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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
25/71

侵攻

71

 伝統も風習も、文化もクソ喰らえだ。

 今ここで生きているのはお前だろ。


72

 コミュニケーションというのは、生物が生きていく上で必要不可欠なスキルだろう。

 あくまで、誰かと共に生きていく上での話ではあるが。


 会話とは、往々にして言葉の掛け合い、キャッチボールとも揶揄されるが、事実、双方が何の脈略もないことを好き勝手喋っていては、会話は成立しない。ただ五月蝿いだけである。

 しかし、例えば、どちらかが一方的に話し続けていて、もう一方はひたすら黙って聴いている状態はどうだろう。会話とは言えないが、意思の疎通くらいは可能かもしれない。では、どちらも一言も喋らずにただ一緒にいるだけだったら?会話をするという行為において、成功や失敗があるのかは知らないけれど、その基準が自分にも他人にもあるというのは酷く収まりが悪いように思えてしまう。

 こちらが伝えたと思っていても、実際は何も伝わっていなかったり、理解できたと思っていたものが、全くの勘違いだったり。

 コミュニケーションの難しさは、こういうところにあるのだろう。

 如何に言葉を尽くそうと、届かない者には届いてくれないし、全然違う形で届いてしまうことまであるのだから煩わしい限りである。


 大分県中津市。

 白塔梢は言葉では表しようのない感情と戦っていた。

 原因はもちろん、助手席でひたすら黙っている般若面のそれである。


 「あ、あの、おおお腹空いたりしてませんか?何かあったらすぐ言ってくださいね?」


 ここまで怯えている彼女は、実はかなり珍しいのだ。

 そんな彼女を見て、般若のお面の奥で「シロ」は罪悪感に苛まれていた。


 「えっと、大丈夫ですよ。お構いなく」


 「シロ」としては断腸の思いに近かったが、これ以上姉を怯えさせてしまうのは耐えられなかった。

 声は少し変えてはいたが、あまり話しすぎるとボロが出そうだったので、簡潔に答えることにした。


 「え!今喋ってくれましたか?しかも女性の方なんですね!よかったですー、正直いうとものすごく怖くて、ずっと泣きそうだったんです」


 泣きそうだったらしい。

 「シロ」としても、ここで自分のことを明かすわけにはいかないので、そこの線引きは気をつけていくつもりではいるが、それでも姉が泣きそうになっていたことの原因が、自分の格好と態度であることは間違いないので、少しだけ歩み寄ろうと思ったのかもしれない。何にせよ、こうして二人は少しずつ話すようになっていくのだが、それが上手なコミュニケーションかどうかは判断が難しいところだった。


 「ひょうか姉のところには、あの子が行ってくれているんですよね?あの子、あの殺人鬼とはどういう関係なんですか?」

 「••••••家族です」

 「そ、そうなんですね。とういうことは、あなたも?」

 「そうですね、成り損ないではありますが」


 殺人鬼の成り損ない。

 そう形容された者は、果たして人間と言っていいのだろうか。

 そう形容されておきながらも、「普通」に溶け込めるのだろうか。

 答えは絶対的に否である。その少女の体に内在している殺意は、普通の人間が抱えていい量や質を凌駕している。

 最近は「クロ」のおかげで抑えられてはいるが、別行動をとっている状況は、実際かなり危険を含んでいると言っていいのだ。


 そして、「普通」である白塔梢と、「普通」でない殺人姫の旅は始まったばかり。

 

 「白塔さんは、なぜ復讐を?」


 大分県中津市の海岸沿いをゆっくり走行中の車内。

 普段なら、海岸の景色に会話を弾ませるところではあるはずなのだが、この二人の会話はそんな色を全くと含まない。

 

 「えっと、家族を殺されたんです。二度も。一度目は父と母を、そして二度目は妹と弟を」


 それは殺人姫もよく知っている理由だった。

 悲しいほどにわかる理由だった。

 彼女は、彼女自身がまだ「時野舞白」だった頃、さらに言えば、ひだまり園にいた頃、白塔梢本人から聞いて感情が黒く濁っていく感覚に苦しんだのを思い出していた。

 過去に傷を負っていた者同士が、施設に集められ、家族として暮らしていたあの場所では、そういう話を避けている風潮があった。しかし、ひだまり園に「時野舞白」が加わったタイミングで、その風潮は壊されていった。

