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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
43/71

見方

115

 恋に堕ちて、愛に溺れる。


116

 実験場、地下。

 「クロ」は植物園を抜け出した後、迷うことなくそこに辿り着いていた。


 血の匂いに誘われたのか、同族である「殺人姫」の気配を感じとったのかは、わからないけれど。

 それでも彼は、堂々とそこにいたのだ。


 「何なんだろうな、ここ。実験場の地下って言うから戦々恐々と身構えてた俺が馬鹿みてぇじゃん。くはは、殺気と言うより狂気に近いもんは、嫌と言うほど感じてんだけどねぇ。ところで、刑事のお姉さんは無事なのかね、冷静に見届けるとも思えねぇし、さっさと迎えに行ってやんねぇと本当に殺されかねないかもな」


 正義の味方、大猫正義との戦闘は突如として終わり、双方が姿を消すという結末になったが、タネ明かしをしてしまえば、二人が同時に目にも止まらぬ速さで場外に出た、それだけである。

 「クロ」は実験場に、大猫正義は研究所にそれぞれ向かった。

 

 「助けるという行為は、果たして正しいのだろうか」

 これは、大猫正義が正義の味方として、活動し始めた頃から考え続けていたことである。

 自分が助けた人間は、本当に助けるべき人間だったのか。

 性善説と性悪説。

 人間の本質が、そのどちらに傾いていようと、彼は目の前の人間を助けることに躊躇すべきではないのだろう。

 しかし、彼は迷ってしまう。


 過去に助けた人間が、もし人を殺していたら?

 過去に助けた人間が、もし断罪されるべき存在だったら?


 強さは正しく使わなければ、ただの暴力に成り下がってしまう。

 彼はそのことを、重く理解している。

 だからこそ、羨ましかったのかもしれない。

 思いのまま暴力を用いて、家族や友人を守ろうとしている彼らや彼女らが。

 正義を掲げることもなく、ただ守りたいだけで暴力を振るう。

 それを、大猫正義は美しいと思ったのだろう。

 彼には、それはできないのだから。


 「ったく、あのおっさんも色々抱えてんだな。正義の味方っつったら、俺みたいなはぐれ者ですら知ってるくらいの有名人だってのに、持つ者には持つ者なりの悩みがあるってことなんだろうかねぇ」


 片手にナイフを握り、一切の迷いなく地下の廊下を進んでいく。

 「クロ」の視線の先には、実験場には似つかわしくない大きな扉がひとつ。

 

 目的のために手段を問わないことを、美しい物語とするのか、残虐非道の物語とするのか。

 きっと彼は、何とも思わず、飄々と笑ってナイフを振りかざすのだろう。

 そして彼は、様々な過去を憂いて、何かを諦めたかのように拳を握るのだろう。


 「あ?こりゃ変な気配だな。どちらかというと俺やシロに近い、でもなんか歪んでる?」


 若干不穏な気配に、顔を顰めつつも、足は止めない。

 彼はここに殺しに来ているのだ。

 守るために、取り返すために、友のために。


 そして、扉の前に立つと、逡巡の後、やはり飄々とした表情で扉に手をかけた。


 「お待ちしておりました、殺人鬼の少年」


 開けた部屋の中には、男が一人。

 老雨老虎、この時点で「クロ」は、その名を知らないのだが、それでもそんなことは「クロ」にはどうでもいい。

 どっちの陣営の人間か、それだけわかればそれで十分。


 「次はあんたと殺し合えばいいのかい?」

 (折角、姿眩まして来たってのに、こんなに早く対応されるとはね••••••)


 老雨老虎は、姿勢正しく立ったまま応える。


 「いえ、あなたにはここで、パートナーと共に生き残ってもらいます」

 「パートナー?」


 予想していなかった展開に、呆気に取られる「クロ」の背後から、つまり先程「クロ」自身が入ってきた扉を開けて、一人の殺人姫が現れる。


 「よっ、生きてたな」

 「うん、クロも相変わらずだね」


 殺人鬼と殺人姫。

 性質を同じく、現象を同じく、症状を同じく。

 殺すために殺す殺人鬼と、殺されず殺さない殺人姫。

 二人が出会い、行動を共にしてきて一年以上の時間が経つ。

 幾度となく共闘してきたし、数えきれないほどの修羅場を潜ってきた。


 二人が揃って、負ける姿など誰にも想像できない。

 二人は目の前の男を見据え、強く、深く、重く、純粋な殺意を解放する。


 「お二人には、この部屋で二時間生き残ってもらいます。その間、間断なく刺客を投入致します。それらを殺し尽くし、生き残った場合、白塔梢と殻柳優姫の元へと案内致しましょう。ついでに言えば、その場には枠綿無禅様、その御子息であられる枠綿登様もいらっしゃいます」


