第88話 再開:セナ&ヒビキ
御籤は大吉でした。積極的に努力します!
船が港を出て1時間ほど。
リヴァイアサンとの戦闘跡地を越え、数名が船酔いに苦しみ始めた。
「大丈夫か? エミィ」
「うぅ......チカチカするのじゃぁ......」
「陽光を浴びるな。酔いの原因にもなるからな」
「じゃが......お主の傍にぃ......」
こんな時でも一緒に居たいとか、どれだけ俺のことが好きなんだよ。せめて今くらいは自分優先で居てくれ。
と、口に出したいが、流石に可哀想だからな。
客室のベッドにエメリアを運んだ俺は、少し水を飲ませてから頭を撫でた。
脂汗でベタついた髪を流し、手のひらを額に当てる。
「落ち着く......」
「魔力、いるか? 元気が出るぞ。多分」
「飲むぅ」
あ〜んとエメリアが口を開けたので、俺は彼女の唇に人差し指を付けた。
指先から純粋な魔力を出すと、徐々にエメリアの唇を潤していく。
「水分が足りてないな。ついでに水も出すぞ」
「うむ......頼む」
魔力と共に魔法で生成した水をちょろちょろと出すと、少しずつ飲み込んでくれた。
俺の魔力は不明な点が多い。
植物の急激な成長や、身体強化と抜群の相性。
弱い魔法の火力を爆発的に増加させたりと、俺の魔力傾向が分からない。
もしかしたら『強化』の傾向かもしれない。
でもそれだと、植物の成長は何を強化しているのか分からない。
0を1にするのではなく、1を10に変える傾向......
「強化......増やす......『増幅』か?」
単純な強化ではなく、元の力を増幅させる傾向か?
考えてみよう。
死の荒野では、植物の成長力を『増幅』させた。
身体強化では、身体の力を『増幅』させた。
魔法を使う時は、魔法の密度を『増幅』させた。
では、前世で死ぬ時、ミリアとゼルキアの想いの剣を作れたのは何だ?
「愛情の増幅? でもそれだと形にはならない。何だ?」
「どうしたのじゃ?」
「俺の魔力傾向を考えていてな。有力候補としては『増幅』が挙げられる」
「ふむ............2つある可能性は無いかの?」
「2つ?」
何か、前にミリアが言ってたような言ってなかったような......仮説では確か、俺達は転生者だから、本来1つの魔力傾向が2つに増えたんだっけ?
「1つは『増幅』と仮定して、もう1つは何だ?」
「分からぬ。ただでさえ傾向という曖昧な性格を、2つに分けられたら余計に分からぬ。ただ、お主の魔力は異常に強い。その傾向とやらが、反発......或いは重複し合っておるのかの」
そうか、2つとも強化系なら、お互いに作用し合ってこの魔力の強さになった、と考えられるのか。
「なるへそ。ところで気持ち悪さは無いのか?」
「お主の魔力のお陰で回復した。ありがとうなのじゃ」
「どういたしまして。ん?......三半規管の力の増幅、と考えれば酔いに強くなったのも頷けるな」
三半規管、延いてはエメリアの身体能力の増幅。
うん、俺の魔力傾向の1つは『増幅』が正解かもな。
物質強化の際も異常に強化出来るし、ただの『強化』の傾向よりも強いのだろう。きっと。
「そうじゃの。それよりもっと撫でろ。余は満足しておらぬぞ」
「じゃあ撫でない。自分で撫でてろ」
「んなっ!? それは酷いじゃろ! 自分で撫でて何が嬉しいのじゃ!」
俺、海見たいだけだもん。
エメリアがダウンするからここに居るのであって、本来なら俺はボーッと釣りをしているんだ。
「全く......甘えん坊だなぁ」
「そこも可愛いじゃろ?」
「色気があれば最高だったな。ほら、行くぞ。膝に乗せてやるから釣りするぞ」
「分かったのじゃ。ちゃんと撫でるのだぞ?」
「抱きしめてやるよ」
「っ!!!! や、やるではないか......ふふふ」
クリティカルヒットしたな。俺の勝ちだ。
──ということで、甲板に出てボーッと釣りをしているのだが、2時間で釣果は1匹。それも小さめのカワハギみたいな魚で、とてもじゃないが満足出来ない。
「でもいいよなぁ......のんびりしてて」
「じゃのぉ......お日様で暖かいのじゃぁ」
「レヴィも〜」
「わ、私も......」
気付いたら女に囲まれてた。
俺の胡座の上にはエメリアが。左隣にはレヴィがベターっとくっ付いており、右隣にはアンさんがちょこんと座っている。
なんで......ハーレムが出来てんだ?
