第87話 待ち人、向かう人
ミリア編・セナ編・ガイア編となっております。
「──ミリアさん? 大丈夫ですか?」
「はい......まぁ」
「しんどくなったら言ってください。心の休みも必要ですからね!」
「ありがとうございます」
まただ。また授業中にボーッとしちゃった。
私の隣の席は今も空席。生存だけが確認され、今どこに居るかも分からないあの人はまだ......帰ってきていない。
あの日、アルラウネが現れて以来何も起きていない。
何か起きて欲しい時に、何も起きていない。
せめて、せめてガイアが健康でいるかでさえ、何も分からない。
「ミリアさん、やはりお休みした方が良いのでは?」
昼休みになると、ルームメイトのセレスが心配してくれる。でも、学園を休んだところでどうにもならない問題なの。
それならば、こうして友達と話して気を紛らわせる為に学園に来た方が良い。
「いいえ。きっとガイアもつらい思いをしているわ。だから私だけ休むなんて出来ない。心配してくれてありがとう、セレス」
「壊れてからでは遅いですわ。今、ツバキ様が大陸中を捜索しているのでしょう? それならば、時間が解決してくれます。私も信じて待っていますわ」
「......ありがとう。本当に優しいわね、貴女は」
つらい時に支えになる......とは言わないけど、その温かい気遣いが孤独じゃないと教えてくれる。
「私、ガイアさんに言われましたの。『前に進む力は、後ろに居る者を引っ張る力だ。お前が前に進もうとするなら、後ろに居る者も引っ張っているんだ』と。今、私は前に進んでいます。ミリアさんよりも」
「私が前に進むということは、ミリアさんを引っ張る役目もありますの。さり気なく言われたあの言葉ですが、今でも私の胸に刺さっております」
そんなこと言ってたんだ......ガイア。
カッコイイわね。お互いに前に進もうとすれば、必然的にお互いを引っ張り合いことになる。
そうして2人で、仲間と一緒に前に進むんだと、そう言いたかったのね。
「ミリアさんは逆に、ガイアさんに何か言葉を貰いませんでしたか?」
「『生きろ』、その一言だけよ」
貴方なら『待ってろ』でも良かったのに。
毎日毎日、夢で貴方の人生を見る度に思うの。
私へ向ける底無しの愛情。
天井を知らない永続の努力。
誰もを魅せつける天性の才能。
そして、見付けるとつい抱きつきたくなるルックス。
夢で見た後、私はいつも寂しい思いをしてる。
1人で慰める日も、もう耐えきれない。
貴方の大きな腕で抱きしめて欲しい。
貴方の温かい手で撫でて欲しい。
貴方の言葉で勇気が欲しい。
「帰ってきて......ガイア......」
私の零した言葉を聞いて、セレスが肩を抱き寄せた。
「帰ってきます。あの方はそういうお方ですわ」
「......そうね」
信じるしかない。彼が元気に生きていると。
そして私の元に帰ろうとしていると。
「愛してるわ。ガイア」
◆セナside◆
「はぁ......なんにも分かんなかったね。ご主人様のこと」
「仕方あるまい。今はただ、進むしかないんだ」
イリス神国のおっきな教会も、おっきなギルドも全部行ったけど、ご主人様の情報はなんにも分からなかった。
だからもう、セナ達は前に行くの。
目的地は魔王領。そして極西大陸。
これでご主人様が見付からなかったら、その時はもう、セナは──
「だね。それと明日、魔海を越えよっか。死ぬ気でね」
「遂にだな。生きて帰れるかも分からない土地か」
「大丈夫だよ。セナ達、強いもん」
「お前はガイア様が居るから強いんだ。腕を食わなかったらただの犬に過ぎん」
「うるさいなぁ。そんなこと言ってたらご主人様に嫌われるよ?」
「うっ......いや、俺は元々......」
違うもんね。前のヒビキはこんなんじゃない。
もっと優しかったし、チクチクしないもん。
セナにも、ご主人様にも距離を取ってたもん。
やっぱり、ご主人様が居ないとダメなのかな。
いつもニコニコしてたヒビキに戻って欲しい。
「──船、2人で出すなら大丈夫だって。航路? とか言うのが分かるなら、もしかしたら行けるかもって」
港に居たおじちゃんにお願いしたら、ものすんごい勢いで反対されたけど、なんとか船を貸して貰えた。
ううん、違う。帰ってこないのが前提。だから廃船になるボートを貰ったの。元より返ってくると思われてない。
