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第69話 砂漠の心に乾いたオアシス

遅れますた。



「お、子どももちゃんと食べてる。可愛いじゃん」



 呼吸法を変えて気配を消し、サイクロプスの肉を加えたフォレストウルフを追い掛けると、子ども達に肉を与えるシーンを目撃した。


 小さな洞穴を巣にしている辺り、定住することが出来る生態のようだ。



『スンスン......ガルゥ!!!』


「おっと、流石に近付きすぎちゃった? ハローワンワン。子育て大変だと思うけど、ちょっと失礼するよ」



 洞穴から唸り声を上げるボス......いや、親狼か?

 とにかくこの狼に魔力を乗せて声を発すると、威圧されたように尻尾を巻いてしまった。



「はい、子ども達〜。ご飯あげるからお兄さんの所においで〜」



 追加の魔物肉をチラつかせると、5匹の狼子が俺の元へ歩いて来た。流石にチョロすぎると思ったが、食べるのに困っていた可能性を考えると妥当だと判断し、俺の傍で食べさせた。



『ウゥゥゥゥ......!』


「安心しな。お前も含めて殺さねぇよ。それよりお前も食べろ。腹を空かせて住人が襲われたら困るんだよ」



 もし被害を出せば、この親を含め全員が討伐対象だ。

 可愛い見た目とはいえ、魔物は魔物。噛めば人を殺せる力を持つ者なんだ。


 この子達を懐かせられれば、魔物狩りの手助けになるだろう。


 その為にも、まずは親を懐柔......躾ないと。



「良い食べっぷりだな。そんなに食べれる魔物が減ったのか?」



 子どもは少し痩せているが、親は普通の体型だな。

 単に自分の分を確保するのに精一杯なのか、それとも普通を見せかけて精神を削っているのか。


 どちらにせよ、動物にとって食べ物は最高の手綱だ。

 上手く扱って街の為に働いてもらおう。



『ガルルルゥ!!!』


「もう食べ終わったのか? もっとゆっくり食べればいいのに。それに震えてんじゃん。怖いのに立ち向かうとは、立派な親だな」



 見方を変えれば俺が子どもを人質に取っているように見えるし、親もそう見えたのだろうか。



「よ〜し、君達には首輪と胴輪を着けるぞ。これからはご飯に困らない代わりに、街の為に魔物を狩ることだ」



 魔力で作った即興の装備を着けさせると、狼子には手綱を作り、親には作らなかった。



『ガウッ!!!』


「はっ、噛めると思ってんのか? 悪いがお前だけは恐怖で支配する。セナのように聞き分けのいい犬じゃないんだから、大人しくしてろ」



 やっぱり、普通は抵抗するよな。

 セナが異常なまでに力関係を深く理解したのがおかしいのであって、普通の狼は抵抗してくるよな。


 ヒビキといいセナといい、俺の常識は狂っていた。



「帰るべ帰るべ。お前らはまず、番犬として門番の世話になれ。それから街の防衛のサポートだ」



 親狼を魔力の圧で気絶させた俺は、魔法で体を洗ってから担ぎ上げ、子ども達は魔力の袋にぶち込んで背負った。


 そして身体強化を使い、凄まじい速度で森を抜ける。


 行きは空から着地して来たが、帰りはお土産があるのでゆっくり走る。速いのか遅いのか分からないが、狼が無事ならそれでいいのだ。



「──着いた! 門番さ〜ん!!!」


「■■■■■■!?」


「......しまった、通訳エミィちゃんの存在を忘れてた」



 アンさんは人族語を勉強しているというのに、俺は何にも学ぼうとしていない。そのツケが回ってきたな。


 さてさて、どうやって入ったものか。

 エメリア達に何も伝えず外に出たし、そもそも門を通らずに街を出たから門番にも知られていない。


 俺のお茶目な部分が出てしまったな。HAHAHA!



 ......はぁ。マジでどうしよ。誰か助けて欲しいな〜!



