第78話 おどれよエルフ
明るく行きます。
魔海へ向かう為に移動を開始して2日目。
街道を避け、殆ど整備のされていない道を馬車が進んでいる。
本来ならば揺れが酷い馬車での移動だが、ユーディルゲルの用意した馬車は格が違う。乗客に全くと言っていい程、揺れを感じさせない。
「ガイア、ユーディルゲルが呼んでおるぞ」
「了解。ちょっと待ってて、アンさん」
アンさんと雑談トークバトルを繰り広げていた俺は、一旦休戦にして馬車の上に乗り、ユーディルゲルの乗る馬車へと飛び乗った。
着地の際、結構揺らしてしまったが大丈夫そうだ。
「で? 呼んでるってどうしたんだ?」
「この先、エルフの集落がある。お前が勇者を撃退して以来、人間を敵視している者達でな。私はハーフエルフだから問題ないのだが、お前は違うだろう?」
「まぁな。じゃあ俺は嫌われてもいいから、エメリアに擬態を弱めるよう言っておく。んじゃ」
「あっ、おい!」
魔王領に住むエルフが、魔王の味方になった俺の行動で敵意を抱く意味が分からない。きっと頭のおかしな奴が『人間は敵だ』などとバカでかい主語で語ったのだろう。
どんな結果になろうとも、エメリアとアンさんだけは敵視させたくない。2人には何かしらの対策を取ってもらおう。
「──という訳でな。エミィは角と翼を。アンさんは......どうしましょうか」
「ツッコミ所満載で帰ってきたのじゃな」
「いきなり飛んで行ったのでビックリしました」
「まぁまぁ。それで、アンさんはどうします? 何か人間らしくない身体的特徴を作れますか?」
「そうですね......」
俺はどう足掻いても人間に見られる。
魔力で耳や尻尾を生やしても、流石に真っ青に透き通る耳ではバレてしまう。それならば、敢えて俺が嫌われ者として前に立ち、2人への敵意を薄れさせるのが良いだろう。
「眼を一つ、増やしましょうか?」
「「眼?」」
「はい。片目の眼球を額に移せば......こんな感じです」
あ、アンさんに第3の目が追加された!!
しかも額の瞳は紫色だし、凄く呪われた一族感のある出来栄えだ!
「完璧じゃないですか!」
「うむ! 後ろ姿は人間じゃが、前から見れば一目瞭然じゃな。流石と言ったところかの」
「あ、ありがとうございます! ですがご主人様は......」
俺がどうしようもないことを悟ったのか、潤んだ瞳でアンさんが俺の両手を握ってきた。
「大丈夫ですよ。ちょっと嫌がらせされるくらいなら慣れてるので」
「でも......!」
「そう言えばガイアよ。お主、獣人の見た目になるアーティファクトを持っておらんかったか?」
「アーティファクト?」
獣人......アーティファクト......ダンジョン......あっ!!
「こ、これか......」
俺が取り出したのは、白猫の耳が付いたカチューシャだ。確か、ダンジョンでふざけて着けていたら命を助けられたんだよな。
これを着けるのか......? 俺が? 嘘だろ?
「髪も染料を買ったおったし、女装も出来ると思うがの」
「ご、ご主人様の女装......それも猫耳......!?」
あら。アンさんが顔を真っ赤にしておられる。
「......着けたくない」
「ダメじゃ。余はガイアが嫌がらせを受けている姿を見て、何も思わない薄情者ではない。少しばかり、プッチーン☆ して集落を滅ぼすかもしれんぞ?」
「......くそぉ!」
別に女装することに羞恥心がある訳ではない。
ただ単に、この2人が俺の姿にハマり、王国でもして欲しいと言ってくるのが嫌だから着けたくないんだ。
だがしかし、今回は諦めるべきか?
