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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
28/71

勇気

79

 無様に無価値に無意味にーー

 命は死んでいく。


80

 白塔梢は死んでいた。

 確認するまでもなく、明確に確実にバラバラにされて死んでいた。

 彼女が生きていた頃の快活さや、憎めない性格を思い出してみても、このような殺され方をされる理由は何一つとして存在しないはずだ。

 彼女の尊厳を徹底的に蹂躙し、殺戮し、解体することを目的として成された「それ」は、もう一言も喋ってはくれない。

 助けを求める声も、恨みを呟く声も、恐怖に怯える声も、そして「シロ」を迎えるあの嬉しそうな声すらも、全てが根こそぎ奪われてしまった。


 ほんの数十分前、「シロ」が白塔梢を寝かせた場所には、彼女はいない。

 彼女だったものが、およそ二百以上のパーツに解体されて、乱雑に置かれているだけだった。

 夥しいほどの血を床に這わせ、物言わぬ彼女は何を思うのだろうか。


 「うっ、な、なんで。こずえ姉ばかりが、こんな目に遭う?」


 唸るような、低く怒りで震えた声で「シロ」は問う。

 

 「お前らが殺してきた人の中に、殺される理由を持っている人はいたか?お前らはいつだって勝手気ままに、理不尽に、私たちの大切なものを奪っていくんだ」


 静かな静かな叫びだった。

 しかし、「シロ」の目から溢れているのは涙ではなく、触れるもの全てを殺さんとするほどの殺意だった。


 「もういいよ、私が全部終わらせる。お前らの全てを殺してやる」


 

 「シロ」の殺意は留まることなく膨らみ続ける。

 そして、それを止めてくれる者もここには誰一人としていないのだ。

 

 「シロ」はゆっくりと最後の時間を噛み締めるかのように、バラバラになった姉を集め、廃屋の庭に埋めていった。肉を、骨を、皮を、余すことなく集めては埋めた。「シロ」はゆっくりと最後の時間を噛み締めるかのように、バラバラになった姉を集め、廃屋の庭に埋めていった。肉を、骨を、皮を、余すことなく集めては埋めた。「シロ」はゆっくりと最後の時間を噛み締めるかのように、バラバラになった姉を集め、廃屋の庭に埋めていった。肉を、骨を、皮を、余すことなく集めては埋めた。「シロ」はゆっくりと最後の時間を噛み締めるかのように、バラバラになった姉を集め、廃屋の庭に埋めていった。肉を、骨を、皮を、余すことなく集めては埋めた。肉を、骨を、皮を。

 姉を、姉だった全てのパーツを埋め終わった時、辺りはすっかり暗くなっており、夜を迎えていた。


 「こずえ姉、ごめんなさい。私守ってあげられなかった、守るためにここに来たはずなのに、何もできなかった。だから、私にできることはやろうと思う。こずえ姉を傷付けた連中の全てを私が潰す。殺して殺して殺してくる。全部終わったら、迎えにくるから。何にもないし、ひだまり園のみんなも居なくて寂しいところだけれど、必ず迎えにくるから、待っててね」


 手を合わせ、目を瞑り、静かに呟いた。

 「シロ」は立ち上がると、そのまま廃屋を後にした。

 彼女の目に一切の迷いはない、あるのはただ純粋な殺意のみ。


81

 熊本県熊本市。

 靴谷氷花と「クロ」のコンビは順調に進んでいた。

 白塔梢が殺されたことはもちろん知らないので、当初の予定通りに熊本県で暴れている最中というわけだった。


 「なぁ、お姉さんよぉ。こいつらどう思う?時間稼ぎの類かと思ってはいたがよぉ、弱すぎるんだよな。最初に会った爺さんの方がよっぽど強かったぜ?」

 「うるせぇな、そんなもんに答えが出たとして何になる?あたしらの目的は、暴れることなんだろ?なら文句言わずに働け」


 相変わらずの仲の良さではあるが、実際二人はそれぞれ違和感を抱いていた。

 既に熊本県に入ってから半日以上が経ち、日も落ちている。

 それなのに、襲撃は止むことなく一定の間隔で襲ってくるのだ。そう、増えるでも減るでもなく、ただただ一定に。

 休む間もなく襲われるのであれば、この二人としても厳しいと言わざるを得ないかもしれないが、そうでもないのだ。一時間に一回、十人の刺客に襲われる。それだけなのだ。

 その程度であれば、「クロ」一人で何時間でも捌き切れる、捌き切れてしまう。

 そして、そのなんてことのない時間を、二人は既に十一回も繰り返している。


 「こいつらの目的は俺たちの体力なのか?それとも時間か?お姉さん、そろそろ当たりを付けねぇとまずい気がすんだが。いくら向こうの戦力を削るっつったって、こんな雑魚を何人削ったところで何にもならねぇ。動きはほぼ素人だし、殺す覚悟も殺される覚悟もねぇヤツらで、一体何がしてぇんだろうな」

