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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
37/71

笑顔

103

 私にとっての君は何?

 君にとっての私は何?


104

 「そもそも、俺だってお前の親父には迷惑してたんだよ。お前だけが被害者だと思うなよ」

 

 枠綿登は心底鬱陶しそうに、吐き捨てる。


 「あんたみたいなクズが何言ってんの?それが梢を前にして言うこと?」

 「そう噛みついてくるなよ、元気良すぎだろ。まだ痛めつけが足りなかったってのかよ、バケモンだな」

 

 強い言葉を発する殻柳優姫に対し、余裕の表情で見下している枠綿登。

 

 「あんたたちに何されたって、私は負けたりしないわよ。私は家族を守るためなら、どんなことにだって耐えられる」

 「家族?ひだまり園のガキどもは、須く商品に過ぎないってのにか?漏れなく徹頭徹尾誰一人の例外もなく、あそこはそういうところだったはずだろう?」

 「いい加減にしなさい!あんたたちみたいな腐った人間に、この子たちの人生を好きにさせてたまるもんか!」


 熱を帯びていくやりとりを、白塔梢はただ黙って見ていた。

 光を失ったその瞳で、ただ見ていた。

 そして、閉ざしていた口を静かに開いた。


 「姫ちゃん、もういいよ」

 

 その声は、今まで彼女の口からは聞いたことのないものだった。

 怒りを含み、恨みが溢れ、憎しみに溺れたような、そんな声だった。


 「もうどうしたって、私はこの人たちのこと許すつもりはないから」


 消え入りそうな、それでも強い声色のそれは、不思議とよく響いた。

 枠綿登は、そんな白塔梢を汚いものを見るかのような蔑んだ目で見ながら、応える。


 「おいおい、お前が俺をどれだけ恨もうが、憎もうが、お前には何もできないだろ。お前の親が殺された時、お前は何をしてた?お前の片割れが死んだ時、お前は何をしてた?結局、お前には何もないんだよ、そうやって憎んでいるふりをしていれば、誰かが助けてくれるとでも思ってんだろ。ガキはどこまでいってもガキだな」


 枠綿登は、自分の言葉が無責任かどうかなど考えない。

 それを考えるのは、自分のやることだと思っていないからである。

 

 責任という言葉に、どれだけの人間が正しい理解を示しているのだろうか。

 自分のしたこと、言ったことに責任を持つ。

 それが大人の常識だという見解があるけれど、実際それは一般的な層の常識でしかないのである。

 ある一定の線を越えると、自分の言動に責任を持つ必要性を感じない層がいるのだ。

 もちろん、その層の全ての人間が無責任というわけではないのだけれど。


 しかし、そのような社会の闇など、白塔梢にとってはどうでもいいことだし、知ったことではない。

 目の前の枠綿登と、枠綿無禅を殺すこと、両親と妹の仇を討つこと。

 それだけが、彼女の頭の中を支配する。


 みるみるその顔を怒りで染めていく白塔梢の横で、アイは自分に何ができるのかを必死で考えていた。

 人工的に造られた彼女ではあるが、奇跡的に芽生えた自我のお陰で、守りたいものができたのだ。何に代えても守り抜きたい。

 

 (それこそ造られた、この偽物の命に代えても)


 そしてこの後、状況はさらに激化することになる。

 

 「失礼致します、登様。例の少女を連れて参りました。少々余計なおまけがついて来てはいますが、対処できる範囲の内かと」

 「おう、ようやく来たか。ご苦労だったな、老虎ろうこ。お前は親父の指示を引き続き全うしてくれ」

 「はい、畏まりました」


 老虎と呼ばれた青年は、大分県の地下通路で「シロ」たちに接触してきた男である。

 名を老雨老虎おいさめろうこ

 枠綿家御用達の殺し屋である。

 彼は、再度軽く頭を下げ、《第一研究室》を出る。


 「ふはは、面白くなってきたな。白塔のガキ、これから始まるゲームを生き残れたら、俺を殺す権利をくれてやるよ」

 「ゲーム?」

 