「おい、何をしている? って、ガイアじゃないか」


「ユディ!! お前を待っていた! 通訳してくれ!」



 通りすがりの神が居た。

 神は馬車に乗ってどこかへ行くところのようだ。



「その狼は何だ? 肉にするのか?」


「いや、猟犬にして街の役に立たせる。お前なら出来るだろ?」


「......ここでもテイマーを育てるのか? 私が?」


「作戦でも役に立ったろ? この世界には中々テイマーの文化が無さそうだし、無ければ作ればいい。だろ?」


「......お前のせいで早死にしそうだよ、全く」



 溜め息をつきながら狼達を受け取ったユーディルゲルは、門番に軽く事情を説明してから俺に1つのバッヂを渡した。


 金と青の装飾が施されたバッヂは、執務室で見た公爵の蝋印と同じ模様をしている。



「これを付けろ。そうすれば門をスルー出来る」


「ありがとう。あ、狼だが、親は反抗するが子どもは敵意が無いから、本格的に遣うなら子どもを薦める。子どもは餌で釣って、親は恐怖で支配してるからそこんとこよろしく」


「了解だ。それと......まぁいい。頑張れ」


「はいよ〜」



 早速頂いたバッヂを胸に付けると、ユーディルゲルは頷きながら荷馬車の窓を閉めた。そしてトコトコと馬車が動き出すと、徐々に速度を上げながら街道を走った。


 流石は魔物の馬車と言ったところか。めちゃくちゃ速い。



「では、失礼しますね〜」


「■■■■■■」


「分かんないけど肯定と捉えま〜す」



 門から街に入った俺は、武器道具屋に戻りながら開店している屋台で串焼きを買った。

 相変わらず店員が何を言っているか分からないが、多分『美味しいよ!』的なことを言っていたのだろう。



「ここら辺で道の修理やってくか。まずはポイントを調べて〜っと」



 食べ終わった串に魔力を纏わせ、地面に張り巡らせた魔力の網に繋げる。



「よし、土と石を出して......修理!」



 住民に迷惑がかからないよう空に土石を巻き上げ、その全てを魔力で絡め取りながら補習箇所にくっ付けていく。


 昨夜の練習はこの為だ。星の数ほどばら撒く土の粒を全てキャッチする為なんだ。嘘だけど。



「うんうん、良い感じ。1つ目の仕事は終了と」



 スラムを含め、街全体の道を舗装した。

 レンガ調の道は同じ形に石を切り出して設置したので、そこまで違和感を覚えづらい仕上げになったと思う。


 穴は表面を近くの道から切り出して重ね、その下に持って来た土で挟み、土と石レンガのミルフィーユ構造にしてみたぞ。

 これなら見た目の違和感も無いし、魔力で土を固めたから前よりも丈夫になっているはずだ。



「ただいま戻りました〜!」


「ガイア! どこをほっつき歩いとるのじゃ!!」



 武器道具屋に戻ってくると、お冠のエメリアに出迎えられた。

 


「穴を塞ぐ材料を取りに山まで行って、狼の群れ......というか家族を拾って、帰って来て門の前でユーディルゲルと出会って、街全体の道の舗装をして今に至る」


「......本当かの?」



 どうして信用されていないんだ?

 エメリアなら温かく『おかえり』と言ってくれると思っていたのに、どうして俺は怒られた上に疑われているんだ?



「嫁だと言い張る癖に、俺を信用してないんだな」


「そんなこと無いのじゃ! 余はただ、真実を──」



「真実、ねぇ? 全部本当のことなのに、信じてくれないのかぁ。はぁ......もういいよ」



 言いたいことは分かるさ。何も言わずに街の外に出た俺を責めたい気持ちは分かる。でも、それで俺が何をやったかを信じてくれないのは酷いじゃないか。


 無条件に信用しなくてもいい。だが胸のバッヂを見て気付いてくれたり、服に付いてる僅かな土から信じてくれたっていいじゃん。


 あぁもう! 何でこんなに腹が立つのかなぁ!



