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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
23/71

罪責

67

 欲に呑まれる前に、飼い慣らせ。

 貴様の業は、それを怠っていることだ。


68

 靴谷氷花は、どんな状況でも思考する。

 それが、彼女にとって唯一の武器であり、警察に所属してからの壮絶な日々を生き残ることができた理由である。

 

 「あいつとの待ち合わせ場所はここだな。あいつのことだから、もうすぐ近くまで来てるだろうし、合流でき次第すぐにでも宮崎に向かいたいところだけど、疫病神だからなぁ。あたしら二人とも、ははっ。笑えねぇよな、本当に」

 「誰のことだよ、疫病神って。よっ、昨日ぶり」


 彼女がスマートフォンを取り出し、誰かに位置情報を送ろうとした時、その誰かはもうそこにいた。

 殺人鬼が、そこに立っていた。


 「んだよ、ストーキングの腕でも磨いてんのか?よくこんなに早くあたしのとこまで来れたな。梢の方には、ちゃんと護衛は付けてきてんだろうな?」

 「随分な物言いだな。あんたくらいだろ、殺人鬼を相手にそこまで言えんの。まあ、あっちのお姉さんのことは安心しな、あんたよりは安全に宮崎までいけると思うぜ」

 「あっそ、ならいい。とりあえずすぐ移動するけど、お前どうやってここまで来た?」

 「あ?普通に車できたけど」

 「お前、本当さっさと自首しろよ。当たり前のように罪を重ねていくなよ」

 「それを俺に言うかぁ?既に数えきれないほどの屍を築いてきた俺にとって、今更車を拝借することをとやかく言われたところで、何も感じねぇよ。そもそも、こんな殺人鬼の力を借りてるあんたはどうなんだよ」

 「ごちゃごちゃ言うな、馬鹿。あたしは清濁合わせ呑む質なんだよ、だからお前のことを本気でどうこうしようとはしてねぇだろ」


 無茶苦茶な会話だったが、この二人にとっては、これで通常運転である。何年の空白が空いていようと、どれだけの修羅場を前にしていようと。

 一通りのやり取りを終えると、二人は靴谷氷花の乗ってきた車に乗り込み、出発した。

 一応、二人が合流した場所を記述しておくと、福岡県久留米市にある某大学前のコンビニの駐車場である。彼女が何故そこを指定しようとしていたのかは、もう語られることはないだろうが、少なくとも幾つかの企みがあったのは想像できる。果たして、どれほどの効果があったのかはわからないけれど。


 「あ、そうだ。お姉さんに一個報告。この車を尾行してるヤツの中に、一人ヤバいのがいる。俺とあいつで同時に襲ってギリギリってとこかな。少なくとも正面から殺し合っても、殺せる気がしねぇ。そんなのが出てくるってなると、俺やあいつはともかく、お姉さんたちはかなりヤバいんじゃねぇの?」

 「お前はどこまでも馬鹿だな、そういうのからあたしらを守るのがお前の仕事だろぉが」

 「いや、まあ、それはその通りなんだけどよ。その危険なお仕事を殺人鬼にくれるお姉さんは、そろそろ説明してくれてもいいはずだと思うんだが。普段なら、別に気にはしないんだが、今回は俺の身内が関わってるんでな。少しだけ慎重になっていこうかと思ってんだけどよ、どうだ?」

 「は?お前の身内ぃ?殺人鬼ってのは後天的な疾患だろうが。なんだよ、また誰か成ったってのかよ?」

 「まあその辺は黙秘権を行使させてくれ。のっぴきならない事情ってのがあるんだよ、あんたにはいつか話せるかもしれないと思わなくもねぇが。それより、教えてくれ。俺とあいつは何に巻き込まれてる?」

 「殺人鬼に黙秘権なんか適用されるかよ。でもまあ遠からず会う機会もありそうだしな、今は聞かないでおく。今回のことを話すのは別にいい、お前にも関係あることだしな」

 「あーてことは、五年前の続きか。なんつったっけ、わく、わき?」

 「枠綿無禅。お前も想像できているだろうが、梢の復讐の延長戦だよ。お前も知っている白塔呑荊棘の弔い合戦てとこだな。まあ、あたしにとってはそれだけじゃないんだけどな。その五年前の件をあたしは知らない、聞いた話でしか整理できていない。だから、お前からも聞かせてくれよ、殺人鬼としてあの場にいたお前の話にも、十分価値はあるだろうしな」


 こうして、殺人鬼は思い出話を聞かせることにした。「シロ」に話した内容とは少し趣向を変えてだったが。

 彼がそうしたのには、一応彼なりの配慮がないでもなかったわけだが、結論から言うと無駄な配慮となった。靴谷氷花に根掘り葉掘り聞かれるうちに、ほとんど全て話すことになったからである。こういった駆け引きには向いていない殺人鬼だった。


