第70話 今日家主居ないんだよね
シュークリームって美味しいですよね。特に甘さ控えめのヤツ。紅茶との相性が抜群で、大好きです。
「お、はよう、ございます。朝です」
「おはようございます、アンさん」
「おはよ〜」
ユーディルゲルに貸してもらった客室で目が覚め、エメリアと一緒に着替え終わったタイミングでアンさんが起こしにきてくれた。
もう少し早くアンさんが来ていれば、面白かったのになぁ。
「アンさんは好きな食べ物とかありますか?」
食堂に向かう最中、何となく聞いてみた。
これから仕えてくれるに当たって、お互いの好物を把握しておくのは悪いことじゃないからな。
「あ......馬、のお肉です」
「馬肉ですか! 良いですよね。脂の入り方が独特で美味しいですよね! 懐かしいなぁ」
今まで色んな人に好きな食べ物を聞いたことがあるが、馬肉と答えた人は初めてだ。面白いなぁ、アンさん。
「ほう、馬か。人間は馬も食べるのか?」
「あぁ。この世界のことは知らないが、ユーディルゲルと出会った世界や、ゼルキアと同じ故郷の世界だと、走れなくなった馬を頂くことがあるぞ」
「なるほどな。美味いのか?」
「美味しい。特に馬刺しは最高だぞ」
「お主がそこまで言うのなら、一度は食べてみたいのじゃ」
「見付けたら一緒に食べよう」
「うむ! 楽しみにしておるぞ!」
エメリアの笑顔を見ると、心が洗われる。
あんなに酷いことを言ったのに、寛大な心で受け止めてくれて、本当に感謝している。
あれ? さっきからアンさんが頬を膨らませてる。
茶目っ気クール属性から焼きもち世話焼き属性にジョブチェンジしたのかな。
「「いただきます!」」
今日の朝食は朝ご飯だ。違う。今日の朝食はフレンチトーストだ。甘くとろけるパンに蜂蜜の香りが花を抜けるこの食べ物は、朝から贅沢な気分にさせてくれる。
「ガイアよ。今日も武器道具屋に行くのか?」
「悩んでる。俺が全部やったら建築士の仕事を奪うし、かと言って他の店に行っても同じ結果になると思うんだ」
「じゃの。ではこのままダラダラするか〜?」
「ん〜......そうするか。執務室でシムべするべ」
「あの遊戯じゃな! うむうむ、楽しみじゃ!」
ユーディルゲルは昨日から帰って来ていないし、家主が不在の今、俺達が作れる一番静かな空間は執務室だろう。
遊ぶついでに秘蔵の本が無いか探してみたいしな。
「「ごちそうさまでした!」」
「紅茶、如何されます、か?」
「執務室でお願いします」
「かしこまり、ました」
食べ終わった食器を下げ、アンさんが聞いてくれた。
どうせなら3人でお茶会兼戦術披露会としよう。
新たな視点で俺の戦術に意見をくれるかもしれないし、楽しみだな。
◇ ◇
「これは......知らない言語じゃな。アンよ、分かるか?」
執務室に来て早速、ボードを広げようとしているとエメリアが何かを発見した。
小さな手に挟まれたそれは、置き手紙のようだ。
ドラゴンのエメリアでさえ分からない言語に、アンさんも首を横に振って応えている。
「見せてみ」
「これじゃ」
エメリアに手紙を見せてもらうと、俺は頷いた。
「分かるのか?」
「勿論。暗号だからな、これ」
「「暗号?」」
「え〜、読み上げますと......『執務室に来たそこの少年。この手紙を読んだなら、上から3段目の引き出しに入っている仕事、代わりにやっておいてくれ。尚、この手紙はどっかの誰かの魔力に触れたら私に知らせる機能が付いているので、逃げられると思わないように』とのこと」
なるほどな。流石は戦帝騎士だ。俺が来ることも読んでいたか。言動を予想しないあたり、ミリアの次に怖い書き方をする奴だ。
......ミリアのあの、俺が発する言葉を予測して書かれた手紙は本当に恐ろしい。今でもドキドキするぞ。
これが......恋!?
「むぅ、残念じゃな。仕方ない。アン、余とやるぞ」
「私、ですか?」
「うむ。ガイアは仕事がある。余の暇潰しに付き合え」
「分かりました」
ちょっと、エメリアさ〜ん? 助けてよ〜!
くぅ、執務は本当に嫌いなんだよ。過去の俺だっていつも部下に投げて良案だけ拾っていたし、1人でやるのは嫌いなんだ。
あ〜もう最悪だ。のんびりしようと思っていたのに!
