第80話 絶品スイーツ
クリスマスは13時間寝て過ごしました。
「で? ふら〜っと消えて女を連れ帰って来たと」
「女って言うなよ。アンさんの弟子だぞ」
「でも女じゃろう?」
「女......なのか?」
「うん! 女の子だよ〜? 見る〜?」
「だってさ。別にいいだろ? 仲間が増えるのは」
新たな仲間、氷の精霊であるレヴィを連れて集落に戻ると、ムッとした顔のエメリアと口論になってしまった。
精霊は宙を浮けることから、アンさんのサポーターとしても優秀だと思ったんだ。決して邪な感情が働いた訳ではない。
「もういいでしょ? 3人とも座って。ご飯の時間よ」
「「「は〜い」」」
俺の後ろに引っ付いて離れないレヴィを見てか、エメリアは俺の傍にピタッとくっ付いて隣に座った。
椅子に座ればレヴィは左隣に移動したが、2人の肉体的な温度差から俺は風邪をひきそうだ。
「いただきます。スタシアさんは村を見て回りました?」
「えぇ、勿論。皆優しく接してくれたわ」
「それは良かったです。エミィは?」
「スタシアに付いて回ってたぞ。お主を探していたのじゃが、まさか森の奥まで行ってるとは思わなんだ」
鋭い眼差しで見つめてくるエミィの頭を撫で、落ち着かせながら耳元で囁いた。
「次は森でデートするか?」
「にゃ!? ほ、本当か!?」
「あぁ。だからレヴィのことは水に流してくれ」
「......仕方ないのう。今回だけじゃぞ?」
「ごめん。ありがとう」
「何をコソコソ話しているの?」
エメリアのご機嫌をとっていると、気になったスタシアさんが怪訝な目で聞いてきた。
別にやましい話ではないし、森での生活にエメリアが適しているかの最終確認になる話をしているだけだ。
あとは......単にエメリアと遊びたくなったからかな。
「何でもないですよ。遊ぶ約束をしただけです」
「そう? 私も混ざっていいかしら?」
「ダメです。子どもの遊びに大人は出禁ですから」
そうして珍しく4人での食事を終えると、軽く部屋のチェックをしているとエメリアが眠ってしまった。
俺は今夜、エメリアとデートをする気だったのだが......残念だったな! 例えエメリアが熟睡していようと、俺は強引に外へ連れ出すぞ!!
「ん......王様〜? どこ行くの〜?」
しまったッ! こんな所に伏兵が居やがった!
どうする? 寝起きとはいえ俺が外に出ると行ったらレヴィも着いて来そうだし、適当な嘘で誤魔化すか?
......やるしかない。騙されてくれ、レヴィ!
「ちょっとトイレに」
「エメリアちゃんを連れて〜?」
「夜のトイレは怖いからな」
「でもぉ......寝てるよ〜?」
「大丈夫だ。レヴィも寝てな」
何が大丈夫なんでしょうか。僕には分かりません。
でもいいんだ! 行動力のある内に、この綺麗な森を楽しんでもらいたい!
頼む、頼むよレヴィ!
「......はぁい」
そう言ってレヴィは、温かい布団に身を包んだ。
「完全勝利。行くぞ、エミィ」
ぐっすりと眠りこけているエメリアを抱き上げ、落ちないように魔力の糸で軽く固定してから部屋を出た。
誰も居ない暗い空間の中、瞳に宿す空色の明かりを元に家を出ると、すぐに俺は空を見た。
「都会じゃ見れない満天の星だ。この世界で生きる人は、どうか暗いだけの夜を知らないままでいて欲しい」
遍く星の散る夜を、大切にして欲しい。
これから様々な原因で街が明るくなるだろうが、どうかこの世界が綺麗であることを忘れないで欲しい。
「んむ......どこ、じゃ?」
「おはよう。ご飯の時に言ってたデート、今から行くぞ」
「はぇ......?」
眠たげに目を擦るエメリアの頭を撫で、俺は大切なぬいぐるみを抱く子どものようにエメリアを抱きしめ、森へと歩く。
今夜は明るい。満月だからな。
そんな月にも負けじと輝く星に包まれた空は、どこか浮世離れしているよ。
「ふふへ......温かい」
柔らかい表情で俺の胸に頬を擦り付けるエメリアに、少しだけ胸が高鳴る感覚がした。
夜でも分かる黒い髪に、濡れた瞳が美しい。
最愛の人とはまるで逆の色を見せる彼女は、俺の日常を豊かにする。
「毛布をご所望で?」
「よい......お主の熱が好きなのじゃ」
「そんなこと言ったって、何も変わらないぞ?」
「どうかの。お主の胸の鼓動、少しばかり早くなっておるぞ?」
おっとマズイ。
胸に直接耳を当てられては誤魔化しが効かない。
「お、あったあった。エミィ、見てみろ」
「これは......木の実かの? 大きいのじゃ」
森をかなり奥の方へ来ると、懐かしさすら感じる拳大の果実を捥り取った。
