第98話 オーダーメイド
阿鼻叫喚のアビゲイル
「......重い」
目を覚ますと、体が動かなくなっていた。
顎を引いて腹の上を見てみると、セナがガッチリとしがみつきながら寝ており、右腕はエメリアがこれまた完璧にホールドしている。
そして気になるのが、左腕もアンさんが固定していることだ。
「良かった......進んでた」
また道の上にループしていたら、俺は本当に死を選んでいたかもしれない。あの精神を破壊されるような感覚は、もう二度と味わいたくないものだ。
さて、そろそろ解放して欲しいところだが、三人は穏やかな寝息を立てるばかりで、一向に起きる気配が無い。
もう朝日が出ていると言うのに、お寝坊さんしか居ないようだ。
「王様〜、起きた〜?」
「おはよう、ガイアさん。大丈夫そう?」
「おはようございます。お陰様で......?」
ボーッと天井を見つめていると、レヴィとスタシアさんが様子を見に来てくれた。
「昨日は大変だったわ。帰ってくるなりエメリアが大泣きするから、ガイアさんとエメリアの二人を相手にしていたんだもの」
「も〜ね〜、凄かったんだよ〜? 阿鼻叫喚〜!」
「それは......ごめんなさい。俺のせいですね」
「いいのよ。貴方が無事ならそれで。それじゃあ、下でご飯を食べましょ。ガイアさんだけ先に転移させるわね」
「お願いします」
スタシアさんが手を出すと、魔法陣が出てくること無く俺の体が食堂へと飛ばされた。
転移を極めたスタシアさんだから出来る芸当だろうか。短距離なら魔術ではなく魔法で転移が出来るなんて、一体どれだけ鍛錬を積んだのだろう。
やりたいとは思えないが、憧れる。
「さて、何を食べようかしらね」
「ん〜〜〜、ベーコンエッグハムレタスサンド〜!」
「じゃあ俺は魚介スープとベーコンサンドで」
「私も同じのにしようかしら。ガイアさんの選ぶ物なら安心出来るもの」
そうかなぁ? 俺はゲテモノにも躊躇無いから、後ろを着いて来るのはかなりリスキーだと思うぞ?
店員が注文を取ると、スタシアさんはキリッとした顔で切り出した。
「待ってる間に情報交換しましょう。私達のグループは、イベントが武闘大会であることと、中では死んでも生き返ることが分かったわ」
「俺も同じです。後は、心の傷に関してはギルドが面倒を見ない、ということでしょうか」
「まぁそうでしょうね。一人一人をケアしていたら、そもそも命を懸けて魔物と戦わせることも出来ないでしょうし。妥当だと思うわ」
「対人戦ですからね......冒険者同士のぶつかり合いが起きるので、仕方ないっちゃないですよね」
どうやら認識の違いは無さそうだ。
スタシアさんのグループと俺達のグループを含めれば、それなりの人数に聞いているだろうし、住民の認識と同じと言っても大丈夫だろう。
「そう言えば3日後に開催って話だけど、それは大丈夫?」
「......知りませんでした。でも大丈夫です。急な戦争には慣れてますので」
「戦争って......貴方ねぇ、はぁ......」
しまった、言葉選びを間違えてしまった。
許して欲しい、スタシアさん。急な戦闘に関する記憶が、大抵戦争しかないのが悪いんだ。
悪いのは俺の記憶にあるレガリア帝国だ。うん。
さて、大体分かったことだし朝食を頂こう。
「王様〜、メイド服欲し〜い」
「分かった。今日一緒に見に行こうか」
「うん! 楽しみ〜!」
ということで今日の予定は買い物だな。
レヴィと一緒なら頭痛の心配も無くなるし、きっとエメリア達も認めてくれるだろう。
「それじゃあスタシアさん。三人を頼みます」
「えぇ、分かったわ。周辺の魔物も見たいし、あの子達なら使い勝手も良いし」
「強いですからね、あの御三方」
「全員化け物よ。私も含めて、ね。ふふふ!」
先祖返りの蜘蛛の魔人に最強の黒龍、伝説の聖獣と魔女公爵......ゴールデンメンバー、いや、ダイヤモンドメンバーと言ったところか?
にしても戦力過多が過ぎる。何を倒す気なんだ?
