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第86話 御伽噺は伝説に



 突如として魔海に空いた巨大な亀裂。

 周囲の海水は何かにせき止められたように亀裂に流れ込まず、海底の岩場を空気に曝した。


 この亀裂を作った犯人は今、地面に足を付けている。



「ヒュドラの生け捕り、成功だな」


『海が......割れたッ!?』



 ガイアは魔法により海を割ると、地上と変わらない環境を海底に作った。これこそがガイアの作戦であり、必勝法である。


 自身の魔力を分子レベルにまで細かくし、水分子の繋げることで実質的な水分の操作を可能とする。

 そしてイメージというあやふやな結果と、手の込んだ下準備により海自体を操作したのだ。


 ガイアはヒュドラに近付き、抜き身の刀を構えた。



「フンッ!」



 ズバッッッッ!!!!!!


 全力の身体強化から繰り出される神速の斬撃は、頑強なヒュドラの鱗を容易く切断し、左の首を落とした。



『ギャァァァァァァァア!!!!!!!!』


「それもう一本!」



 ズバッッッッ!!!!!!


 ガイアの放った上段からの振り下ろしは、暴れるヒュドラの首の半分を切り裂き、瀕死に追いやった。



「最後は魔法だ。フルコースで仕留めてやる」



 そう言い放ち、ヒュドラの上に空色の巨大な刃を生成したガイア。

 だがしかし、ヒュドラは一瞬の隙を突いて残った首から紫色に粘液を吐き出した。



「あっぶな。ってオイオイ......岩が蒸発してんだが?」



 間一髪で避けたが、ヒュドラの毒液を浴びた海底の岩石がジューっと音を立てて溶けている。


 凄まじい毒性。これが御伽噺に出てくる死の魔物。

 その力の一端を見たガイアは、一気に警戒レベルを上げた。



『......危うく死ぬところでした』


「で、やっぱり再生速度が頭おかしいと。お前の体、中にエリクサー工場でもあるのか?」



 斬られた首が再生し、半ば繋がっていなかったもう片方の首も完璧に再生されている。


 御伽噺では、ヒュドラの再生能力はエリクサー以上と言われ、例え首を2つとも落とそうと、体を木っ端微塵にしようと、心臓と肉片があれば生きるとされている。


 そんな御伽噺を知らないガイアは手探りで情報を集め、己の信じられる情報だけで作戦を構築する。



「炎は使えないから首を焼いて塞ぐことは出来ない。俺の体と刀からして胴体を断ち切ることは出来ない。だが魔法なら大きさが自由だから断ち切ることは出来る」



 ブツブツと呟きながら、ヒュドラの毒液を躱して首を斬るガイア。

 時計回りに立ち位置を変えて逃げられないようにしつつ、裂海の維持と討伐方法を模索する戦い方は、チラチラと空から覗くエメリアが心配するほどだ。


 所変わってエメリアはと言うと、リヴァイアサンと激しい戦いを繰り広げていた。



「鱗を盾にして防ぐとは狡い奴じゃな」


『貴様に我は倒せない。尻尾を巻いて逃げるがよい』


「仕方ない......本来の姿で戦ってやるかの」



 鎌を魔力に分解した瞬間、エメリアの姿は幼い少女から最強の黒龍へと変貌を遂げた。



「海が荒れるが仕方ない。龍閃」



 口から吐き出された巨大な魔力の塊が、先程までとは比較にならないパワーでリヴァイアサンと衝突した。



『フッ、甘い......ッ!?』


「余の魔力は燃えたぎっておるのじゃぞ? ガイアには愛の炎を燃やし、お前のような魔物には死の炎を燃やす。とくと味わえ? 余はガイアのように優しくない故な。じっくり痛めつけてやる」



