第79話 和解
クリ.....スマス.....イヴ!?
「待って。今の私に敵意は無いわ。お願いだから暴れるのは辞めて」
「誰も暴れるなんて言ってない。今はアイツも居ないことだし、落ち着いて話が出来るだろ?」
一瞬にしてぶつかり合う魔力だったが、双方の敵意が消えたことで被害を生まずに済んだ。
お互いに両手を上げて無害であることをアピールしながらソファに腰をかけた。
「改めて、ガイアだ。正当防衛とはいえ、あの時は勇者を殺して申し訳なかった。家族の命を奪われたせいで、我も忘れていた」
「いえ。私の方こそ、魔王と同じ魔力だからと追って悪かったわ。その......貴方の大切な家族を殺めてしまったもの」
おや? 敵意が無い時点で薄々察してはいたが、もしかしてこの人、普通に話せる人なのでは?
当時は精霊樹の森を襲う悪魔のように見えていたが、俺達がちゃんと話しかけていれば、あの時は......いや、夢物語は辞めよう。
とにかく、ちゃんと面と向かって話せるのなら好都合だ。
「なるほどの。前世でガイアを襲ったという、勇者一味であったか。話を聞く限りでは、両方に非があるように思えるがの」
「ああ。俺が言語を知らなかったせいでもあるし、向こうが本当に俺達が悪なのか見定めなかったせいでもある。が、今はもう過ぎた話だ。これからの話をしよう」
確かに心に傷を負ったが、ミリアもゼルキアも転生してるからな。あの時の思いとしては、安倍くんの墓を建てたいぐらいか。
俺達にとっては悲惨な事件だったが、人類にとっては名誉あるもの。4人の命と無数の命、秤にかければどちらが重いかなどすぐに分かる。
今世では友達になれたら嬉しい。そう思う。
「ほ、本当に水に流してくれるの?」
「はい。全員生まれ変わってるんで。誰も勇者達に恨みはありませんよ。今はもう、普通の人間として生きてますから」
これにて和解だ。
ミヅキ以外は老衰で死んでいるだろうし、存命している勇者パーティはミヅキさん1人だろう。
他の3人に関しては、放っておくのが吉だと信じてる。
そうして2人の蟠りのようなものが消えると、ユーディルゲルが話し合いを始めてくれた。
「では滞在日数と目的を話そう。私達は現在、人間との和平交渉の為に魔海へ向かっている」
「......正気?」
「無論。そして滞在日数だが、2日を予定している」
あれ? 1日じゃないの?
そう思っていると、すぐに本人が理由を語った。
「ここの村民に人間が悪ではないと広めたい。ガイアも女装を辞め、説得に参加して欲しい」
「了解」
「ちょっと待って。ここの村民は別に、人間を悪だと思ってないわよ?」
「「「「「え?」」」」」
ちょっとちょっと〜、ユーディルゲルさ〜ん? アンタの持ってる情報、古いんじゃないの〜?
