第9話 過去・邂逅
過去編ですわ!
異世界に転生して、20年が経った頃。
ミリアと安部くんと共に過ごす生活にも、十分に慣れた辺りで奴は来た。
「ガイア、嫌な予感がする」
「嫌な予感って? 拠点が燃えるとか?」
「それは一昨日の話。忘れて」
「ははっ、嫌だ。一生忘れない」
「むぅ......それでね、何か黒い魔力が飛んで来てるの」
「黒い魔力? カラスか?」
「違う、もっと大きい。もっと、この池みたいな魔力」
ミリアが燃やしてくれた拠点の灰を集めていると、食料や道具の整理をしていたミリアが立ち上がった。
「気を付けてね。この魔力を狙っているのかもしれないから」
「別にこの池から取られるのは構わんがな」
今の池に溜まった魔力は相当な量だ。この森で消費する魔力量も増えているので、少しずつ溜まっていった物だ。とはいえ......人間が生涯に消費する魔力をゆうに超えているらしい。
前に、ミリア先生がそう言っていたんだ。
「まぁ、それもそうね。作業を続けましょ」
「あいあい」
適当な返事をして片付けを再開していると、安部くんがドシンドシンと、大きな足音を立てて森の奥から帰ってきた。
「黒い魔力が飛んで来てる、だって」
「安部くんもか。俺にはその、黒い魔力とやらが分からないから何とも言えんが、黒い魔力って何だ?」
「そうね......魔人、或いは魔王かしら」
「魔王? 敵か?」
「さぁ? 話し合うまで分からないじゃない」
「確かに。じゃあ出会ったら話し合いだな」
この20年。何が敵で何が味方か全く分からないということを思い知った俺は、例え悪役の象徴である魔王だとしても、ソイツが真に敵かどうか、分からないでいた。
これが後に、功を奏すこととなる。
そして15分が経つと、話に上がっていた黒い魔力を持つ者は、俺達の方へと飛んで来た。
ザッパァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
「うわ〜、頭から行ったよ」
「どうして勢いを殺さなかったのかしら」
『ガルゥ』
空色の魔力で出来た池に落ちる一瞬、黒い魔力の正体が男の人であることを確認した。
「ボガガガ!!! モゴ、モガガガガ!!」
「何だコイツ。放置する?」
「そうしましょ」
『ガルルゥ〜♪』
「ちょっと! 僕を助けてくれてもいいじゃないか!」
そう言って池から這い上がってきたのは、俺と同じ黒い髪に、誰よりも優しい目付きをしている金色の眼を持っている男だ。
「言葉、通じるんだな」
「あ、うん。僕に言語の壁は無いから......」
「それは凄い。じゃあ、話し合いをしよう」
ビショビショに濡れた服を一瞬で乾かした男は、敵か味方かも分からない俺の後ろに着いて来て、ミリアが作ってくれた土の椅子に座った。
あまりのアウェイな状況に混乱している男を余所に、俺達は話し合いを始めた。
「君、名前は? どこから飛んで来たんだ?」
「えっと、はい。僕はゼルキアと申します。魔王領の中心にある、魔王城から来ました! 18歳です!」
「へ、へぇ〜。魔王なの?」
「はい! 大学受験に行こうとしたら事故って死んで、気付いたら魔王に転生......って言っても分からないか。まぁ、はい。魔王です」
何か、急にとんでもないカミングアウトをされた気がするのだが、気のせいか? コイツ、転生とか言わなかったか?
......あの時のミリアも、こんな気持ちだったのかな。
「なるほど。日本人?」
「ッ!? 分かるですか!?」
「分かるですか......プフっ......分かるよ。俺も日本人だから」
何で急に片言になってんだ。緊張してるのか?
