第89話 アブナイ狼
むー!
「む〜! 早くそこを退くのじゃ!」
「ダメー! セナのご主人様だもん!」
「お前ら小一時間くらい言い争ってるけど、どうして2人でシェアしようとはならないんだ? 流石にうるさいぞ」
セナとヒビキが加わり、やたらと騒がしくなった。
今回の和平交渉のメンバーは、魔王領からはシアン、スタシアさん、シャルロットさん、ヒュールさんの4人が。
帰省組は俺、エメリア、レヴィ、アンさん、セナ、ヒビキの6人だ。
ユーディルゲル達はそれぞれの領地に戻り、和平交渉が快諾された時に、一気に住民へ伝える為の準備をしている。
そして今、俺達が何をしているかと言うと......
「誰が俺と寝るとか、しょうもないことで騒ぐな」
「「しょうもなくない!!!」」
「うるさ。もうお前らでこのベッド使えよ。仲良くしない奴と一緒に寝たくないっての」
「「むぅ......」」
3人で川の字で寝ればいいじゃないか。
どうして2人っきりじゃないとダメなんだ。
無意味に争うくらいなら、俺はレヴィを抱き枕にして寝るぞ?
「......セナのご主人様だもん」
「セナ? お前いつの間にご主人様呼びになったんだ? 俺の記憶が正しけりゃ呼び捨てだったはずだが」
「こっちの方が所有物っぽいでしょ?」
「お前は所有物じゃなくて家族だ。勘違いすんな」
変な所で履き違えるようになったな。
俺の腕なんか食べるから、俺のひねくれた考えまで吸収してるんだぞ。
仕方ない、何とかして2人を説得しよう。
「セナは子犬の姿になってくれないか? エミィは変わらず隣で。俺、久しぶりにセナに抱きついて寝たいな」
「うん! 分かった!」
「「チョロい」」
嬉々として俺の元に飛び込んでくる子犬のセナ。
もう少し大きくしてもらって尻尾を枕にしても良かったが、久しぶりだし体温を感じて寝ようか。
「おやすみ」
「おやすみじゃ」
『おやすみ!』
......少し暑いな。けど苦しくはない。
瞼を閉じても分かる、胸の上の体温。
俺の腕に触れているエメリアの体温。
昔なら、ミリア以外と寝るなんて考えられなかったのに、俺も変わってしまったな。
これが良い変化なのか、分からない。
今までに無い俺の姿だから、予想が出来ないんだ。
いや、違うな。変化に善し悪しも無い。
その変化に適した環境を構築出来るかが、今の俺に求められていることだ。
今の俺には力がある。
正しくチカラを振るわないと。
──ぺろ
「......ん?」
不思議な感覚で目が覚めた。
柔らかく、濡れた物で撫でられたような感覚だ。
それは少しざらついていて、かなり小さい何か。
──ぺろぺろ
「ん?」
何だろうか。先程までは首元に感じていた何かが、徐々にお腹の方へと移動している。
船の揺れもあり、まだ眠っていたい気持ちと不思議な感覚の主を確かめたい思いがバトルを始めた。
圧倒的有利な眠気が、少しずつ危ない気配の漂う感覚に敗北の香りを撒き散らす。
──ぺろぺろ、ぺろぺろ
「さっきから何......オウマイガッ」
布団を捲ると、セナが真っ裸で俺の上に乗っており、恍惚とした表情で俺の全身を舐めていた。
幸いなことに下半身は手をつけられていない。
......本当に、不幸中の幸いだが。
というか凄いな。俺からはガッツリと視線を送っているのに、セナは夢中になってお腹を舐めている。
何がそうさせたのか分からないが、流石にそろそろ辞めて欲しい。
何と言うかその......変な気分になる。
「おい、犬。舐めるの辞めろ」
「ぺろぺろ......舐めろ?」
「難聴か。耳掃除してやるから辞めろ」
「舐めろ?」
「ぶっ飛ばすのだ」
しつこく聞き間違えるセナの頭を掴むと、俺はドア目掛けてぶん投げた。
するとセナは完璧な受身を取ってドアの前に立つと、耳をピーンと立てて俺へ向かって飛び込んできた。
傍にあった服を着ていた俺は、魔力による状況把握しか出来ていなかったせいでセナの突進を思いっ切り喰らった。
「......強いな。修行でもしたのか?」
「ガイアに追い付く為に、セナも頑張った」
「そうかい。それよりも何で俺を舐めていたんだ?」
強さの話は置いておこう。もっと大事な話がある。
「......発情期。必死に我慢してた」
「犬か! お前、去年は......どうしてたんだ?」
「ガイアを探すのに夢中で分かんなかった」
「で、その目的が達成されたせいで今は来てる......と」
「うん。もう我慢出来ない」
「ダメダメダメダメ! マジでダメだから!」
ジリジリと近付くセナを抑え、俺は何とか体を逸らす。こんなに暴れたらエメリアが起きてしまう。今は大体朝の5時。
エメリアを起こすには早すぎるというものだ。
「か、風に当たろう? ほら、魚釣るからさ」
「だめ......ガイアが、ご主人様が欲しい......」
「う〜ん、俺の方こそダメと言いたい」
ミリアの許しも貰ってないのにダメです、セナさん。
俺はミリアに純潔を捧げるんだ。幾らセナやエメリアでも、これだけは越えさせないラインだ。
「......うるさい。騒ぐなら外でやれ」
マズイ! エメリアが起き......てない?