「帰る。材料は店の裏に置いとくから。じゃあな」


「ま、待つのじゃ!」


「俺を信じてくれるのは、いつだってミリアだけだったよ」



 そう言い残した俺は、宣言通りに店の修理に使えるであろう石や材木を裏庭に置き、店を去った。


 自分が悪いというのは分かっている。

 分かっている......だけど否定したい。

 自分を理解して欲しい。納得して欲しい。

 飲み込んで欲しい。優しくして欲しい。


 ミリアにもこんな感情は抱かなかった。

 馬鹿みたいに癇癪を起こして、主人にもユーディルゲルにもエメリアにも迷惑かけて。


 段々と自分が馬鹿らしくなってきた。つらいよ。



「はぁ......」



 仕方ない。気分転換に街巡りでもするか。

 散歩はストレス解消にも良いと言うし、歩くのはまぁまぁ好きだからな。


 出来れば誰かと手を繋いで歩きたかったが......丁度さっき、手放してきたばかりだ。


 半分死んだ目で街並みを見てみると、ほぼ全ての建物が石で造られており、灰褐色の景色が目に刺さる。

 レガリア帝国のように木造建築が主流でもなく、レガリア王国のように他国の文化を取り入れた多様な建築技術もなく、正に中世の街並みと言ったところか。


 スタンピードで多少は荒らされたとは言え、死者が片手で数えれる程度に済んで良かった......と思った方が良さそうだな。


 じゃないとエメリアに怒られ......はぁ。



「ムカつく。俺は信じてるのに。どうしてエメリアは」



 俺の言い間違いとは言え、仲間に、家族になったエメリアはどうして俺を信じてくれないんだ? 分からない。仲間は信じ合うから仲間たり得るのだろう?