集落滅亡エンドか、女装おねだりフューチャーか。
どちらか二つに一つ。地獄のような選択肢だ。
「分かったよ。エミィ、適当な服貸してもらうぞ」
「うむ。大きさも同じじゃろうし、よいぞ」
「ありがとう」
俺はパパっと今着ている服を脱いで影に仕舞い、エメリア用に買い込んだ衣服を身に着けた。
白いワンピースに魔術刻印の施されたローファー。そして魔力回復を高める効果のある青い宝石のペンダントを着け、最後に髪を真っ白に染める。
仕上げに、猫耳カチューシャをセットすれば完成だ。
うん......悪くない出来だと思う。
「どう? 可愛い?」
「「これは......!!」」
馬車の中でクルっと回って見せると、2人の目がキラキラと輝き出した。
これにて俺の人生計画に女装が捩じ込まれることが確実となった。潜入捜査でもないのに女装とは、我ながらキツく感じる。
「「とても可愛いです! / のじゃ!」」
「ありがと。声も弄っておくし、裸にならない限りはバレないと思う。でも......はぁ」
「どうしたのじゃ?」
「いやな。カチューシャの効果に、『動物本来の欲求を高める』ってのがあって、多分だが3大欲求も強くなるんだ」
「つまり?」
「めっちゃ食べるようになる。男よりも」
普段の俺のカロリー摂取量も、成人男性の2倍くらいだ。
毎日の鍛錬による消費カロリーが多いが為に、ユーディルゲルよりご飯を食べている。
それがカチューシャの効果で増幅されてしまうと、一食で牛一頭は食べる程に増えると思うんだ。だから心配である。食欲が。
残りの2つの欲求に関しては、まぁ大丈夫だろう。
「ふふ、これは腕が鳴りますね! 沢山ご飯を作りますよ!」
「じゃな。いっぱい食べるということは、その分ガイアの笑顔が見れるということじゃ。嬉しい限りじゃな」
「2人とも......! 大好き!」
有難いことを言ってくれた2人に飛び込み、精一杯のハグをした。
普通ならば面倒だと言うことを、喜んで取り組もうとするエメリアとアンさんに、感謝の気持ちを伝えたい。
「ありがとう。本当に。ありがとう」
◇ ◇
それから暫くして、馬車のスピードが落ち始めた。
どうやらもうすぐエルフの集落に着くらしい。
ユーディルゲルが言うには、この集落ともう一つ、魔族の集落を超えた先に魔海に接している辺境に着くとのこと。
今回の魔族と人間の和平交渉に、辺境伯も乗り気のようだ。
「着いたの。ガイアにゃんは1人で降りられるかの?」
「にゃ〜ん! 降りられないにゃ〜! エミィたん、抱っこして降ろして欲しいにゃ〜?」
「気持ち悪」
「は?」
ユルサナイ。ゼッタイ、ユルサナイ。オボエテロ。
「ご主人様、降りましょう。私に捕まってください」
「ありがとうアンさん」
「にゃ、にゃん口調で......お願いします」
おいおいおいおい。コイツら俺をおもちゃみたいに扱いやがって......あまり下手なことを言うとニャンニャンしちゃうぞ?
「アンにゃん、ありがとうにゃ!」
「はい!」
「ガイアさん......嘘でしょ?」
「あっ」
アンさんに降ろしてもらった先に、スタシアさんが居た。
これはマズイ。非常にマズイでござる。
ついノリノリでニャンニャン言っていたが、流石にスタシアさんの前だと羞恥心で心臓が破裂する。
もう......終わりかな、人生。
「スタシア......さん?」
ジリジリと俺に近付いてきたスタシアさんは、無言のまま俺の前で両手を広げた。
そして次の瞬間、俺はスタシアさんの腕の中に居た。
「可愛いいぃぃぃぃぃ!!!!!!」
「ぐぇぇ......こんなことの為に転移を......」
豊満なお胸に呼吸を封じられながら、俺は耐えた。
まるで可愛いぬいぐるみを貰った少女の様に頬を擦り付け、必死になって可愛さを堪能している。
今までにないスタシアさんの強烈な反応に、俺とエメリアはドン引きした。
「もうずっとその姿で居て欲しいわ!」
「......い......や」
「ダ〜メっ! こんなに可愛いのに勿体ないもの!」
「俺......男だもん」
「知ってた? 確認するまでは女の子なのよ」
「じゃあ確認します?」
「確認しても女の子と言うわよ?」
「逃げ道無いじゃん!」
業が深い。勇者を殺したのが不味かったか。
ん? 何か視線を感じる。これは......エメリアか?