「これがラフラの実だ。俺の知る限り、この世で1番美味しいフルーツだぞ。甘くて瑞々しいんだ」
「ふふ、こんな夜更けに甘い物とはの。悪い子じゃな」
子を叱る母のような、されど悪戯に走る子どものような笑みを浮かべたエメリアは、その小さな手でラフラの実を持ち、齧り付いた。
「む!? 美味いのじゃ!」
「だろ? だからこの木を絶やしたくないんだ。数が減り続けるラフラの木だが、精霊樹の森では未だに数を増やしている」
「お主の守りたいものに、この実もあると」
「あぁ。それにな、ラフラの木は正直なんだ。魔力が多すぎたら『実が付けられない』と言うし、魔力が少なすぎたら『死ぬ〜』って言うから、育てる時にコミュニケーションが取れる」
他の木はよく、嘘をついて自分を誤魔化す。
そのせいで水分と魔力のバランスを崩し、木が変形したり種が上手く残せなかったりと、不調を起こす。
だがラフラの木はとても正直だ。
嘘偽りなく現状を伝えるから、今みたいに絶滅の危機にあることも、事の重大さを誇張なしに教えてくれる。
......だからかな。あの時、1番に俺の前に生えたのは。
「優しいのじゃな。この甘みも、自身と他者を思う気持ちも、真実で語り合っておる。じゃから、澄み切ったガイアの魔力にも素直に答えてくれる」
「そう......だと思う。今回はな、この木をエミィに知って欲しかったんだ。俺を愛するお前だからこそ、俺の大切なものを知って欲しくて」
心を開く、とでも言うのだろうか。
相手が俺を知ろうとしてくれているのが伝わる。だからこそ、俺の大切なものを見て、感じて、どう思うのか俺が知りたい。
否定されたっていい。それも1つの在り方だ。
本心で語り合ってこそ、仲間や恋人、家族というものだう。だからエメリアには本心で語って欲しい。彼女の考え方を、俺も知りたい。
「なるほどな......うむうむ、やはりなぁ......」
「どうしたんだ?」
倒木に腰を掛けたエメリアが、ずっと頷いている。
「余がお主の強さに惚れた訳ではないと思ってな」
「どういうことだ?」
「なに、きっかけは強さじゃろうが、余はお主の心の在り方に惚れたんじゃ。何かを守る為に力を使い、守ったものを誇らしげにするでもなく、ただその素晴らしさを伝えたい。決して簡単なことではないことが分かる行動も、優しく語るお主の口では簡単そうに思えてしまう。じゃが、その根底にある思いを知れば知る程、お主の心の強さが垣間見える。余はそういう、ガイアという存在そのものに惚れ込んでおる。高を低と見せ、薄を濃と見せる。やはり余は、お主のことが大好きじゃ。心の底から愛しておる。どうか、この先も余にガイアの世界を見せてくれんか? 余の愛する人の世界を、傍で見ていたいのじゃ」
訴えるように浴びせられた想いの言葉に、俺はすぐに返事をすることが出来なかった。
これ程まで自分という存在を見てくれていたとは。
俺ですら分からない心の姿を見てくれていたとは。
行動、言動、思考を深く理解し、常に俺を考えていてくれたことが分かる。
「ありがとう」
嬉しい。ただただ嬉しい。
成してきたこと、為せることを知って尚、嫌悪感や恐怖心を抱くでもなく、俺を信じてくれたこと。
......2人目だ。ミリアに次ぎ、エメリアも信じてくれた。
俺はエメリアの隣に座ると、そっと左手を取った。
「想いは受け取った。返事は欲しいか?」
「......う、うむ」
言葉で伝えられると想い、聞く姿勢を取ったエメリアの肩を抱き、俺はそっと彼女の唇に自分の唇を重ねた。
目を閉じてその熱を受け取るエメリアから、仄かに甘い香りがする。
俺の心は、信じることにある。
自分を信じ、他人を信じ、世界を信じて生きるからこそ、相手の信用に俺は好意を抱く。
ただそれは、愛ではない。
俺が愛する心を抱くには、俺の全てを信じ、相手の全てを信じた時に好きが愛へと変わるのだ。
エメリアはそれを満たしてくれた。
自身の全てをさらけ出し、俺の全てを受け入れた。
帰ったら大変なことになるぞ。レガリア王国での俺の居場所は無くなると言ってもいい。だがな、そうなれば俺達は国を捨てて逃げるだけだ。
愛の前に生まれた場所など、関係無いのだから。
◇ ◇
「......まだ少し、寒いな」
帰り道。月も沈みかける時間に森を歩いていると、俺はふと呟いた。
「毛布をご所望かの?」
「いいや。エミィの温もりが好きだからな」
そうしてエメリアと手を繋ぎ、集落へと歩いた。
今日のことは、決して許された行為ではないだろう。
だけどいいんだ。
魔海の戦いで俺は、死ぬかもしれないんだから。




