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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
38/71

会遇

105

 この世は結果が全て。

 全てが結果に繋がる訳ではないけれど。


106

 「では、到着いたしました故、小生の案内はここまでとなります」


 聖時雨はリムジンのドアを開け、二人を降ろすとそう言った。

 靴谷氷花と「クロ」の目の前には、不穏な雰囲気の漂う屋敷が建っていた。


 「ここに何があるって言うのかねぇ、どう思う?お姉さん」

 「枠綿無禅しかねぇだろ」

 「いや、まあそうだけどさ。俺のことを知っていて尚、獲物の携帯を推奨しているってことは、要するに今から殺し合いがあるってことだろ?そうなると、誰が相手をしてくれるんかなって」

 「知らねぇよ、そっちの方はお前に任せる」


 屋敷を目の前に、怖気付くことなく平然と足を進める二人。

 そんな二人を、期待の眼差しで聖時雨は見送る。


 (是非とも、枠綿様を楽しませてくださいませ。特にあの青年は、あのお方と並ぶ技術を持っているやもしれませんね。どちらにせよ、小生の役目はここで終わりですね)


 完全に二人の姿が、屋敷の中へと消えるのを確認すると、聖時雨は胸元のホルスターから小口径の拳銃を取り出し、自身のこめかみに銃口を当てた。

 後悔も未練もないと言った表情で屋敷を見上げ、躊躇いなく引き金を引いた。


 ーータァン


 その銃声は、屋敷に入ったばかりの二人の耳にも当然届いていて、振り返ろうとした靴谷氷花を「クロ」が制した。


 「お姉さん、振り返らなくていい。アレはそういう役割だったってことだろうし、そんなことにいちいち反応してたら、この先は生き残れないかもしれない」

 「ちっ、胸糞悪りぃな、ほんと。枠綿に関わっただけで、どれだけの死に触れなきゃいけねぇんだよって話だな」


 結局、二人は歩みを止めることなく、屋敷の中を進んでいく。

 屋敷の中は、部屋が無数に配置されているものの、二人は迷うことなく進んでいた。

 まるで、目的地が既にわかっているかのように。


 屋敷の最奥の部屋、一際派手な装飾の扉の前で、二人はようやく立ち止まった。

 部屋の中に、微かに人の気配がある。

 しかし、それ以外には、全くそれを感じない。


 「なるほどねぇ、ここでようやくご対面ってわけか」

 「ん?どういうことだよ。お前、枠綿と会ったことはないんだっけ?」

 「あーそっちじゃなくて、ずっと俺らのことを付け回してたヤツの方。そいつの気配っつーか、殺気がこの先から漏れてる」

 「犬だな、お前」

 「あのさぁ、結構いい場面で、格好いい台詞言ってんだから、そういうのは酷いんじゃない?」


 緊張感のカケラもないやり取りだった。

 「クロ」の方は、本当に緊張などしていない様子ではあるが、靴谷氷花はそうではないのかもしれなかった。

 言葉の上では、いつも通りではあるが、この扉の先にある何かを想像すると、あくまで一般人の範疇を超えてはいない彼女にとって、現在自身が置かれている状況というのは、緊張するなという方が難しいだろう。

 それでも、そんな姿を見せようとしないのは、この先に家族がいるかもしれない、家族を守れるのは自分たちだけかもしれない、という使命感があるからなのだろう。

 

 「なあ、殺人鬼。お前死ぬのって怖いか?」

 「んー別に?生きてりゃ殺されることだってあるだろうし、殺してしまえば殺されることはないからな。怖くないというか、受け入れてるっていう方が近いかもな」

 「そういうもんか」

 「そういうもんだよ」


 タイミングを見計らったかのように、扉が開く。

 扉を開けたのは、かなりガタイの良い男で、喪服のようなスーツを着ていた。

 身長は二メートル近くあるのではないかと思われるほどに高く、腕や脚は何らかの格闘技をしていたことが予想されるほどに太く鍛えられていた。

 男は二人を見下ろし、無表情のまま扉を開けきった。


 「よく来た。お前たちにはこれから殺し合いに参加してもらう。それを完遂できたら枠綿様との交渉の権利を獲得できる。相手は本気でお前たちを殺しにくるので、そのつもりで準備をすることをお勧めする」


