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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
21/71

懐古

いってらっしゃいませ。

62

 他人から見た長所が、自分を助けてくれるとは限らない。


63

 奇跡は起きない。

 順当に、予定通りに。


 翌朝、靴谷氷花たちにとっては、二日目と言ったほうが正しいのかもしれないが、兎に角、二日目。

 靴谷氷花と白塔梢は、朝早く行動を開始していた。

 これからの行動については、昨日の時点で話し合っている。まずは移動手段の確保。普通に考えれば、車を借りるか公共交通機関を使うかになるのだが、二人はそのどちらの選択肢も選ばなかった。車を借りるとなると、確実に足がついてしまう。相手が警察の権限を持っている以上、迂闊に記録に残るような行動はすべきではないという理由で車を借りる案は没。そして公共交通機関を使わなかった理由は、さらに単純明快だった。二人が相手にしている人間は、その程度の犠牲を何とも思わないだろう、簡単に巻き添えにしてくることが想像できたからである。

 では、今後二人はどのようにして、目的地を目指すのかというと、普通に運転していた。


 「ねぇ、ひょうか姉、これは流石にやばいと思うんだよ。いくら違法に放置されていた車だからって、勝手に持ってきてもよかったの?」

 「おいおい、勝手にじゃねぇ。人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ。ちゃんと手続きしただろうが、あたしらはこの車を持ち主に返しに行くだけだよ」

 「聞いたことないんだよ、どこのお巡りさんが押収した車をわざわざ返しに行くの?力技でこの車の鍵を貰う時の、管理人さんの顔見た?すっごい顔してたんだよ」

 「うるせぇな、梢は心配しすぎだ。大丈夫だって、世の中にはそんな親切なお巡りさんだっているかもしれないだろ、現にここにいるわけだしな」


 助手席に座る彼女は、ドヤ顔でハンドルを握る相棒を見て、深い溜め息を吐く。何を言っても無駄だと悟ったのだろう、賢明である。

 靴谷氷花が、こういう選択をしたのには一応それなりの理由はあった。少なからずマンションを出た後も監視はされているだろうし、されていると考えるべきだとすら思っている。そうなると、開き直って堂々と車を借りるという選択も無いではないのだが、少しでも情報の混乱を生むための行動にこそ価値があるように思えたのだ。遅かれ早かれ、こちらの居場所は「向こう」に知られることは覚悟しておいたほうがいい。しかしだからと言って、無防備にこちらの情報を晒すのは気が憚られるというのが彼女の本心だった。

 靴谷氷花の判断は、概ね正しいと言わざるを得ないだろう。警察という組織に属するものとして正しいかどうかは置いておくとして。いや、そもそも普通の刑事は、こんなことになる事すらないのだが。

 しかし、彼女らについている監視がほぼ機能していない現時点において、靴谷氷花のとった行動は、ほんの少しの間、警察の追跡を遅らせることに成功する。

 もちろん、彼女らの監視がほぼ機能していない状況を作り出したのは、「シロ」と「クロ」なのだけれど。

 だが、「シロ」と「クロ」すら気付けないレベルの監視の目は残っている。それは警視正である四四咲咲百合ししさきさゆりの息のかかった者どもではなく、もっと昏い世界の住人たちだった。

 巧妙に慎重に、その目は標的を捉えている。


 「こちらアルファ、対象の移動を確認。こちらの想定通り福岡県に向かう模様、このまま追跡を継続する。それと追加で一点報告有り。我々の他に身元不明の追跡者がいる、詳しい情報は無し。わかり次第再度報告する」


 その誰かは、人知れず静かに姿を消した。

 言うまでもなく枠綿無禅の部下の内の一人なのだが、その男は気配を悟られることなく、靴谷氷花のマンションからここまで追跡してきたのである。気配に敏感な「クロ」にさえ気付かれることなく。

 それもそのはず、彼は既に白塔梢のことを十一年間監視し続けているのだ。

 誰にも気取られることなく、誰にも頼ることなく。十一年前から始まり、五年前のあの時も、そして今回も。

 与えられた仕事を、ただ完璧にこなすだけ。

 彼の目からは、誰も逃れることはできない。


 さらに同時刻、それは靴谷氷花たちを追う監視の目が、誰に知られることもなく追跡を再開したのと時を同じくして。

  

