第85話 海龍vs黒龍
年末最後の更新です!
目が覚めた。清々しい朝だ。
窓を開ければ暖かい潮風が肺に取り込まれ、眼前に広がる海は常に穏やかだ。
しばらく海を眺めていると、背後のベッドからゴソゴソと布の擦れる音がする。
振り返ればエメリアがあくびをしていた。
平和な日常。平穏な朝。安心する環境。
......最期と思うには惜しい。もっと愛に溢れた人生にしたかった。
「エミィ」
「ん〜?」
「おはよう」
「うむ、おはよう」
俺は強く、強くエメリアを抱きしめた。
そこにはもう、感情なんて存在しない。
ただただ彼女に受けた愛を返したくて、愛したい気持ちだけがあった。
「行こう。2人で中央大陸に帰る。これが目標だ」
「大丈夫じゃ。海の魔物に我らは負けぬ。自信を持て」
「はっ、ドラゴンだから余裕ぶっこいてると足元すくわれるぞ?」
「戯け。お主と鍛錬を詰んだ余が負ける訳無かろう」
怖くない。死ぬ時は両方死ぬから。
これから戦うのは伝説や御伽噺にも出てくる、リヴァイアサンとヒュドラだ。
リヴァイアサンは海龍として名が知れており、ヒュールさんの情報からして全長1キロメートルにも及ぶ程大きな魔物だそうだ。
それに対し、ヒュドラは完全に情報が無い。
どのような姿をしているのか、どのような習性なのかも全くの不明。分かるのはリヴァイアサンの近くに居た、大きな影が見えたということだけ。
なんだろうな......初見でモンスターと戦う、あのワクワク感が湧いてきた。
「来たか。早速行くのか?」
支度を終えて宿を出ると、魔王幹部全員が俺達を待っていた。
アンさんとレヴィには俺が死んだ時のことも話しているので、特にこれといって喋ることは無い。
「勿論。朝ご飯はちゃんと食べたしな」
「そうか。船が一隻出せるが、どうする?」
「要らない。エミィは空を飛ぶし、俺も擬似的に飛行する。皆が出来るのは海に近付かないことと、見守ること。それだけだ」
別れという別れも告げずに、俺は堤防から海に飛び降りた。
着水する瞬間に海水に向けて風を噴射し、姿勢を安定させる。足元に自分の魔力を放ち続けることで波の安定化も進め、完璧な姿勢制御が出来た。
それに対しエメリアは、背中から大きな翼を広げ、羽ばたくことで体を浮かせた。
「行ってくるわ。吉報を待て」
「さらばじゃ」
俺はエメリアと全く同じタイミングで風の噴射させる向きを変えると、まるでジェット機のように莫大な推進力を得た。
俺に追従する形でエメリアは着いてきており、その飛行速度は半端ではない。
「もう少し沖に出たら戦うぞ!」
「うむ!」
そうしてテリジンから数キロメートルほど離れると、一部分だけやけに波が無い空間に出た。
魔力を飛ばしてみると......どうやら俺達は、リヴァイアサンの真上に来たようだ。
「来るぞ!」
ゴゴゴゴゴゴ......
海が揺れる音が聞こえると、段々とその影が見える。
藍色の鱗に覆われた巨大な海の魔物。
その形状は蛇に似ているが、圧倒的なまでにスケールが違う。
『久しいな。黒龍』
「む? 余のことか? 余はお前のことを知らんぞ」
すげー。普通に話すじゃん。強い魔物はその分強い知性を持つということだが、やっぱりリヴァイアサンも例に漏れないんだな。
『我は知っているぞ。貴様が龍帝と龍神の子だとな』
「それがどうしたというのだ?」
『3000年前......貴様は一夜にして古龍の里を滅ぼした』
「3000年前?......ん〜、あったような〜、無かったような〜」
あれ、リヴァイアサンと知り合いなのか?
何にせよ、エメリアの過去は気になる。
ヒュドラが顔を出すまで、俺も大人しくしていよう。
「あぁ、思い出したぞ。余に『古龍はお前でも敵わない』と言ってきた子どもの古龍が居てな。証明としてそいつ以外の古龍を全て、目の前で食ってやったのじゃ」
『......』
「愚かな古龍......いや、子龍であったのぉ。悪戯に余をからかい、招いた結果が里の消滅。人より強く、賢い存在だというのに、あの里の龍は人より愚かな存在であったぞ」
教育不足。監督不行届。圧倒的力量差。不運。
様々な運命が噛み合わさったことで訪れた、運命の悪戯。それがリヴァイアサンの言う、古龍の里を滅ぼしたことに繋がったのだろう。
とはいえ、子どもにからかわれたからって普通は里を滅ぼすか? 他に理由がありそうなものだが。
『本当にそれだけの理由で、あの里を滅ぼしたのか?』
「まだあるぞ。あの時はただ、暇じゃった。それだけ」
うわ〜、実にエメリアらしい理由だ〜!