 自分から言い出した癖に、どうして信じないんだよ。



「子どもみたいだな、俺。アイツは母ちゃんかよ」



 ......待て。今までエメリアがしてくれたことをよく考えろ。

 添い寝をしてくれたり、幻肢痛の時に抱きしめて頭を撫でてくれたり、経験談を話してくれたり......まるで──



「ないない。バカじゃねぇの。アイツが母親は有り得ない」



 でも、想像してみる。

 少し大きくなったエメリアが、俺とエメリアと同じ黒い髪の小さな男の子を膝に乗せて、椅子に揺られながら昔話をする様子を。



「......知らねぇよ」



 知らない。知らない知らない知らない。分からない。

 分かりたくもない。知りたくない。感じたくない。

 理解出来ない。納得いかない。想像したくない。


「うるせぇ」


 うるさい。黙れ。静かにしろ。その口塞ぐぞ。

 理想的。知らない。黙らせる。口封じ。暗殺。



「うるせぇっつってんだろッ!!!」



 思考の裏に存在する感情。その感情の弱い部分が、どんどんと声を大きくして俺の思考を掻き乱してくる。

 鬱陶しい。誰もそんなことを思っていのに勝手に言って大きくしやがって。



「■■、■■■■■■?」


「何言ってるか分かんねぇよ......分かりたくもねぇ」



 もうミリアに会えないのなら、いっそのこと独りになろうかな。

 この世には誰も俺を理解してくれる人は居ない。

 これまで関わった全ての人間のうち、俺を恐れずに受け入れ、信じてくれたのはミリア......と、サティスだけ。


 サティスは暫く......はっ、もう会えないか。

 流石にもうブラコンは卒業してるだろうし、次に俺と会ったら『兄さん』なんて言われるのかもな。


 最悪だ。地獄だ。生きる世界と思えない。



「疲れちゃったよ。何年も、何十年も何百年も何千年も同じ人しか愛せない俺の心は、もう......」



 砂漠。愛情という水を垂らしても濡れることは無い。

 そこにあるのはミリアというオアシスが一つだけ。

 だがそのオアシスは今、見失ってしまったんだ。


 新たに生まれたエメリアというオアシスは、覗いてみればカラッカラに乾いていた。

 砂嵐が巻き起こった今、このオアシスに未来は無い。



「どうしたら......いいんだろ」



 行く宛ても無くほっつき歩いていると、気が付いた頃には日が落ちていた。

 冬の乾いた冷気が肺を刺し、息が白く濁る。

 瞳に溜まった液体も、もしかしたら凍るかもしれない。


 日中の外出に適したこの服も、夜間では薄着だ。

 魔力で覆わないと寒さに凍える気温だが、不思議と魔力を熾す気にもならない。


 もう、このままじっとしていれば......なんて思う。



 そして小さな公園のベンチに座った俺は、何をするでもなく目を閉じた。

 冷たい体も何故か熱く燃えるような感覚で服を脱ぎ捨てたくなるが、もうそんな気力も無い。




 独りにして欲しい。そう思っていると──




「全く、お主という者は......こんなに冷えおって」


「......え?」



 ペタペタと足音を立てて近付いてきた少女は、グッと俺を抱き寄せて熱を伝えた。



「死ぬな、ガイア。頼む。余......いや、エメリアの炎であってくれ」



 寒さとはまた違う、別のものに肩を震わせたエメリアは、溶けるような黒炎の魔力を俺に纏わせ、温めてくれた。

 だが俺は、そんな魔力よりも、エメリア自身の体がとても温かく感じた。


 生存本能だろうか。無意識に手を伸ばし、エメリアを抱きしめていた。



「......ごめん」



 自然に言葉が出た。エメリアへの反抗心も薄れているし、今なら素直に伝えられる。俺が悪かったと。



「そうじゃな。お主が悪い。勝手に街の外へ出て行き、いつまでも戻って来なかったのじゃから。じゃがの、余も悪い。ちゃんとガイアを見ずに信用しなかった、余の浅慮さには自分でも呆れる。すまなかった」


「......ごめんなさい」



 温かい。優しく俺を受け入れ、自らも律するその芯が通った炎が、今の俺に必要なものだったんだ。



「いいのじゃよ。これからは余が傍に居るからの。ガイアがつらい時は余もつらいし、余が楽しい時はガイアも楽しんで欲しいのじゃ。強欲かもしれぬが、人とは強欲な者なのであろう?」


「......うん」


「じゃから、ガイアも欲を出すのじゃ。お主もまた人の子故、求めるものは口に出すがよい。まずは余に言うてみぃ」



 優しく包み込むように抱きしめたエメリアに、俺は1つずつ、己の根源にある欲望を絞り出す。



「もっと......抱きしめて欲しい」


「うむ。余が沢山抱きしめてやろう」


「もっと一緒に話して欲しい」


「勿論じゃ。くだらない話も余は大好きじゃ」


「一緒に遊びたい」


「いつでもよいぞ。時間なぞ有り余っておるからな」



 もう無いよ。それだけのものを無償で渡されて、満足しない俺じゃない。沢山受け取らせてもらった。



「なんじゃ、もう満足したのか? 無欲な奴め。物欲も金銭欲も、性欲も無いのか?」


「......今はいい。大切な人と同じ時間を過ごせたら、それで」


「はぁ。謙虚は美徳。無欲は悪徳。お主の求める欲は、他の人間の思う欲にしてみれば、浅すぎて話にもならぬ」


「別にいい。俺は俺だから」



 これでも俺は我儘だと思っている。自分が何かをしたい時、それに誰かを巻き込む時、誰かの時間を頂いていることを忘れるなと、そう育てられたから。


 ガイアという1人の存在を作る要素なんだ。



「全くお主は......そういうところが好きなんじゃ」



 再度、俺を強く抱きしめたエメリアは、『もう帰ろう』と子どもに告げる母親のように、俺へ手を差し出した。


 その手を取った俺は、若干歩幅をずらしながら領主邸へと歩いたのだった。


次回 ガイア、働く。デュ○エルスタンバイ!


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