第93話 別れ、帝国の道
「それではガイアさん、ありがとうございました! 本当に、感謝してもしきれません!」
朝になると、和平の締結を伝える為にシアンやシャルロットさん達が別れの挨拶に来た。
帰りはスタシアさんの転移を使うようで、魔力の心配をしたところ『海を越えるくらいなら大丈夫』と胸を張っていた。
「ヒュールさんも、シャルロットさんも、お元気で」
「モチモチのロン! またいっぱい話そうねっ!」
「魔力の研究、楽しみだ。感謝している」
最後に2人と握手をすると、スタシアさんの転移魔術により、一瞬で消えてしまった。
和平交渉という重大イベントが終わると、残ったタスクは帝国の大会優勝と王国への帰還。この2つだけだ。
「エミィ、やけに静かだな。どうしたんだ?」
スタシアさんの帰りを帝国行きの馬車で待っていると、中々話しかけてこないエメリアに違和感を抱いた。
「......ミリアへの挨拶が不安でな。余はガイアを......言ってしまえば横取りした身じゃ。最悪、命を断つことも視野に入れておる」
横目でも分かるくらいに元気の無いエメリア。
その内面に抱く不安は、誰にも寄りかかることが出来ない問題から生まれたものだった。
俺が口添えしようと、決めるのはミリアだ。
最悪のシナリオだけは回避させたいが、エメリアが言ったように『横取り』という言葉を出されれば俺にも助けられるか分からない。
そんな最悪の未来を考え、俺までも暗い雰囲気を放ってしまった。
『ご主人様、大丈夫? セナをモフモフしていいよ?』
「ありがとう。でも、これは後回しに出来ないんだ」
「王様、大変だね〜。レヴィはお裁縫で針が刺さっちゃって、血が出ただけで落ち込んでたのに〜」
あはは〜と笑うレヴィに、口角が少し上がった。
そして何故か、今のレヴィの言葉に一抹の違和感を覚えたことに首を傾げていると、スタシアさんが疲れた顔で馬車に乗り込んできた。
「お疲れ様です。もう出してもらっても?」
「えぇ、大丈夫よ。それにしても、アンは御者も出来るなんて有能すぎない? ガイアさんには勿体ないわよ。私にちょうだい」
「はは、何を。転移で移動するスタシアさんの方こそ要らないじゃないですか」
「あら、こう見えて私は忙しいのよ? 領主だから方方へ挨拶しなきゃ行けないし、転移も楽じゃないわ。御者が出来るってだけで、それなりの価値があるのよ」
「魔力が無限にあれば、困らないのに」
「喧嘩なら買うわ。最近覚えた『腕相撲』とやらで勝敗を決める?」
「やりませんよ。でもアンさんは渡しません」
「......このハーレム男」
「......泣いていいですか?」
そのせいで俺は苦悩してんだよ。
あのエメリアがここまで黙り込むんだぞ?
ずっと一緒に居たスタシアさんなら、今のエメリアの異常性は分かってくれるだろ?
そう思っていると、横に居るエメリアがポツリと呟いた。
「死ぬ気で生きるな。死ぬ気で殺せ」
な、何故エメリアが戦時中の俺の言葉を!?
「え、エミィ?」
「む? 何じゃ?」
「今の言葉、どこで聞いた?」
「今の言葉?......余は何も言っておらぬが」
普段のポケーっとした顔で言い張るエメリア。
だが、今の言葉は確実に俺が戦帝騎士の時に発した言葉だ。エメリアが自分から言うような単語でも無いし、知らないとは言えないぞ。
「ス、スタシアさんは聞きましたよね!?」
「エメリアならずっと黙っていたわよ?」
「はい!? 何を言って......」
「お主、やはり疲れておるのではないか? 会議中もボーッとしておったし、余は不安で仕方がないぞ」
何だこれは......一体どういう事だ?
まるで皆の記憶が改竄されているような、それとも逆に俺がおかしくなっているような......何が起きている?
「ガイア様、魔物です」
「......あ、あぁ。追い払うから大丈夫だ」
何か恐ろしい事象に手を突っ込もうとすると、ヒビキの報告で目の前の現実を見た。
首を傾げる2人からは目を逸らし、魔法に集中して周囲を取り囲もうとする魔物を散らした。
「完了だ。俺はちょっと......寝る」
「膝枕、要るかの?」
「要らない。少し一人にさせてくれ」
エメリアの誘惑をキッパリと断ると、俺は彼女とは反対側にゴロンと寝転んだ。
どうにかしてこの違和感を取り除きたくて、出来ることが寝ることしか無い俺が不甲斐ない。
起きたら全部、夢であって欲しい。
◇ ◇
「──ご主人様、帝国領に着きます」
おかしい。何も夢を見なかった。
まるで今見ている物が夢かのように、アンさんの小さな声で目が覚めた。
「ようやくお目覚めか。ガイアよ、半日も眠るとはどれ程疲れておったのじゃ?」
「全くね。お昼になっても起きないし、死んだんじゃないかとビックリしたわよ」
ぷりぷりと怒る2人に心配されると、心の奥底にあった重りが軽くなる感覚がした。
でも、まだなんだ。
まだ何か、自分を引っ張る鎖のような物が付いている。
──て!
「え?」
「どうしたのじゃ?」
「今、何か言ったか?」
「お主の疲れの原因についての話じゃが......」
「叫んだりしたか?」
「何故馬車の中で叫ばねばならぬ。それよりお主、本当に大丈夫か? 蒼白いを通り越して、紫色に見えるぞ」
「え......?」
左手で顔を触ると、確かに冷たく感じる。
この感覚は体調を崩した時によくあることだし、もしかしたら病に罹っているのかもしれない。
ただ、身体の不調は無いし、何が......
「ガイア! おい! しっかりするのじゃ!」
「ガイアさん!? 起きなさい!」
「......え......?」
最後に見えたのは、横向きになったスタシアさんだった。
◆ ◆ ◆
気持ち悪い。意識と体が別々のような感覚。
フワフワとシャボン玉のように浮く感覚が、吐き気とはまた違う、異形の気持ち悪さを与えてくる。
目を開けても何も見えず、鼻は呼吸がしづらい。
口は開けられても声が出ないし、ここは......何処なんだ?
「──て! ──て! ──ぁ」
誰だ? 何かを探すような、誰かを捜すような声が微かに聞こえる。
俺が呼ばれているうな気もするが、俺は誰かに叫ばれてまで呼ばれる価値のある人間じゃない。
価値......俺に、そんな価値は......
「──き!」
き? 何か、覚えがある。
そうだ、俺の名前だ。俺の名前は確か......河合樹。
でも何か、違う気がする。
何なんだこれ......誰か......助けて......
◆ ◆ ◆
「ッハァ!! はぁ......はぁ......」
「大丈夫か!? 全く、心配させおって......」
「お、俺は......」
何か、変な夢を見ていた気がする。
あと少しで掴めそうな何かが、直前で遠のくような......
「今は何処だ?」
「今は帝国に向かっておる途中じゃ。お主、馬車が出てから直ぐに倒れたのじゃぞ?」
「......そ、そうか。ごめん、疲れてたみたい」
「全く。気を付けるのじゃぞ?」
何だろう。夢の記憶が思い出せない。
スタシアさんがシアン達を送って、帰ってきてからの感覚が曖昧だ。
きっと、ミリアの元に帰るのが楽しみで疲れを忘れていたのだろう。
──お願い! 死なないで、ガイア!!