「俺、王国で生きていけないなぁ。男爵、サティに譲るしかないか......」
「王様が王様になれば〜、王様の自由だよ〜?」
「ヤダよ王様なんか。戦争とかダルいし、買ったところで旨みが無ぇ」
「真っ先に戦争を考える当たり、ご主人様の思考はかなり毒されてますね」
「いいのいいの。ユーディルゲルも同じだろうし」
政治? やってられっかよンなつまらないモン。
経済? 勝手に回してくれよそっちでよ。
戦争? 戦うのは好きだけど戦争はダルいんだよ。
国王になった所で、俺にとっては面倒なだけだ。
そんなことをするぐらいなら、男爵の地位も捨てて田舎でダラダライフを送るっての。
「反応だ。ボートに乗った2人組だな。皆、下がってろ」
のんびりと船旅を楽しんでいると、何か強力な魔物の気配を2つ感じ取った。
急いでアンさん達を船の真ん中に誘導すると、俺は近付くボートに乗る者の顔を拝んだ。
「ガ......ガイア......様?」
「え?」
この距離でも分かる大人の背丈。
額に生えた2本の角。
左手に構える2振りの刀。
間違い無い......ヒビキだ。
「ま、まさかな。どちら様です?」
「俺です! ヒビキです!」
「うん、ご本人でした」
いや......なんで? なんでボートに乗ってるん?
ていうかもう1人の方は誰? 俺を見て固まってるし、すんげー可愛い狼の獣人なんだけど。
セナっぽい雰囲気だが、どこか違うんだよな。
「どうしたのじゃ〜?」
「家族と再会した。船に上げていい?」
「良いじゃろ。余がシアンに申してくる故、甲板で話しておれ」
「ありがと、エミィ」
俺は魔力の縄でボートを持ち上げると、バキバキと音を立ててボートが粉々になってしまった。
「おいおい、こんなボロに乗ってたら死ぬぞ? ったく、お前は賢いんだから船の状態はよく見ろ」
「はい......はい! このヒビキ、また主に会えたことを光栄に存じます」
「俺も嬉しいよ。影には入れそうか?」
「......は、入れる、入れました!!」
「これでもう大丈夫だな。また頼むぞ、ヒビキ」
「はい!」
犬みたいに喜びやがって......嬉しいじゃねぇか。
この一年、影にお前が居ないだけでどれだけ寂しい思いをしたと思ってる。
こうして話せることを、どれだけ楽しみにしていたか。
「で? そっちの謎の女の子は......セナか?」
「うん......セナだよっ!!!」
少し自信無さげに言うと、セナは思いっ切り俺の胸を目掛けて飛び込んだ。
「おぉう......立派な女の子になったな。犬の姿でも十分可愛いのに、人間の姿になったらもっと可愛くなったな。強さは健在か?」
「うん! ご主人様の腕を食べたらね、人間になれたの!」
「そっか、不思議だな。美味しかったか?」
「ううん! 味しなかった!」
「そっか〜! よ〜しよしよし、可愛いな〜」
元気に答えるセナを撫でて上げると、昔のように顔を擦り付けて『もっともっと』とねだり始めた。
懐かしい......このフワフワ感、セナのものだ。
瞳も俺と同じ色をしているし、俺の魔力を大量に吸収したんだろうな。
それにしても、まさか海の上で出会えるとはな。
「お前ら、どうして海の上に居たんだ?」
「ご主人様を捜す為! もう、魔王領しか居ないと思ったの!」
「ティモー帝国も、イリス神国も、勿論レガリア王国もその周辺諸国も捜しましたたが、情報が全く無く......リヴァイアサンに殺されることを前提に、魔王領に渡っている最中でした」
「そういうことか。なら答え合わせといこう」
ミリアは多分、2人を信じて王国で待ってるはずだ。
ここにミリアが居ないことが、何よりの証拠だから。
「俺はあの時、片腕を失って魔王領に飛ばされた。それも、中央大陸から1番遠い最東端の死の荒野に。そして転移の犯人であるスタシアさんと共に大陸横断の旅に出た」
「は、犯人と......ですか?」
「あぁ。悪い人じゃなかったからな。そして道中、最強のドラゴンを名乗る黒龍を言葉選びのミスで嫁にしてしまい、旅の仲間に加わった」
「ドラゴンー? お嫁さんー?」
「そう。可愛いぞ。で、ダンジョン攻略したり戦友と世界を越えて再会したり、リヴァイアサンとヒュドラと戦って航路を安全にして、今ここに居る。これから帰るところだぞ」
「「はぁ......」」
中々な旅だった。
命の危険もあったし、永住しようか悩んだもん。
それでも帰る決断を出来たのは、ミリアやセナ達の想いがあったからだし、とても感謝している。
「捜してくれてありがとう。俺は元気だよ」
「......良かったです。その言葉が聞きたかった」
「うん! セナも元気! ヒビキも元気ー!」
「あぁ。ただいま、2人とも」
「「おかえりなさい!」」