 リヴァイアサンの肉を内側から焦がす魔力。

 これがエメリアの魔力傾向であり、最強のドラゴンたらしめる力。


 魔力傾向『獄炎』


 かつて古龍の祖先である、神龍が持っていたとされる最強の魔力。

 触れた者の身を焦がし、灰すら残さず燃やし尽くす。

 永きを生きるドラゴンの強い個体である、古龍でさえ獄炎の魔力には歯が立たない。


 そんなエメリアが全力で戦えば、視界の範囲内の海を蒸発させることも出来るだろう。


 だがそれは出来ない。

 下でヒュドラと戦っている、自身よりも大切なガイアが居るからだ。



『そうか、貴様はあの人間が大事なのだったな』


「......ほう?」


『あの人間が死ねば、貴様はどのような姿を見せるんだろうなぁ? たかが人間如きに惚れ込む貴様だ。さぞ怒り狂うのだろう。脆い人間が壊されたくらいでな』



 エメリアを煽ったリヴァイアサンは、凄まじい速度でガイアの方へと泳いで行く。

 幾らエメリアでも、海の魔物相手に速度では負ける。

 全力で飛行して亀裂に来た頃には、リヴァイアサンがガイアを飲み込まんと突っ込む瞬間だった。




「ガイアッ!!!!!!!」




◆ ◇ ◆




 リヴァイアサンが突っ込む前、俺はある程度の対策を取っていた。



「ヒュドラの毒は魔力で包み込めば無害なんだな」



 俺の魔力で1滴だけ毒液をキャッチしてみると、なんと簡単に回収出来てしまったのだ。

 戦闘しながら毒液を回収し、ヒュドラに見つからないように影に収納していくと、気付いた頃には毒液のプールが作れそうなぐらいに集まっていた。


 何とかヒュドラ討伐に使えないかと、切り落とした首の切断面に毒を塗ってみるが、効果は無かった。


 やはり何とかして再生の隙を突いて心臓を狙うしか無いのかもしれない。



 そして何百回目かのヒュドラの首を落とした時、空からエメリアの声が聞こえたんだ。



「ガイアッ!!!!!!!」


「うおっ、やべ」



 声の方向に振り返ると、すぐ目の前にリヴァイアサンが大きな口を開けて迫っていた。

 避けることは出来るが、ただ避けるだけではつまらない。



 そう思った俺は、全力で飛び退くと同時に、集めたヒュドラの毒液を塊にして放出した。




『ギィィィィィヤァァァァァァ!!!!!!!』


『待って、貴方!!!』


『アァァァァァァァァァアアアア!!!!!!!!』



 思いっ切り毒液を飲み込んだリヴァイアサンは、この星が割れるんじゃないかと思うくらい激しく暴れた。



「エミィ!」


「うむ!」



 ドラゴンの姿になっていたエメリアに空中で拾って貰うと、俺は背中に乗って戦況を俯瞰した。



「あれ? ヒュドラ潰れてね?」


「む?......確かにペチャンコになっておるな」


「うわぁ......何とも言えねぇ」



 幾ら待っても再生しないヒュドラ。

 リヴァイアサンが暴れた拍子に弱点が潰されたんだろう。何とも言えない結果になってしまった。



「それよりヤバいな。ここら辺の地形が変わるぞ」


「致し方あるまい。それより......ガイア」


「どうした?」


「無事で良かった。死んだかと思ったぞ」



 心配してくれたエメリアの背中を撫で、答えた。



「もう死なないよ。死ぬとしたら、そうだな......60年後くらいかな。おじいちゃんになってから死ぬよ」


「......うむ。約束じゃぞ」


「あぁ。まだやるべき事はあるんだ。こんな所で死ねない」



 空からリヴァイアサンの様子を観察していると、遂に毒が全身に回ったのか、リヴァイアサンが泡を吹いて動かなくなった。


 俺はエメリアに乗った状態で近付いて貰うと、完全に死んでいることを確認した。



「ん? 何だあれ」



 2匹の死体を回収したので、もう裂海を解こうとした所、視界の端に白く光る何かを捉えた。



「これは......卵のようじゃの。それも海龍の卵じゃ」



 俺と身長と同じくらいの大きさの卵だ。

 重さは多分......軽く100キログラムは超えてるな。

 持って帰るにしても、有精卵だから影に入らない。



「この子には孵化してもらおう。生存競争に残れたら元気に生きればいいし、ダメならそれで終わり。自然に任せよう」


「良いのか? 未来の敵になるかもしれないのじゃぞ」


「敵になるなら本気で相手するだけだ。だろ?」



 それに、産まれてくる子に罪は無い。

 航路の邪魔にもならないし、生態系に悪影響を与える訳でも無い。それならば、生かしてあげるのが自然の流れじゃないか?


