出立
こんばんは、忍忍です!
少しずつ物語が複雑に絡み合っていっています。
作者も毎日、道標を見失わないよう懸命にもがきながら描いています。
その中で紡がれていく物語を、少しでもお楽しみいただけますよう、願いを込めて。
では、覚悟のできた方はいってらっしゃいませ。
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言うは一時の愉悦、言わぬは一生の優越。
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靴谷氷花と白塔梢は車で移動していた。
ダイハツのネイキッド、今はもう生産されていない車だがコアなファンがいる車である。
その証拠に、未だに街中では結構目にする車である。
ちなみにこの車は、靴谷氷花の所有するものではあるのだが、マンションに停めていたものではなく、マンションから少し離れた所に、偽名で借りていた車庫に停めていた車である。
いざという時のための、逃走用の車。逃走に軽自動車はいかがなものかと思われるかもしれないけれど、この場合彼女は映画やドラマのようなチェイス用ではなく、どちらかというと隠密用として準備していたのである。
さておき、その車内。
「ひょうか姉、いろいろ説明が欲しいんだよ。こうして緊急用の車を使っているのは、つまりそういうことっていうのはわかるんだけれど、今私たちは何から逃げているのかな?」
「そうだな、説明はするさ。あたしはついさっきまで署にいたんだが、そこで二つの勘違いに気付かされた。勘違いというか見過ごし、見落としっていう方が正しいな。一つはあたしたちの敵について。もう一つはあたしたちの向く方向について、だ」
「敵と、方向?」
「ああ、敵と方向。慌てんな、ちゃんと説明する。その前に県境くらいは越えておきたい所だな」
「ん?そういえば成り行きに任せて気にしていなかったけれど、これどこに向かっているの?」
「目的地は九州、宮崎県だよ。あたしも行ったことはねぇが、そこに行く必要が出てきちまった。その辺も含めてこれから説明するさ、追手に殺されることがなければな」
少し脅すようなことを口にした靴谷氷花だったが、事実として十分にあり得る可能性ではあるのだ。
必要以上に白塔梢を怯えさせることにあまり意味はないかもしれないのだけれど、ここでしっかりと気を引き締めてもらう必要があった。これから彼女が語ることを考えれば当然といえば当然である。
「まず、敵についてだが。梢にとっての敵は枠綿無禅、あたしにとっての敵は警察そのもの。そう思っていろいろ探っていたわけだが、なんてことはねぇ、どちらもこれ以上ないくらい癒着してやがった。呑荊棘たちの件を警察が工作して揉み消した程度の関わりだと思っていた。もちろんそんな簡単な説明で済むものではないが、あたしとしては梢の敵に近づくための取っ掛かりくらいに考えてた。でもそれはあたしの考えが甘かった。そもそも警察を動かせるヤツなんて限られてんだよ、そこをもっと憂慮するべきだった。枠綿無禅の持つ力ってのを完全に見誤ってしまっていた。あいつはおそらく警察のトップクラスに位置する人間に指示を出せる人間なんだろうよ、それがどこからどこまでの範囲で指揮下にあるのかはわかんねぇが、あたしの直属の上司はもう取り込まれてた。まああのおっさんも素直じゃねえから、悪足掻きはしてたみたいだがな」
「上司って、いつもひょうか姉が怒られてるって言ってた人?」
「ああ、口うるさくてお節介な世話焼きジジイだよ。そしてあたしを見落としに気づかせてくれたのがそのおっさんだよ。巨大な権力に飲み込まれながらも、刑事としてできることはやってきたんだろうな、良くも悪くも自由に動けるあたしにその全てを託してきた。その一つが敵のことだ。四四咲警視正、肩書きについての説明は割愛するが、要は警察内部で絶大な力を持ってる人間だと思っててくれりゃいい。しかもその四四咲ってのがかなり特殊なんだよ。異例中の異例だった、本来あり得ないスピードでその地位まで上り詰めたのがそいつだ。そいつが今の警察を動かしてやがる。正直言って、あたしらだけでどうにかできる相手じゃねえ、その点は枠綿無禅も同様にってやつだがよ」
靴谷氷花の口調は少しだけ寂しげだった。
白塔梢には、そう聞こえた。
「敵については、わかったんだよ。いや、あんまりわかってないかもだけれど、わかったんだよ。それで方向っていうのはどういうこと?」
「ああ、その前に一個聞いておきたいんだがよ。梢、ひだまり園がなくなった後、他のやつらがどうなったか知ってるか?」
「え?えーっと、ひだまり園がなくなっちゃう時に、まだいたのは心ちゃんだけだったんだよ。確か親がかなり有名な政治家さんで、育児放棄されてひだまり園にきたって話だったけれど、別の施設に移っていたはずだよ。れん兄ならもう少し詳しく知ってるのかもしれないけれどね。私はそういうのあんまり得意じゃないからさ」