 途端に展開が進み、ついていけない三人を放って、枠綿登は心の底から楽しそうに嗤う。

 その姿は、三人にとって同様に不気味に見えたことだろう。


 「待ちなさい、梢を使って何をするつもり?私が代わりに参加するから、梢を巻き込むのはもうやめなさい!」

 「いやいや、お前も参加すんだよ。もちろんそこのガラクタもな。ひだまり園の生き残りにこれ以上死人を出したくなけりゃ、大人しくついてきな。隣の実験場で、ゲームの準備を進めているところだ」


 そう言って、枠綿登は三人には目もくれず、部屋から出ようとする。

 もう既に、三人に対する興味など失ってしまったかのように。


 言われて、すかさず身動きの取れない殻柳優姫に白塔梢が駆け寄る。

 遅れて、アイも駆け寄るが、肩を貸すことは躊躇ったようだ。


 「立ち上がれる?姫ちゃん、ごめんね」

 「大丈夫よ、梢も謝らないの」

 「••••••」


 「ふん、さっさとついてこいよ。俺は先に行ってるからよ。逃げようなんてしても無駄だからな、白塔のガキはわかってると思うが、お前のツレもくるってことを忘れないようにな」


 そう言い残し、枠綿登は部屋から出ていった。

 残された三人は、ゆっくりとした足取りではあるが、男の後を追うことにする。

 

 「アイちゃん、そっちから支えてくれる?」

 「えっ、あ、うん」

 「アイちゃん?この子の名前?」

 「うん、藍の花からとったんだよ。呑荊棘とは流石に呼べないから、ね」

 

 「アイ、か。なるほどね。アイ、ここまで梢を守ってくれてありがとう。それに梢のために何かをしようとしてくれて、ありがとう」

 「え?いや、私は何もできてなんかない、です。たまたま呑荊棘の遺伝子に組み込まれた記憶が読み込めたってだけです。さっきあの男が言った通り、私はガラクタに過ぎません」

 「アイちゃん、そんなこと言わないで。私はアイちゃんに会えてよかったんだよ。もちろん最初は怖かったし、受け入れられないって思ったけど、呑荊棘の思いを必死に受け継ごうとしたアイちゃんを見てたらね、嬉しくて懐かしくて、いい子なんだなって思ったんだよ」


 三人は、これから何が行われるのか、何に巻き込まれるのか、その話を避けるように前に進む。

 そこに目を向けて仕舞えば、正常ではいられないような気がするのかもしれない。


 「そういえば梢?ツレって氷花のことよね?あの子も捕まっているの?」

 「それはわからないんだよ、確かにひょうか姉もここに向かって来てるとは思うけれど、捕まったっていうのはあんまり想像ができないんだよ」


 白塔梢は、一人の男の子のことを思い出す。

 殺人鬼だと言っていた、あの男の子を。

 五年前、あの状況から生き残った殺人鬼が、こんなところで殺されるとも思えないし、靴谷氷花にしたって簡単に捕まるとは思えない。

 旧知の仲だったみたいだし、あの二人に万が一ということはないように思えたのだろう。


 「でも、もう一人いるんだよ」

 「もう一人?」

 

 白塔梢にとって、「時野舞白」との再会は一瞬でしかなかったけれど、死んだと思っていた妹がちゃんと生きていたことが何よりも嬉しかった。

 アイには申し訳ないが、それには明確な違いがあるのだ。

 偽物と本物。

 

 そして、三人は実験場の玄関に辿り着く。


 「お待ちしておりました、こちらへ」

 

 玄関には、スーツ姿の男が立っており、三人をそのまま案内しようとする。

 実験場と聞く限りにおいて、あまりいい想像はできないが、ここで引くわけにはいかない。


 「行こう、姫ちゃん。アイちゃんも」

 

 (いつの間にか強くなったのね、梢)