 

 事実、「クロ」が返り討ちにしていた連中は、殆どが素人だった。

 「楽心教」所属の信者たちに無理矢理武器を持たせ、襲撃に向かわせただけに過ぎないのだ。

 そして、その襲撃者は一人の生き残りもなく、殺されているのだが。 


 「まぁ、お前の言う通り、ここまで襲ってきた連中の大半は素人だろうな。それを踏まえての可能性を幾つかあげてみるか?」

 「可能性?」

 「あぁ、最善の未来と最悪の未来についての可能性だ。この場合最善つーのはなんかしっくりこねぇが、最悪のケースはいくらでも出てくるってのが腹立つところだな」

 「俺に当たんなよ。で?最悪の可能性ってのは何があるんだよ」

 「あたしら二人は敵を誘き寄せるつもりでいたが、向こうもあたしらの足止めが目的だったとしたら、目的は違えど手段が噛み合っちまった以上、敵の掌の上だわな。だが、正直そんなことは別にどっちでもいい。問題はあたしらが誘き寄せるつもりでいた戦力がどこを向いてんのかってことだ」

 「あー、なるほどねぇ。向こう側に行ってたらちぃっとまずいな。昼間の狙撃野郎みたいなのが何人いるのかはわかんねぇけど、流石にあいつ一人にゃ荷が重いかもしれねぇか?いや、あいつは難なく突破しそうなんだよなぁ」

 「ブツブツうるせぇ。兎に角、あたしらもここら辺で方針を変える必要があるな。何でかわかんねぇが梢とも連絡がつかねぇし、早いとこ宮崎に向かっちまおう」


 そう言って、靴谷氷花はフルフェイスのヘルメットを被り、いかにも早く走れそうなバイクに跨る。

 それを肩を竦めて見届けた「クロ」も、同様のヘルメットを被り、靴谷氷花の跨ったバイクとは別の、これまた速度重視の機能を搭載しているであろうバイクに跨った。


 二人が乗っていた車は、六時間ほど前に大破している。

 靴谷氷花曰く、持ち主に返しに行く途中だったそれは、無惨にも二度と走ることは叶わぬ姿になっていた。

 そして、足を無くした二人は適当な場所で適当に選んだバイクに跨ったと言うわけだ。

 もちろん、持ち主の了承は得ている。寧ろ二度と口を開くことのできない状態にもなっているのだけれど。


 そんな訳で、二人はそれぞれのバイクに跨り、一気に宮崎県を目指す方針に切り替えた。

 当然、その行動は逐一報告が入っているので、靴谷氷花の言うところの「敵」にとって、然程困ると言うこともないのだけれど。

 それでも、不安の芽は摘んでおきたいと言うところだろうか、それらの報告を受けた男は、すぐさま別の誰かに連絡を入れる。


 「靴谷氷花と青年が宮崎に入ったら、例の場所を教えてやれ。もちろん歓迎も含めてだ。青年はその場で殺しても構わん、しかし靴谷はまだ使える、生かして捕らえろ。それとあちらの方はうまく回収できたのか?そうか、ならばすぐに俺の元へ連れて来い」


 男は、枠綿無禅は不敵に笑う。

 全てが計画通りと言わんばかりに。


 そして、その隣。

 手錠と足枷を付けられ、最低限の行動すら怪しい様子で捉えられている彼女、殻柳優姫は声を荒げる。


 「枠綿、あの子たちにこれ以上何かしようって言うの?外道め、あんたみたいな外道に殺されたあの子たちの代わりに私があんたを殺してやる!」


 ひだまり園にいた頃では想像もできないほどの表情で、彼女は枠綿無禅を睨み付けている。

 しかし、枠綿無禅はそれを可笑そうに嫌な笑みを浮かべて受け止める。


 「殻柳先生、元気そうで何よりですよ。あなたの商品はいつも活きがいい。最高の鮮度で買い取れて、最高の価格で売れるんだ、感謝していますよ。まあ、何も知らされていなかった貴方には少しばかり刺激の強い話だったかもしれませんがね。今回は白塔梢と靴谷氷花、そして時野舞白ですか。時野舞白に関してはあまり情報が集められていないようですが、一体どのような子でしょうか?どのような芸ができるんです?」


 殻柳優姫は、吐きそうになるのを必死で堪えた。

 