「じゃ、そろそろ行ってきます。レヴィ」
「は〜い。スタシアお姉ちゃん、またね〜」
「行ってらっしゃい。ガイアさんから離れちゃダメよ?」
「もち!」
これは......『迷子にならないよう、気を付けてね?』というより、『ガイアを見張ってろ』って意味かな。
配慮してくれて有難い反面、ちゃんと監視しないとダメな存在になったことが悲しいな。
帝都をブラブラと歩いていると、自然にレヴィと手を繋いでいることに気付いた。
生暖かい風に、ヒンヤリ冷たいレヴィの手がとても心地良い。
「王様王様、あそこの服屋を見よ〜よ!」
「あいよ〜。あんまりはしゃぐと危ないぞ〜」
青い髪を揺らして先導する姿は、精霊なんて特別な存在ではなく、一人の少女なんだと思う程だ。
普段のゆったりとした雰囲気を消し、一緒に街を歩く事を楽しんでくれている姿は、俺にとって大切な宝物だ。
有難く享受しないとな。
「すみません、この子に合うメイド服はありますか?」
「装飾でしょうか? サイズでしょうか?」
あ、もしかして『この子に似合うメイド服』って聞き取ったのかな? なら答えは決まってる。
「両方で。オーダーメイドでも構いません。この子が一番輝く服を用意して欲しいのです」
頼むよ店員さん。レヴィの可愛さに免じて、ここは一発、超絶可愛いメイド服を見繕ってはくれないか?
レヴィは元々の素体が美しいんだ。お姉さんの審美眼なら結末が見えてるだろ?
「任せてください! 必ず、絶対に似合うメイド服をお持ちしますっ!!」
「よっしゃ! お願いします!」
「お願いしま〜す!」
そうして数分待った後に店員のお姉さんはオーダーメイドになると言い、代金の銀貨20枚を支払った俺は、レヴィと店員さんの二人でデザインを考える時間を作った。
話し合いが終わるまで商品を見て待っていよう。
「......種類が少ないな。ダンジョン経済が無いからか?」
ガーランド領に比べると、圧倒的なまでに服の種類が少ない。肝心なメイド服だって、ただの『給仕服』としか名前が無いんだから。
こうして考えると、ダンジョンで服そのものがドロップしたり、裁縫用の魔道具が低確率ながらも回収出来るダンジョンは、街の技術の発展に繋がったんだと思う。
「スタンピードのリスクが大きいから、仕方ないか」
「仰る通りで御座います。帝国のダンジョンを経済に運用出来れば、この国は更なる発展を遂げる。皇帝も認めているのですが、如何せん制御出来なかった時の損害が大きく、踏み出せないのだと」
「あのオッチャン、ちゃんと皇帝してたんですね。ただの戦闘狂かと思ってましたよ」
「ははは。確かに野心の強い方で御座います。現在も冒険者として魔物を退治することもありますし、一国の主にしては奔放が過ぎます」
「あの人、この大陸だから死なないんですよ。外の世界を知れば、確実に死ぬ。龍に挑む蛇、というイメージですかね」
う〜ん、話してて思ったがこの人は誰なんだ?
好好爺然とした、モノクルを掛けた背の高い男性。
その佇まいは執事のようでもあり、冒険者のようでもある。
自国に対する愛国心も然ることながら、公平な視点で物事を捉えている。
「失礼。私はこの店の店長です」
「これはどうも。客です」
「ははは。『客です』と言われたのは初めてですな」
「だって店長さんが名前を言いませんでしたし、聞いてこなかったので。それに、名乗る価値も薄れてきた人間ですよ。俺は」
脳裏にチラつくのはミリアの顔だ。
俺にガイアという名を付けてくれた彼女に、顔向け出来ないような事を何度もしている。
早く......謝りたい。
「そのような方が、あちらのお嬢様の為にオーダーメイドをするとは思えません。何か、お困り事があるのでしたら御相談ください」
「気持ちだけ受け取っておきます。店長さんに話す価値も無い話ですので、言いませんよ」
ループする世界。最愛の人を想えない現実。
こんな話をしたところで、店長さんに何が出来るって言うんだよ。
「ですが「王様〜、終わったよ〜」
タイミングが悪かったな。
でも食い下がった所で何も得ることは出来ないぞ。
この現象は身内にしか話さないし、外部が知ろうと何も起こせない。
無益なことは分かり切っているのだから。
「可愛く出来たか?」
「うん! 明日には完成するって〜。王様ありがと〜」
「どういたしまして。じゃあ、適当にブラブラしてから帰るか。何か食べたい物とかあるか?」
「アイスクリーム食べた〜い」
「アイス? 探してみよう。無かったら作ろうか」
「やった〜」
これ以上冷たくなれるのか。流石精霊。
レヴィも、俺との魔力パスが切れたら死んでしまうもんな......早く何とかしてあげたいけど、何をすれば良いか分からない。
精霊に対する理解度が足りないせいだ。
「では、メイド服の方、よろしくお願いします」
「お任せ下さい! レヴィちゃん、待っててね!」
「待ってる〜! 楽しみだよ〜!」
俺も楽しみだ。可愛い子には良い服を着て欲しい。
魅力を磨き上げた先にある美貌は、きっとどんな人をも魅了することだろう。
「そう言えば、穿牙の剣はどうなったんだろ」
ひゃっくわっがちっかいっ♪