 「なあ、シロ。九州って行ったことある?」

 「ううん、ない。クロはあるんだったっけ?」

 「おう、あの白塔ってお姉さんたちと一緒にな。俺としちゃあ、あんまり思い出したくない記憶ではあるんだけどさ、でもあの時の因縁にもそろそろ決着を付けておきたいんだよなぁ。あれ?なんでそんなキョトンとした顔してんだよ?あ、そうか。シロにはその辺の話してなかったな。どうせまた移動パートってやつだろうし、聞かせてやるよ。五年前、俺が見た復讐劇の失敗ってやつを。これに関しちゃ、誰が失敗してたのかさえわからないくらいに、全てにおいて失敗した。オチなんて立派なもんすらねぇ。ただ悉くうまくいかなかったってだけの話。あの暴力刑事と白塔のお姉さんが九州に入るってんなら、間違いなく前回の続きだろうな。だったら、シロにも五年前のことは聞かせておくべきだろうし。つーことで、ここからは俺の思い出話に付き合ってくれよ」 

 

 殺人鬼はいつも通りに、いつもみたいに、いつも以上に飄々とした態度で話し出す。

 それは彼にとって無意識に近いものだっただろう。彼自身も気が付かないほどに微かな感情だった。五年前、彼が殺人鬼として白塔梢と白塔呑荊棘に手を貸しながら、途中で離脱してしまった事実を後ろめたく思っているのかもしれなかった。しかしその紛れもない事実が、五年前の福岡で初木町偽恋を死へと導き、枠綿無禅の仕掛けにより白塔呑荊棘らを失うきっかけとなったのだから。


 「五年前、俺はとある繋がりからの依頼で、あのお姉さんたちの復讐に手を貸すことになったんだけどさ、最初に頼まれたのは『なんたら教』っていう不気味な宗教組織に潜り込んで、お姉さんたちの親を殺した人間を捕らえることだった。正直、楽な仕事だなって思ってたよ。くはは、まあその時の俺は文字通り、純粋な殺人鬼だったからよ、関係のないやつも、関係のあるやつもただ殺した。仕事で殺すってのがあんまり得意じゃねぇみたいでな、手加減の仕方がわかってなかったな、うん。でもとりあえず生け捕りにして、拉致って来いってのが仕事だったからな、それはちゃんとしねぇとだなって思って、一人だけ捕まえた。お姉さんたちの親を殺した人間を一人、な。そして、そいつの尋問をするっつってお姉さんたちの登場ってわけだ。まあ、二人の他に一人殺し屋が付き添ってたけどな。尋問自体はそこそこ上手くいってたんじゃねぇかな、少なくとも俺はそう思うよ。出るべき情報は出切った、そう判断したから、そいつも殺した。黒幕の手口も、所在も大体のことは知れたわけで、そこからは実行あるのみって感じだった気がする。つっても俺らはたったの四人、うち二人は素人ってなわけだから、当然俺が先行する形を取った。でもそれが、それこそが失敗だった」


