第90話 ただいま、大陸
テンション上げてくぜい!
「こうやってヒビキと釣りをするのも良いなぁ」
「はい。光栄に御座います」
「硬くなりやがって......俺は悲しいぞ?」
「ですが、俺はガイア様の配下です。あの日より貴方の元で修行するはずだったのに......転移のせいで」
「それがどうした? こうしてまた会えたんだし、1年くらい変わらないだろ。それよりも俺だって成長したんだ。また手合わせする時、ビックリするぞ」
「楽しみにしておきます」
エメリア達をシャルロットさんとシアンにぶん投げた俺は、久しぶりに野郎2人で釣りを楽しんでいる。
魔術によって動くこの船の旅も、そろそろ終盤だ。
数日かけてこの距離を渡るのも、疲れてきた。
「そういや、あのボートでよくあそこまで行けたな」
「セナが覚えた風の魔法で加速したんです。船が破壊されるギリギリの速度で保っていたので、何とか」
「ギャンブラーだな、セナ。危なかっかしい」
「......いつもギャンブラーです、アイツは」
よく言うぜ。そんなセナの手綱を握れないお前だって、相当なギャンブラーの癖に。
「お、大陸が見えてきたな。やっと終わりか〜」
眼に魔力を集めると、ぐ〜んとズームした視界に大陸の影が見えた。
まだ双方視認出来ない距離なので、もう少ししたら皆に伝えようか。
「付近の港はイリス神国のようですね。神託では魔族も亜人も仲良くするようにと言われているのに、教会の者が亜人嫌いな国です」
「闇深いこと言うなよ。こちとら人間は俺だけだぞ?」
「大丈夫です。排他的な集団では無いので、軽く威圧すれば黙ります」
「戦争待ったなしだな。絶対言われるぞ。『魔王の侵略だ〜!』って」
だから宗教といのは怖いのだ。
神の言葉を聞くくせに、その意見には乗らずに我欲で進み、躓いたら神に頼る者が多い。
レガリア帝国もそんな感じだった。
だから俺は、教会の頭の狂った奴らの首を落とし、綺麗な宗教とての形を取り戻したんだ。
だが神国という、国家規模で蔓延していると......俺1人じゃ限界が来るだろうな。
「否定しません。ですが、王国にはガイア様が居ます。ミリア様は元王族ですし、ゼルキア様もいらっしゃいます。そうなれば、親王国の国々は協賛してくれます」
「ま、戦争になれば俺は大切な人を連れて逃げるだけだ。もう人間を殺したくないしな。手の届く範囲しか守らない。国の為に戦え、だなんてもう辞めた」
「着いて行きます。何があろうとも」
「好きにしろ」
それからお互いに1匹だけ魚を釣ると、もう大陸が視界に入る距離になったので、シアン達の居る部屋へと足を運んだ。
「入るぞ〜、もう大陸が見えてきた。用意は......セナ?」
女子が7人も居る部屋なのに、異様に静かな空間。
違和感を放つ空気の正体は、現在進行形で絵を描いているセナだった。
セナがふんふんと鼻歌混じりに描いているのは、俺の全身だ。かなり細部まで書き込まれているが......何故かどれも裸。
11歳だというのに、妙に色気があるタッチだ。
これはお仕置が必要だな。
「おい。お前、何で見てもいない下半身も書いてんだ? え?」
「ご、ごごごご主人様? こ、これはその......えへへ」
「セナは暫く俺と寝るの禁止な。絶対だ」
「そんなー! 酷いよご主人様ぁ!」
絵にしなければバレなかったものを。
勝手に全身を見るのは......まぁまだ許そう。
だがそれを絵にしてばら撒くのは許されない。
思春期男子のプライバシーをズタズタにした罪は重いぞ?
