第92話 伝言ゲーム
長い期間を開けて申し訳ないです。
「──では、イリス神国・ティモー帝国・レガリア王国の3ヶ国は、魔王ラゼルと和平を結び、平等な立場として関係を持つとする」
教皇と皇帝、国王の3名が話し合った後、魔族と人間の和平が締結された。
スタシアさんの転移に関しては、今回の件もあり不問ということに。学園の被害は森が抉れたぐらいということで、かなり丸く収まる形となった。
そしてエメリアの話もしたのだが、俺が徹底的に反論を排除した。
ドラゴンの危険性を十分に理解し、エメリアの敵意の有無や俺の死後の行動を制限することで、エメリアが人と同じ立場で生きられるよう説得したのだ。
流石にこれは国王も悩んでいたが、俺が存命中にエメリアが人間に仇なす行為をした際、命を絶って詫びると言うと認めてくれた。
全く、つまらん会議だった。当然のことを確認し合うとはな。
「まぁ、会議とはそういうものですよ。それよりガイア様、ギドとの模擬戦はよかったのですか?」
今、俺達は神国の宿に居る。
教皇が2部屋用意してくれたので、俺の部屋にはヒビキとセナ、レヴィ、そしてエメリアが。
もう一部屋には魔族領からの使者組が泊まっている。
一応ということでアンさんもあちらの部屋なのだが、『魔王領のメイドとして最後の仕事です』と割り切ってくれた。
ただ、凄く寂しそうな目をしていたな。
「あぁ、あの人ね。なんか帝国でイベントがあるらしくてさ、そこで優勝したらエキシビションマッチとして戦うことになったぞ」
「では、次の目的地はティモー帝国で?」
「そういうことだ。エミィは皇帝と戦ったのか?」
確か、皇帝がドラゴンの力を知りたいだとかで誘われてたよな。
「うむ。開始と同時に剣を折り、利き足の左足と右手の骨を砕いてやったわ」
「......可哀想に。相手が悪すぎたな」
「じゃな。ガイアならまず、距離を取るじゃろ?」
「当たり前じゃん。下がりながら魔法も使うし、エミィの動きをちゃんと見るから開幕で終わることは無いはずだ」
「ふふ、それでこそガイアじゃ。余の為に命を差し出してくれた......最愛の人よ」
おや? いつにも増してデレデレじゃないか。
お腹の上にはセナが寝てるし、左手でちょこっとだけ撫でてあげよう。
「なぁヒビキ、お前ってミリアの影に入れるか?」
「勿論です」
「......もしかして伝言とか出来ちゃう?」
「ッ!! す、すみませんでした!!!!」
俺は気付いてしまった。影食みで移動出来る者のことを。そして、いつぞやの子爵家騒動の時を。
「じゃあ頼むわ。『俺は元気です。今はイリス神国に居ますが、帝国を経由してから王国に帰るつもりです。心配させてごめんなさい。帰ったら屋敷に引っ越して一緒に住むことを楽しみにしています。愛してるよ』......以上」
「御意。直ちにお伝えします」
今すぐにでも影に入ろうとするヒビキを手で制すると、ピタッと動きを止めて聞く姿勢に入ってくれた。
「あぁ待て、もう夜中だし、明日の朝でいい。それと追加で学園長にもう一着制服を用意してもらうように伝えてくれ。手持ちの制服は右腕部分が無いからな」
「はっ。では朝日が昇る頃にお伝えします」
「頼んだ。それとありがとう。助かるよ」
「いえ。先を考えられるガイア様の役に立つことは誇ららしいので」
そう言ってヒビキが影に入ったので、俺はランタンの火を消し、布団を被った。
隣に潜り込んで来たエメリアの頭を撫でると、俺の左手を握りながら眠りに入った。
......さて、エメリア達のことはどう説明するか。
リヴァイアサンなんか比にならない程の強敵を前に、俺は震えて眠るのだった。
◇ ◆ ◇
翌朝、女子寮にて──
「ミリア様。ご報告が」
「ヒビキ? どうしたのかしら」
ミリアとセレスの部屋に現れたヒビキは、目を閉じて跪き、目的を果たす為に口を開いた。
ただならぬ様子のヒビキに、ミリアは部屋の周囲に防音の精霊魔法を使い、セレスは朝のトレーニングに出ているので鍵も閉めた。
「ガイア様からの伝言です──」
「......ぇ」
ヒビキの報告に声にならない驚きを上げたミリア。
そして伝えられるガイアの近況報告を聞いたミリアは、部屋の真ん中で突っ立ったまま、床に雫を零した。
「うっ......えぐっ......ガイ、ア......!」
彼が五体満足で無い状態で健康と呼べる生活をしているか、不安でならなかった。
何故かレガリア帝国時代の記憶が流れ込むミリアにとって、ガイアが手を失ったぐらいじゃ止まらないことは知っているが、それでも怖かったのだ。
過去5度に渡ってガイアは、腕を失った際に『お前を抱き締められないなら死んだ方がいい』と残し、自決したからだ。
今回は生きてくれていた。
ダンジョンでエリクサーを入手し、使用してくれた。
そして危険な魔王領を横断してまで自分の元に帰ろうとしてくれたガイアに、ミリアは嗚咽しながら涙を流した。
「後の報告は後日、改めてお伝えします。今はゆっくりと、ガイア様の帰還をお待ちください」
「......えぇ。そうね。ヒビキもちゃんと、あの人が死なないように見張っているのよ? 私の為なら躊躇なく死を選ぶ人だもの。誰かがストッパーにならないと」
「その点はご安心を。既に抑えてくださる方がいらっしゃいます」
「そう、なの? でも、お願いね」
「御意。必ずやミリア様の元へお送りします」
「えぇ。ありがとう。助かるわ」
ガイアと同じような発言をするミリアに、2人の繋がりの強さを感じたヒビキは、より一層ガイアの護衛に力を入れることを胸に、学園へと歩みを進めた。
「失礼する。貴女が学園長で間違いないか?」
「......侵入者か。全く、どこの貴族の犬じゃ?」
学園の教員にも見つからず、生徒にも不審がられないヒビキの存在に溜め息をついたリリィは、片目だけでヒビキを睨みながら書類整理を続けた。
しかし、その背後には強力な魔力の塊が浮遊しており、一歩でも動いたら射撃する準備が整っていた。
「ガイア様の使いです。この度、貴女にはガイア様の制服をもう一着用意して頂きたい」
「ッ!? ガイアと言ったか貴様!!」
「はい。現在ガイア様は──」
ミリアの時と同じように説明すると、リリィはフッと八重歯を見せ、手に持っている書類を破り裂いた。
「......墓は要らぬと言ったじゃろうに、バカ弟子が」
散り散りになった紙の一部に、名前が記されていた。
送り主の名前であろう、『アルガス・デル・レガリア』の文字があった。
「ヒビキと言ったな。よくぞ伝えてくれた。ガイアには用意して待っておくと伝えてくれ。妾からは以上じゃ。無事に帰ってくることを祈っておる」
「承知しました。手配、感謝します」
「よいよい。学園生は妾の子も同じ。帰りを待たぬ親など居らぬ。また、巣立つ子を追う親も同じじゃ」
巣立つ。その意味に深い感情が込められていた。
幼げな少女姿の学園長であるリリィには似つかわしくない遠くを見る目。
その先に見えるものは、学園生の姿か、はたまた見えない何かなのか。
ヒビキは一礼すると、影に入ってガイアの元へ帰ったのだった。