 「クロ」はできるだけ丁寧に話してくれてはいるが、若干抜けている部分もあった。あえて話さなかったとも取れるが、彼には彼なりの思惑があるのかもしれない。

 兎も角、殺人鬼の話は続く。


「歴史や過去の出来事に、今更どうこう言うのは無駄なことではあるけれど、それでもあの時の俺たちは進むべきじゃなかったな、踏み込むべきじゃなかった。俺は予定通り、枠綿ってやつがいる『なんとかビル』ってとこに単身向かったわけだが、そこにはご丁寧に『お出迎え』があった、人数とかはいちいち数えてねぇが、先の宗教組織に潜り込んだ時よりも遥かに多い人数いた。まあ、俺にとって人数は関係ないけれど、それでも時間はかなり喰われたな。掃いて捨てるほどの人間の中に、ほんの何人かヤバいやつがいたんだわ。ありゃ俺よりも殺してるだろうな、ってやつがほんの数人。その場を制圧するまでにどれだけの時間がかかったかなんてことは、俺にはわからねぇけど、その場に立っているのが俺だけになった時、そいつらは姿を消してやがった。気づかないうちに殺してましたとか、そんなつまんねぇオチじゃねぇぞ?そのままの意味で、俺はそいつらを見失った。しかもそれは枠綿のやつを逃したことにも直結する。くはは、あの時の俺は、なかなかに不器用だったんだろうよ。全くうまく立ち回れてねぇ、むしろ向こうの掌の上で踊らされてる気さえしてた。得体の知れない不気味さって言うやつかね、たかだか一匹の殺人鬼が、この国の権力者に敵うわけがねぇのかもしれねぇな。だが、別に俺はその枠綿を殺すことに執着してるわけじゃなかったから、実際そこまで重要視してなかったんだよ。わかってるって、そんな顔すんな。そんな可哀想なものを見る目をやめてくれ、ちゃんとわかってるって。大事なのは俺の感情なんかじゃなかった。次にそいつらが何をしてくるか、そこが肝だった。まあ、これは今の俺だからこそ言えることではあるが、あの時あのビルには最初から枠綿無禅はいなかったんだろうな。ありゃ、俺を釣るための餌だろうな。そして、その餌に、俺はなんの疑いもなく食いついたってわけで、そうなるとその理由が気になるところだよな。まあ至極単純なんだけどな、分散して殺すつもりだったんだろうな。こっちの戦力は俺と殺し屋のおっさん一人。俺一人ならまだしも、おっさんはお姉さんたちを守りながら戦わなきゃなんねぇ、こちらに勝ち目がないのは一目瞭然って感じだよな。俺もおっさんも殺すことには慣れていても、守ることには全くと言っていいほど経験がねぇ。俺がお姉さんたちのところに戻った時、おっさんは既に満身創痍ってやつだったよ、死んでないだけすげぇって素直に思うくらいボロボロだった、くはは。でも、守り通しやがった、自分の体こそ傷だらけではあったが、お姉さんたちは無傷だった。戦線に復帰するのはもう無理だっただろうが、それでも十分役割は果たしてたよ」


 殺人鬼は殺し屋の武勇伝を語りながら、少しだけ寂しそうな目をした。いや、そう見えただけかもしれない。


「これ以上ないくらい、崖っぷちってやつだな。誰も死んでねぇのが奇跡ってやつだ、それくらいの事態だった。たった一歩、俺たちが尋問を終えて次に進もうとしただけで、その有様だった。勝ち目はないし、逃げ道すらなかった。俺たちはひとまず休めるところを探して、怪我の治療と今後の方針を話し合う必要があった。いや、今後の方針ってのは少し語弊があるな、撤退の作戦を錬る必要があるってやつだな。うん、そっちの方がしっくりくる。まあ、実際そんな話し合いはできなかったんだけれどな。シロ、今回もそうなる可能性はゼロじゃねぇ、この話の結末を踏まえた上で俺たちにできることを見誤らねぇようにしなきゃな」

 「うん。でもさ一つ疑問に思ったんだけれど、クロが、その、なんとかビル?そこに襲撃している間、こずえ姉たちは別で襲われてたってこと?そうなるとさ、クロと殺し合って生き残れる強さの人間が数人の他に、まだ戦力は余ってるってことになるよね?えっと、なんて言えばいいんだろう、ここまでの話を聞く限りクロたちは、確かに翻弄されているってことなんだろうけれど、なんか誘導されている感じがするっていうか、そこにしか行けないように選択肢を奪われていってるというか」

 

 物語の語り部と聞き手の間に意見の相違が生まれるのは、至極当たり前のことではあるのだが、分析することにおいてその差は後々思わぬ結果に繋がることがある。気付くことができる者と、そうでない者では判断基準が違う。見えているものが違うのだから当たり前である。

 それは、大切なものを根こそぎ奪われ、そして新たにできた家族を守るために生きている者と、常に殺したり殺されたりする環境で生きてきた者との埋まることのない差である。


 「なるほどね、客観的に見ればそう見えるのか、でも俺たちにはその目がなかった。少なくとも俺にはこれっぽっちもなかったな、くはは。若気の至りってやつなのかね。でも事実、俺たちにその発想はなかった、そこから二手に分かれて行動することになるんだが、酷いなんてもんじゃなかったよ。俺と殺し屋が組み、ひたすら暴れ回る、お姉さんたちには一旦九州から出て行ってもらう、その程度の作戦しか考えつかないほどに追い込まれてたんだろうな。結果、殺し屋は呆気なく死に、俺も訳わかんねえままに九州から追い出されることになった。正直もうこれ以上関わるのはマズいと、いつもなら手を引くところではあったんだが、その殺し屋に頼まれちまってな。お姉さんたちのこと守ってやってくれってさ。気まぐれだったのか、予定調和なのか今の俺にも判断できそうにねぇが、俺はその頼みを聞いた。幸い、お姉さんたちは無事脱出できてたみたいだからよ、後は合流してお姉さんたちを追ってる連中を始末して終わりのはずだった」