 靴谷氷花が、番貝夜弦が、そして白塔梢と白塔呑荊棘が、その傷を語った。

 その時、「時野舞白」も、自らの傷を語ったのだが、そこからいろんなものが壊れていった。


 日常が壊れた。会話が壊れた。感情が壊れた。平静が壊れた。睡眠が壊れた。笑顔が壊れた。友愛が壊れた。時間が壊れた。普通が壊れた。我慢が壊れた。そして家族が壊れた。


 壊れて壊れて壊れて壊れて壊れて壊れて壊れて壊れて壊れて壊れて、壊れてしまった。


 「家族を殺したその人を、殺したいですか?」


 「シロ」は消えてしまいそうな声で、白塔梢に尋ねる。

 どういう感情が、その言葉に込められていたのかは、彼女以外誰もわかってあげられない。


 「うん、殺す。絶対に許せない。えっと、父と母のことも許せなかったんですけど、正直言うと仕事の性質上、恨まれることも多いのは何となくわかるから、何処かで飲み込めてました。諦めがつくとかそう言うことじゃないんですけど、でもそういうこともない話じゃないって思ってはいました。でも、妹のことは、呑荊棘のことは許せない。呑荊棘だけじゃない、二人の弟のことを巻き込んだことも許せない。だから、私は枠綿無禅を、殺してやりたいです」


 二十代半ばの成人女性の口から出た言葉としては、かなり異質なのだろうが、白塔梢の人生を巻き戻して観た後であれば、もしかしたら共感できるのかもしれない。

 そんなことをするまでもなく、共感できる者もいるということが、ここでは大事なのだ。


 「わかりました、未熟ながら協力しますよ。戦闘の技術だけなら、少し自信あります」


 「シロ」が寄り添えるギリギリの距離で、彼女は白塔梢を励まし、守ると改めて決意した。


 プルルルルルーー


 白塔梢のスマートフォンが着信を知らせる。


 「あ、ひょうか姉です。もしもし、ひょうか姉?うん、うん、今大分の中津っていうところを下って行ってるんだよ。うん、大丈夫、こっちはまだ何も起きてないけど、え!大丈夫だったの?怪我は?うん、そっか、よかったんだよ。うん、わかった。気をつけるんだよ、ありがと。ひょうか姉たちも気をつけてね」


 電話の向こう側の声は聞き取れなかったが、おそらく襲撃に遭い、それを撃退したという報告だろうと、「シロ」は推測する。向こうに刺客が現れたということは、こちらもそろそろ何か動き始めるのかもしれないと、一層警戒を強める。


 「ひょうか姉からでした、向こうは二度襲撃に遭ったらしいです。二人に怪我はなかったらしいのですが、殺人鬼の子曰く、かなり危険な刺客が混じっているとのことで、こちらも注意しておけとのことでした」

