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墓参り

 父の実家は田んぼに囲まれた集落の中にある。古くは村と呼ばれた場所である。

 その実家では父の兄である伯父、伯母、従兄が待っていていて、到着した私たちを歓迎してくれた。


 しばらく休んだのち、毎年墓参りに向かう時刻の16時となった。そんなもん何時でもいいじゃないかと思うかもしれないが、寺に着いてみると時刻が決まっている理由が分かる。


 この時間になると檀家が寺に大集結するのである。少子高齢化の影響を最前線で被る田舎の寒村の寺は、毎年この日のこの時間帯に驚異的な人口密度をたたき出すのである。盆踊りも屋台もないが縁日の祭りのようで私は妙な高揚感を覚えるのだった。


 祖父は顔見知りの老人を見つけては「おう」と声をかけて世間話に花を咲かせていた。そんな光景があちこちで見られた。この盆の墓参りの場は村人たちの社交場の役割を果たしているのだった。

 このことが決まった時刻に墓参りをする理由だと理解していた。


 たっぷりと時間をかけて我らがご先祖の眠る墓の前までやってきた。そこでも一組の家族連れと出くわし、大人たち同士でしばらく立ち話をするのだった。

 その間部外者に等しい私は手持無沙汰なのだが、その家族の子供に目を奪われていた。


 Tシャツに短パンにサンダルというありふれた格好のその少女だ。

 雪のように白く透き通った肌がまぶしかった。

 栗色の柔らかく長い髪がそよ風に揺れていた。

 人形のように整った顔が愛らしかった。とりわけ水に濡れたビー玉のように輝く瞳が美しかった。

 私と同世代ではあるが、年上のようにも年下のようにも見えた。


 そうして見つめていると彼女と目が合ったが千分の一秒とそのまなざしに耐えられずに目をそらしてしまった。心臓がパンクなビートを奏でていた。

 そのまま大人たちの歓談が終了し彼女らは去っていった。


 墓参りを終えた帰りの道中、私は目に入る木々につぶさに見いるようになっていた。あほなことだとわかっていたがそうせずにはいられなかった。

 そしてその癖は私が19歳になるまで治ることはなかった。


 私は自他ともに認めるインドア派である。趣味はもっぱら読書で晴読雨読が座右の銘である。秋田の田園地帯に来たからといってザリガニ釣りに精を出すなんていうことはない。

 秋田滞在中は1年の間に従兄と伯父が蒐集したマンガ本を読み漁るとか、従兄と協力プレイが可能なテレビゲームを遊ぶとかで過ごすのが常だった。


 だが、その年に習慣が変わった。私は外に出るようになった。木の多く生えている場所に行っては無意味に見つめるのが私の夏の秋田の過ごし方になった。


 決して白いカブトムシのおまじないを真に受けたわけではない。もう一度だけあの少女を見たい、そんな願いがあった。家の中にいては叶うまい。

 その年は彼女をもう一目見ることはできなかった。


 翌年も、その翌年も私は帰省中に村の中で彼女の姿を探した。しかし、なかなか出会うことはできず。墓参りの際にちらっと見かけるのがせいぜいだった。それなら彼女がどこの誰さんなのか伯父家族の誰かに聞けばいいのだろうが、恥ずかしさが邪魔をした。


 私が中学3年生になった年の夏、その時はやってきた。


 私は村の公園にいた。私の他には人っ子一人いなかった。ブランコに腰かけ足元を見つめてぼうっとしていた。受験勉強に精が出なかった。正確に言えば、勉強に精を出した経験はなかった。もう8月か、いやいやまだ8月だなどと呟いていた。


 そんなとき「楽しいかい?」と声が聞こえた。私は驚いて跳びあがった。いつの間にか一人の少女が目の前に立っていた。

「一人でブランコ漕いで楽しい?」

 再び尋ねたその少女は成長したあの色白の少女だった。


「楽しいさ、勉強よりはね」

 小学生の時の私ならどぎまぎして会話もままならなかっただろうが、この時には軽妙なトークで女子を楽しませることも可能になっていた。顔がほてり、心臓が普段の二倍働くことになるという条件付きだが。

「それもそうだ」

 そう言って彼女は私の隣のブランコに腰かけた。

「わたし、今年高校受験なんだ。2月なんてまだまだ先みたいな、それでいてすぐそこみたいな感じがして、お勉強疲れちゃった。気分転換にお散歩中」

 

 彼女が私と同い年だということが分かった。そして会いたくても会えずに神秘的な存在のように感じていた彼女が私と同じく受験にストレスを感じていることが分かり、喜びを感じた。

「僕もそんな感じ。中3」

「そうなんだ」そう言って笑い「あれ?」と何かに気付いた様子だ。


「いきなりこんな話して変だね、わたし。初めまして、でいいのかな? お寺で会ってるよね? 帰省の人だよね?」

「うん。初めまして。東京から来ました」

「東京! シティボーイだ」そう言ってまた笑った。


「そんないいもんじゃないさ」

「あ! そのクールな感じがまた都会っぽい」

「そんなことないよ。僕はアウトドア派の熱血漢さ」

「えー? そうは見えないよ」彼女はくすくす笑った。ああもっと笑顔が見たい。


「でも、外にいるのは見てたよ。車で出かけるときとか。木なんか見つめて何してたの? 将来は植物学者かな?」

 なんと私が彼女の姿を見るためにうろついているところをその彼女に見られていたのだ。私は頭を抱えたくなった。叫んで逃げ出したくなった。私は真実半分、虚構半分の理由を話した。


「白いカブトムシをね、探していたんだ。知っているかい? 白いカブトムシのおまじない」

 彼女は首を横に振った。

「白いカブトムシを見ると恋の願いが叶うんだそうだ」

「え! 好きな子いるの?」

 今度は悪戯っぽく笑った。その笑顔もまた良かった。


「そんなもんいないよ」いるとすれば、たとえば君とかだ。「捕まえて展示して、拝観料を取るのさ」

 彼女は残念そうな顔をした。恋バナが好物だったらしい。

「そのほうがみんなの恋愛が成就していいかもね」

 そう言って柔らかく笑ったのだった。


「アドレス交換しよ」

 彼女の申し出に快く応じた。

「東京の友達ができたってみんなに自慢するんだ」


 以降私たちのメールでのやり取りが続いた。彼女が無事第一志望の高校に合格したこと、高校の勉強が難しくて挫折しかけたこと、吹奏楽部に入部したこと、小中高とパーカッションパートを選んだこと、クラスの誰それと誰々が付き合い始めたこと、別れたこと、地元の秋田大学を志望したこと、合格したことなどの膨大な情報が三年の間にもたらされた。


 盆休みには秋田で顔を合わせた。

 徐々に少女が花も恥じらう可憐な乙女に成長していったことは言うまでもないが言わずにいられない。

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