「ま、テイムも押し付けたし、これぐらいはやるか」
伸びた前髪を魔力で留めた俺は、適当な引き出しに入っていた執務用の眼鏡を掛けた。
情報整理数を弄れるネジを巻いていると、2人から熱い視線を感じる。
「......なんだよ」
「いや、まぁ......似合うと思ってな。魅力的じゃ」
「とても、よく、お似合いです」
「そうか? 昔は変装する時に眼鏡をかけたが、自分ではイマイチ分からないんだよな」
引き出しから仕事の束を取り出し、俺は指先に魔力を溜めた。
「知的な男性に見えるのじゃ。ガイアは顔も良い上に目がキリッとしているからの。想像以上にイケておるぞ。今すぐ抱かれたいくらいじゃ」
「欲望塗れの感想をありがとう。それじゃ、集中しま〜す」
瞳から脳、指先へと身体強化を施した。
そして指先の魔力から空色の太い糸を作り出すと、凄まじい速度で紙を捲って宙に浮かべる。
レンズ越しに届く情報は、魔法により書類以外の景色が全てシャットアウトされている。
「ほんほん、簡単なやつしかないな」
内容はどれも領主の許可を貰うものではなく、確認の印を刻むだけのもの。流石にこの程度の仕事しか俺にやらせないよな。
「賢いのぉ。魔力、魔法、魔術を仕事に組み込むとは」
「ユーディルゲル様、も、同じように、してました」
「アイツにこの技を教えたのは俺ですからね」
「ガイアが師匠のようだぞ」
「凄い!」
う〜ん、まだ通訳エミィちゃんを介さないとスムーズに会話出来ないの、何とかしたいな。
何とかって言っても、俺が魔族語を話せるようになるか、アンさんが人族語を話せるようになるかの、二つに一つだが。
「ありがとう。俺のことはいいから、2人は遊びな」
「疲れたら言うのじゃぞ? 余がマッサージするのじゃ」
「マッサージ......そうだな。その時は頼む」
何故か俺の影から電動マッサージ機が頭を出した気がするが、きっと気のせいだろうそうだろう。
......うわ、なんか2本も出てる。眼鏡かけ直そ。
「執務執務〜っと。確認の書類しか無いけど〜」
秒速5枚程度の速度で書類に目を通していると、何枚か現地に赴いて欲しい旨の文が書かれていた。
差出人は傭兵ギルドのサブマスターと、微妙な人から貰っているんだな。
「後で行くか。うん、確認はしたしサインしとこ」
魔力の糸をペンに括り付けた俺は、エメリア達の邪魔にならないよう、気を配りながら執務室全体に書類を浮かべた。
「サイン、ユーディルゲル......何だっけ?」
「ガーランドじゃよ」
「ありがとう。サイン、ユーディルゲル・ガーランド」
ド忘れにエメリアのサポートが入り、凄まじい速度で宙に浮く書類達にサインされていく。
これは魔法でも魔術でもない、ただの魔力制御、及び魔力操作の応用だ。毎日練習していたら出来るようになる。
一度目を通してやれば、直ぐに仕事が終わる。
ただのサインだけなら簡単なんだが......他はなぁ。
「凄い......綺麗」
「ただの執務で化け物のような技術を扱っておるの」
「前世は死ぬほど時間があったからな。ミリアとスローライフしながら練習してたんだよ」
「それでもじゃよ。ドラゴンの余が言うのじゃぞ? もっと誇りを持て」
「ドラゴン?」
2人に褒め言葉を貰えて嬉しい。
出来れば頭を撫でてくれてもいいんだぞ? だぞ?
今の俺は10歳......じゃないな。もう11歳か。
でもまだ子どもなんだ。頭くらい撫でられたいのさ。
「余はな〜、実はドラゴンなのじゃ。ほれ!」
エメリアが擬態を緩めると、頭から黒龍の角が生え、背中からは真っ黒な鱗に覆われた翼が伸び、八重歯が牙となって現れた。
そして最後に、衣服を突き破って黒い尻尾が生えた。
「え......」
「へぇ。可愛いな。後で尻尾触ってもいいか?」
「だ、ダメじゃ! 敏感なのじゃ!」
何故だ! サティスやツバキさんは触らせてくれたぞ! どうしてドラゴンは敏感なんだよ!!!
ここは一つ、『おねだり作戦』で触らせてもらおうか。
「え〜〜〜? ダメ〜?」
「うっ......ダメじゃ」
「エメリアお姉ちゃ〜ん!」
「ぐぬぬぬぬ......ま、まだ......ッ!」
「......ママ?」
「よいぞ〜♪」
「フッ」
チョロい。というかどうしてママで落ちるんだよ。
俺、それなりにしっかりしてるつもりだったが、案外出来ていなかったのかもしれない。
そのせいで、エメリアの母性本能を擽ったのかも。
「ほん......もの、ですか?」
「無論。じゃがその様子だと、知っておるのはユーディルゲル含め、3人だけじゃったか」
「だな。ドラゴンって周りからどう思われてるんだ? スタシアさんの話は聞いたが、他の人には聞いてないんだよな」
「信仰、畏怖、天災......色々と言われておるぞ」
暗い顔で語るエメリア。自分や親が、或いは同種の仲間がそう言われてきたのだろう。語り合えない仲というのは、時として心を引き裂く。
この問題は、異種間であっても存在するんだな。
「可愛いのにな。勿体ない」
「本来の姿を見てもそう言えるか?」
「当たり前だろ。エメリアなんだから」
「っ......て、照れることを言うでない!!」
熟れた桃の様に顔を染めてくれるとは、本当に可愛い奴だな。
俺は再び眼鏡をかけ直し、全ての書類にサインが出来ていることを確認したら、現地確認の書類以外を引き出しに戻した。
「お〜わりっ! アンさん、紅茶ちょうだ〜い」
「はい!」
眼鏡を外して元の場所に戻し、俺はエメリアの隣に移動した。
軽く戦況を見てみると、アンさんが有利な状況に見えて、実はエメリアがチェックを決める手前の状態となっていた。
チラッとエメリアの顔を窺ってみると、可愛く首を傾げるので、多分これはまぐれなんだろう。
「期せずして、とは言ったものだな」
「何がじゃ?」
「何でも。それより尻尾、カモンカモン!」
「うぅ......や、優しくするのじゃぞ?」
「勿論」
エメリアはソファでうつ伏せになると、黒く堅い甲殻に覆われた尻尾を出してくれた。
動物の尻尾よりは可動域が狭いが、その分筋肉が詰まっており、防御や攻撃に使えるのだろう。
とすると、ドラゴンの尻尾は感覚器官ではない?
