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第82話 龍の牙が穿つ物

今年1番の体調不良です。結構ヤバいかも.....



「お〜い、ガイア〜? そろそろ起きるのじゃ〜」


「ん......あと15時間」


「寝すぎじゃ! ほれ、仰向けになるだけでよい」


「......はぁい」



 心の疲れをエメリアの膝枕で癒していると、どうやら中継地点である伯爵領に着いたようだ。


 重たい瞼を上げて馬車の中を見れば、アンさん達が居ない。

 優しく頭を撫でられる感覚と共に、再度瞳を閉じた。

 すると、顔に何かが当たる感覚がした。



「ん?」



 またもや重い瞼を上げると、目の前にエメリアの顔があった。

 覗きこむようにしているせいで、垂れた髪が俺の顔に当たっていたようだ。


 反転して見えるエメリアの顔。

 ほんのりと香る、彼女の甘い香り。

 吸い寄せられそうな瞳を見ていると、唇に柔らかい感触が。


 どうやらエメリアの方が吸い寄せられていたらしい。



「体、柔らかいな」


「......ふ、太ったということかの?」


「違う。柔軟な体をしていると言いたいんだ」


「そうであるか。ふふ、鍛錬の賜物、かの?」


「あぁ。エミィも頑張ってるもんな」



 微笑むエメリアの頬を撫でると、嬉しそうに目を細めた。

 今の時間がずっと続いて欲しいと思う。

 でもそれはミリアに逢えないことを意味する。

 それは嫌だ。俺はミリアと結婚して、遠い田舎で穏やかに暮らしたいんだ。


 そこにはエメリアも、レヴィもアンさんも居る。


 あぁ、思い浮かぶよ。レヴィが洗濯物で遊ぶ姿や、ミリアが俺の隣で本を読む姿が。



「あれ? レヴィは?」


「氷の精霊か? 彼奴(あやつ)ならアンに着いて行きよったぞ」


「そっか」



 動きたくない。

 勇者を除いて、初めてこの世界で人を殺したんだ。

 犯罪者とはいえ、同族を殺したことの心労が癒えない。



「お主は本当によくやったのじゃ。余の誇りでもある」


「......もっと褒めて」


「努力しておる。毎朝刀を振って剣の腕を上げ、魔法で生み出した生き物を操って魔力の制御力を鍛えておる。本当に偉いのじゃ。毎日惚れ直しておるぞ」


「もっと」


「欲張りじゃのぉ。よいぞ〜? お主はな──」



「ちょっと、2人とも? そろそろ降りなさ......あ」



 エメリアの頬を撫で、紡がれる言葉を聞いていると、勢いよく開けられたドアからスタシアさんの怒鳴り声が響いた。



「じゃ、邪魔してごめんなさいね?」


「邪魔じゃないですよ。そろそろ降りようと思っていたので」


「ガイアを癒しておっただけじゃしの。ふふふ!」



 軽くなった心で起き上がった俺は、エメリアと共に馬車を降りた。

 そしてスタシアさんが先導し、街を歩く。


 石造りの綺麗な街並みはレガリア王国を思い出す。

 買い物をする親子や走り回る子ども。

 大きな声で客を呼ぶ店に、カフェのような静かな店。


 スラムの気配もしないし、かなり良い街だ。



「今日はここの宿に泊まって、翌朝出立よ」


「ここからテリジンは近いんですか?」


「そうね......明日の夕方には着くと思うわ」


「分かりました。ではここで出来る限りの用意をしようと思います」


「そうするといいわ。じゃ、私はギルドに用があるからここで。宿に名前を言えば鍵をくれるわ」


「ありがとうございます。気を付けて」



 それから宿屋の主人に鍵を貰い、エメリアと街の散策を計画していると、隣の部屋からアンさんの声が聞こえてきた。



「違う。付近の持ち方はこう。中指で支えて」


「こ、こう〜?」


「そう。それと、ちゃんと水を切りなさい。食卓をビチャビチャにしてどうするの?」


「ごめんなさ〜い!」



 わぁお、しっかりレヴィを教育してる......!

 アンさんの上司感が凄まじい。メイドは縦社会か?

