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第2話 過去

冬人は女性アナウンサーの言葉に耳を疑った。千人の殺人なんて、そんなことが起こりうるのだろうか。東京都第0区は最新の設備が多いということもあって、日本の他の地域と比べて格段に警備が厳しい。この十数年でも殺人事件は両手に収まるほどしか起きていない。


手に取ったリモコンを置き、テレビを凝視する。


「午後十時二十分ごろ、ある動画サイトに犯人と思しき人物が、殺害現場の映像を投稿しました」


女性アナウンサーは少し青ざめた顔をしているが、プロとして聞き取りやすい声を維持していた。番組スタッフは彼女に追加の原稿を一枚渡す。その原稿を見た彼女の表情が一瞬、歪んだ。


彼女は一つ深呼吸をしてから、姿勢を正す。


「これから、その映像を放送します。刺激的な場面も多々あるので、苦手な方・ショックを受けやすい方は注意してください」


普通ではないことが起こっている、と冬人は思った。恐らく、殺人を犯すシーンもある映像を地上波で流すなんて信じられない。しかし、それほど重大で多くの人に伝えなくてはいけない情報なのだろう。


映像を望まない人がテレビを消せるように三十秒ほど時間をおいてから、ついに女性アナウンサーが動いた。


「それでは映像を流します。どうぞ」


一度、画面が真っ暗になる。すぐに映像が始まった。


映像に映っているのは真夜中の東京第0区だ。空は真っ暗なのにもかかわらず、そこら中にあるライトによって昼のように明るくなっている。画面から見切れている高い建物や、一目見て高級店だと分かる飲食店が目に入った。


そして画面の中央には、こちらを向いて立っている人がいる。身長170センチくらいの華奢な体つきをした青年だ。透き通るように白い肌をし、外国人のような碧く綺麗な瞳をしている。白いマントに身を包み、腰には紅色の剣がぶら下がっている。何よりも印象的なのは、一点の曇りもなく雪のように真っ白な白髪だ。


彼は憎しみの籠った鋭い目つきで、こちらを睨んでいる。


「こんばんは。俺の名前は赤石剣一(あかいしけんいち)。これから、十三年前、東京第0区にかかわっていた人間、全員を殺していく」


剣一は一切のよどみがない声で淡々と言った。


十三年前は東京第0区が出来上がった頃だ。当時、冬人は三歳だったので、ほとんど記憶は残ってないが、東京中がお祭り騒ぎだったことは覚えている。そんな十三年前の東京第0区に何の恨みがあるのだろうか。


冬人の疑問に答えるように、剣一は口を動かした。


「十三年前の東京第0区。そこは学力と運動能力の高さがすべての世界だった。能力の高い者は神様のように扱われ、低い者はいじめを受ける。だから大人たちは自分の子供の教育に力を注いだ。そして、あの日……」


剣一の顔が一気に曇る。


「世界的に見ても有名企業であった製薬会社から、ある薬が発売された。その名は、ホワイトスノウ。三歳~五歳の子供に飲ませると、徐々に能力が向上し、二十歳になる頃には天才的な能力を開花させることができるというものだった」


剣一はポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。手のひらに載せてあったのは、真っ白い球状の物体だった。恐らく、ホワイトスノウだろう。


「信じられないことに、この胡散臭い薬は大流行した。それくらい当時の大人たちは能力に飢えていたのだろう。ホワイトスノウを飲まされた子供たちは、その後、順調に能力を伸ばすことに成功していた。しかし三年後……」


剣一は手のひらのホワイトスノウを握りつぶす。


「ホワイトスノウを飲まされた子供たちが、一斉に行方をくらます事件を起きた。一人残らず、全員だ。東京第0区の大人たちは、怪しい薬に手を染めた自分たちの愚かさが外の人間に知られないように、徹底的に事件のことを隠蔽した」


冬人は瞬きすることを忘れたかのようにテレビに集中する。この赤石剣一という男は、どうやらホワイトスノウのことを心の底から憎んでいるらしい。しかし、憎しみの理由が明確には分からない。凝り固まった首に手を当てて、肩を揉み始めた。