 あくまで無表情のまま。

 そして高圧的で、こちらに有無を言わせない強引さがあった。


 しかし、そんなものを何とも思わない人外の殺人鬼がここにはいるのだ。


 「殺し合いね、オーケー。で、おっさんもその相手に含まれんの?」

 「命令があれば、今すぐにでも」

 「くはは、なるほどね。納得納得、おっさんだろ?俺らのことを見てた覗き野郎は」

 「ほう、俺だという根拠は?」


 「クロ」の挑発に、男は表情を崩した。

 嬉しそうに頬を歪ませ、禍々しい殺気を二人にぶつけてくる。


 「根拠も何も、その殺気で充分過ぎる気がするんだけど。でもまあ、決め手って意味では、その殺気よりも明確なもんがあるだろ」

 「言ってみろ」

 「気配の無さ、だよ」

 「••••••」

 「おっさんみたいなプレイヤーが、何の気配も発さずにいられるわけがねぇだろ。上手過ぎるんだよ、そこだけぽっかり穴が空いたかのような不自然さがある」

 「お前、ただの殺し屋ではないな」


 二人の会話は淡々と執り行われているが、その両者の間には、今すぐにでも殺し合いが始まらんとする程の殺気が充満していく。


 そんな二人と同じ空間にいながら、今も尚、意識を保てている靴谷氷花は、それだけで十全に、賞賛に値する。


 「俺を殺し屋なんかと一緒にすんな、あんな真面目君たちと同列にしたら、殺し屋に失礼だろ、くはは」

 「では、お前は」

 「殺人鬼」

 「•••••••かか、かかははははははは!殺人鬼か、この目で見るのは初めてだ。お前がこの後のつまらんゲームを終えたら、俺が相手になろう」

 「おいおい、こっちの都合も考えて欲しいところだけれど、いいぜぇ。首洗って待っときな」

 「では、さっさと終わらせてこい」


 その会話を最後に、二人の間の重たい空気は嘘のようになくなった。

 そして、男は二人を部屋の中に案内する。


 部屋の中には複数のモニターが設置されており、そこにはグラウンドのような場所や病院のような雰囲気の建物の中、植物園のような場所に何もない真っ白な部屋など、様々な空間が映し出されていた。


 「これから、お前たちのどちらかには『会場』の方に行ってもらう。残った方はここで最初のゲームを観戦してもらう」

 「あ?一人でいいのかよ、じゃ俺が行くよ」

 

 男の説明に、「クロ」がすぐに応える。


 「靴谷氷花、お前はそれでいいか?」

 「ああ、そういうのはこいつの仕事だから」

 「ふん、良かろう。ではお前はこのままこの部屋に居てもらう」

 「はいはい」


 精一杯の虚勢だった。

 靴谷氷花が如何に特殊なポテンシャルを有していようと、それはあくまで「普通」の中での話である。

 頭の回転が速いだとか、運動神経が良いだとか。

 そんなことがこの場において、どれだけ彼女自身を助けてくれるというのだろうか。

 無いよりはマシかもしれないけれど。


 「じゃ、俺はどこに行けばいい?」 

 「直に案内が来る」


 そう言った直後だった。

 開かれたままの扉の方から、声がした。


 「お迎えにあがりました」


 その声は、靴谷氷花にとっても「クロ」にとっても、懐かしい声だった。

 咄嗟に振り返る二人だったが、その視線の先にはーー

 

 「••••••の、呑荊棘?」

 「はあ?どうなってんだ?」 


 虚ろな表情の白塔呑荊棘がそこには立っていた。


 「説明する義理はない。そんなことはいいから、さっさと行け。そしてさっさと戻ってこい、殺人鬼」


 男に急かされ、部屋から追い出されるような形になった「クロ」だったが、冷静になってみると、「クロ」は白塔呑荊棘の姿をした誰かと二人で廊下を歩くことになってしまっているのだ。


 (何だこりゃ?このお姉さんは、何年か前に殺されてるはずだったよな。てことは、目の前のこいつは何だ?)


