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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
40/71

更正

109

 正しいことをするのは気持ちがいい。

 全てを許してくれる免罪符、それが「正義」である。


110

 「クロ!待って、その人たちは敵じゃないっ!」

 「落ち着きたまえ、ここで叫んでも彼らには届かない」


 モニターに掴みかかり、声を荒げる「シロ」を、大猫正義が宥める。

 二人がいるのは、実験場にある一室。

 

 「シロ」と大猫正義、そして千切原双子は、老雨老虎に連れられ地下通路を抜けた後、この実験場に案内されていた。


 タイミングとしては、白塔梢とアイが研究所に到着してから、一時間後のことである。

 そして、到着するや否や、すぐさまモニターの置かれた部屋に通され、幾つかの説明を受けた後、千切原双子が先鋒として出て行ったのである。


 モニターには、青年と千切原双子が睨み合っている様子が映し出されている。

 

 「シロくん、彼と面識があるのかい?」

 「クロは私の恩人。別行動してただけで、彼も仲間なんです」

 「なるほどね、これは面倒な流れになってしまったね」


 睨み合う三人は、それぞれが武器を構えた。


 「彼は強いね?」

 「はい、私なんかよりも遥かに。純粋で生粋の殺人鬼ですから」

 「••••••そうか、彼がそうなのだね」

 

 「真冬さんと真夏さんは、きっとクロには勝てないです。殺人鬼に勝てないということは、それは••••••」

 「殺されるということなのだろうね。彼らの世界では、それは仕方のないことなのだろうけれど、これはどうも歯痒いね」


 千切原真冬と真夏は、「シロ」を心配だと、危ういと言った。

 短い時間ではあったが、「シロ」にとって二人は、もう赤の他人ではないのだ。

 当然「クロ」も。


 当の本人たちは、今まさにぶつかり合おうとしていた。

 それぞれが相手を殺すことに長けた存在。

 

 それは殺人鬼として、理由なく殺す。

 それは殺し屋として、矜持を持って殺す。


 「僕としては、誰にも死んでほしくはないのだけれど、それは叶わない望みなのだろうね。こういう時、自分の無力を呪うよ」

 「••••••」

 「正義の味方なんて言われてはいてもね、救ってきた命よりも、救えなかった命の方が圧倒的に多いんだよ。殺人鬼も殺し屋も、偶々そういう風に生まれただけ、ただそれだけなんだよ。真冬くんも真夏くんも、そして君の言う『クロ』くんも、普通に生きていける未来があっても良かったはずなんだよ。それを運命や宿命なんて安い言葉で納得しちゃいけない。力を持って生まれた者には、生まれた瞬間から責任がついて回る。そうあるのは仕方のないことだし、そうあるべきことなんだよ。この世の中には、それを理解していない者も大勢いるがね」


 大猫正義は、拳を握り締め、語り出す。


 「今、彼らの闘いに『正義』はあると思うかい?僕はあると信じている。それぞれの背景を知らされいないとはいえ、真冬くんと真夏くんは君のために。そして、『クロ』くんもきっと誰かのために。それが正しくない訳がないんだよ。しかし、正しいだけでは、利用される。素直で純真な暴力は、権力には勝てない。君たちにとっても、枠綿無禅というのは、天敵と言えるのかもしれないね」

 「関係ないです、私やクロにとって相性が良くないとか、利用されるとか。そういうの、どうでもいいんです。私は家族を守りたい、手の届くところにいる大切な人を守りたい、それだけですから」

 「うん、そうだね。君はそれでいい、それでなくては、ね」


 正しいだけの想いは、脆いのだ。

 脆くて、儚くて、軽くて、弱い。

 そして、弱さは付け込む隙となるのだ。


 白塔呑荊棘の想いが。

 白塔梢の想いが。

 靴谷氷花の想いが。

 「シロ」の想いが。

 

 誰かを想う気持ちは、きっと美しいのだろう。

 家族のため、姉妹のため、友のため。

 守るものがあると、人は強くなれる。

 そして、同時に守るものができてしまうと、人は弱さを抱えることにもなる。

 本当の意味で強い人間というのは、一体どのような人を指すのだろうか。

 