「全く。それで、中央大陸にもうすぐ着くから準備は大丈夫かって話だ。エミィは──」
「無論、出来ておるぞ」
「了解だ。あとの5人は......顔真っ赤だな」
全員の手にはセナの描いた絵が握られている。
大丈夫かなぁ、俺。気付かぬうちに精神が壊されてそうで不安だ。
「エミィは皆が回復したら伝えてくれ。セナ、こっち来い。お仕置だ」
「い〜や〜!」
「ドSガイアのお仕置......羨ましいの」
「ならエミィも来い。指の件、お仕置してやる」
「え、遠慮しておくのじゃ。少々......怖いのでな」
全員から絵を回収した俺は、そっと影に収めた。
セナの首根っこを掴んで甲板に出ると、セナに正座するよう命じた。
「何が悪いか、分かってるか?」
「......ご主人様の絵を描いたこと」
「別にそれは構わないさ。ヌードモデルぐらい、頼まれたらやるからな」
「えっ、じゃあ......ばら撒いたこと?」
「確かにそれも悪いな。だがそれはいつか発覚するものだ。俺が怒っているのは、勝手に裸を見たことに対してだ」
通常時ならまだ、問題も起きづらいだろう。
だがしかし、今のセナは発情期だ。
ちょっとでも油断したら食われかねない。
人の姿を得たセナに、狼の発情期なんて鬼に金棒。
いや、オークにサキュバスだ。
「ごめんなさい」
「次に同じような問題を起こさない為に、発情期が終わるまでは別室で寝ること。いいな?」
「お、狼の姿じゃ......ダメ?」
「ダメだ。勝手に人の姿になって全身を舐めていたお前が言えることじゃないだろ?」
「うぅ......でもぉ」
「ダメなもんはダメだ。万が一を防ぐ為にも、な」
折角再会したのに、距離を置くのも酷な話だ。
でも致し方ない。タイミングが悪いとしか言いようがないからな。
「それでお仕置だが......こっちに来い」
「い、いや!」
「いいから来い」
膝立ちになり、ビクビクと震えながら近付くセナ。
俺の目の前に来ると、大きく右手を上げた。
そしてセナが一際大きく震えた瞬間──
「助けてやれなくてごめん。許してくれ」
ギュッと強く、セナを抱きしめた。
「......ううん。我慢出来ないセナが悪いの。ご主人様は悪くないよ」
「それでもだ。家族の状態を把握していなかったことも、改善出来ないのも俺に知恵が足りなかったからだ。これからはちゃんと考えて、付き合っていこう」
「っ!......うん! ご主人様、大好き!」
尻尾をブンブンと振るセナ。
狼の姿の時と変わらない勢いに、俺は小さく笑った。
俺、久しぶりに笑ったきがする。
2人と再会した時も、多分俺は笑顔じゃなかった。
心配事や申し訳なさもあり、笑える状態じゃなかったんだと思う。
それが今、こうしてセナと抱き合って笑えたのなら、少しずつ笑顔を取り戻せるはずだ。
「皆の手伝いをしておいで」
「分かった! また後でね!」
「あぁ。一緒に帰ろう」
学園に戻ったら、セナも入学するのかな。
そんなことを思いながら送り出すと、俺は船首に立って大陸を眺めた。
魔王領の街とはまた違う、白い石造りの建物。
海からでも見える、大聖堂や教会。
神聖な街だとひと目でわかるが、ヒビキの情報では中身が黒いようだ。
「──お〜い! お前らどこの船だ〜!!!」
「あっちからの船です〜! 一旦停泊してもいいですか〜?」
「あ、あっちぃ!?」
極西大陸の方向に指をさして言うと、港のオッチャンがオーバーリアクションで驚いてくれた。
「シャルロットさん、最初の挨拶は大丈夫ですね?」
「モチモチのロン! ドカーンとぶちかますぜぇ!」
フリフリのリボンを強調したシャルロットさんは、魔王の使いの1人として、しっかりとした挨拶を考えてくれていた。
「え〜......足元は兵士が大量ですね。大丈夫ですか?」
「......ま、まぁ大丈夫だって。多分。いけるいける! 多分。私を信じて欲しいな! 多分」
いけるかなぁ? ダメっぽい。
急に『魔王領から来ました〜!』なんて言えば、絶対に牢屋にぶち込まれるか殺されるかの2択だろ。
ま、なるようになるか。
「皆さん初めまして! 私達は人間の皆さんと和平交渉をすべく、魔王領から来ました! これから話し合いをしましょう!!!」
侵略、開始──!




