第73話 死の宣告
大☆天☆才
「た〜だいま〜! お腹空いた〜!」
「おかえりなのじゃ〜。今用意するでな、待っとれ〜」
傭兵ギルドの件から3日が経ち、馬車馬の如く街の為に働きまくった俺は、ご近所さんでも有名な男の子になった。
大人の倍は働き、金銭の代わりにそのお店の名物を頂いて過ごす時間はとても充実している。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「メイドだ......メイドが居る......!」
「? 私はメイドですよ?」
「そうじゃなくて......まぁいいや。ただいま、アンさん」
メイドカフェの定型文を思い出した俺は、思わず拝んでしまった。
薄汚れた都会の癒し、現代には無いコンテンツが楽しまれた日本のメイドだが、この世界では普通に存在するもんな。
ケッ! もっとレアな存在でもいいのによぉ!
「そう言えばなんでエミィが料理を?」
「修行中、みたいですよ? 花嫁修業とか」
「なるほど。でもアンさん、いいんですか? メイドの仕事が無くなりません?」
このまま行けば、俺とミリアとエメリアが生活の基盤を作り、アンさんがただのお掃除する人になってしまう。
「レベルが違うので。私のご飯は世界一ですよ」
「強気ぃ......カッコイイ」
凄まじい自信だ。メイドは主婦の比じゃないか。
これから料理をする者と、今までずっと料理をしてきた者では、経験の差が出るもんな。
流石だ。自分の仕事に自信を持っているのは素晴らしい。尊敬する。
「......なでなで、しますか?」
「して欲しいんですか?」
食堂でエメリアを待っていると、アンさんが隣で囁いた。
ちょっとした悪戯心で聞いてみたら、恥ずかしそうに、小さく頷いた。
可愛い。恥ずかしいのを必死に我慢しつつも、素直に頷くアンさんがとても可愛らしい。
「可愛いですよ。今日の髪型も、よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます......えへへ」
ヴッ! 危ねぇ。まだアンさんは人族語を覚えたてなんだ。『えへへ』が出るのもそれが原因なんだそうだきっとそうに違いない。
大体、普段はクールな態度のメイドさんが撫でられて『えへへ』とか可愛い反応をするのはとてもギャップを感じまして、えぇ、職場では厳しい上司が家では甘えん坊みたいな、そんなギャップに萌えてしまうんですよ私は。えぇ。
っとと、つい早口オタクになってしまった。
「日に日に言葉も流暢になっていますし、凄いですよ。いっぱい撫でてあげますね」
知ってるんだ。部屋のシーツ交換とか、洗濯も掃除もアンさんがやってくれていることを。
だから感謝の意味も込めて、俺はアンさんの頭を撫でた。
「やっぱりアンさんはロングヘアーが似合いますね。大人の魅力を感じます」
サラサラと流れる、艶のある金髪に指を通すと、優しく透き通るような黄金の糸が反射する。
ここまで綺麗な髪は初めて見た。
毛の1本1本が生きており、とても靱やかだ。
「......私はアドネアの血を引いています」
「アドネア?」
「はい。アドネアは代々、蜘蛛の因子を継いでいます。私達の先祖はアラクネという、神と対等に戦える魔物でした」
そりゃ凄い。神なんてゲームでしか戦ったことが無い。
本当に拳を交えたことも無いし、そもそもどういう存在なのかも分からない。だが、アンさんの御先祖様はとても強い存在だったのだろう。
「その血を引いているので、こんなことが出来ます」
アンさんはカチューシャを外すと、目を閉じた。
そして魔力を髪に通わせた瞬間、髪の毛が意志を持ったように動き出し、頭の上で右手を形作った。
「凄いですね! 3本目の手だ!」
「き、気持ち悪くない......ですか? 髪の毛が操れるなんて......」
「どこが気持ち悪いんですか? これはアンさんだけが出来る、特別な技じゃないですか! 凄いですよ!」
髪の毛を操るなんて、考えたことも無いし出来るとも思えない。これは間違いなく、アンさんだけの特別な才能だ。
気持ち悪い要素なんて無い。見た目が変わる訳でも無いし、アンさんの美貌は変わらない。
「で、でも! この目とか......」
グッと俺に近付いて、目を見せてくれたアンさん。
髪と同じくらい明るい金の瞳は、よく見てみれば3つもある。別にパッと見で分かることじゃないし、よく見たところで気持ち悪いものじゃない。
そんなことよりも、息がかかるくらい顔が近いことの方が問題だ。
「綺麗ですよ。アンさんは異常ではなく、特別です。蜘蛛であろうが何だろうが、アンさんはアンさんでしょう? 違いますか?」