 「なるほどね、梢たちが九州を出ていく時、お前らはお前らで結構な修羅場に飲み込まれたわけだ。そこでその殺し屋が死んだのか、お前はその後どうやって逃げたんだよ」

 「どうもしてねぇよ、殺し屋のおっさんが死んだのが何かの合図だったかのように、敵が後退していったってだけだ。お前には興味はないって言われてる気分だったぜ、まあ実際そうだったんだろうけどな」


 二人が乗る車は、特に問題なく福岡県と熊本県の県境を越えようとしていた。ちなみに、いざという時のことを考慮して、高速道路は使用していない。つまりは下道での移動である。

 九州に縁のない二人にとって、福岡県から宮崎県に行くことは簡単なことだと想定しているようだったが、実はかなり大変な道のりなのである。

 「陸の孤島」と呼ばれる宮崎県には、新幹線は当然のように通っていないし、仮に高速道路を使うとしても、九州を半周するくらいの距離をいかねばならないのだ。直線距離はそこまで遠くはないのだが、実際車を走らせようと思うと、四時間は高速道路に乗っていなくてはならない。ましてや、下道を行く彼女らである。順調に走り続けたとして、六時間半は確実にかかるだろう。

 そして、今にも熊本県に入ろうかというタイミング。


 「ん?お姉さん、ちょっと近くで停めれるか?人目のないところがいい」


 殺人鬼は、なんでもないような調子で口にしたが、手にはすでに一本のナイフが握られている。

 ナイフと一言で言うには、あまりにも禍々しい見た目だが、一体全体どこにそんなものを隠していたのか不思議に思えるほどのものだった。


 「なに?追手?」

 「わかんねぇ、でも何か嫌な予感つーか、このまま車に乗ってんのはまずいな」


 言われるがまま、車は路肩に向かって減速し始めた。

 辺りに人影はない。それどころか、車やバイクさえ一台も通っていない。

 二人は静かに車を降りて、周りを警戒する。

 殺人鬼である「クロ」は、その性質によって、敵意や害意、殺意にはかなり敏感である。自分に向けられたものであれば尚更である。

 しかし、靴谷氷花はそうではない。どれだけ頭の回転が速かろうが、その思考能力が異質であろうが、殺し合いにおいて彼女は素人でしかない。そのことは、彼女自身もしっかり自覚している通り、一介の刑事がどう足掻いたところで、手も足も出せずに殺されてしまうのがオチだろう。

 だからこそ、彼女は動かざるを得ないのだが。


 「おい、あたしにもナイフ貸せ。二本あるなら、二本」

 「はぁ?おいおい、まさか殺し合いに混ざる気かよ。自衛のためってんならまだしも、あんたの顔はそうは言ってないように見えるんだが」


 文句を言いながらも、彼女にも扱えそうなナイフを見繕う殺人鬼。性質や本能からは考えられないことだが、彼は基本的にお人好しで面倒見がいいのである。そのせいで、要らぬ因縁に振り回されることもある程度には、彼はほっとけない性格なのだろう。

 小振りなナイフを二本、靴谷氷花に手渡す。

 

 「基本は俺がやるから、あんたは自分の身を守ることを優先してくれ。相手は俺と同等か、それ以上の可能性だって大いにありえんだぜ?普通に考えても、異常に考えても、戦うっつー選択肢はねぇだろ」

 「うるさい、黙って警戒してろ。あたしは確かにただの素人でしかねぇが、それでも家族守るためなら誰だって殺せるよ。もう何もできないままってのは御免だね」

 「はあぁ。なんつーかさ、あの施設に居たヤツは、みんな頑固じゃなきゃいけない決まりでもあんのかよ。わかった、これ以上は止めねぇが、殺されても文句言うなよ」

 「どうせお前が守ってくれるんだろ?」


 靴谷氷花はシニカルに笑う。今どこにいるかもわからない刺客に対して警戒中ということを、なんとも思っていないかのように。

 その顔は、ひだまり園にいた頃にはあまり見ることはできなかった顔である。無意識のうちに、周りの子供たちのための自分を演じていたのだろう。しかし、彼女はその守るべき家族の大半を失ったのだ。演じる必要がなくなったことで、彼女の中にあった無情と言える部分が出てきたのだろう。そんなこと、殺人鬼にはわかるはずもないのだけれど。


 一方、「クロ」はというと、ドン引きしていた。この状況でその表情ができる時点で、十分一般人の域を超えている、そう感じたからである。しかし、ナイフの扱いに長けている彼から見ると、彼女のそれは隙だらけで、危ういとしかいえないものだった。こういう時、こっそり頑張って期待に応えようとしてしまうのも、彼らしさと言っていい部分だろう。