俺と出会い、人の視点を覚える前。完全なドラゴンとして生きていたエメリアなら、絶対言うわその台詞。
暇で丁度良かったから里滅ぼしぞ〜。とかな。
「エミィはやっぱり強いな。頼りになるよ」
「何を言うか。余に手も足も出させずに死を突きつけてきたお主に比べ、余はまだまだ成長途中よ」
「言うじゃねぇか。こちとらドラゴン2匹で死にかけてたんだぞ」
「片腕が無い状態で、じゃろ? 今は余裕のはずじゃ」
どうだろうな。でもあれから俺も成長しているし、ドラゴンという存在そのものへの理解も深まった今なら、多分余裕かもしれない。
って、そんな話はどうでもいい。リヴァイアサンが蚊帳の外だぞ。
『その人間が......貴様より強い......だと?』
「うむ。余の旦那じゃぞ? 余を超える力を持っておるわ。抑えられた魔力からガイアの強さを判別出来ぬとは、お主もまだまだじゃの」
「おちょくるなって。事実を言ったら可哀想だろ?」
「うは〜! お主の方が鋭いぞ〜? 刺せ刺せ〜!」
「リヴァイアサン、相手の力量見破れぬ。完・敗ッ!」
楽しくなってきちゃった。
っとと、調子に乗ってはいけないな。
先程からこちらに向かって来ている大きな存在を感じるんだ。恐らくヒュドラだろう。
ヒュドラと言えば、首がいっぱいあったり、凄まじい再生能力を持っている毒蛇と言われるが、実際はどうなんだろうか。
『フッ、愚か者め。貴様らの命はもう無いぞ』
「舐められておるの。食ってやろうか?」
髪の毛を1本引き抜くと、大鎌に変形させたエメリア。
リヴァイアサンと関係がありそうだし、ここは任せて大丈夫だろう。
俺が戦うのは......もう1匹の方だ。
「エミィ、そっちは頼むぞ」
「任せよ。信じておるぞ」
リヴァイアサンから少し離れると、2つの首が生えた蛇が俺の前に浮上してきた。
コイツがヒュドラか。
その姿を見て生きて帰った者は居ない。
魔王領では『特級』に分類される魔物だ。
黒い鱗に紫の瞳が、実に毒々しい。
『リヴァイアサンは殺させません』
「でも君らが居ると中央大陸に渡れないんだよ」
『古代より魔族と人間は敵対していた。今更渡る必要など無いでしょう?』
「人は変わる物なんだよ。魔族であろうと同じだ」
過去の魔王は人間と敵対する道を選んだ。
今代の魔王は人間と手を取り合う道を選んだ。
それだけの違いしか無いんだ。
人が変われば未来が変わる。未来が変われば世界が変わる。
その第1歩が、中央大陸と極西大陸の間にある、魔海の航海ルートの確保だ。
「死にたくないなら住処を変えろ。まだ戦闘は始まっていないぞ」
手は打っているがな。
戦闘が始まり次第、一瞬でヒュドラを殺す。
だが交渉が出来るのならそれもアリだ。
俺もコイツも、死にたくないならな。
『......少し、時間をください』
「3分間待ってやる」
ヒュドラが海底へと潜ると、それに続いてリヴァイアサンもその影を薄くした。
「良かったのか? 依頼は『討伐』じゃが」
「殺したら殺したで、生態系が狂いそうだからな」
「魔物の臭い......それも海の魔物ならすぐに消えよう。殺したとて、数年で元に戻るぞ」
「それでもだよ。まぁ、結果は見えているが」
3分が経つと、2体はちゃんと帰ってきた。
気のせいかな。少し海が荒れ始めている。
コイツら仲良さそうだし、大方喧嘩でもして荒れたんだろうな。
『黒龍、貴様を殺す』
「馬鹿じゃの〜」
「ヒュドラはどうする? 逃げるか?」
『......戦います』
「そうか、可哀想に。リヴァイアサンのせいで一緒に死ぬことになるとはな」
大丈夫、俺は戦える。落ち着け。
あわよくば戦わずに済むと思っていたが、案の定だ。
ドラゴンより大きな魔物とは戦ったことが無いが、首を落とし、心臓を貫けば死ぬはず。
よし、戦おう。生きる為に。
「さらばじゃ、リヴァイアサン。死ね」
エメリアは鎌を持っていない左手の指先にドス黒い魔力を密集、圧縮させると、リヴァイアサンの頭に目掛けて黒い光を放った。
「わぁお......海に穴空いた......」
轟音と共に爆発する海面。
水飛沫が煙となって視界を塞ぐが、エメリアが息を吹くと全て流れて行った。
初めて見る攻撃だ。
魔法や魔術ではなく、単純な魔力による質量攻撃。
防ぐにはエメリアの魔力以上の強さを持った物質か、魔力の塊で受け止めるしかない。
......無理だな。絶対死ぬわ。
『......甘いぞ』
「ほう、鱗の向きを変えて分散させたか。やるの」
マジで? 今の一瞬で防げたのか?
海の魔物、怖ぇぇぇ! 化け物しか居ねぇよ!
どうしよ、俺の作戦通用するかな? 無理だったら死ぬんだけど。
違う、やるしかないんだ。
「悪いが死んでもらうぞ」
ヒュドラから一気に距離を取った俺は、全身から魔力を放出させ、イメージを集中させた。
海の魔物って、水が無かったらどうなるんだろうな?
「裂海」
俺が魔法を使った瞬間、約5キロメートルに渡って海に亀裂が入った。
それではまた来年です! では!




