第83話 ぷはー
ぷはー
「青い海! 白い砂浜! 可愛い女! そう、ここは知る人ぞ知るリゾート地! テリジンッ!!!」
「なにを言っとるんじゃ〜? このイ・ケ・メ・ン♡」
黒いフリルの付いた水着のエメリアが、はっちゃけている俺を後ろから抱きしめてきた。
「さぁ、遊ぶぞッ!!!!」
ここはテリジンの一角にある、魔海に面したビーチだ。魔王領でもリゾート地として有名らしく、肌を焼きに来る人も多いのだとか。
さて、どうして荒れ狂う大海原ではなく、こんな遊び場に来たかと言うと......まぁ、最後の休憩ということです。
そうそう、戦うメンバーは俺とエメリアの2人だけだ。
ユーディルゲルやスタシアさんは見学。アンさんとレヴィも戦闘には参加させないが、レヴィに至っては俺が死ねばレヴィも死ぬからな。
ぶっちゃけレヴィは戦わせてもいいと思ってる。
「王様は元気ですね〜。レヴィは暑くて堪りませんよ〜」
「ふふ、そうですね。ご主人様らしいです」
日陰組が何かを言ってるが、俺は知らない。
これから死地に向かう俺達はなァ!!! 覚悟が違ぇんだヨォォォォッ!!!!!
「エミィ、泳ぐぞ! 速さを競うんだ!」
「......ない」
「え?」
「泳げない......のじゃ」
ここに来てまさかの事実が発覚。
「エメリアさん。あなた、これから海で戦うんですよね? 泳げないって、確かに空を飛べるかもしれないけど、落とされた時にどうするの?」
「余は海の魔物如きに落とされぬ!......多分」
「教えるから覚えろ。楽しい思い出として、な」
変な維持を張るエメリアの手を取り、俺は遠浅になっている場所に来た。ここなら溺れる心配も無いし、溺れたとしても俺がすぐに助けられる。
だから安心して溺れるといい!
「はいまずはバタバタ〜バタバタ〜」
「もがががががが」
「はい顔上げて〜、ぷはー」
「ぷはー」
「息吸ったらバタバタ〜、ちゃんと息吐いて〜」
「もががががががががががが」
「別に声出さなくていいからな〜」
取り敢えず2時間程教えてみて思ったのは、エメリアは想像以上に可愛いということ。そして戦闘、延いては運動に抜群のセンスを見せ、飲み込みが早いということ。
特に『ぷはー』の瞬間は最高の可愛さだ。
一生懸命な表情と、幼い体のギャップに萌える。
「楽しそうね。良い休憩なってそうで良かったわ」
「私には些かはっちゃけているように見えるがな」
「そういう2人は釣りか? こんな所で何が釣れるのさ」
やけに長い釣竿と、魔力を注げば巨大化するバケツを持ったスタシアさんとユーディルゲルが来た。
2人の進行方向から見て、堤防の方に行くのだろうが......ぶっちゃけ岸の方は魚の魔力を感じない。
沖の方は、都心の通勤ラッシュかと思う程、魚と魔物の群れが居るがな。
「クラーケン狙いだ。リヴァイアサンの餌にする」
「ふ〜ん。頑張れ」
「......一応、お前の為に釣るのだが」
「要らない。リヴァイアサンは既に俺の事を感知しているからな。沖の......あっちだな。魔力をぶつけたら来ると思う」
海に入った瞬間から感じていたんだ。
俺の魔力に食い入るように視線を向ける存在を。
そしてその存在が暴れ出さぬよう、歯止めになっている大きな存在も。
「......スタシア、私はどうやら疲れているようだ。リヴァイアサンもそうだが、ガイアも人の理から外れ過ぎているように感じてな......」
「ま、まぁ。ガイアさんの冗談って可能性は......無いものね」
「じゃ、俺達は引き続き泳いでるのでまた後で。釣果、楽しみにしているぞ。はっはっはー!」
2人の釣りが成功することを祈って、俺はエメリアに泳ぎを教えながらビーチを満喫した。
◇ ◆ ◇
「──遅い! そのガイアとやらは何をしている!?」
「遊び疲れて寝てるって言ってただろうが」
「グリちゃん短気すぎ〜! バカみた〜い!」
「シャルちゃん? それは言い過ぎ。バカなの」
「貴様らブッ殺すぞ? アァッ!?」
「......だから来て欲しく無かったのだ」
テリジンの高級宿のロビーにて、魔王幹部全員が集まる異様な状況が出来上がっていた。理由は全員、ガイアと顔合わせ兼お喋りをする為。