「そうだ、心は広島県にある似たような施設に移されてるはずだ。でもよ、もう一人いただろ。ひだまり園がなくなるその瞬間まで、その場にいた人間が」
「••••••あ」
「そう、姫ちゃんだよ。あぁ心配すんな、まだ敵だと決まったわけじゃねぇ。少なくとも、あのおっさんはそうは言ってなかった。その代わり、あのおっさんはあたしにこう言ってたよ。殻柳を助け出してくれって」
「え?姫ちゃんを助ける?どういうことなの?」
「姫ちゃんは、ひだまり園が閉園すると同時に失踪してたらしい。なんでも、あのおっさんの元部下だったみたいでな、連絡は頻繁にしてたらしいが、ひだまり園閉園後、それが完全に途絶えたらしい。そしてそれを不審に思ったおっさんは上に睨まれると分かっていながらも、泥臭く探し続けていた。そしてその糸口を見つけた。それが宮崎県にあるってわけだ。そしてそこに黒幕もいる、枠綿無禅も」
靴谷氷花と狩渡断路が警察署内、保管室で交わした筆談の内容がまさにそれだった。
そして、狩渡断路は筆談のメモのほかにもう一つ、靴谷氷花に託したものがある。
それはコインロッカーの鍵だった。これを受け取った時の靴谷氷花の率直な感想は、「映画の見過ぎじゃねえの?」だったのだが、ここからもう少し後、この鍵を使ってとあるコインロッカーの鍵を開けて手にしたものを目にした彼女は、考えを改めることになる。
口うるさくてお節介な世話焼きジジイを、心の底から尊敬することになるのだが、それはまだ先の話。
「そして、枠綿無禅が姫ちゃんを誘拐、監禁しているとして、それがあたしらに無関係なはずがねぇ。あたしや梢に対する人質としてもないわけではないだろうが、今までのことを考えると、枠綿無禅がそんなまどろっこしいことするとは思えない。あいつは人質を使って脅すんじゃなく、関係者を殺して見せしめて脅す。そういうやつなんだろうよ」
「うん、確かに。それは私も納得するところではあるんだよ。でもさでもさ、つまりはどういうことになるの?」
「さぁな。それを確かめに行くんだよ」
そうこう話しているうちに二人が乗った車は県境を越え、一旦胸を撫で下ろしてもいい頃合いとなった。
実際のところ、そこまで楽観視できるような状況ではないのだが、靴谷氷花の住んでいたマンションが全焼して、消防隊員の方々がその消火活動に勤しんでいることを含めても。しかし二人にはそれを察知するのは難しかっただろう。その理由はいくつか挙げられるのだが、代表的なものとして二つだけここで開示しておこうと思う。
一つは、靴谷氷花と白塔梢の追跡にあたった者たちが、プロであったこと。これは文字通りであり想像通りである。プロの刺客、つまりは殺し屋である。あくまでまだ殺しの指示は出てはいないようだが、いつでもその毒牙は彼女らに届きかねないのだ。
そしてもう一つは、そのプロである追跡者たちが悉く、無力化されていたこと。これも文字通りではあるが、想定外である。それは追跡者の雇い主にとっても、追跡していた本人たちにとっても。果たして誰の仕業だったのやら。
ここでそれを勿体ぶっても仕方がないので、大まかにではあるが、その時の会話を開示しよう。
「お、お前ら何者だ!あいつらに雇われたのか?」
「あ?そんなこと今から死ぬお前さんに関係ねぇよ、気にせず殺されとけよ」
「誰の、さ、差金だ。俺たちが誰に雇われてんのか分かってんのか?」
「なんだよ、こいつら。見た目だけだったな、プロかと思って身構えちまった。これならシロだけで余裕だったんじゃね?」
「うん、このレベルなら大丈夫だったとは思うけれど、ひょうか姉たちのことを考えたら油断できないよ」
「お前たちは一体何だ?ただの殺し屋じゃねえな」
「だってよ、シロ。お前は何だ?ってさ」
「私は、あんたたちが狙ってる二人の家族だよ」
靴谷氷花と白塔梢の行方を追っているのは、刺客だけではなかった。
二人のことを「家族」と呼んだ殺人姫と、その殺人姫と行動を共にする生粋の殺人鬼である。
それは刺客としてではなく、護衛として靴谷氷花たちの後を追っていた。
シロとクロ。このコンビは靴谷氷花たちが何と戦っていて、どこへ向かっているのかなんて全く把握していない。
ただ、守る。
守るために殺す。
大切な家族のため。
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後悔を先にできたらどんなに楽になれるだろう。
あの時こうしとけばよかったとか、その時ああしたのが良くなかったとか。そういうものが事前に分かっていたら、どれだけいいことか。いや、どれだけ心の準備ができたところで、確定した未来、確定した失敗に向かって行くというのは相当にきついのかもしれないが。
それは靴谷氷花にとっては一生拭うことのできない後悔となるのだろう。
それは白塔梢にとっては家族に顔向けできない程の後悔になっていたかもしれない。