 二人が放つ異様な殺意に気圧されることなく、老雨老虎は淡々と説明を続ける。


 「ゲームは、私がこの部屋から出た瞬間に始まります。勿論この部屋も中継されています、つまらない殺し合いだけはしないように」


 言い終わると、老雨老虎は二人に背を向け、部屋の奥へと消えていく。

 そして、部屋の奥にある扉から出て行ってしまった。


 「ったく、張り合いねぇな。色々話したいことあるだろうし、俺の方にもあるんだけれど、とりあえずここを生き延びようかねぇ」

 「うん、クロと合流できて良かった。ちょっと危なかったから」

 「はいはい、シロはよく頑張った。こっからは俺に任せときな」


 二人は軽く微笑み合い、前を見据える。

 何かがいる、その闇を見据える。


 殺人鬼と殺人姫のタッグチームによる、最凶で最狂の殺し合いはこの瞬間始まった。


117

 「あれは、舞白?何でだよ、なんであいつがここにいる。何で舞白が、あの殺人鬼と並んでそこに立っているんだよ!!」


 息を切らし、額に汗を浮かべ、肩を震わせて、靴谷氷花は叫ぶ。

 目の前で、自分を見下したままの男に向かって、これでもかと当たり散らす。

 

 「舞白は、こんなとこにいていい子じゃない。あの子はもう傷付かなくていい、もう壊れなくていいのに。死んだことにしてまで逃げたかったんじゃねぇのかよ、舞白ぉ」


 靴谷氷花の瞳からは、涙が溢れ、それは留まることを知らず、次から次へと流れてくる。


 一体、どうすることが正しかったのだろう。

 家族を守るために、警察になり、それでも失ってきた彼女は、いつ間違えたのだろうか。

 ひだまり園を出て、兄を失い、その傷が癒えぬうちに妹と弟を失った。

 そして、終いには実家とも言える、ひだまり園すらも失った。

 母のような人と、妹たちを失った。


 靴谷氷花の人生において、何かをやり直せるとしたら、何を変えるべきなのか。

 誰を救い、誰を見捨てるべきなのか。


 全てを救うなんてのは、傲慢な願いでしかない。

 人は勝手に生まれて、勝手に死んでいく。

 その責任を勝手に感じることすらも、本来烏滸がましいことなのかもしれない。

 しかし、家族なのだ。

 靴谷氷花にとって、白塔梢も呑荊棘も、時野舞白も殻柳優姫も、そしてきっとあの殺人鬼も。


 家族だから、心配もするしお節介も焼く。

 家族だから、叱責もするし過保護にもなる。

 家族だから、腹も立つし信頼だってする。


 「返せよ!!あたしの家族を返せっ!!」


 無条件で愛し合える関係、それが彼女にとっての家族。

 それは、そう思えることは、きっととても幸せなことだ。

 世の中には、そう思うことなど想像すらできない程に、壊れた家族というのも確かに存在する。

 しかし、文字通りに家族を失ってきた彼女は、彼女たちは、家族を愛することに迷いなど抱かない。


 だから、靴谷氷花は闘う。

 力もなく、技術もなく、想いだけで命を懸ける。


 「あたしは、あの子らのためなら死んでもいい、殺人鬼にだってなってやる」


 不切木刃の形見である銃を構え、真っ直ぐと男を睨みつける。


 「ふん、幾ら凄んでみせようと、お前には何もできん。力のない者が無駄な夢を見るな」

 「うるっせぇよ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと殺してみろよ。あたしはまだお前の前で、こうして生きてるぞ?」