だが肝心なガイアはと言うと、グリザネに真っ先にツッコミを入れたヒュールが言ったように、遊び疲れて眠っている。
ユーディルゲルは念の為にとマスターキーを持っているが、開けようとしない。
「これさぁ......本当に人間の魔力?」
「シャルもそう思うわよね〜。ガイアさんってば、ずっと魔力を出し続けているから際限が無いのよ」
「スーちゃんは知っているんですよね? どんな人なんですか? ガイアという人間は」
それからスタシアとユーディルゲルによるガイアの異常性と、ドラゴンを嫁にした......正確にはドラゴンが嫁になってしまった話をすると、4人はあの話が真実だったことに口を開けた。
完全に日が沈むまで談合を続けていると、眠たげに目を擦りながら歩く少年と、その傍で優しく支える少女が降りて来た。
「ふわぁぁあ......ねむ。料理ぃ......エミィ、選んで〜」
「仕方ないの。ではこの肉料理にするぞ?」
「ん〜......んぅ」
「これこれ、頭を机に置くでない。余に凭れ掛かるといい」
「ありがと」
何気無い会話。ごく自然な注文。和やかな雰囲気。
その全てが4人に違和感を与え、得体の知れない恐怖に心が染まる。
段々と強くなる魔力の圧に、4人は必死に耐えている。
「と、隣の席が......そ、その......?」
「はぁ......ガイア、魔力を抑えろ」
ため息混じりにユーディルゲルが注意すると、ガイアはフッと口角を上げた。
「あ、バレた? やっぱ舐められたくないからさ、許してニャン?」
「もう、お主の悪戯心は可愛いのぅ。じゃがやりすぎはダメじゃ」
「えぇ? でもこれくらいでビビられたら困る。そこのマッチョ女は見た目に反して臆病だし、金髪ちゃらんぽらんはガクガク震えてる。紺色の髪の子は......はっ、失神してら。んで? 最後に左眼が宝石の人。アンタは逃げようと必死すぎ。足がプルプルしてんぞ? 出来る訳も無いのに」
「やりすぎじゃ。メッ! するぞ?」
「......ごめんなさい」
一人一人の特徴をと反応を纏めたガイアは、4人がユーディルゲルの足元にも及ばないと呆れ果てた。
だが、一人あたりの魔力の質が高いことに気付いているので、万が一にも警戒を怠らない。
この場で信頼出来る者はエメリアただ一人。そう考えている。
「こちら、山鳥の丸焼きとクラーケンから出汁を取った海産スープ、パンになります。パンはお代わり出来ますので、必要でしたら申し付けください」
「ありがとうございま〜す。では、いただきます」
「ゆっくり食べるのじゃぞ〜?」
豪華な食事を楽しみ、英気を養った2人。
隣の席でチラチラと様子を伺う魔王幹部なぞそっちのけで話す姿は、本当に仲の良い兄妹に見える。
「──さて、顔合わせだっけ? 手合わせだっけ?」
「顔合わせじゃ。手合わせしてどうするのじゃ?」
「手相を占う。あ〜お客様、生命線が無いですね〜! もう死にま〜っす! みたいな?」
「物騒すぎるわ! せめて来年辺りに抑えんか!」
「あ、そういう問題?」
初手からエンジン全開で話し合うガイアとエメリア。
その会話を聞いていた残りの者はというと......まぁ置いてけぼりだった。
さて、やり過ぎも禁物。
エメリアから『メッ!』を貰いたくないガイアは姿勢を正し、魔王幹部達に小さく頭を下げた。
「俺の名前はガイア・アルスト。ゼルキアと同じ世界から来た転生者だ。現在は故郷であり、俺の婚約者が待つレガリア王国に向かう為、この極西大陸を横断している。この場で1番強い」
「余はエメリアじゃ。最強のドラゴンとしてつまらぬ日々を送っておったが、ある日転移中のガイアを捕まえたのじゃ。が、見事に敗北。そして、何とかしてガイアの嫁になる権利を勝ち取った。この場で2番目に強い」
最早ツッコミどころしかない自己紹介を終えると、2人は何食わぬ顔で次に喋り出す人物を待っていた。
普段なら率先して名乗り出るグリザネも今回ばかりは大きく出れず、誰が最初に名乗るかの譲り合いが始まった。
そして数秒の後、1人の少女が手を挙げた。
長い金髪を特徴的な青いリボンで留め、パッチリとしたサファイア色の眼を輝かせる少女だ。
