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第97話 霧心、霞む現実



「ガッハッハァ! なるほどなぁ! そいつァ大会に出るだけの胆力はあるわぁ! あのイケイケによく言ったな坊主!」


「ありがとうございます。それとジョッキ、空ですよ」


「お〜っと、すまねぇなぁ。ありがとう」



 酒場でオッサン達の相手をしていると、武闘大会についてそれなりの情報を得ることが出来た。


 まず、冒険者ギルドに所属する正規の者であること。

 次に、心的外傷を負ってもギルドは責任を取れないこと。

 そして最後に、試合会場はアーティファクトで出来た闘技場で戦い、その中では死んでも規定の場所で目覚めるということ。


 死んでも生き返るなんて、まるでゲームだ。

 生きる為に殺し回った俺にとって、こんなルールのある戦いは戦いじゃない。



 ただのお遊びだ。



「あの魔力が出せる坊主なら、きっと大丈夫だろう」


「い〜やどうかな? 年々冒険者の質は上がっているし、幾らこの坊主が強くても、経験の差で負けると思うが」


「あぁん? じゃあお前、この坊主より強い奴が居るって言うのか? あぁ!?」


「当たり前だ! コイツは出来て《純金級(ゴールド)》、俺みたいな《白金級(プラチナ)》には勝てねぇっての!」



 うわ〜、何か始まったよ。

 強さを競うのは構わないが、第三者が勝手に言い争って面倒事を起こすのだけは辞めてもらいたい。



「逃〜げよ。マスター、金貨置いてくんで、相手頼みます」


「えっ、えぇ!? 金貨ぁ!?」


「ではお願いします。ドロン!」




 代金の何十倍もの金額を払った俺は、酒場を出て夜の街を独り歩く。初夏の涼感を運ぶ空気が体を包み、酒場で何か飲んでおけば良かったと後悔させる。


 確か、オッサン達の情報だと、帝国は10歳から酒を飲んでもいいんだっけか。

 今の人生で初めて酒を飲むなら、ミリアと一緒に──



「う、うぅぅぅ............なんでなんだよぉ......クソッ!」



 激しい頭痛で蹲る。俺は、どうしてこんな......



「全く、これじゃから一人にするのは反対したのじゃ。近くに誰かが居らねば、ガイアはすぐにミリアを想う」


「......エ、エミィ......?」



 俺の頭に小さな手が触れた瞬間、嘘のように頭痛が引いていく。母親の無償の愛に似た何かを感じ取ると、優しく左右に手が揺れた。



「大丈夫かの? 立てるか?」


「あ、あぁ......どうしてここに?」


「大好きな人を迎えに行くのは、いけないことか?」


「いや......」


「ふふ、帰るぞ。余がおんぶしてやろう。ほれ」



 エメリアに完敗した上に、おんぶだと?

 死ぬほど恥ずかしいのだが、負けた以上は逆らえない......くっ!



「お〜、存外軽いな。しっかりと捕まっておるのじゃぞ? ぎゅーっとしても構わんからな?」


「お望みとあらば」



 エメリアの肩の上から腕を通し、胸の前でしっかりと体を固定する。両手で持ち上げられた脚からは、エメリアの熱が僅かに伝わる。


 小さな体なのに、幾らでも受け止めてくれそうな、温かい感触。彼女の髪が顔に当たる度、張り裂けそうな想いが溢れ出す。



「少し寝ておれ。余に甘えるのじゃ」


「......うん」



 母親に背負われた子どものように全身を預けていると、小さな歩幅の揺れとエメリアの優しい温かさに触れ、すぐに意識を落とした。




 そして目が覚めると、俺は道の端で蹲っていた。




「は? え?......俺は今、エミィに──」



 おかしい。おかしいおかしいおかしい!!!

 後ろの酒場からは喧騒が聞こえる! それにミリアを想って頭痛がしたし、エメリアが触れて治してくれたはずなのに!!


 何だ? 何が起きている? この現象は何なんだよ!



「ご主人様? 大丈夫?」


「誰だッ!!!」


「セ、セナだよ? ご主人様、全然帰って来ないからセナ、心配になって......」



 訳の分からないことに対する怒りの矛先が、俺を心配して出てきたセナに向いてしまった。


 落ち着け、セナは何も悪くない。俺が今すべきことは、宿に帰って武闘大会の情報を共有することだ。



「ごめん、怒鳴ったりして......頭痛がしてな」


「ううん。大丈夫。それよりご主人様、立てる?」


「......無理だ」


「じゃあセナに捕まって! お部屋まで運ぶから!」


「あ、あぁ。頼む」



 今度こそ何も変わらないでいてくれ。

 そう真に願い、大型犬くらいのサイズに戻ったセナに捕まると、狼とは思えないゆったりとしたスピードで歩き出した。


 ふわふわの体毛から香る石鹸の匂いが鼻を擽り、心が安らぐ。


 先程のような強烈な睡魔に襲われるが、今回は屈しない。今寝てしまうと、またあの道で蹲る気がするから。




 そうして10分が経つと、宿の前に着いた。




「ご主人様、おんぶして行くよ」



 セナが人に戻った瞬間、自動的に俺はおんぶされていた。


 部屋に戻るまでの一歩がやけに長く感じる。

 心臓が強く鼓動を繰り返し、その音が頭に響く。

 戦闘中にアドレナリンが出た時のようなこの感覚が......どうしてこのタイミングで?


 分からない。


 分からないから、怖いんだ。



「ご主人様、ホントに大丈夫? はぁはぁしてるよ?」


「だ、大丈夫だ......少し、しんどいだけ」


「セナ、ゆっくり歩くよ?」


「ダメだ。出来る限り急いでくれ。頼む」


「え? う、うん。分かった」



 これ以上遅く感じると、何かに戻りそうな気がする。

 幸せな夢が終わる。この先は悪夢に切り替わる。そんな気がして怖いんだ。



 そしてセナが部屋の扉を開けた瞬間──



 俺はまた、あの道の上で蹲っていた。



「......あぁ......もう、ダメなんだ......俺は......」



 心が折れた。

 モヤモヤした感情が常に心を渦巻き、霞んで見える現実に思考は滅茶苦茶に破壊され、もう俺の心は戦意を失った。



「大丈夫か? おい! しっかりするのじゃ!」



 あぁ、エメリアの声が聞こえる......

 でもきっと、これも幻なんだろう?

 三度目の正直? ある訳無いだろ。現実を見ろ。

 もう全部、ダメなんだ......俺は帰れない。



「──て!」



 誰だ? エメリアじゃない声が聞こえた。



「──きて!」



 うるさいなぁ。もう嫌なんだよ。目を開けるのは。



「起きるのじゃ! ガイア!」



 静かにしてくれ......ほっといてくれ。

 このまま無限に夢を見させられるくらいなら、俺は......


 俺が頭上に氷の槍を作り出した瞬間、エメリアが魔力をぶつけて破壊した。



「死ぬな! 早く目を覚ますのじゃ!!!」



 俺の骨が折れそうなくらい強い力で抱きしめられた。

 覚ます目も無いような俺に、エメリアは何を言っているんだろうか?




「......くっ、仕方あるまい。許せ!」




 瞼の裏に黒く光る何かが見えたと思ったら、次の瞬間には俺は意識を失っていた。




★プチ色★

『世界』

世界とは、神によって造られた娯楽の一種。

神がわざわざ人間という、権能も無い下位互換の存在に成り代わることで、『不便を楽しむ』ことをコンセプトに造られた物を指す。


では、神々の住む神界とは誰が作った物なのか?

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