「......では1日で。森の中の集落故、情報に齟齬が生じていたようだ」
「仕方ないわよ。それじゃあ、寝泊まりする場所はこの家を使って。未使用の部屋が幾つかあるから、数人なら余裕よ」
「感謝する」
まだ明るい時間帯だが、ここに滞在する選択を取ったのはユーディルゲルの優しさだろうな。
今世では馬車慣れしていない俺と、そもそも馬車に乗る必要の無いエメリアの為に、細かく休憩を挟んでくれているのだろう。
だがユーディルゲル、お前は1つミスをしている。
馬車が良すぎた。俺もエメリアも、馬車が快適すぎて寧ろ止まって欲しくないくらいだぞ。
「ま、好意には甘えるか」
「どうしたのじゃ?」
「何でも。それよりミヅキさん、話があるので少しだけいいですか? この森の話です」
「分かったわ」
またまた若いエルフさんが皆を連れて行くと、俺はミヅキさんを連れて家を出て、1本の大きな木の前で止まった。
「この木は何か、分かりますか?」
「私の家にも使われている木よね。物凄く質の良い」
「......他には?」
「分からないわ」
なるほど。幾らエルフと言えど、森の声を聞くのは容易ではないか。とすると、ラフラの木が絶滅しかけてることに気付く訳が無いよな。
「この木の名前はラフラです。甘く瑞々しい実を付ける、貴重な木です。それが現在この村では、長年に渡る大量伐採のせいで絶滅の危機にあります」
「え? どういうこと?」
「そのままの意味です。もうこの木を切らず、使わず、植林してください。ラフラは俺の命の恩人なんです」
精霊樹の森が出来た時、ラフラの実を食べて俺は生き延びれた。あの時にラフラの木が無ければと思うと、少しだけ怖い。
俺は頭を下げ、森の声が聞こえることと今出来ることを説明し、ミヅキに理解してもらった。
「......早急に伝えるわ。この木の木材はとても使いやすいから、皆こぞって切っているの。森の現状を伝えて、種の生存に全力を尽くすわ」
「お願いします。では、俺は少し散歩してから戻ります」
「ええ......あの」
エルフを信用して、ラフラが生き残ることを信じる。
そうして森を見て回ろうと思っていたら、ミヅキに止められた。
「はい?」
「その格好で『俺』は辞めた方が良いと思うわ」
「......確かに。では元の格好に戻して来ます」
これにて一件落着だな。
宿も提供してくれたし、食料は魔物の肉が大量に。
水も新鮮な湧き水があるし、ここは穏やかに暮らすのに丁度いい。
男爵の息子であることを忘れられたら、精霊樹の森で余生を過ごしたいな。
「ふっふんふ〜ん♪ ふんふんふ〜〜〜んふぁ〜〜♪」
久しぶりの森の散歩にテンションが上がり、鼻歌交じりに木を触って挨拶して回っていると、集落からかなり離れた場所に来てしまった。
「う〜ん、迷子☆ にしても服を戻せてよかった〜。スカートで森を散歩とか、絶対に汚すわ〜」
日が暮れる前になったら空中から集落を探そう。
それに最悪、木に聞いて回ったら帰れるだろう。
今はただ、この綺麗な森に触れていたい。
『......だぁれ?』
暫くルンルン気分で森を歩いていると、透き通るような青い髪をした、ふわふわした雰囲気の女の子が現れた。
「ここら辺じゃ見ない顔だな。新入りか?」
『あなたこそ、新入りじゃないの〜?』
こいつ、返しよる!?
まさか俺のネタに着いてくるとはな。流石は新入りと言ったところか。見所がある。
「初めまして、お嬢さん。俺はガイアだ」
『わたしは〜、わたし〜』
「だろうな。君、精霊でしょ? 精霊は本来、名前を持たない」
『そうだよ〜。よく知ってるね〜?』
「そりゃあ、俺の妻は元精霊女王の娘だったからな。色々と聞いたよ」
大きく出っ張った木の根に腰をかけると、精霊は俺の前に立った。
髪も瞳も服も真っ青な姿から、この精霊が水の精霊と言われても俺は信じるぞ。というか多分、本当に水の精霊なんじゃないかな。
ミリアが言っていたぞ。
『精霊は髪と目の色で大体分かる』ってな。
『もしかして〜、森の王様〜?』
「そう呼ばれていた時期もあったな。俺は有名人か?」
俺がそう答えた瞬間、精霊ちゃんは目をキラキラと輝かせ、俺の膝に乗ってきた。