「面接じゃないんだし、気楽にしていいよ?」
「あっ......確かに。初めて日本人に出会ったから、緊張しちゃって」
「まぁな〜。ちなみに転生してから何年経ったの? 俺は20年だけど」
「まだ3年ですね。そう言えば名前は何ですか?」
「俺はガイア。こっちの精霊はミリア。んでもって、安部くん。『くん』までが名前ね」
「よろしく。ゼルキア」
『ガルゥ〜』
「改めまして、ゼルキアです。よろしくお願いします」
日本人らしく挨拶の時に頭を下げた俺とゼルキアは、それからも前世トークや魔法の話、それにお互いの住居や環境の話をしていると、いつの間にか仲良くなっていた。
1日話しただけでここまで仲良くなれるとは、前世の俺では中々成し遂げられない偉業だ。素晴らしい。
そしてそろそろ日が暮れる時間になると、俺はゼルキアがここに来た目的について聞いた。
「強い魔力を見付けたから、だね。まるで湧き水のように僕達のエネルギーとなる魔力が出ているから、その調査に来たんだ」
「調査? 魔王自ら?」
「うん。トップが自分で動かない国が、良い国になる訳がないからね。だから、こういう調査の時は僕が最初に行くんだ」
「そうなのか。偉いもんだなぁ」
「はははっ! 周りに助けられてばかりだけどね」
「それでもさ。能動的にアクションを起こすって、難しいことだからさ」
「......まぁ、僕が1番強いからね。最初に動かないと、誰も僕を信じてくれなくなる」
このゼルキアの言葉に、どこか後悔の念を感じた。
もしかしたら前世で、或いは魔王として。自分に力があるのに、それを振るうタイミングを間違えたのかもしれない。
トップだから。強いから。
そんな周囲からの信頼を絶対に失いたくないという、強い意志を持っているな、ゼルキアは。
「それで、調査の結果はどうだ? 俺のお漏らしだった訳だが」
「う〜ん、微妙だよね。色的に水の傾向が強いのは分かるけど、他は全く分からない。強いて言うなら、僕の魔力と同等以上に質が高い、ってことかなぁ」
おかしいなぁ。俺の予想では『採取できるのか』とか、『無限に湧き出る訳じゃないんだね』とか、そんな話をすると思ったんだが......
「へ〜。じゃあ持って帰るか? お漏らしだけど」
「い、いいの!? でも待って。お漏らしって言うのやめてくれない? 抵抗あるからさ」
「まぁまぁ。とりあえず、この水瓶1杯をあげるよ」
俺は初めて作った土器の水瓶に、自分の手から魔力を注ぎ入れた。
ミリアによる指導のお陰で、俺もある程度は魔法への理解が深まった。だから、魔力を直接抽出することなんて造作もない。
それに、こっちならお漏らしじゃないからな。うん。
「ありがとう。もし何か分かったら、また来るよ」
「そうしてくれ。あと、愚痴とかあったら聞くよ。ここに来る時はストレス発散とでも思ってくれて構わない」
「本当に!? 重ねて感謝するよ! それじゃあ、僕は帰るね。また!」
「あぁ。またな」
元気な男の子を連想させるテンションで水瓶を抱きかかえたゼルキアは、最後に俺達全員に握手をしてから飛んで行った。
「敵じゃなかったね。ガイア、楽しそうだった」
「だな。はしゃいじゃったよ。ははっ」
「うん......」
黒い魔力を纏い、空を飛んだゼルキアの方を見ながら話していると、ミリアはどこか、悔しそうな顔で俯いてしまった。
何か、気に障ることを言ったのかもしれない。
「ごめん。俺、悪いことしたかな」
「ううん。私が勝手に悔しがってるだけ。ガイアは悪くない」
「そうか? でももし俺が変なことをしていると思ったら、遠慮なく言ってくれ」
「分かった。ありがとう、ガイア」
「い、いいよ」
嬉しそうに微笑むミリアにときめいてしまい、言葉に詰まってしまった。
特に気にした様子は見せていないミリアだが、もし俺のこの気持ちに気付いたら、何て言うのかな。
喜んでくれるかな。気味悪がられるかな。
打ち明けるのが怖いというのが本音だ。
「さぁ、ご飯にしよう」
「うん!」
それからもゼルキアは、2年に1回のペースで俺達の森へと遊びに来た。来る度に『こっちも平和だよ〜』と言うゼルキアに、俺達もこんな世界が続くと思っていた。
そう。勇者が動き出すまでは。