 何にせよ、ちゃんと教育出来ているのなら良い。


 邪魔をしても悪いので、静かに宿屋を出たよ。

 今はエメリアと手を繋ぎ、メインストリートらしき道に向かって歩いている。



「気になっておったのだが、何故あの精霊はお主に着いて来たのじゃ?」


「生きたいから、だってさ。本来氷雪地帯で生まれるはずなのに、レヴィは冬の雪から生まれた。だから、魔力の維持が難しくて初夏には死んでしまう」


「なるほどな。幸運な精霊じゃの? よりによって、精霊王女の夫に出会うとは」


「ミリアがヤキモチ妬きそうだがな」



 そんな雑談をしながら歩いていると、ふと武器屋の看板が目に留まった。

 住宅街に紛れ込むような位置に存在している姿は、さながら隠れ家的名店だ。



「あそこに行こう。穿牙を武器にしたい」


「うむ! ガイアの新たな獲物じゃな!」



 ユーディルゲルの話では、鋭くて硬いせいで加工が難しいとの事だが、この店なら出来ると期待している。



「こんにちは」


「らっしゃい。子どもに払える金額の物は無ぇぞ」



 壁一面に飾られた剣や槍の武器。

 反対側には革や金属で造られた頑強な鎧。

 それら全てを作ったであろうドワーフの店主が俺を見るなり、煩わしそうに言い放った。


 何だ? 武器屋って子どもには売らない定型文があるのか? 子どもに危ない道を渡らせたくないのか、身を守る術を身に付けさせるのか、いい加減ハッキリさせて欲しい。



「剣のオーダーメイドって出来ますか?」


「石の剣なら勝手に作ってろ」


「おや、またそれは難しいことを。石は鋼に比べて砕けやすく、柔らかい。なのに子どもに強いるとは......酷い鍛冶師だ」



 石。それは金属のように鍛造......つまり、やり直し効かない、作成難易度がかなり高い素材だ。

 一流の鍛冶師はそんな石であろうと、完璧に物を造り上げる。


 木ではなく石と言う辺り、店主の腕が分かる。



「......言ってみろ」


「素材はドラゴンの穿牙。作って欲しいのは直剣。魔術の刻印はお好きにどうぞ。代金は金貨30枚。どんな出来栄えでも構いませんよ」



 羊皮紙にメモを取る店主の手が、段々と震え始めた。

 最後に俺が現物の穿牙をカウンターに置いた時、遂に顔を上げた。



「嘘だろ......初めて見たぜ......」


「納期は問いません。が、出来る限り早めがいいです。そうですね......3日後にはテリジンに居るか、この世に居ない可能性があるので、3日かかる場合はユーディルゲル・ガーランド公爵に渡してください」


「ちょ、ちょっと待て! どういうことだ?」


「どう、とは?」


「この世には居ねぇことだよ。何するつもりだ?」



 魔海の番人、リヴァイアサンとヒュドラ。

 伝説として語り継がれる存在でもあり、決して誰も打ち破ることの出来ない壁。


 この2体のお陰で魔王領と人間の住む大陸間に壁が生まれ、勇者と魔王の2派閥が生まれた。


 自らを主とする魔王と、他を主とする勇者。

 どちらも他人と自分があってこその存在と気付くのに、何年の月日をかけているんだか。



「魔海を渡ります。言えるのはここまでです」



 確固たる意思で伝えると、店主は頭を抱えた。

 きっと正気じゃないと思ったのだろう。

 魔海を渡る。それだけで皆同じことを言うのだから。



「クハ......クハハハ! いやぁ、オレはツイてるぜ」



 あれ? 思ってた反応と違う。

 これにはエメリアも眉を上げて伺っている。



「よし、今すぐ取り掛かろう。英雄の武器、オレが作るぞ」



 心からの笑顔を見せた店主は、丁重に穿牙を受け取った。



「お願いします。では、明日の朝また来ます」


「おうよ! あぁ、オレの名前はシェルヴィス。仲の良い奴にはシェルと呼ばれている」


「俺はガイアです。こっちは......」


「嫁のエメリアじゃ!」



 ミスった、俺が紹介すれば良かった。

 絶対に話がややこしくなる。必然だ。



「よ、嫁? その見た目で嫁ってこたぁ、貴族か?」


「いいえ、まだ爵位は持っていません」


「ふ〜ん。まぁ、頑張れよ。すぐに完成したらユーディルゲルの坊主に渡せばいいんだな?」


「そうですね。その方が確実です。今晩の宿は通りを右に曲がってすぐの場所ですので、用があればそちらに」


「おう。お前さんの活躍、祈ってるぜ」



 そうして金貨の入った布袋を渡し、店を出た。

 エメリアの手を握って街を歩いていると、どこか握られる手の力が弱く感じる。


 ふとエメリアと顔を合わせると、少し暗い顔だ。



「どうした? 言ってみ」


「......だめじゃ。言えぬ」



 珍しい。あのエメリアが言いたいことを言わぬとは。

 俺の前だとあまり遠慮しない彼女が、こうも重くつらそうに口を閉ざすとは、それなりの葛藤があるのだろう。


 自分から聞き出すか、エメリアから言うのを待つか。

 ......この場合、俺から聞いた方が良さそうだな。



「あっちの椅子に座ろう」


「うむ......」



 広場の一角にあるベンチに座るが、状況は変わらず。

 普段は明るいエメリアが暗いと、俺も気分が沈み込む。



「エミィ」


「......なんじゃ?」


「ぶちまけていいぞ。受け止める」



 ベンチの前で膝立ちになり、エメリアと顔を合わせる。

 そして、両手を広げて見せると、エメリアは涙を溢れさせた。



「余は......余はお主に死んで欲しくない。叶うことならば魔海も渡らず、このまま余と一緒に居て欲しいのじゃ。怖い魔物も余が倒す。つらい仕事も支え合う。強く、脆いお主の傍に一生を捧げたい。じゃが......それはお主の道とは違う」


「そうだな。俺はミリアの元に帰る為に、この極西大陸を横断している。今の幸せな生活もいいが、それだとミリアが不幸なままだ。俺は誰よりもミリアの幸せを願い、行動している。だから......エミィの願いは叶わない。半分だけ」


「......半、分?」



 そう、半分。



「魔海は渡るが、俺はエミィも一緒に居るつもりだ。魔海を渡らない代わりに今の幸せを取るか、魔海を渡るが沢山の幸せを取るか......もう分かるだろ?」


「......本気、なのじゃな?」




「勿論。俺はお嫁さんを待たせる旦那じゃないんでな」

危険を避けたいエメリアの気持ちが痛く刺さりますね。


次回は遂に極西大陸の最西端の街『テリジン』のお話です。お楽しみに!

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