「私、シャルロット・ノーブル! 娯楽と魔法の研究が大好きなの!」
「よろしく、シャルロットさん。魔法の研究ということは、やっぱり魔法と魔術は違うものとして考えているんですか?」
「う、うん! 魔術は明確な目的を持たせた、複雑な構造の現象として考えていて、魔法はふわふわとしたイメージでも発現出来る代わりに、威力が弱い現象だと考えてるよ!」
「それは興味深いですね。先程は金髪ちゃらんぽらんと言ってしまい、すみません」
「ううん! 弱い自分を再認識出来たし、寧ろ感謝してる!」
強く興味を持って話しかけるガイアに、シャルロットは嬉々として答えた。そしてそれを横で見ていたエメリアは面白くないと感じ、頬を膨らませている。
ただのヤキモチだと気付いたガイアは、適度にエメリアに構いつつ、次の人へと促した。
手を挙げたのは左眼にアメジストの義眼を着け、更に眼帯で覆っている青年だ。
無造作に伸ばした髪が清潔感を損なわせるが、端正な顔立ちだ。
「ヒュール・タルバン。伯爵だ。治癒魔術を専門に研究している」
「よろしくお願いします。その義眼はアメジストですか?」
「そうだ。アメジストには魔力回復を増幅させる効果がある。魔力とは生命のエネルギーだ。だから体の一部をアメジストに変えた時、どのような効果が現れるのか試したんだ」
「結果は?」
「身体能力が格段に上昇した。病弱だった俺の体は強くなり、病に罹らなくなった」
「なるほど。魔力とアメジストの関係性、興味が出てきました。俺の方でも何か分かれば、知識を共有しましょう。まぁ、俺が生きているか分かりませんが」
笑えないジョークを交えて次に進む。
次は紺色の髪に黄金の瞳を持つ少女だ。
ふわふわとした印象を与える雰囲気を放っているが、本人は至って真面目。
現在も注意深くガイアを観察しているし、明日の朝ご飯も考えている。
「ナヴィ・ピュリアーデ。ガイアさんには2つ、質問があります」
「何ですか?」
「本当に人間ですか?」
「はい、人間です」
「ではその魔力はどうなっているのですか? まるで......穴の空いたワイン樽みたい」
「知りません。体質なのか何なのか、魔力が溢れて止まらないんですよ。後で魔力を少し分けるので、研究しますか?」
「是非、是非っ!」
ガイアの提案に目をキラキラと輝かせて食い付いたナヴィ。凄まじい速度でガイアの顔の前に近付いたが、直後に濃密な殺気を感じて距離を取る。
「エミィ?」
「......ふん」
「へそ曲げる子は同じベッドで寝かせないぞ」
「......ん」
グリグリとガイアに頭を擦り付け、機嫌を戻すエメリア。冷や汗が止まらないナヴィは自分が生きていることを確認するや否や、この2人との敵対は絶対避けると胸に誓った。
最後、マッチョ女こと魔王幹部のリーダーだ。
深紅の髪にギラついたオレンジの瞳。
鍛え抜かれた肉体は、例え屈強な男であっても敵わないほど力強い。それに、女性としての魅力を失わせないスタイルだ。
力と美、そして聡明さを持つこの者の名は──
「グリザネ・ブリック。魔女公爵だ」
「魔女公爵? スタシアさんと同じ?」
「あぁ。スタシアとは長年の付き合いだ。共に切磋琢磨して作り上げた魔術こそ、転移魔術だからな。私とスタシアの誇りだ」
「それは凄い。よろしくお願いしますね、グリザネさん」
「勿論だ。だが......手を出すことは」
「分かっていますよ。それに、手を出されたら邪魔ですし、くれぐれも気を付けてください。あぁ、これは皆さんも。木っ端微塵になりたくなければ近付かないこと。いいですね?」
無言で頷く幹部達。
これは、ユーディルゲルであっても邪魔になるからという、実力で遮られた壁なのだ。
まだ死ぬに値しない者は戦闘に参加させない。
ガイアなりの配慮であり、本心からの想い。
魔人であっても人なんだ。人は皆、強くて脆い。
それを知っているからこそ、彼は戦う。
「人間との和平、結ばれることを祈っています。では、俺達はもう休みます」
ぷはー(可愛い)(天下無双)
次回は大晦日.....に出せると信じてます_( _´ω`)_




