第8話 魔王の最期
「待て、待て待て待て待て! どういうことだ!?」
「そうよ! ガイアに幸せになって欲しいって、どういうことよ!?」
魔王ゼルキアが遺そうと遺言を聞いた俺達は、ツッコまずにはいられなかった。
だって、意味が分からないんだもん。
どうして俺が幸せになるのが願いで、どうしてそれにミリアと安部くんの手助けが必要なんだ?
ゼルキアの意図が、1ミリも読めない。
「まぁまぁ、それに答えるには、まずは僕の魔法を教えてあげるよ」
「いやいやいや。そんな事よりも遺言の方が大事だろ」
「ううん、違う。だって僕の魔法、『未来予知』だもん」
未来......予知?
「......お前、もう死んでるのか?」
「うん。例え僕の本体がこの森に逃げても、勇者の仲間の魔法使いが使う、転移魔法で追い付かれるからね。だからもう、潔く遺言を遺そうと思って来たんだ」
「はぁ......で、話の本質は?」
「ガイア。君、殺されるよ。勇者にね。これは絶対だ」
「「.........は?」」
『ガルゥ......?』
何故俺まで殺される未来になっているんだ?
しかもゼルキアが『絶対』と言うことは、例えゼルキアが生き残ったとしても、俺は100パーセント死ぬということだろう。
うん、意味分かんない。
「ははっ、まぁ何だ。僕ってば君の魔力をよく飲んでるじゃん?」
「そうだな。湖の魔力、半分くらい持ってったもんな」
「うん。それでね、僕の魔力には君の魔力も混じっているんだよ。ちょっと飲みすぎちゃった!」
「馬鹿野郎ゥゥゥ!!!! 飲みすぎちゃった☆ じゃねぇよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
俺無関係じゃん。コイツの飲み水を提供しただけで俺も殺されるの? 酷くない?
「待ってゼルキア。どうしてガイアが殺されるの? 魔王である貴方が死んだら、勇者はそれで終わりじゃないの?」
「そう思うよね〜。でも残念。勇者パーティの弓術士のエルフ。あの子はね、魔力を見ることが出来る魔眼の持ち主でね......僕、見られたんだよ」
「でも、ガイアは見られてないわ」
「それは固有の魔力を見られても、かい?」
「......空色の魔力も見られたのね」
「そう。僕の持つ、真っ黒な魔力の他に、こんなにも綺麗で澄んだ空色の魔力を見たあのエルフの顔......面白かったなぁ」
どうせ驚きすぎて顎が外れそうだったんだろ。
前にミリアが言っていたんだ。魔力は1人1つまで。例え2つの魔力を有したとすれば、それは2つの魔力のバランスが完璧に釣り合った時のみ、と。
残念な事に俺の魔力は、魔王の魔力と同じ力を持つらしい。
哀しきかな。お陰で俺の余命はあと数日。つらすぎるぜ。
「っとまぁ、僕とガイア、両方が勇者の敵になったんだけど......どうにかして君だけは生かそうと思ってね。その相談に来たんだ」
「おかしいだろ。普通、自分が生き残ることを優先させるだろ」
俺は至極真っ当なことを言うと、ゼルキアはケラケラと笑いながら答えた。
「最期くらい、誰かの為に生きたくなるもんさ。それが男って生き物だろう? それは例え、恋人の為じゃなく、友人の為でもさ」
コイツ、死ぬのが怖くないのか? こんな時でさえ俺の心配をするなんて、幾ら多大すぎる迷惑だとしても、ここまで考えられ......る......違う、ゼルキアは我慢してるんだ。
ゼルキアの足は震えているし、分身体とは言え唇も乾いている。
はぁ......どうしてこんなにも優しい魔王が殺されなければならないんだ? 何故?