 二人の間に会話はない。

 そのことに何処か安心している「クロ」ではあるが、同時にとある懸念が生まれた。


 (こういう展開か、なるほどね。これはお姉さんにとっては地獄かもな。なんせ家族の一人が『造られている』なんてことを、あのお姉さんが許容できるはずがねぇ。ってなると、肝になるのはこいつらが『何人いるのか』と『何をさせているのか』だな)


 二人は無言のまま、歩き続ける。

 「クロ」は、目の前を歩く彼女を慎重に観察しながら。 

 もう一人の誰かは、まるで機械のように、感情が死んだままの表情で屋敷の玄関へ向かって歩いている。


 玄関を過ぎても、二人に会話はない。

 ただ、「クロ」は玄関口からそう離れていないところで血を流し、倒れたまま動かない幼児の姿を捉え、小さく嗤った。


 (ったく、どこまでも狂ってやがるな。俺みたいな殺人鬼の方が、よっぽど人道的だろ、くはは)

 

 もちろん、彼女もそれを目にしているはずだが、何の反応もなかった。

 そのまま、二人は闇に消えていってしまった。




 そして、それを部屋に設置されたモニターで確認しつつ、靴谷氷花は声を荒げた。

 

 「おい、なんでここに呑荊棘がいる?」

 「応える義理はない」

 「うるせぇ、さっさと教えろ!あれは誰だ?」


 怒鳴った勢いのまま、靴谷氷花は携帯していた拳銃を、男に向かって構えた。


 「威勢はいいな、頭は悪そうではあるが。それにそれは不切木刃の獲物か、そんなものが俺に通用するとでも?」

 

 しかし、靴谷氷花の威嚇など全く気にせず、男は微動だにしない。

 それが更に、彼女の怒りを逆撫でする。


 「話逸らしてんじゃねぇよ、あいつは死んだんだよ。それがどういう理由で、こんなとこにいる?どんなことをされたら、あんな表情になるんだよ、ああ?」


 拳銃を持つ手に、力が際限なく込められていく。


 靴谷氷花には、わからない。

 白塔呑荊棘が、あの日殺されなければならなかった理由が。


 靴谷氷花には、わからない。

 死して尚、その命を弄ばれる者の痛みが。


 靴谷氷花には、わからない。

 家族思いな妹が、あんな顔をするまでに辿った絶望が。


 靴谷氷花には、わからない。

 自身の内から、止めどなく溢れてくるこの感情の正体が。




 「お前とアレにどんな関係があるのかは知らんが、それも含めてお前には全てを知ってもらう。それがお前に課せられた催しだ」



 男は平坦な声で言った。

 先程、「クロ」と対峙したときに見せた表情のカケラも見せないまま。

 

 靴谷氷花は、感情の制御が効かないと思った。

 何層にも重なった感情が、渦巻いて、うごめいて、混ざり合って、喰らい合って。


 一筋の涙となって、彼女の瞳から零れ落ちた。


 枠綿無禅が主催する催しとやらは、まだ始まってすらいない。

 しかし、役者は全員揃っている。

 幕も上がり、出囃子も鳴っている。

 

 さあ、誰が最初に舞う?

 誰が最初に死ぬ?


 運命に翻弄され、人の悪意に踊らされた者たちの復讐喜劇、これ以上ないくらいに、狂って、喰らって、殺して、叫んで、憎んで、恨んで、千切って、裂いて、命の限り、盛り上がって逝きましょう。


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