気になるな。触らせていただこう。
「ひゃうっ!」
「まだ指先で触れただけなんだが?」
「びっくりしただけじゃ! も、もう大丈夫じゃ」
「では......」
後ろから見ると耳まで真っ赤なのがよく分かる。
もし、ちょっとした好奇心で激しく触ったら、どうなるんだろうな。
......抑えろ。まずは感覚器官かどうか知るのだ。
ミッションを終わらせたボーナスとして、ちょっとだけ好奇心を爆発させよう。
「堅いな。先が鋭いから、上手く使えば槍になるのか」
「そ、そうじゃ。カッコイイであろう?」
「うん。あと聞きたいんだけど、ドラゴンの尻尾は感覚器官なのか? こうして触っていると違う気がするが、敏感だと言われると完全に否定出来なくてな」
スベスベの甲殻を撫でると、少しひんやりしている。
腹側の白い鱗の部分を撫でれば、血が通っているのが分かるほど温かい。
上からの攻撃には強いが、下からは弱そうだ。
「両方、というのが答えじゃ。感覚器官として働くのは、こうして擬態している時が殆どなのじゃ。本来の姿であれば、槍にも盾にもなるのじゃが......」
「そいっ! 甲殻の間に指をズボッ!!」
「ひゃぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!」
むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
激しくしてやった。反省はしていない。
「だ、大丈夫、ですか?」
「はい!」
「な......にが......大、丈夫............じゃ......!」
エメリアの悲鳴に駆け付けたアンさんに笑顔で答えたが、足をピンと伸ばしたままのエメリアは息も絶え絶えに否定した。
ちょっと......やりすぎたかもしれない。
「エミィ? 大丈夫か?」
「ッ! さ、触るでない! 今はまだ!」
心配になってエメリアの肩に触れると、ソファが温かくなってきた。
「う、ううぅ.........じゃからやめろと言ったのにぃ......」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「もうお嫁に行けないのじゃぁ......」
泣きながら呟く言葉に、ギリギリで口を塞いだ俺は、アンさんが来る前に魔法でソファを綺麗に掃除した。
まさかこんなことになるとは思ってなかった。反省している。
「......嫁に貰ってくれるんじゃろ?」
「......まぁ。言っちゃったしな」
「うむ......して、余の服は綺麗にしてくれぬのか?」
上目遣いでお願いするエメリアに、俺は残念そうに口を尖らせた。
「敢えてそのままにしてたのに、気付かれたか」
「ドSじゃ! ガイアは超弩級のドSなのじゃ!!!」
「やめろォ抱きつくなァ!!!」
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃああああ!!!!!」
汚されちゃった......ミリア、たちゅけて......!
ダメだ。今ミリアに来られたら修羅場どころの話じゃない! でも逢いたい! が、来て欲しくない!!!
ジレンマとはこのことか!?
◇ ◇
「はい、紅茶です」
「ありがとう......アンさん」
「えへへ、ガイアの魔力は綺麗なのじゃ〜」
結局、俺とエメリアの衣服、そして再度ソファも魔法で洗う羽目になり、イタズラはするもんじゃないなと思いました。
イタズラをするにしても、限度を見極めようと思います。
「あぁ、美味しい。疲れた体に染み渡る」
「余で遊ぶからなのじゃ」
「全くだ。それより人間状態に戻してるけど、お尻の所に穴空いてるぞ」
「あっ......」
半人半龍になる時、思いっ切り突き破っていたからな。
位置的に下着からポッカリと穴が空いてるせいで、エメリアが立てば綺麗なお尻が丸見えだ。
「お直し、します」
「すまぬ......全部ガイアが悪いのじゃ」
「待て、お前がドラゴンの証明にしたことだろうが」
「知らぬ知らぬ! 全部ガイアが悪いのじゃー!!」
駄々を捏ねる子どものように振る舞うエメリアを見て、今日の午前は酷く濃い1日になると俺は悟った。
「のんびりしたい。もう」
ユーザーはBANに怯えるのです.....あっ、運営さん! 今回はセーフですか!? アウトですか!? セーフですよね!!!
次回 ゆずあめ、死す。