 夜中のグラウンドにて、最初の殺し合いが始まる。


 「くはは、シンプルな殺し合いはいいねぇ」


 四方から襲いかかってくるそれらを飄々と避けつつ、「クロ」は嗤う。

 ここまでの重たい話や、胸糞の悪い話を忘れるかの如く、その殺し合いに没頭していく。


 殺人鬼は嗤う。

 怪しげに、艶やかに、解き放たれかのように熱を帯びていく。


 「貴様、なんだそれは」

 「貴様、なんだそれは」


 途端、千切原真冬と千切原真夏の動きが止まり、同時に「クロ」を襲っていた攻撃も止まる。

 しかし、「クロ」は反撃に転じることはなく、嗤ったまま、二人の殺し屋を見ていた。


 「き、貴様のそれは」

 「き、貴様のそれは」


 たじろぐ二人に、ゆっくりと一歩、近づいた。


 「ここで我らが死んだら」

 「ここで我らが死んだら」


 殺意を抑えることなく、殺気を撒き散らしながら。


 「それは許容できない」

 「それは許容できな、い」


 ナイフを握る両手に、ほんの少しだけ力を込める。


 「いつも通り、敵を殺すだけ。千切原の殺しに死角無し」

 「••••••」


 お構いなしに、一歩ずつ距離を詰める。


 「真夏?どうした?」

 「••••••」


 双子の片割れが黙ってしまったようだが、関係ない。

 五月蝿いと感じていたから、丁度いい。


 「気圧されたか、未熟者め」

 「••••••」


 二人で一つの攻撃が半減されてしまえば、何の脅威でもない。

 鎌のリーチは少しばかり厄介ではあるけれど、どうでもいい。

 あと二歩で間合いに入る。


 「真夏、お前はすぐに逃げろ。あいつらのところにも戻らなくていい」

 「••••••」


 逃げられる訳がないのに。

 そして、逃がす訳もないのに。


 「千切原真冬、参る!」

 

 殺人鬼と殺し屋は正面からぶつかり合った。

 互いが、強く踏み込んだ際に巻き上げられた土煙が二人の姿を隠している。


 数秒後、ドサッと地面に誰かが倒れた。

 そして更に数秒後、土煙は晴れていく。


 「真夏!どうしてだ!」


 そこには、血塗れのナイフを握ったまま立っている殺人鬼と、体の至る所を切り裂かれ、既に息絶えそうな千切原真夏、そして彼女に寄り添い声をかけ続ける千切原真冬の姿があった。


 「まふ••••••ゆ。死ぬな、死ぬのは我のみでいい」

 「真夏、我は逃げろと言ったぞ」


 殺し屋の日常に、「死」は当然のように付き纏う。

 事実、千切原双子も自分らが殺されることを、受け入れて仕事に当たっていた。

 それは殺し屋としては、当たり前のことであり、正しい考え方である。

 しかし、最後の最後で、千切原真夏は家族を想った。

 家族のために感情を吐き出す、未熟な殺人姫を見てしまったからかもしれない。

 人生で感じたことのない殺意に晒されたからかもしれない。


 だが、理由はどうであれ、彼女は守りたいもののために命を懸けた。

 殺し屋としては、失格、落第、半人前ですらない。

 

 そして千切原真冬は、静かになった千切原真夏の体をそっと地面に戻し、彼女の右手から鉄扇を借り受ける。


 「貴様が何者で、我らよりも遥かに殺しに通じていたとしても、ここからは退けぬようだ」

 「くはは、あんたもその顔をするんだな」


 直後、再び両者はぶつかり合う。


 千切原真冬は、不思議な体験をした。

 周りの時間が徐々に速度を失っていく。

 自分だけが、切り離されていくかのように。


 その時間の中で、彼女は思い出していた。

 初めて二人で仕事をした日のことを、初めて人を殺した日のことを。

 当然のように受け入れなければならないと思っていた。

 自分たちは生まれた瞬間から殺し屋として育てられたのだ、それ以外の選択肢など存在していない。

 そう言って諦めるしか、許されていなかった。

 できなければ、二人揃って死ぬだけ。

 

 千切原真冬は思い出した、思い出せた。


 (初めての仕事を終えた日、六歳だった我らは、隠れて泣いていたのだったな。恐ろしくて、怖くて、痛くて、苦しかった。真夏が先に泣いて、堪えきれず我も泣きじゃくったのだった。ふ、こんなことを思い出すとは。走馬灯とやらが本当にあるとは)


 時間は少しずつ、元の速度を取り戻さんとしていた。

 千切原真冬の喉元には、「クロ」が振り下ろしたナイフの切っ先が、触れそうなところまで来ていた。

 しかし、もう千切原真冬は動じない。

 足掻くことも、躱すことも、僻むこともしない。

 ただ、安心したかのように微笑んだ。


 (真夏、すまない。我もすぐに後を追うことになってしまうようだ。しかし、最後に良いものを思い出せた。我らは人を殺したいと思ったことなど、一度もなかったな。もう、誰も殺さなくて良いのだな。そうだろう、真夏)


 ーートスッ


 時間は廻る。誰にも干渉されることなく、自分勝手に。

 しかし、千切原真冬と千切原真夏の時間は二度と動き出すことはない。


 「くはは、最後はいい顔してたじゃねぇか。これじゃどっちが悪もんかわかんねーな」

 

 ケロッとした表情で、「クロ」はおどけてみせる。

 もう誰も見ていないというのに。


 そして遠慮なく、千切原真冬の首に深々と刺さったナイフを引き抜く。

 同時に大量の血を引き出しながら、ゆっくりとその身体は重力に従って倒れてしまった。


 「この程度の敵なら、何人来ても大丈夫そうだけれど、今のも全部観られてんだろ?ったく、本当に趣味の悪いこった」


 「クロ」は、ナイフについた血を振り落として、刃を納めポケットに戻した。

 そのまま、二つの死体には目もくれず、グラウンドの入り口へと向かう。

 そこには、誰かが「クロ」を待っていた。

 

 「また、案内役ってやつかよ」

 「はい、次の会場までの案内を仰せつかっております」

 「はいはい、よろしくな。お姉さん」


 

 殺し合いは、始まったばかりである。

 二人死んでも、まだ足りない。

 絶望と呼ぶには、まだまだなのである。


 次の舞台は既に整っている。

 面白可笑しく、全ての絶望を貴様らの命で飾りつけよう。

 

 

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