生きるということは、何かを失い続けることだ。
それを誰しもが知った上で、目を背けて生きていく。
失わずに済んだものや新たに得たもので、その穴を埋めようとする。
今あるものは、失ったそれの代替品にすらなれないのに。
「梢、このままこの車での移動は危険だろうから、ある程度走らせたら乗り換える。今ここが島根県だから九州に入るまでにはまだ結構かかるだろうし、今のうちにこれからのことでも話とこう」
「うん、でも九州かぁ」
「思い出すか?」
「まあ、そりゃあね」
五年前、白塔梢は九州の福岡で決定的に失敗している。
その代償は大きすぎた。
双子の妹を失い、ヤンチャな弟を失い、優しい弟を失った。
そして、失ったものはそれだけではなかった。
何かと頼りになる殺し屋である、兄の身内を失った。
「そういえばよ、その初木町偽恋とかいう殺し屋だっけ?鎌の父親っていう。そいつが本物かどうかはあたしにはわかりかねるんだが、そいつはどうして死んだんだ?それなりに腕の立つ殺し屋だったんだろ?」
「うん、偽恋さんはすごく頼りになってた。実際偽恋さんがいなかったら、私たちは福岡に入ったところで何もできないまま帰ってきてたと思うんだよ」
「そっちの方が良かったのかもしれねぇ、とあたしは少なからず思うけどな」
「ははっ、厳しいね。でもその通りかもしれないんだよ。何もできないままだったら、何も失わなかったのかもしれない。でも私たちは進むことを辞めなかった。止まれなかった。だから失った」
白塔梢にとって九州は、福岡はそういう場所だった。
全てを賭けて足を踏み入れ、何も成し遂げることなく敗走し、大切なものを奪われた。そういう因縁が多分にしてあるのだ。
「あんま、自分のことばかり責めんなよ。お前にできることには限りがある、もちろんあたし自身にもだが、な。腹も立つだろうし、胸が張り裂けるくらいに苦しい思いもあるだろうけどさ、あたしらはまだ生きてんだ。生きているうちにできることは、生きているうちに取り組まなくちゃ、あいつらに顔向けできねぇだろ」
「ひょうか姉の方がよっぽど先生みたいなんだよ。それに比べて私はーーって痛ぁ!また殴ったぁ!暴力刑事で暴力教師なんだよ」
「アホなこと言うからだ、自分を卑下して目の前のことから逃げんじゃねぇよ。それにあたしは教師じゃねぇ」
シリアスな雰囲気が似合わない二人だからこその会話である。
その裏で、死んだことになっている妹と、二人にそれぞれ因縁のある殺人鬼が暗躍していることなんて、二人にはわかるわけもない。こうして車を走らせている二人の後ろに、彼女らの想像を遥かに超える数の死体が積み重ねられていることを、二人はまだ知らない。いや、この先もそれを知る機会はないと思うのだが。
「あたしらは一旦山口県で宿を取るぞ。おそらく追手というか監視の目はあるだろうが、浮き足立って九州に行くくらいなら、多少リスクを負ってでも、準備をしてからのほうがあたしはいいように思うんだが、どうだ?」
「うん、私もそれがいいと思うんだよ。でもさ、私とひょうか姉の二人でどこまでできるのか、どこまで踏み込むかっていうのはちゃんと測っておかないとだよね」
人が一人でできることは無限ではない。しかし、可能性という意味、選択肢という意味では限りなく無限に近いのであろう。人という字は、人と人とが支え合ってできているという言葉がある。しかし本来、人という字は一人の人間が大地をしっかりと踏み締め歩く様を表したものである。人は前を向いて歩いている限り、前には進むことができるのだ。それが希望に向かっているのか、はたまた地獄に向かっているのかは定かではないが。
少なくとも進むことは可能であり、それに目標があれば迷うこともそうそうないのかもしれない。
この時の二人に何か助言をすることができたとしたら、一体どんな言葉をかけるべきなのだろうか。
期待値や希望値などを踏まえた上で、頑張れと鼓舞するのが正しいのだろうか。
逆様に、それ以上は無茶だと諌めることが、あるべき助言なのだろうか。
その答えはきっと誰にもわからない。もちろん、ここにいる当人たちにもわからない。
だから、とまでは言わないが、客観的にこの物語を俯瞰できる立場の者がこの場にいたとしても、その車はきっと止まらないだろう。
「さてさて、あの子たちはここに向かってきているそうですよ。くくく、可愛いですねぇ、愛らしいですねぇ。前回は殺し損ねましたが、今回はきっちり殺して差し上げなくてはいけませんねぇ。そうでしょう?あなたもそう思うでしょう?か、ら、や、な、ぎ、先生。くくく」
ここまで読んでくださった方、今回もありがとうございます。
いかがでしたか?
そろそろ物語全体を通して情報が多く感じてくる頃かと思います。
そう思い、ただいま活動記録の方で用語集の作成を進めています。
そちらも楽しんでいただけるよう頑張ります!
では、また次回!