『ほ、ほんもの!? 初めて見た!』
「どうも。そんなにはしゃがれるとは思ってなかったな。大スターか? 俺は」
『かっこいい! 王女様とは、どうやって出会ったの!?』
「森でバッタリ。最初はお互いに探り合ってたよ」
『いつから恋心に〜?』
「覚えてない。ただ、いつも近くに居たせいで、偶に居なくなると凄く寂しく思うんだ。その時にはもう、恋に落ちてると思ったかな」
『すご〜い! ねぇねぇ、王様なら子どもは〜? ハイエルフが生まれると思うの〜!』
「子どもは......居ない。行為は怖かったからしてないが、魔力を練り合わせたりはしたな。だがどれも失敗に終わったから、俺とミリアに子どもは居ないよ」
何だこの状況。
知的好奇心に溢れているし、自分の持っている認識と相手の事実を見比べられることから、相当に賢いことは想定出来る。
でも何というか......子どもっぽくて可愛いな。
『じゃあ〜、わたしと子ども、作る〜?』
「え、嫌だ。初めてはミリアに捧げるからシンプルに無理。急に迫ってくるとか気持ち悪いから辞めてくんない?」
猫耳カチューシャを着けている且つ、そういう雰囲気なら流されかけたかもしれないが、完全にいつものガイア君モードじゃ微塵も振り向くことは無いぞ。
俺が愛しているのはミリアただ1人だ。
『きゅ、急に冷た〜い。わたしみたいだね!』
「確かに冷たいな。氷の精霊か?」
『そうなの! 冬に生まれちゃったんだけど〜、もう雪が溶けて死にかけてるの〜』
「そうか。来世では森の精霊になれたらいいな」
『た、助けてくれないの〜!?』
「そりゃあ、自然の摂理を破壊するのは良くないしな。生まれたからには死ぬもんだ。甘んじて受け入れろ」
『そんな〜』
まさか氷の精霊とはな。確か精霊って、自身の司る性質から魔力を吸収し、その属性の魔力を支配するんだよな。
だから雪から生まれたこの精霊は、冬の間は雪や凍った川から魔力を得られたが、冬が明けた今、死に直面していると。
可哀想に。積雪地帯に生まれれば良かったのにな。
『お、王様。助けてください』
「いいぞ。素直に言う子には手助けしてやる。だがお前を助けたところで何になる? ただ冷たいだけの精霊なんて、冷蔵庫にしかならないぞ」
助けることに損得勘定を持ち込まない主義の俺だが、今回ばかりは訳が違う。
知らない森の知らない精霊だし、助けたことによって何かが失われる可能性もある。
その可能性を考えると、どうしても助けるに見合うか考えてしまう。
『わたしが近くに居ると〜、氷の魔法が強くなるよ!』
「今も十分強いんだが」
『もっとも〜っと、強くなるよ〜?』
「他には?」
『美味しいお水を出せたり〜、ギュッてしたら冷たい!』
「他には?」
『えっと〜、えっと〜......無い、です』
「残念、不採用だ。またの参加をお待ちしております」
『そんな〜』
この子を助けたところで、どうしようもない。
旅に連れて行くにしても、リヴァイアサン達と戦うのに邪魔でしかならないし、サポート面もエメリアで十分。
生活の補助をするにしても、最強のメイドであるアンさんが居るので必要ない。
故に、助けたところで彼女が孤独になる。
ならば、敢えて助けずに命尽きるのも1つの救済だろう。
......でもなぁ。
「最後に聞こう。旅に必要なものは?」
『旅〜? ん〜〜〜〜〜、ハプニング?』
「大正解。ではハプニングとは何だ?」
『思いがけないこと?』
「正解。では、俺のハプニングは?」
『......わたしと出会ったこと?』
「正解。最終問題だ。俺が君を助けることを条件に、様々な命令を出すだろう。言ってしまえば奴隷になる。それでも俺に助けを乞うか?」
『うん。わたしは〜、生きてるならそれでいいから〜』
この子を連れ帰って、アンさんの弟子にしよう。
好奇心と向上心があるなら、経験豊富なアンさんの下に着くことで、様々な刺激を貰えるだろう。
俺のような戦闘特化人間ではなく、ちゃんと生きてきた人の元で生きてもらおう。
「魔力のパスを繋ぐ。受け取りすぎて死ぬなよ」
『だいじょ〜ぶ! 精霊だから〜』
「行くぞ、レヴィ」