「航路なら分かる。俺は過去、スタシス魔女公爵に会ってるからな。今も薄い魔力の繋がりで、何となく方向が分かる」
「へぇ。ご主人様の魔力は?」
「......あの方の魔力は異次元だ。俺に追えるほどの不純物が無い。綺麗すぎる」
「そっか。あ、そうだ! ご主人様に会えた時のために、お土産買って行こうよ! 絶対よろこんでくれるよ!」
「はぁ......勝手に行くな!」
いいもん。帰ってこれないならそれで。
セナはご主人様の傍に居る。
それがセナに許された、魔物としての在り方だから。
ご主人様が居ないなら、セナも消えるだけ。
「今行くからね、ご主人様」
◆ガイアside◆
「帰る前にお土産買ってくか! ミリアは分からないが、食べ物ならセナが喜ぶし、魔王領の物ならゼルキアも喜ぶだろ」
船の手配を幹部達が進める中、やれる事が無い俺達は4人でお土産巡りを計画した。
エメリア、アンさん、レヴィはミリアに挨拶する時の手土産として。
俺のは、友達や家族に『魔王領に行ってきた印』として、だな。
あぁ、そうだ。国王にも買わないとな。
義父に当たる人なんだし、家族にお土産を買うのは当たり前だ。
「王様、楽しそうだね〜」
小物店で悩んでいると、横からレヴィが生えてきた。
「楽しいぞ。家に帰れるってのは、俺にとって至上に近い喜びだからな。それに、大切な人が待ってるんだ。早く帰りたいんだよ」
「女王様〜? 王様のこと、忘れてな〜い?」
「忘れてるかもな。俺のしでかした悪事を忘れて、善い行いだけで俺を美化してるに違いない。早く会って、『俺はワルなんだぞ!』って示さないと」
別にワルではないけどな。
ただ、自分のしたことが100パーセント善行とは思っていない。
俺は神でもお偉いさんでもないんだ。
自分正義じゃ他人不義にもなる。
また......ありのままの俺を受け入れて欲しい。
心の底から愛しているからこそ、お互いの再認識も頻繁に行いたい。
「レヴィは何か買ったか?」
「レヴィはね〜、お洋服を渡すの〜!」
そう言って大きな布袋を見せるレヴィ。
確か、布袋に入れられた服はダンジョン産の服だとかユーディルゲルが言ってたな。
日本製かレガリア帝国製か、どっちだろ。
「良いじゃないか。きっとミリアも喜ぶ」
「うん! 信じてる〜!」
そうしてお土産選びで一日を潰すと、翌朝にユーディルゲルから今日出港すると言われ、大慌てで荷造りをしている。
「──ま、そもそも物が無いから荷造りも無いけど」
「じゃな。久しくこの大陸を出んかったからの。余もワクワクドキドキムラムラしておるぞ!」
「最後のは要らないだろ? 全く......行こうか」
部屋の掃除をした俺達は、宿屋を出て港へ向かう。
道中で大量の荷物を抱えたアンさんから荷物を受け取り、影に入れてあげた。
そして今、俺達の前に1人の少女が居る。
深い蒼の長髪に、紫紺の瞳を持つ少女だ。
名前を『シアン』と言い、病気に臥す魔王の娘とのこと。
この人が来た瞬間、俺とエメリアとレヴィ以外が跪くから何事かと思ったが、王女とならば仕方ない。
「ま、俺は跪かないけど」
「ガイアがせぬのなら余もせぬ」
「この子、偉いの〜? 王様より〜?」
傍から見れば同年代の4人だ。
跪かない方が自然ってものだろう。
「シ、シアンです! よろしくお願いします!」
「ガイアだ。よろしく」
「エメリアじゃ。ドラゴンじゃぞ〜」
「レヴィ! 王様のメイドさんになるの〜!」
行儀正しく俺達に握手するシアン。
俺は目に魔力を集中させ、シアンの持つ魔力を丸裸にして見てやったが、魔王の娘だけあって魔力の質は高いが、ゼルキア程の強さは無いことが分かった。
きっと、ゼルキアに後継が居なかった結果だろう。
「行くぞ、皆。魔族も人間も等しく命。互いに手を取り合う未来を選んだなら、共に死ぬ気で歩み寄るんだ」
「あ、あのガイアがまともなことを言ってる......!?」
「そこの騎士、うるさい。ともかく船に乗れ。早く帰りたいんだ」
さぁ、出港だ。
和平交渉組と帰宅組を乗せた大きな帆船は、魔術による推進力を得てグングンと西へ進んで行く。
「バイバイ、魔王領。また遊びに来る」
ここまで長かった.....!
死の荒野から始まった帰り道、ようやく折り返しです!
次回予告はしません! 楽しんでくれると嬉しいです!




