思惑
こんにちは、忍忍です!
昨日執筆しながら、思いついたことですが活動記録なるものをもっと有効活用するため、これから活動記録では「モノクロダイアリー」に出てきた人物や、組織についての用語集を作成していこうかと思っています!
裏設定なんかも書けたら面白いと思っているので、興味がある方はぜひ見に来ていただけると嬉しいです!
ではでは、覚悟ができた方はいってらっしゃいませ。
53
やられたらやりかえす。
復讐という名の正義を執行します。
54
二〇二四年、初夏。
某県某市、靴谷氷花と白塔梢が再会を果たし、靴谷氷花の住むマンションで今後のことを話し合った三日後。
殺人鬼なる者と殺人姫なる者が思い出話に花を咲かせた三日後のこと。
靴谷氷花は県警の保管室に来ていた。
それは、五年前の事故の記録を見直すためでもあったが、それはあくまで表の目的で、本当の目的は「枠綿無禅が関わった可能性のある事件が、何をどう改竄されていて、警察内部の誰が関わっているのか」を調べるためだった。
しかし、結果から先に言うと、その目的は表も裏も等しく空振りに終わった。
「んだよ、ったく。碌な記録が何も残ってねぇな。やっぱデータベースにアクセスして調べるべきなのかな、でもそうすっと痕跡が残るからなぁ。梢の話を聞く限り、警察内部にも枠綿の協力者がいるはずだからな、なるべくアナクロニズムに行動するしかねぇよな。まどろっこしい」
思っていた成果が得られず、たまらず愚痴を零す靴谷氷花だった。
彼女はそのうちに秘めた能力、ずば抜けた思考力を買われて、基本的には単独行動を許可されている。
それは一見すると、キャリアに見合わない特権を与えられている様にも見えるし、または警察という組織の中にいながら、自由を認められている様にも見える。
だが、彼女は知っている。否、気づいているというべきか。その与えられた自由が、あくまで与えられたものに過ぎない事を。
監視されていることくらい容易に想像できる。
警察と一言で纏めてはみても、その実態は一枚岩ではない事を彼女は嫌というほど知っている。
刑事部捜査一課に所属する彼女にとって、それくらいの事実は当たり前と言えば当たり前なのだが、そういった職員の中で「特別」を与えられた彼女を面白く思わない人間がいてもなんら不思議はない。むしろそれこそ当たり前と言ってしまっていい程である。同じ一課の人間ですら、彼女のことをそういう目で見ている節がある。
優秀であることは、敵意を向けられる理由になり得てしまうのだ。
悪態をつきながらも、一切手は止めない。
関連がありそうなものは大方見終わったので、次は全く関連がないものに絞って調べてみることにしたらしい。
意味はなくとも、意図はあった。
「ふうん、ここまで何も出てこないってのは確かに不気味ではあるか。二課の連中に聞いてもどうせ教えては貰えそうにねぇしな。枠綿無禅、楽心教、弁護士の心中、白塔、ひだまり園。繋がってるもんはどっかにあるはずなんだけどな。こりゃ、れんのハッキングに頼ることになるかもしれねぇな、いやそれはないか。あいつらはあいつらで何か探ってるみたいだしな」
一休みしようと思ったのだろう、手にしていたファイルを棚に戻し、一度保管室から出て行こうとした時だった。
靴谷氷花がドアの前に立つ前に、そのドアは開いた。
「こんなとこに篭って何してる?」
「ぅお?あぁ、なんだ狩渡さんか。びっくりさせんなよぉ」
「お前な、そろそろ本気でその言葉遣いなんとかならんのか。こちとらお前よりも遥かに先輩なんだからよ、ちったぁ敬意とかを示してもらいたいもんだよ」
「それで犯罪者が捕まえられるんなら喜んでそうしてますよー、ていうか狩渡さんこそなんでここに来たんだよ」
狩渡断路。靴谷氷花と同じ捜査一課に所属しており、およそ十一年前、時野舞白の家族を含む四十人もの人間が殺された事件を担当していた刑事でもある。補足をするのであれば、あの事件は未だに犯人を捕らえることができていない、それどころか犯人の特定すら正確にできていないのだ。