「やはり胸か......男は皆、胸だと言うのは本当なのか!」
「違いますよ、エメリア様。ガイア様はエメリア様の胸も大好きです」
「じゃが......じゃが!!」
あ〜ダメだ。こっちもこっちで入りづらい。
ユーディルゲルは何をしてるんだ? 俺達を放って村長に挨拶か?
「皆、来てくれ。村長が歓迎してくれるそうだ」
「分かったわ。行きましょ、ガイアさん」
「助かった......」
ユーディルゲルの言葉で自由になれた俺は、もうスタシアさんに捕まりたくないと思い、すぐさまエメリアとアンさんと手を繋いだ。
これなら誰にも邪魔されない。完璧ムーブだ。
「綺麗な村じゃの。穏やかに暮らせそうじゃ」
「そうですね。これから起こることを忘れそうです」
「......森は泣いてるがな」
「「森が泣いてる?」」
俺の発言に首を傾げる2人に、簡単に説明した。
この森は元々、希少とされるラフラの木が群生している場所だったらしいが、ここのエルフがラフラの木を大量伐採し、森が泣いているのだ。
この森と親しくない俺に伝えたいほど、ラフラの木達が助けを求めている。
「森と会話出来るとは、これまた凄い力じゃの」
「今回は森が訴えているんだ。建材に使われた木も、残った意思がとても強い。精霊樹の森とはまるで違う」
「ご主人様の育った森......でしたよね?」
「そうです。精霊樹の森では、使われることを是とする木を使わせて頂いてました。ですが、ここは違う。
本数の減ったラフラの木を、あろう事か薪にも使用している。これでは周辺のラフラの木が絶滅してしまう」
俺の大好物でもあるラフラの実。その実を付けるラフラの木が絶滅するなんて、俺にとっては家族を失うようなもの。
村長に歓迎されるらしいが、これ以上ラフラの木を切らないように言わないと。
「ここだ。私が先に入るから、皆は後ろに」
俺は一旦エメリア達と手を離し、御者さんを挟んで最後尾に立った。
そうして入った村長の家は、樹皮が堅い茶色で、内側の木材が綺麗な白のラフラの木を大量に用いた豪邸だった。
中はラフラの木特有の仄かに甘い香りが立ち、心が安らぐ。
が、しかし、事情を知っているとこの香りが救難信号として伝わる。
「......嫌な気配がする」
村長の娘だろうか。若いエルフの女性が魔族語で俺達に何かを伝えると、直ぐに立ち去った。
それから2分程が過ぎると、豪邸の主が俺達の待つリビングへとやって来た。
「いらっしゃい。私は村長しているミヅキよ」
「私はユーディルゲル・ガーランド公爵だ」
「スタシア・スタシス魔女公爵よ」
「エメリア・アルストじゃ! ふふ!」
「アンと申します」
皆が順番に挨拶をしている中、俺は村長の姿を見て固まってしまった。
「お、お前......」
「ッ!? その魔力、まさか......」
「どうしたんだ? 2人は面識があるのか?」
輝く金髪に森のような碧眼。170はある身長に壁に飾られている大きな弓。そして何よりも、あの尖った耳。
俺は知っているぞ。コイツを。コイツの過去を!
「まさかまだ生きていたとはな。勇者パーティのエルフさん?」