その時、画面の中の剣一がこちらに近づいて来た。正確には録画しているカメラに近づいて来たのだ。剣一はカメラを手に取ると、180度回転させた。


そのカメラが映した光景を目にした冬人の口から「嘘だろ……」と声が漏れる。


「そして、俺。いや、俺たちがホワイトスノウを飲まされた子供たちだ」


剣一の告白と共にカメラに映ったのは、画面の端まで埋め尽くすほどの青年たちだった。国の軍隊を思わせるほど一切のズレなく綺麗に並び、背筋をまっすぐ伸ばしている。全員が白いマントを着て、赤い剣を腰にぶら下げ、そして雪のように白い白髪をしていた。その表情は剣一と同様に復讐の色に染まっている。


剣一はカメラを自分の方に向けると、元の位置に戻っていった。


「ホワイトスノウは、俺たちの体を一気に変異させていった。まず五感が異常なほど発達した。数百メートル先の標識がはっきり見えたり、どんなに小さい音も耳が感知した。さらに身体能力もバケモノのようになってしまったことを今でも昨日のことのように覚えている。50メートルを走るのに1秒もかからない。ジャンプをすれば10メートルは余裕で超える。拳で殴ればどんな大木も簡単に倒れた。ナイフで思いっきり腹を突き刺そうとしてもナイフの方が折れるのだから、ものすごい驚いたよ」


剣一は瞼を閉じた。当時のことを思い出しているのだろう。


「知能も人智を超えるほどに向上した。10か国の言語をマスターするのに、1日かからなかったよ。俺の身体をこれほどまでに変えてしまった原因がホワイトスノウであることは明白だった。そして自分の身体を研究し始めてから数日、あることが判明してしまったんだ」


冬人は息を呑む。剣一は今までより、険しい目つきでこちらを睨んだ。


「ホワイトスノウを飲んだ者は、18歳までしか生きられない」


剣一は声を一段と大きくし、荒々しく言った。


十八歳までしか生きられない。それが自分が選んだ道だというならまだしも、大人たちの利己的な欲望によるものだと考えると、少し可哀想だな、と冬人は思った。冬人は十六歳なので、ホワイトスノウを飲んでいたら、寿命は残りたった二年。あまりにも短すぎる人生だ。


冷静さを取り戻した剣一は、話を続けた。


「その事実を知ったときに、俺は復讐を胸に決めた。人間には聞こえないがホワイトスノウを飲んだ者の聴覚なら聞き取れる超音波装置を数日で作り、東京第0区への復讐を提案した。この復讐案に誰一人として反対する者はいなかった。そして、俺たちは東京第0区を抜け出した」


剣一は風で目にかかった白い髪を横に流す。


「それから今日までの十年間、郊外でひっそり暮らしながら、東京第0区の奴らを一番苦しめられる方法で復讐することだけを考えて生きてきた。その間にもいろいろな変化が起こったよ。7、8歳になった頃、急激に身体が成長し始めた。9歳になる前には、みんな高校生と同じくらいの外見になっていた。12歳になると、髪が一気に白色化していった。俺は現在17歳だが、目が青色に変色したのは最近のことだ」


剣一は腰に掛かった紅色の剣を手に取る。大事そうに眺めると、ものすごい速さで一振りした。


「そして、やっとの思いで完成した復讐の道具がこの剣だ。俺たちの血を使って作っている。この剣で身体の一部を切られると、3分後、確実に死に至るという優れものだ」


冬人は背筋が凍るのを感じる。人智を超える知能を得た彼らなら、即死させることができる剣も作れたのではないか。わざわざ三分の余命を用意したのは、寿命が奪われることの怖さを感じさせたいからだろう。改めて彼らの強い復讐心に身震いした。


「十三年前、俺たちの未来を奪った奴ら。待っていろ。すぐに俺たち『ホワイトタイム』がお前の寿命を刈り取りに行ってやる」


剣一の表情は死神を思わせるほど邪悪さに満ちていた。


ありがとうございました

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