そんな事件をひたすらに追いかける刑事の一人が彼である。
「お前がここにいるって聞いてな、余計なことしでかす前に回収しに来たんだよ。お前、何を探ろうとしてんだ?」
靴谷氷花にしてみれば不本意極まりないことだが、こういう世話焼きは彼の代名詞みたいなものだったので、たいして気にしないことにした。それよりも、気になることがあった。
早すぎる。
彼女が保管室に来てから、まだ一時間半程度しか経っていないというのに、居場所を突き止められている。
監視がついていること自体は容認している、黙認している彼女だが、それでもこうも早く牽制されるとは思っていなかった。保管室の鍵を借りるにあたって、馬鹿正直に理由を提示する様なミスはしていないし、そもそも行動に自由が認められている自分がほんの数時間姿を消したところで、特段問題にはならないはずなのだから。
しかし実際はどうだ。
彼女の意図を把握されているわけではなさそうだが、それでも今までこういったことはなかった事を鑑みて、警戒するには妥当な状況と言えた。
「別になんだっていいでしょ、去年自分が担当した事件のこと見に来ただけ」
先輩に対する応対としては赤点どころの態度ではないが、靴谷氷花にしても敵がどこにいるかわからない状況で聞かれたことに素直に答えるつもりはない様だった。それは刑事として正しい。その警戒心は正しい。
しかし。
「白塔梢」
「っ!」
狩渡断路の口から出たその名前は、彼女、警戒心を正常に働かせていた靴谷氷花をさらに警戒させる。
より強く。
より深く。
「安心しろ、俺はお前の敵じゃねぇ、とは言わない。警戒しろ、常に気を張り続けろ。いいか、俺から言えることはあまり多くはないし、できることに関しちゃほとんど無い。賢いお前ならわかるだろう、この警察内部にはお前たちの敵がわんさかいる。逆に言えばお前の味方はいないと思え、いるのは敵か無関係なやつかだけだ。白塔梢の両親の件を洗うんだろ?それとも白塔呑荊棘、冬藁瓦礫、矢火羽響が『殺された』事件の方か?」
靴谷氷花は思考する。彼女の持つ頭脳を最大限に酷使しながら、目の前の先輩の言葉を一言たりとも聞き逃すまいと集中する。
当然だ、何故なら目の前の先輩、狩渡断路は危険を知らせるついでにヒントを告げようとしてくれているのだから。
「ふん、そうだ。それでいい、とにかく目を光らせろ、耳を立て続けろ。お前たちの行動くらい簡単に看破される、こちらの勢力はそれくらいのこと当たり前にできるし、深入りでもしてみろ、『また』犠牲が出るぞ」
そう言うと、狩渡断路はポケットからメモ帳を取り出す。
筆談をするつもりなのだと、すぐにわかった。
「いいか、靴谷。余計なことは考えるんじゃねぇ、組織にいれば見たくないもんもやりたくないことも嫌と言うほど出てきやがる、でもそういうもんだ、諦めろ」
(落ち着いて読め、この部屋は盗聴されてる。今の時点で俺が知ってることを全て伝える、どうするかはお前と白塔の娘さんと決めろ)
「嫌だねぇ、狩渡さんみたいに組織に長く居座ると皆そうやって腐っていくのかねぇ。長いものには巻かれとけってやつ?」
(信用できない。大体あんたの立場であたしに協力するメリットがない。盗聴も尾行も想定済み、それにこれはあたしが一人で探ってんだよ、勝手に一般人巻き込んでじゃねぇよ)
「うるせえよ、お前はまだ新人に毛が生えた程度だろぉが。社会のことも碌に知らねえくせに粋がるもんじゃねえぞ。溝薪の馬鹿もそうだが、なんで俺の班にはこうも問題児ばかりが集まるんだよ」
(信用はしなくていい、ただ落ち着いて読め。俺がお前たちに渡せる情報はどっちみち多くない。十年かかって集めたもんは全部お前たちに託す。俺にはもう行動の自由はないからな)
「今度はなんだよ、泣き落としでもすんのか?そもそもな、さっきも言ったけど、あたしはここに自分が関わった事件を見直しに来ただけだっつの。なんだか盛大に勘違いしてくれてるところ悪いけどさ」
(あんたの事情なんて知らないね、あたしらを止めたいのなら殺すしかないんじゃない?)