 「わかりました、ありがとうございます」


 靴谷氷花からの電話の内容は、おおよそ推測通りだったのだが、「シロ」にとって少し懸念が残るものとなった。

 あの殺人鬼をして、かなり危険だと言わしめる存在が、今回の件に噛んでいるということが、「シロ」の心にこの上なく嫌な不安を残していた。


 「私たちは、このまま下道で宮崎を目指します。もし戦闘になっても、私はきっと足手まといになるだけなので、申し訳ないですけど、よろしくお願いします」

 「はい、そのためにここにいますから」


 決意や努力が、必ずしも良き未来へと繋がるわけではない。

 何らかの行動をとることで、それに見合った結果が出るだけである。

 その単純な因果関係に、夢を見る者も少なからずいることは紛れもない事実であるが、努力は実を結ぶとは限らないのだ。ただ、結果を出すだけ。

 「シロ」の決意がどれだけ重く固いものであろうと、それから導かれるものは、良くも悪くも現実そのものでしかない。

 あの時こうしておけばよかったとか、あの時ああしなければよかったとか、そういう感傷は何の意味もないのだ。

 失敗から学べることは、確かに多く存在してはいるが、いくら学んでも確定した過去は覆らない。

 せめてできることがあるとすれば、その過去を未来に繋げて昇華してあげることくらいである。


 二人を乗せた車は、靴谷氷花と殺人鬼のペアとは違い、穏やかに静かに、大分県を南下していく。

 二人はまだ気が付かない。

 その道が、どこに繋がっているのかを。

 その道の先で、何が待っているのかを。


73

 「ったく、梢のやつ。何があったのかは知らねぇが、緊張してたな。そんなんじゃ宮崎に着く前にくたびれちまうだろうに」

 「まあまあ、そう言うなよ。一世一代の大復讐ってやつだろ?そりゃ気も張るだろ」

 「あ?お前がそんなヤツの感情を汲み取れんのかよ?殺人鬼でもそういう機微を感じ取れんのか?」

 「揚げ足取りなんかして、らしくねぇんじゃねぇの?確かに俺にゃ、そういった感情は理解できねぇが、そういう感情で壊れちまいそうなヤツを知ってんだよ。それだけだ」


 場所は熊本北端に戻り、靴谷氷花と殺人鬼のペア。

 襲撃者を退けた二人は、再度移動を開始していた。


 「にしても、最後のあれは何だったんだろうな。お前、よくあの狙撃に気付いたな。その前の斧にしてもそうだが、その気配を察知する能力ってのは大したもんだよ。助かった」

 「礼を言われるようなことじゃねぇよ。俺みたいなもんの性質上、殺意とか殺気には敏感ってだけで、こういう状況以外で使えるもんでもねぇしな」

 「礼は言ってねぇ。お前の仕事はあたしを守り抜くことだろぉが。当たり前のことをして、礼を言われるとか、自惚れてんじゃねぇよ」

 「今ここにいることを、後悔してるよ、マジで」


 通常運転の二人ではあるが、会話にいつもの覇気はなかった。

 それも仕方がないというものである。つい先程まで、命の取り合いをしていたのである、平常時のメンタルではいられないのが「普通」である。

 しかし、「普通」ではない者が、ここに一人。一匹という方が正しいのかもしれないが。

 殺人鬼である「クロ」にとって、命を狙われること自体は日常茶飯事でしかないわけで、たかだか数キロ先からスナイパーライフルで狙撃されたことくらいで、動揺するような生き方などしていない。彼が引っ掛かっているのは、あれほどの殺気を放つ狙撃を行った人物が、その後一切の痕跡を消していることである。自分たちのことを尾行していることは間違いないとして、その目的があやふやなのである。靴谷氷花は気にしていないようだったが、「クロ」には、どうしても何らかの意図を感じずにはいられないのだ。

 あの時の狙撃は、自分や靴谷氷花が避けなければ、二人まとめて殺せるほどの威力ではあったのだが、最初から不切木刃を狙っていたように思えるのだ。

 その理由はいくらでも思いつくのだが、それでも嫌な予感がしてしまう。

 自分たちを殺さずに、不切木刃だけを殺したかった理由。

 自分たちが生き延びたのではなく、生かされただけなのではないかという懸念。

 いくら「クロ」といえど、スナイパーライフルと正面から戦っても、相手を殺せるわけではない。限られたフィールドであれば、可能性はあると自負してはいる「クロ」だが、できることなら御免被りたいものである。

 それほどまでに、スナイパーライフルという武器は別格なのである。着弾の後に遅れて音が届く、そんなものを気配だけで避け続けるなんて神業を無理やり強いられるなんて、頼まれても絶対に断るのが当たり前である。

 本来、一度躱せただけでも十分奇跡みたいなものなのだ。


 「お姉さんさぁ、向こうの二人と合流する前に一個やっておきたいことができたんだが、いいか?」

 「ああ、いいぜ」

 「いや、内容まだ言ってねぇけど」

 「あぁ、いい。お前が必要だと思ってんのなら、いい。」

 「どんだけ格好いいんだよ、俺が女の子だったら惚れてたところだな、くはは。まあ、そんなに複雑なことじゃねぇんだけどよ、枠綿っつーとこの刺客を先に片付けておきたい。今俺らのことを尾行しているであろうヤツを含めて、俺らの周りを彷徨いてる連中を一旦全員始末する。そしたら向こうもわかりやすく動いてくれると思うんだよなぁ。それに、白塔のお姉さんの方に、どんなヤツが向かってんのかがわかんねぇ以上、あっちの安全性を上げるためには、こっちの危険度を上げるのが一番早いんじゃねぇのかって思うんだが」

 「ふうん、それでお前が何をしてえのかよくわかんねぇが、このまま馬鹿正直に合流するのは愚策ってのは賛成だな。それで?どうやって一網打尽にするってんだよ」

 「それは、今から考える」


 決意や努力によってもたらされる結果には、誰しもが期待する。

 これだけやってきたのだから、あれだけ頑張ったのだから、と。

 しかし、世界はそんなことを忖度しない。

 どれだけ必死になろうと、どれだけ一生懸命だろうと、結果は結果としてしか意味をなさない。

 それが誰かにとってかけがえのない成功だろうと、そしてそれが、誰かにとって取り返しのつかない失敗だろうと、お構いなしに世界は廻り、時間は巡る。

 

 逆もまた然り、なのだけれど。


 「とりあえず、俺たちはこのまま真っ直ぐ熊本を抜けるんじゃなく、できるだけ寄り道しながら行こうぜ。あっちのお姉さんたちが宮崎に入った後、二日程遅れて宮崎に入るくらいが丁度いいんじゃねぇの?」

 「二日ぁ?そんなに遅れたら、それこそあいつらが危ねぇだろ。宮崎は完全に枠綿のお膝元ってやつだろうからな」

 「だからこそだろ、その枠綿のところにどんだけの勢力がいるかわかんねぇまま、たった四人で突っ込んでいくのは、流石に自殺行為でしかねぇ。だったらその勢力を削げばいい話だろ?でも、宮崎に入って合流した後に、そんなことをしても袋の鼠であることは変わんねぇ。だったら、宮崎から出しちまえばいい。小細工だろうが何だろうが、あっちのお姉さんが殺されることだけは避けたいんだろ?だったらそれくらいの無茶は呑めるだろ」


 いつも通りにいつも以上に、いつものように殺すだけ。

 「クロ」の意志は決定した。

 斯くして靴谷氷花は、彼の提案した無茶に付き合わされることになるわけだが、その行動が齎す結果に、果たしてどのような顔で向き合うのか。


 二人一組の宮崎侵攻作戦は、少しずつ歪に傾き始めていた。

 崩れる瞬間はすぐそこまできているのかもしれない。

 

 

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