 ......ちょっと味が気になるが、我慢するぞ。



「さぁ、帰ろう。案外アッサリ終わったしな」


「そうじゃな。殺し合いとは、時に不完全燃焼だからつまらんのじゃ。戦うより恋をした方が楽しいぞ」



 儚げな表情で卵から視線を離したエメリアは、おもむろに俺を抱きしめたかと思うと、以前より大きな翼を広げて飛び上がった。



「この飛び方の方が余は幸せじゃ」


「今回だけだぞ? あと......俺も幸せだ」


「〜〜〜っ!!!!!!!」



 痛い痛い痛い!! 肋が折れる!!!!

 ちょっと本音で言ったらすぐこれだよ。照れ隠しにしてもタイミングが悪すぎる。


 全く、そういう所も可愛いんだよな。




◇ ◇




「本当に倒したのか!? あの2体を!?」



 エメリアに抱かれた状態で港に戻ると、案の定というか当然というか、倒したと信じてもらうことが出来なかった。


 現在は喫茶店を貸し切りにしてもらい、小さな戦後報告をしている。



「ヒュドラの毒で殺したんだよ。ヒュドラ自体はリヴァイアサンに潰された。それだけだ」


「それだけって......し、死体は!?」


「持ってます。ここでは出せませんが」



 質問攻めに会う前に状況を説明して、どのような状況に陥り、どのように対処してあの2匹を倒したのか、懇切丁寧に説明してあげた。


 あまりのアッサリ具合に皆呆けていたが、まともに挑んですらいない相手に過大評価が過ぎると気付いたようだ。



「──な〜んだ、海のドラゴンってだけなのか〜」


「体感はそうですね。ただ、水中という圧倒的不利な状況で戦うので、同じと思うのは浅はかですが」


「じゃの。余も海龍と戦ったのは初めて故、多少手間取ったのはある」



 俺はシャルロットさんの言葉に忠告を添えつつ、紅茶を1口含んだ。

 戦闘の疲れが少しずつ抜けていくこの感覚......堪らないな。




「ふぅ。これで......帰れるんだな」




 これまでの思い出が、頭の中で一気に再生された。



「そうよ。本当にお疲れ様」


「つらいことも、楽しいこともいっぱいあったの」


「総じて良い経験になった。ミリアには怒られるかもしれないけど、俺はこの旅が出来て良かったと思う。まだ通過点だけど、言わせて欲しい。スタシアさん、エミィ。それにユディや皆。ありがとう」



 頭を下げた。例え事故から始まったとしても、この結果に繋げられたのは皆と協力し合えたからだ。

 スタシアさんには地理関係でお世話になったし、エメリアには精神を保護してもらった。


 この2人には特に感謝を伝えたい。



「ふっふっふ。余はこれからもガイアと居るから、そんな改まって言われる程じゃないがの。じゃが......余も感謝しておる。ありがとう」


「私は......ごめんなさい。転移に巻き込んだこと、本当に申し訳なく思うわ。そして、それを許し、長い帰り道でも楽しいと言ってくれてありがとう」



 良いんだよ。これで。

 魔王と人間の和平を結ぶのに協力出来たし、満足だ。

 ミリアのことが気になるが、待っていてくれてる......と信じてる。


 沢山友達も出来たし、お土産だってある。

 せめて元気に『ただいま』って言いたいな。




「よし。帰ろう!!!」

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします_( _´ω`)_


さて、ようやく魔王領編が終われそうです。

次回は視点を変えて、ミリアのお話になります!

ガイアはリヴァイアサン達と戦っていたが、一方その頃・・・という感じで。


では、次回もよろしくお願いします!

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