「だからなぁ、俺もさっき言ったぞ?お前たちの行動くらいこっちには筒抜けなんだよ。先日から、白塔梢がお前のマンションに居座っていることももちろん知っている。誤魔化しきれねぇよ、観念しろ。無駄なことに命を賭けるな」
(止めねえ、むしろ逆だ。進め。この場所も直に押さえられる、その前にできる限りのことを伝える)
「それも勘違いだっつってんじゃん、同じ施設で育った家族に会って数日家に泊めてんのがそんなに変かよ?それとも、あたしとあいつが一緒にいて困るやつでもいんのか?」
(好きにしな)
「往生際の悪いガキか、お前は。これでも刑事としてのお前の思考力は買ってんだよ、もう少し冷静に状況を見極めろ。勝ち目のない勝負なんかして転んでもつまらねぇだろ」
二人の会話は聞く人によっては喧嘩の様にも聞こえるだろうが、実はこれが通常運転、日常茶飯事なのだ。
二人からすると、会話の内容にこそ多少気を遣ってはいるが、脳内の処理的にはほとんど負荷はかかっていない。
事実、二人はその手元で行われているもう一つの会話に集中しているのだから。
筆談というものを実際にやったことがある人間は想像しやすいと思うだろうが、その会話のテンポはひどく遅いのだ。ましてや、口では別の会話をしながらとなると難易度は跳ね上がる。自分の書きたいことを書くことはもちろん、相手が書いた文字を読むことさえ、困難になる。そう、普通なら。
ここにいる二人は、刑事である。しかも優秀な。
「いいか、お前にも守りたいもんの一つや二つはあるだろ。そういうもんを失いたくなけりゃ、大人しくしとけ」
「うるせぇな、狩渡さん絶対モテなかったでしょ。世話焼きも程々にしないといつか痛い目見るんじゃない?」
ーーガチャ。
靴谷氷花は最後まで憎まれ口を吐きながら、保管室から出ていった。
保管室に残ったのは、狩渡断路一人。
「はぁ、あとは頼むぞ、靴谷」
55
靴谷氷花は保管室を出て、その足でそのまま自分のマンションに向かった。
もちろんまだ勤務時間内ではあるのだが、今更そんなことを気にする彼女ではない。
保管室で得た情報と、先輩である狩渡からの情報を組み合わせて考えると、自分のマンションに駆けつけるというのはかなりリスキーな行動ではあるのだが、彼女には確信がった。
まだ直接的な攻撃はされないと。
そして、たとえその確信がなかっとしても、靴谷氷花は同じ行動をしていただろう。
そうするだけの理由はあるのだ。
「あれ?ひょうか姉?おかえり?」
「梢、今すぐここを出る準備をしろ、ここにはもう戻らないつもりでな」
開口一番、相手のことなど全く考えていない様子で告げる。
靴谷氷花は、優秀ではあるが万能ではない。失敗も当然あるし、衝撃的なことを目の当たりにすれば動揺だって普通にする。つまり、このときの彼女は激しく動揺していたし、これ以上ないくらいに焦っていた。
白塔梢が、言われるがままにせっせと準備をしている間、靴谷氷花も準備をする。もちろん、荷造りなどではなく戦う準備を、だ。
「できたか?すぐに出るぞ」
「ええぇ?ひょうか姉、待ってほしいんだよー」
かなりドタバタではあるが、靴谷氷花が帰宅して二十分後には二人はそれぞれの準備を済ませマンションを脱していた。
脱していた、という表現がいささかわざとらしい表現に聞こえてしまうかもしれないが、この場合その表現はひどく正しいように思えた。彼女らがマンションを後にしたさらに二時間後、靴谷氷花がおよそ五年に渡って生活していた、そして白塔梢が次なる復讐のために準備をしていたそのマンションは燃えていた。全焼していた。
その事実を二人が知るのはもう少し後のことになるのだが、奇しくも靴谷氷花の焦りがいい方向に作用した事例として挙げることはできるのかもしれないけれど、彼女の読みそのものは大きく修正する必要があるという点も忘れてはならない。直接的な攻撃はまだされないはず、そう考え少しばかりの猶予に対して裏をかくつもりの即断即決の行動だったのだが、実際のところ、二人に迫らんとする影はすぐそこまで来ていることに二人はまだ気付いていない。
そして場所は警察署へと戻る。