 約一年前、殻柳優姫はとあるタレコミで、その事実を知ることになる。

 これまで共に生活し、送り出してきた子どもたちが辿った結末を知ってしまったのだ。

 ひだまり園が、警察の監視下にあることは彼女自身もよく知っていた。何を隠そう彼女も警察に所属する人間の一人なのだから、当然である。

 しかし、全てを知っていたわけではない。

 寧ろ、殆ど何も知らなかったと言う方が正しいのだろう。


 過去に傷を負った子どもたちが、少しでも幸せを享受できるように。

 未来に希望を持てない子どもたちが、今を笑って生きていけるように。

 彼女は必死だった。

 何度も泣きそうになるのを堪えてきた。


 あの子が来た時も、あの子が来た時も。

 あの子と初めて会った時も。


 殻柳優姫は、自分にできることに命を懸けた。

 彼女の全てだったと言ってもいい。


 でも、その全ては嘘だったのだ。

 権力があの子たちの未来を奪い、暴力があの子たちの笑顔を奪った。

 過去を乗り越えた先に、あの子たちを待ち構えていたのは、もっと汚く醜い欲望の渦だったのだ。


 何人の子どもたちを、送り出してきたのだろう。

 子どもたちが泣いているのを、助けを求めているのを、何度気付けずにいたのだろう。

 

 彼女は、ひだまり園を閉める事にした。

 もう全てが遅いことはわかっていたけれど、これ以上見て見ぬ振りはできなかった。

 せめて、今生きている子たちのことは、何に代えても守りたかったのだろう。

 一人ずつ里親を探したが、時間がかかり過ぎるとのことで、別の施設に預ける方向で動いた。

 当時、ひだまり園には三人の子どもがいた。

 時野舞白、森伏心、殻柳潤の三人である。

 歳は離れているが、みんな仲良く支え合っていた。


 必ず守ると、助けてみせると彼女は息巻いた。


       森伏心の転入する

    施設が見つかった。

             そして、森伏心が

         ひだまり園を去った。

           そこからはあっという間だった。


       ひだまり園に見たことのない

    制服を着た連中が

                 押し寄せてきた。

 

      彼女はすぐに、時野舞白と殻柳潤に   

   逃げるよう叫んだ。

         叫ぶと同時に、迎撃しようと

                  武装を試みたが失敗した。





 何かで頭を強く殴られ、気を失ってしまったのだ。

 目が覚めると、枠綿無禅がいた。


 「あ••••••あぁぁぁぁあああっぁぁぁぁぁぁあああ!やめろぉ!」


 全身を痣だらけにしてピクリとも動かない、十二歳の少女を、殻柳潤を陵辱していた。



 「あんたが潤ちゃんにしたことや、梢や呑荊棘にしてきたことは絶対に許さない。死んでも殺してやる」

 「ふふふ、貴方も威勢がいいですね。一年前ここに来たばかりの頃、死にかけの獣のように凶暴だった貴方を思い出しますね。そんなに睨み続けていても、この一年私を殺せなかった貴方に今更何ができるんです?これでもね、貴方にはそれなりの待遇をしているんですがね、一切危害を加えないだけでなく、食事や衣服まで与えているではないですか」

 

 恨まれる筋合いはないと言いたげな態度で、枠綿無禅は殻柳優姫を挑発する。

 その態度がさらに彼女の神経を逆撫でる。


 「あぁ、そうそういいこと教えて差し上げますよ、殻柳先生。今ね、部下が白塔梢の身柄を押さえたそうです。こちらに連れてきてくれているみたいですから、もしかしたらお話しする機会もあるかもしれませんよ、貴方の態度次第ですけれどね、ふふふ」

 「梢に指一本でも触れてみろ、首だけになっても殺してやる。これ以上私の子どもに関わるな」

 「おやおや、心外ですね。関わってきたのは彼方さんですよ?五年前の件で懲りておけばいいものを。馬鹿の扱いにはなかなか慣れませんね。心配しなくとも、手は出しませんよ。いや、あの馬鹿息子はどうか知りませんがね、お互い手のかかる子どもを持つと苦労しますな」

 「あんなのと私の子どもたちを一緒にするな」


 口では強く言うが、しかし殻柳優姫に何の手立てがないことも事実なのである。

 この一年間、何もできないまま生かされていただけなのだ。

 どれだけ凄んでみても、その目には誰も屈してはくれないのだ。


 そして、殻柳優姫にとって決して看過できない状況になってきている。

 白塔梢の身柄を押さえたと、目の前の男は言ったのだ。


 舞台に役者が次々と上がってくる。

 その様は見る人に拠っては壮観なのかもしれないが、視点を変えてみると、これほどまでに混沌とした空間もないだろう。

 舞台の幕が開いて、既に幾許かの時間が過ぎている。

 物語は進む。

 誰かの意思や、嘆き、欲望に忖度することなく。

 気ままに気まぐれに。


 最後に誰かが笑っているかどうかさえ見えない。

 そもそも終わりに向かっているのかさえ、誰にもわからない。


 ただ、わかっていることは、この舞台で生き残るには狂うしかないと言うことでる。

 狂って苦しんで、壊れて腐って、殺して殺されて。

 正しさや間違いなんて、小さな物差しでは測れない何かから目を背けてはいけない。


 さあ、人生を語ろうか。

 

 


 

 

 

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

殻柳優姫の回想の描写で、改行がおかしい所がございますが、そういう演出ですので、悪しからず。


細かい説明はまたいつか後日譚としてお話しできたらと思っております!

では、また次回!

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