのところに戻るとするかね。
俺は殺人鬼。
殺すことしかできない、殺すことでしか存在できない。
遠慮なく、深慮なく、暴虐の限りを尽くして。
手心もなく、真心もなく、凄惨な死を。
お前らの好きな、命懸けの宴だ。
くはは、楽しくなってきた。