「どういうつもりですか、狩渡警部。私はあなたに彼女を拘束し、私のもとへ連れてくるよう命じたはずですが」
「いやぁ、すんませんね。今の段階ではまだ泳がせるべきだと判断させてもらいました。あいつはまだ何も知らない様でしたし、一緒に行動しているであろう白塔梢と合流させた後、彼女らの狙いを把握してからの方が賢い選択かと思いましてね」
「その判断をあなたごときがする必要はありません。ですが、今回はその失態には目を瞑るとしましょう。次はありません。わかっていらっしゃるとは思いますが、その時は生きて退職できるなんて思わないことです。はっきり明言しておかなくてはならない様でしたらそうしますが、いえ、ここははっきり明言しておいた方がいいのでしょうね。あなたはただの熱血刑事というわけではないのでしたね、後で揚げ足を取られてしまうような物言いは避けるべきなんでしょうね。では、念の為お伝えします。次、こちら側があなたに何かを忠告することはありません、問答無用で殺します。あなたのご家族も、友人も、同僚も、皆殺しになると宣言します。情状酌量の余地も弁明も必要もありません」
「それは穏やかじゃない話ですね、四四咲警視正」
狩渡断路は窮地に追い込まれていた。先ほどまで靴谷氷花と話していた保管室には彼の他に二人の人間がいた。
一人は四四咲咲百合、もう一人は狩渡断路にはわからなかった。警察の人間ではないのは直感でわかったのだが、それでも真っ当な人間ではなさそうだった。
四四咲警視正と呼ばれたその女性とは、何度か面識はあった。
通常そんな『何度か』など、一警部にあるはずもないのだが、狩渡断路はその彼女から何度か指令を受けていた。
公にはできない、記録にさえ残っていない指令を。
「あなたにはもう選択肢は一つしか残されていません。靴谷氷花と白塔梢の監視及び、ひだまり園関係者の居場所の特定を直ちに再開してください。いいですね、監視されているのはあなたも同じだということを努努お忘れなきよう」
「承知しました」
二人が保管室から出ていった後、狩渡断路は床に乱暴に座り込んだ。
窮地に追い込まれたとはいえ、この程度は想定内。それに彼にできることはもう既に完了している。
全てを、あの生意気な部下に託している。
「ここからはミスったりすんじゃねぇぞ、靴谷。頼んだぞ」
もうそこにはいない部下に、そしてもう直接会うことはないであろう部下に語りかける。
ここからは表立って協力することは不可能なのだ、それを事前に察知し、行動できた点は素直に賞賛されるべきである。さらに彼にはもう一つ切り札があった。切り札というより伏せ札と呼べるものがあった。
「おう、俺だ。これから動く、そっちも始めてくれ」
彼が電話をかけた相手は、一言「了解」とだけ答えて、通話は終了した。
靴谷氷花と白塔梢はその辺の事情は全く知るところではないのだけれど、彼女らが今もなおこうして生きている裏には、彼のような人間の工作が幾重にも作用していた。
ひだまり園。
今はもう閉鎖されてしまっている施設ではあるが、ほんの二年前までは存在していた。
とある事情で閉鎖することになったその施設は、表向きは事件や事故で親を亡くした子供たちの保護を目的とするものだったのだが、実際のところは全く違う。
その根拠として、ひだまり園では『里親』の申請を一切受け付けていない。それが何を示しているのかは、まだここでは明確にはわからないが、それが普通ではないことは確かである。
警察の一部の人間しか把握していない施設、その内情はかなり根が深く、昏い闇に覆われているのかもしれない。
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございます。
氷花と梢の物語は描いていて、とても楽しいです。私がこの物語のテーマとして掲げているものを考えると、楽しいというのは少し違うのかもしれませんが、実際こうして物語を描き続けられるというのは幸せだなぁと思う今日この頃です。
次回はどんな話を描こうか、今もうすでにワクワクしております。
では、皆様。また次回!