 二人がそれぞれ警戒し始めて、数十秒。

 その男は、ゆっくりと現れた。


 「お初にお目にかかります、私は枠綿無禅様の遣いで、罪忌楼花つみきろうかと申します。靴谷氷花様とそちらの青年には、ここで死んでもらうこととなっております。異論がなければこのまま殺しますが、抵抗する場合、全力でそうすることをお勧め致します」


 丁寧な口調の男だった。

 一目でわかるほどのいいスーツを身に纏い、立ち姿は凛としていた。

 五十代くらいだろうか、それなりに年齢を重ねている風貌ではあるが、その身体から発する殺気はかなりのものだった。


 「おい、おじいちゃん。あたしの名前を知ってることには目を瞑るとして、枠綿の野郎についていくつか聞きてぇことがあるんだが、答えてくれる?」

 

 怖いもの知らず、そんな言葉で収まる彼女ではない。彼女の横で、またもドン引きしている殺人鬼は、この際置いておくとして、靴谷氷花は目に前の男に対して、何も感じていないわけではなかった。寧ろ、過去最大級の恐怖を感じていた。今まで感じたことがないほどに圧倒的な恐怖、ここで殺されることを無自覚に覚悟してしまいそうになるほどの恐怖。しかし、それでも彼女は彼女でいることを辞めない。靴谷氷花であることから、逃げなかった。


 「ほぅほぅ、これはこれは、なかなかに豪胆な方であられる様です。いいでしょう、少し興が乗りました。三つだけ質問にお答え致します。それが済みましたら、私はあなた方を殺します。悔いのない様、最期の時間をお使い下さいませ」

 「嫌味なおじいちゃんだな、でも三つも答えてくれんなら遠慮なく聞かせてもらうけどさ。まず一つ目、何故白塔家の人間を狙うのか。二つ目、お前らが監視している対象で、ひだまり園関係者は誰がいるのか。三つ目、殻柳優姫って人はどこにいて生きているのか。さあ、答えてくれよ、おじいちゃん」

 「ふむ、かしこまりました。私が答えられる範囲でお答え致しましょう。まず一つ目の質問についてですが、枠綿無禅様と白塔家の縁は十三年程前から始まっております。きっかけは一件の裁判でした。枠綿無禅様のご子息であられる枠綿登わくわたのぼり様が起こした事件で、被害者の方の弁護をしていたのが白塔硯はくとうすずり様、白塔梢様のお父様にあたる方です。当初我々は示談にしてもらうよう働きかけましたが、先方には取り合ってもらえませんでした。そこで武力行使に至ったわけです、白塔ご夫妻には死んでもらうことになりました。もちろん被害者の方にも消えてもらいました。しかしここで予想外のことが起きましてね、白塔ご夫妻には二人のご息女がいたのですが、そちらの始末は叶いませんでした。足取りすら掴めず、当方と致しましても大変困っていましたが、我々の同僚が居場所を突き止めました。身に余る行動をするようなら殺して構わないとの指示を前提に、監視を始めた運びとなります。無闇に命を狙っているわけではないことをご理解いただきたい。その証拠に、白塔梢様が九州を出られた後は、危害を加える事はなかったと記憶しております」

 「なんだよそれ、その息子の裁判を揉み消すために殺したってことか?呑荊棘たちや梢の親だけじゃなく、事件の被害者まで殺しておいて、お前ら何なんだよ」

 「質問は三つまでと申しました、ですのでその質問にはお答え致しかねます。では、二つ目ですね。我々が監視している対象は、靴谷氷花様、初木町鎌様、番貝夜弦様、白塔梢様、そして時野舞白様でございます。特に厳戒態勢で監視をしているわけではありませんが、居場所や思想などは把握しております。ではこのまま三つ目もお答え致します。殻柳優姫様は現在も生きておられます。枠綿無禅様がご用意なさった会場にて軟禁させて頂いております。具体的な場所は、お答えできませんがあなた方が目指す場所にあるということは保証致します」


 一気に回答を済ませた男は、小さく息を吐き、静かに構えた。

 これ以上話す事は何もない、そう言っているようだった。


 「なあ、お姉さん。ここはやはり俺が前に出るから、あんたはまだ周りに他の刺客がいることを想定して警戒していてくれよ。あの爺さんは、俺がきっちり殺す」

 「あぁ、この様子じゃ生け捕りにしたところで、あれ以上のことは何も話さないだろうしな」

 「だろうな」

 「おい、殺人鬼」

 「なんだよ、暴力刑事」

 「死ぬなよ」 

 「おう、任せときな」


 熊本県を目の前にした、全く人気のない山道にて。

 殺人鬼と罪忌楼花の殺し合いが始まる。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

次回もお楽しみしていただけると、とても嬉しいです。

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