 頷きながら、我が子の成長に感心する殻柳優姫。

 彼女にとって、ひだまり園は家であり家族を守る城でもあった。

 そこにくる子どもたちは皆、何らかの傷を背負っている。

 その傷は、きっと大人でさえ耐えられないようなものも多い。

 「時野舞白」だってその最たる例だが、靴谷氷花も白塔梢も、他の子たちも深い傷を背負って生きていた。

 

 「アイ、何かあったら梢のこと頼んでいいかしら?」

 「はい、梢のことは死んでも守ります」


 アイの決意に、白塔梢は一瞬悲しげに俯く。

 その表情は誰にも気付かれてはいないけれど、彼女自身の心に昏い何かを残した。



 実験場の中は、想像以上に閑散としていた。

 漫画や映画のように、至る所に培養機のようなカプセルが並んでいて、ゲージの中には実験された動物たちが声を荒げている、ということは全くなかった。

 寧ろ、先程の研究所に近い。

 清潔感が溢れ、異様な雰囲気を纏った施設内は、どことなく不安を煽ってくる。


 「この先、あなた方は我らが主催するゲームに参加していただきます。そのままの格好では、我らが主人の品位を疑われてしまいますので、こちらでドレスに着替えていただきます。武器もそこに用意していますので、ご自由にご使用ください」


 数歩先を歩く男は、あくまで丁寧に案内を続ける。

 その男が指す部屋には、豪華なドレスが並び、仕立てを手伝うためのアシスタントが二人待機していた。


 「では後程、また迎えに参ります」


 そう言い残し、男は来た道を戻っていった。


 「ドレスに着替えろって、どういうこと?」

 「梢、この世の中にはね、こういうことを娯楽に変えて愉しむ下衆もいるんだよ。おそらく、ゲームってのはそいつらに向けたものだろうね。アイも心しときな、ここからはあなたでも想像を絶することが起こるかもしれない」

 

 三人は、アシスタントに促されるがまま、着替えさせられた。

 

 「へぇ、こんな場所じゃなかったら、記念に写真でも沢山撮ってあげたい所なんだけれどね。アイも、うん。流石っていうのは失礼かしら」

 

 殻柳優姫は、自分たちの置かれている状況を悔やみつつも、綺麗に着飾った娘の姿に頬を緩めた。

 

 「姫ちゃん、嬉しそうだね」

 「あ、ごめんね。私は長年ひだまり園で皆の母親代わりをしてきたんだけれどね、一度も子どもの結婚式に出たことがなくてね。憧れてたのよ」

 「ええ?姫ちゃん泣いてるの?ていうか、私のドレス姿見て泣かれても、恥ずかしいんだよ」

 「ふふ、梢は可愛いからドレス姿も似合ってるよ」

 「やめてってば、そんな状況じゃないのに」


 微笑ましい光景だった。

 家族を知らないアイですら、その光景に心が温かくなる。

 その心が、アイ自身のものなのか、白塔呑荊棘のものなのか、定かではないけれど。


 「ひょうか姉にも着せてみたいね、こういうの」

 「あはは、梢も言うねえ。あの子は嫌がるだろうね、目に浮かぶよ」

 「うん、ひょうか姉は怒るだろうね。でも絶対似合うと思うんだよ。それにね、ひょうか姉はなんだかんだお願いしたら、嫌々言いながらやってくれるんだよ」


 家族のやり取りは、外側から見るととても温かくて、微笑ましいものではあるのだけれど、その温もりを知らない者にとっては、痛みや寂しさ、情けなさをこれでもかというくらいに自覚させてくるのだ。


 持つ者と持たざる者。

 それぞれに悩みもあれば、苦しみもある。

 しかし、失った者と奪った者とでは、悩みや苦痛は共有できない。

 どこまでいってもその関係は変わることはない。


 家族を失い、家族に出会った彼女。

 家族を知らないまま彼女に出会った者。


 その両者が思い合うことはあっても、並び立つことはきっと不可能なのだ。

 



 大切な家族のために。

 復讐に染まった自分のために。

 思い出の中の姉のために。


 美しいドレスに着替えた三人は、顔を上げ前へと進む。

 それぞれの戦いへと、しっかりと地に足をつけて、前へと進む。

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