 小さく溜め息を吐き、男は気持ちを切り替える。

 対象を閉じ込めておくことから、殺戮する意識へと。


 刹那、部屋中を殺気が埋め尽くす。


 (ちくしょう、震えんな、ビビんな、恐れるな。あたしはここで死んでも、こいつだけでも殺してやる。こいつはおそらく、枠綿の抱えている兵隊の中でトップクラスの力を持ってる。あの殺人鬼が負けるとは思わんが、舞白や梢たちがいる。それなら余計な障害は一つでも減らしてやらねぇと)


 「つまらん女だな、こんな所で、こんな形で死ぬことが、お前の役割でないことくらいわかっているだろうに」


 ゆっくり、殺意を撒き散らしながら距離を詰める。


 「冥土の土産だ、俺の名前は四四咲彼岸ししさきひがん、枠綿様の影として暗殺を生業とする者」

 「おいおい、どっかで聞いたことある名前だな。四四咲ね」

 

 人間を殺すことを何とも思っていない目、あの殺人鬼を彷彿とさせるその目が、靴谷氷花をさらに追い詰める。


 「お前には期待しすぎていたということか」

 「勝手に期待して、勝手に失望してんじゃねぇよ」


 四四咲彼岸は素手だが、靴谷氷花程度なら簡単に殺せるのだろう。

 あっさりと間合いに入る。

 銃を構えたままの靴谷氷花は、引き金を引く指に力が入らない。

 震える銃口を、悔しそうに睨み、目に涙を浮かべる。


 「では、何も成しえないまま、死ね」

 「ちょっと失礼」


 靴谷氷花に向けて、伸ばされた手刀は寸前の所で止められていた。

 

 「初めまして、お嬢さん。お人好しな殺人鬼に頼まれて来たんだけれど、助けられてくれるかい?」

 「えっ、は?」

 「ああ、これでも正義の味方なんてのを真面目に仕事にしている人間でね、お嬢さんのような人を助けるために僕はいるんだよ」

 

 微動だにしない自分の腕を、冷めた目で見ながら四四咲彼岸は、突如現れた男のことを思考する。

 正義の味方と自称した目の前の男が、自称した通りの人物だったとしたら、若干面倒臭いことになるな、と。


 「僕は大猫正義というんだけれど、これでも君の所属している組織とも付き合いがあるんだよ」

 「大猫••••••?聞いたことある気がする」


 四四咲彼岸の冷めた視線を無視するように、大猫正義は靴谷氷花の方を向き、語りかける。


 「おそらくその聞いたことがあるのは、僕のことなのだろうね。お嬢さんの先輩からの依頼でね、助けに来たんだよ」

 「だったら、早いとこ頼む」

 「うん、了解」


 そこからの大猫正義の行動は早かった。

 握っていた腕を、自分の方へと力の限り引き寄せ、もう片方の拳で、それまた力一杯四四咲彼岸を殴りつけた。

 大の大人であろうと、軽く吹き飛ばせる程の威力のその拳は、四四咲彼岸によって防がれてはいるものの、衝撃そのものは無くならないわけで、四四咲彼岸はそのまま吹き飛ばされる。

 

 「うーん、手応えは無いな。お嬢さん、ここは一旦体制を整えるためにも、一緒について来てもらえるかい?」

 「あ、あぁ。でも何処に?」

 「お嬢さんのお友だちや家族のところさ」


 二人がいなくなって、数十秒後。

 衝撃で突き破られた壁の中から、四四咲彼岸は無傷のままで出てきた。

 何処も痛めている様子はなく、服に付いた埃や煤の方が気になる様子だった。


 「ふん、大猫正義か。正義の味方であり、正義の飼い犬風情が枠綿様に噛み付いてくるとは。戦力としては鬱陶しいが、それならそれで封じてしまえばいいだけのことだな。あの殺人鬼と何か企んでいる様子だが、所詮は付け焼き刃に過ぎん。他愛もない」


 二人の跡を追うのか、はたまた別のところへ向かうのか。

 四四咲彼岸はそのまま、部屋を出て、姿を消した。


 殺人鬼と殺人姫は共に闘い、正義の味方と刑事は守るべき者の元へと駆け、殺し合いはさらに加速する。

 生きるも死ぬも、己次第。

 死にたくなければ、殺すしかない。

 死なせたくなければ、殺すしかない。

 

 それは、正しいことなのだろうか。

 そしてそれは、この場において必要なものなのだろうか。


 


 

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