俺は顔が熱くなるのを我慢しながら、本音で答えた。
例え彼女が誰からも恐れられる魔物の子であろうと、血筋が見られる家系であろうとも、アンさんはアンさんだ。
俺の元に来たいと言ってくれた、アンさんが特別なんだ。
「は、はぅ......」
「おっと」
顔を真っ赤にして倒れ込むアンさんを抱き留めると、料理を作り終えたエメリアが戻ってきた。
「お主ら、何をしておるんじゃ? 余に隠れてイチャイチャしおって。余も混ぜんか!」
「いや、そんなんじゃ......仕方ない。おいで」
俺はエメリアを膝の上に乗せると、左手でエメリアの頭を撫でながら、右手でアンさんを抱き寄せた。
そんなに疲れた訳じゃないが、こうしているととても癒される。偶に抱きしめてあげるのも悪くない。
「珍しいの。ガイアが他の女にベタベタするなど」
「言い方が酷いな。まぁ、2人は頑張ってくれてるし、これからは長い旅でゆっくり落ち着けないだろうからな。好きだろ? こうして抱きしめられるの」
「......うむ」
「大好きです」
「うん。だからやるんだよ。2人が好きなら、俺も好きになる。減るもんでもないし、俺だってこうして触れているのは安らぐからな。癒しだよ癒し。マスコット的な?」
ぽんぽんと2人の頭を撫でてから、そっと手を離す。
小さく声を零すアンさんにはもう一度ぽんぽんして、膝の上で満足そうにするエメリアには撫で撫でを追加した。
それからは、タイミングを見計らって料理を持って来てくれたメイドさんと一緒に、皆でエメリアに感謝しながら夕食にした。
そして夜。寝る前に魔力制御の鍛錬をしていると、コンコンとドアがノックされた。
「私よ。スタシアよ」
「はい、どうぞ」
珍しく外出用の服に身を包んだスタシアさんが部屋に入ると、真っ直ぐにベットに座る俺の前まで来た。
「ガイアさん......ユーディルゲルから依頼よ」
「何ですか?」
「魔海の番人、リヴァイアサンとヒュドラの討伐」
「分かりました。期限は?」
ユーディルゲルからの依頼ということは、高確率で一般人には遂行不可な難易度だろう。
アイツが俺を指名する、それ即ち、戦帝騎士クラスの実力を持つことが前提ということだ。
まだ始まったばかりののんびり勤労生活が、死闘の傭兵生活に変わるのかもな。
「1年以内......ガイアさん、出来れば辞めて欲しいの」
「え? まぁ、依頼を受けるも受けないも自由でしょうが......」
神妙な顔持ちで俺の顔を覗き込むスタシアさんは、依頼に対して酷く否定的な態度を取った。
「違うわ。ガイアさんは知らないでしょうけど、この2体の魔物はゼルキア様ですら討伐は困難とされているの。つまり、言ってしまえばこの依頼は死の宣告なのよ」
「はい。それがどうしたんですか?」
「え?......はい?」
「死の宣告だから、どうしたんですか? その2匹が強い要因って『海』と『圧倒的な速度』くらいでしょう? 特にこれと言った問題じゃないですし、死なないと思いますよ」
冷静に相手の強さを分析した結果、死の宣告と言われるなら流石に躊躇うが、この世界の人は生存重視の傾向があるから、深く相手を理解していないだろう。
それに、レガリア帝国の時は230回死んで、ようやく倒した魔物が居るんだ。
31万回転生した俺にはその経験が生きている。
今の俺を生かすも殺すも、これまでの俺が積み上げた経験次第だ。
「1年も掛かりません。冬が明けたら向かいます。細かい情報はユーディルゲルが帰ってきてから精査しましょう。スタシアさんは転移でお疲れでしょうし、もう休んでください」
「いや、あの......リヴァイアサンとヒュドラよ!? どうしてそんなに冷静でいられるの!?」
「知らないからですよ。恐怖は未知から来ますが、楽観は無知から来ます。必要以上の知識を持っても、戦闘に悪影響ですからね」
初見の相手と戦う時と、数回戦った程度の相手と戦う時、俺は初見の方が上手く立ち回れるタイプなんだよ。
例えそれに命が懸かっていようとも、土壇場の戦場が俺に力をくれるんだ。だから今は情報が要らない。
「大体、今からビビってどうするんですか。せめて敵の目の前でビビりましょうよ。ワンチャンスの見逃しに賭けた方が得ですよ」
俺は天井に咲かせた夜空を消すと、スタシアさんは大きな溜め息を吐いて、頭を抱えながらドアへ向かった。
「......出来る限り手助けはする。お願いだから......死なないでね」
そう言い残したスタシアさんは、静かに部屋を出て行った。
「海の魔物か。こりゃ新しい魔法を作らないとな」