あぁ、ギリギリ寝言で意識が落ちたのか。
「セナ、我慢してくれ。悪いがそれしか出来ない」
「えぇぇ? ご主人様ぁ、ちょっとだけ......」
「1をあげたら10欲しがるのが人間だ。今のお前は人間に近い狼なんだ。その本能の強さを理解してくれ」
「......でもぉ」
何で朝からこんなことになってんのかなぁ!
タイミングが悪すぎるってもんだ。本当に。
「何か口に入れたいなら、骨とか「指がいい」......今だけだからな」
ここまで妥協されたら呑んでやる。そうしないと、指では済まない結果になるのは確実だろう。
布団を被り直した俺は、寝る前とは違って左隣にセナを寝かせ、手を出した。
優しく俺の手を取ったセナは、ありがとうと言ってからゆっくりと咥えた。
セナの温かい口内の感覚が鮮明に伝わってくる。
傍から見れば大人しくしているように感じるが、その舌は獣欲に塗れて暴れている。
出来る限りセナの方を見ないように布団を閉じると、俺は天井を見つめながら瞼を閉じた。
「どうか......起きたら終わってますように」
◇ ◇
そして朝になると、俺の願った通りに終わっていた。
「むふふ、恋人の指というのは存外美味なものじゃの」
「エメリアちゃんは右手ね。セナは左手だから!」
「うむ。ガイアが起きるまで舐めるとしよう」
......最悪だ。
起きたら両手がベチャベチャになっていた。
まさかエメリアまでセナの真似をするとはな......
「ガイアさん? 起きてr」
俺は寝ている俺は寝ている俺は寝ている俺は寝ている俺は寝ている俺は寝ている俺は寝ている俺は寝ている俺は寝ている。
「スタシアか。ガイアはまだ起きておらぬぞ」
「ぐっすり! 可愛い寝顔だよ!」
「あ、貴女達......何してるの!?」
知りません。俺は寝ています。
「何って、指を舐めておるだけじゃが?」
「セナは発情期だからこれで誤魔化してるの。エメリアちゃんはただの真似だよー」
「指なんて舐めて、良いことあるの?」
「「愛情表現」」
「クセ強すぎだろバカ共!......あっ」
やべぇ! ついツッコミ入れちまったぁ!!!
これで俺が起きていたことはバレたな。
もう......終わりだ。色んな意味で。
「おふぃふぇふぁの? ほひゅひんひゃま」
「今起きた。それよりももう辞めてくれ。スタシアさんの前で恥ずかしいことするな」
「え〜? 恥ずかしくないよ〜?」
「そりゃあ君は本能ですからね。頑張って別の物に変えたのは偉い。でも俺が恥ずかしいんだよ辞めてくれ」
「余は〜?」
「論外。軽く裏切られた気分だ」
「ガーン! ショックじゃぁ......」
秘技、冷静沈着。
敢えて取り乱さないことで状況が飲み込むていないフリをしつつ、スタシアさんの前だと言い聞かせる戦法だ。
そうすれば......ほら、スタシアさんは──
「居ない。どっか行っちゃった」
「じゃあ恥ずかしくないよ! 続けるね?」
「余は......風に当たるのじゃ......」
これは波乱の旅になりそうだ。
アブナイラインをペロッと舐めていくスタイル。
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