この世界を作った神が、このシナリオを作った神が居るのなら、俺はソイツをぶち殺したい。『余計なことすんな』って。
「......ゼルキアも助かるほ「無いよ」......はぁ」
「大体ね、僕はもう死ぬ前提で動いてるの。今更生き残ったとしても、それは無駄に死者を増やすだけなんだよ」
「酷い話ね......」
全くだ。酷すぎる。あまりにも酷すぎて、酷すぎて......涙が止まらない。
「ガイア、泣いているのかい?」
「泣いてない」
「でもそれは泣いて「泣いてない! 魔力を漏らしてるだけ!」......それはそれで嫌な状況ね」
「ははっ。まぁ、僕の死は歴史に名を残す上で大切な事象だからね。僕ら魔人より、人間の方が人口は多い。失われる命が少ない方が、世界の為だろう」
そんな事どうでもいい。俺はもう、こんなクソみたいな世界が滅んじまえと思っている。
ロクにゼルキアのことを知ろうとせずに殺し回る勇者一行に対し、ちゃんと人間側の意図を汲み取った上で死ぬ決断をしているゼルキア。
どうして俺は人間に生まれたんだろうか。
どうせなら魔人に生まれ変わって、一緒にゼルキアと戦いたかった。
どうして......
「ガイア。君は生きるんだ。僕の言った『絶対』も、僕が死んだ後なら変わっている可能性もある。だから君は、何としてでも生きるんだ。そしていつかでいい。幸せになって、それから死んでくれ。それが魔王ゼルキアとして遺す、友人への言葉だ」
「うぅ、うぅぅぅぅ............!!!」
あまりの悲しいエンドに泣き崩れた俺を、ミリアと安部くんが支えてくれた。
「それじゃあ、僕はもう逝くよ。未来を変えられるのは君達3人だ。頑張ってね」
そう言って、ゼルキアの分身体が砂の様に崩れて、土に還ってしまった。
俺はどうすればいいのだろう。何をすれば未来を変えられるのだろう。せめて何か、アクションを起こさないと......
そうだ。自分から動かないと死ぬだけだ。
切り替えろ。唐突に訪れた死の宣告を免れる方法を、この足りない脳みそで考えろ。
「ミリア。安部くん」
「うん」
『ガル?』
「2人の力を貸してほしい。俺は、一度死のうと思う」
「......はぁ? ガイア、本気なの? ねぇ!」
「本気だ。勇者からすれば、今の俺は魔王の仲間であり、人類の敵。なら一度死んで、綺麗サッパリした時に復活すればいい。そうすれば、最終的には俺達が生き残る」
めちゃくちゃだ。失敗すればゼルキアの忠告と、ミリアと安部くんの存在を無駄にしてしまう。俺は......そんなの嫌だ。
でもやらなければならない。例え何か大事なものを失ったとしても、この2人とゼルキアの想いだけは、無駄にしてはならない。
魔法って、何でも出来るんだ。だから魔法を使う。
「俺の魔力で出来たこの湖の魔力......これを全部使って、転生する」
「......一発勝負よ?」
『ガル! ガルル!!!』
激しく首を横に振る安部くんを抱きしめ、俺は自分の描くシナリオを説明する。
「一発勝負でもやらなければ意味が無い。俺の考えとしては、100年だ。100年先で生まれ変われば、人類は俺のことも、ゼルキアのことも忘れているはずだ」
ゼルキアは魔王ではあるが、人類に攻撃をしたことは一度もない。それはゼルキアも、俺と同じ境遇の人間だからだ。
常に死と隣り合わせで生きてきた俺達に、人類に攻撃しようなどとバカな考えは生まれない。
「だから......そうだな。100年後、またここで会おう。その時はきっと、俺は違う顔をしていると思うが......見付けてくれるか?」
「当たり前よ......バカ」
『ガルルゥ』
「うん。ならよし。早速準備に取り掛かろう。転生のイメージなんか、俺ぐらいしか出来ないだろうしな」
気分は一転、死に抗うという考えより、死を受け入れる考えに切り替えた瞬間、俺の心にのしかかっていた重りは幾分か軽くなった。
ここから先は未知だ。俺は未来を切り拓いて行かないと、ゼルキアの望みを叶えてやれない。
「ふぅ。湖、少し大きくするか」