 そこで、一旦話を区切る。正確には区切るしかなかった。

 「クロ」が持つスマートフォンが着信を示した。


 「あ?誰だ?もしもし、あーあんたか。ああ、わかった。いや、大丈夫。こっちは勝手に動くさ、だからあんたらはあんたらの好きにやりな。場所だけ後で教えてくれりゃ、向かうさ。ああ、じゃ」

 「クロ、スマホなんか持ってたの?あ、ひょうか姉か。うん、それなら納得できる。それで?なにか頼まれたの?」

 

 殺人鬼が人生で初めてスマートフォンを使用するという感動的な状況の背景を、一瞬で理解し、さらには、その先の展開まで推測できてしまう、そういうところが異質なのだろう。彼女が、時野舞白だった頃からその片鱗は所々で垣間見えてはいたが、「クロ」という殺人鬼と行動するようになって、その辺のリミッターが完全に外れてしまっている。

 

 「シロ、もうちょっと驚くところだろぉ、ここは。まあ概ね正解なんだけどさ。それで、暴力刑事からの指令なんだけれど、シロには白塔梢を護衛してもらう。何の因果かわからねぇが、お姉さんたちはこれから福岡に入り次第二手に分かれて、宮崎県を目指すみたいだな。俺は暴力刑事、シロは白塔梢。それぞれの護衛を目的として、俺らは動く。緊急時には、各々の判断で戦闘って感じだな。シロにとってはかなりやりにくいだろうが、組み合わせ的にはこれが一番動きやすい」

 「こずえ姉の護衛、か。うん、わかった。私もクロも二人を守ることに専念したらいいんだよね、だったら大丈夫。私のことがバレたとしても、二人の命には代えられないから」

 「おっけ。この後合流地点が送られてくるらしいから、それを確認したら俺たちもそこに向かおう。シロ、ここからは一瞬たりとも油断するなよ。五年前とはいえ、俺ですら手玉に取られてんだ、考えることをやめるなよ」


 満を辞して、時野舞白だった女の子は、物語の中枢に片足を突っ込むこととなった。

 

 靴谷氷花は二手に分かれて行動することを、苦肉の策だと思ってはいるが、一矢報いるためにもここでリスクを冒す必要があると考えていた。それがどんな結果に繋がるのかは、誰にもわからないけれど。靴谷氷花は、五年前の悲劇を知らない。だからこそ、取れる選択もあると言えなくもないが、やはりそれは最善でも最適でもない、ただ無謀で無策で無茶で無駄だったのかもしれない。


 白塔梢は言われるがままに別行動することを受け入れた。それは彼女なりに考えあってのことだったのだが、その考えが正しかったのかどうか、間違っていなかったかどうか、答えは未だに出ない。少なからず、別行動をすることで、靴谷氷花の危険度は多少下がるのではないか、とかそんなことくらいは考えていただろう。狙われているのは、あくまで自分なのだと、勘違いをしていた。


 殺人鬼は第三者が見て判断できるほど、楽観的に構えているわけではなかった。過去の反省とか、因縁に決着を付けるとか、そんなことは実際そこまで重要視していない。彼が懸念しているのは言うまでもなく「シロ」のことである。これまでは彼がそばにいることで、彼女の中の殺意をコントロールしてあげてはいたが、今回はそれができそうにないのだ。もしも目の前で白塔梢が殺されでもしてしまったら、そこから先何が起きるのか、誰がそれを止められるのか全く予測ができない。


 奇跡は起きない。

 順当に、予定通りに。

 物語は、誰かの筋書きに沿って加速し、狂っていく。

 彼ら、彼女らは、何かを守り抜けるのだろうか。

 何かを失った時、正常でいられるのだろうか。


 靴谷氷花と白塔梢の乗った車が、たった今福岡県に入った。

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