第7話 来訪者
「ミリア。そろそろ家の改築をしないか?」
「それもそうね。ガイアは木を集めてきて」
「はいよ〜!」
異世界生活200年目。
普通の人間ならとっくの昔に細胞分裂を終えて死んでいるはずの俺の体は、未だ10歳の姿で生きている。
それと森での暮らしが安定し始めた頃に、俺と精霊は、お互いに新たな名前を付け合った。
俺が精霊に贈った名前は『ミリア』
家族という意味の『ファミリア』から取って、ミリアだ。別に深い意味は無い。俺がミリアのことが好きで、家族になりたいな〜なんて1ミリも思ってない。うん。
逆に、ミリアが俺にくれた名前は『ガイア』
ミリア曰く、『この森を作った主だから、大地を意味するガイアから取った』とのこと。俺とは違い、粋な名前を付けてくれた。
そして俺達の間で完全なマスコットになっていた安部くんは、今じゃ毛の色も銀色へと変わり、体高が5メートルはある、大きな熊さんへと成長している。
可愛かったあの頃の面影は消え、今ではカッコイイと思える姿だ。
そんな、この森での生活に慣れた俺は、拠点となる家の改築を提案した。
「今のボロ小屋でも十分だけど、もう100年も使っているせいで木が死ぬ。俺の魔力湖が近くにあるせいで水気もあるしな」
『ガルゥ! グルグル、ガル?』
そろそろ朽ちそうな巨大樹の前に着くと、同伴者の安部くんが俺の傍に寄って何かを訴えてきた。
「ん〜? 重そうなら手伝ってくれるって?」
『ガルガル!』
「あ、違うの? でも手伝ってくれよ? 重いから」
『ガルゥ......』
首をブンブンと振って否定した安部くんは、無慈悲な俺の言葉によってテンションを急降下させた。
「じゃあやるぞ......森の木よ、ありがとう」
俺は目の前に出した魔力を薄い氷の板に変形させると、直径10メートルはありそうな巨大樹の幹をスパッと斬ることに成功した。
これはこの200年、毎日毎日試行錯誤を繰り返した果てに完成した、究極の伐採魔法だ。
名付けて『刈り氷』! 別にかき氷のパクリじゃないから! 断じて!
「うぉっととと、安部くん。その爪で切ってくれる? 大体......そうだな。128等分くらいにしてくれ」
『ガ?』
「ごめんごめん、嘘だよ。8等分でお願い」
『ガル〜♪』
怖い怖い。温厚な安部くんを怒らせてしまえば、俺は頭からマルっと飲み込まれるだろう。幾ら昔から一緒に居るからと言っても、親しき仲にも礼儀あり、だ。
そうして長さ50メートル、幅2.5メートルの木材がその場に出来上がった。
「流石だ安部くん。じゃあ、そっちの4つは持ってね」
『ガウガウ』
「残りは俺が運ぶから」
安部くんは2本足で立つと、両脇に2本ずつ木材を持ち、人間のような後ろ姿で拠点へと帰って行った。
「では俺も頑張りますかな」
──身体能力、強化
「よいしょ、っと」
俺は筋肉の細胞という細胞に魔力を大量に送り込み、血の代わりに魔力を巡らせて全身を強化し、4本の巨大な木材を肩に担いだ。
そして、えっほ、えっほと言いながら拠点へと運んだ。
「ミリア〜、持ってきたぞ〜」
「お疲れ様。それじゃあ骨組みは作るから、ここからは魔法無しで頑張ってね」
「ほいほ〜い」
ここから......それ即ち、壁となる泥の作成と運搬、そして塗り固めなどの行為を、魔法によるアシスト無しで行おうということだ。
こうすることにもメリットがある。
それは、純粋な肉体の強化だ。
魔法に頼ってばかりでは肉体が脆くなり、健康面にも多大な影響をもたらすとミリアが言うので、俺は魔法に頼らず、筋肉を鍛えている。
そして時たま、こうしてミリアから注文が入るのだ。
「安部くんはここで穴を掘って待ってて。水は俺が運ぶから」
『ガル〜』
俺は泥を魔法の炎で焼いて作った水瓶を持ち、日が経つにつれてどんどんと大きく、深くなる魔力の湖から魔力を水瓶に掬うと、足がフラつく程の重さに耐えながら安部くんの元へと帰った。
「よい、しょ」
ダバーッと安部くんの掘った穴に魔力を入れると、次は掘った際に出来た土の山から土を入れ、足で踏み踏みして泥を作った。
この泥は魔力が多量に含まれているので、通常の水と土で作る泥の1,000倍は強度が高いとミリアが言っていた。
何でも、水の傾向が強い、俺の持つ空色の魔力との相性が非常に良いそうだ。有難い。
「はい、完了! 後はこれを骨組みにペタペタするだけだな!」
「えぇ。頑張ってね、ガイア、安部くん」
「任せてくれ」
『ガルゥ!!』
ミリアが作ってくれた家の骨組みは、『もうそれ家じゃね?』って言えるほど柱や梁が組み立てられており、肝心な壁を塗る部分も、細いが丈夫な木材で格子状に補強されており、泥も簡単に塗れる状態で用意してくれた。
いつも思っていることだが、ミリアには感謝しかない。今の俺達に必要な衣食住、その全てに於いて助けてもらっている。
ミリア、そして安部くん。ありがとう。
──王さま、王さま!
──魔王、来た。魔王が来たよ王さま!
──きゃ〜! に〜げろ〜!
安部くんと一緒に壁を塗っていると、頭上に3羽の魔物の鳥がやって来て、魔王の来訪を伝えてきた。
「ありがとう皆。にしてもこの時期に来るなんて、何があったんだ?」
『ガルゥ?』
「安部くんも分からないみたいね。まぁ、私達に差程影響は無いでしょ」
「だと良いが......」
そんな話をしつつ作業を進めていると、急激に空が黒く染まり始めた。
あぁ、コイツ、かなり切羽詰まってるな。大丈夫か?
そう思い、後ろへ振り返ると──
ザッパァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
空色の魔力の湖に、黒いオーラを纏った何かが不時着した。
「おいバカ。何してんだ」
「モガガガガ! ボゴ、ボゴガガガガ!!!」
何かを喋りながら湖から出てきたのは、身長180センチはあろう、黒い髪をした超絶イケメン男子だ。
「やぁガイア! 2週間ぶりだね!」
「だな、ゼルキア。今日は何の用で来た?」
この男の名前はゼルキア。
ミリア以外で初めて、俺に理解出来る言語で話してくれる人だ。そして俺の、大切な友人でもある。
「おい、僕は魔王だぞ。もっと敬え」
「へ〜? お前ん家の飲み水、確か俺の魔力湖から持って行ってたよなぁ? ふ〜ん、そんな態度取るんだ〜」
「ハッハッハ! 何を言っているんだ? 嘘に決まっているだろう? 僕は湧き水を使っているだけ──」
「ア゛?」
「すみませんでしたガイアさん。いえ、ガイア様」
「よろしい」
調子に乗ると止まらなくなるゼルキアを黙らせた俺は、ミリアに即席で作ってもらった4人分の土の椅子に座った。
そしてゼルキアは席に着いた途端、真剣な顔で語り出した。
「近々、勇者が来る」
「......何か問題が?」
「僕、死ぬと思う。だから怖いんだ」
酷く怯えた声で語るゼルキアに、俺達は息を飲んで聞くしか無かった。
「つい先日、魔王城の60キロ先で勇者パーティが目撃されてね。もう2,000人ほど、僕の国民が殺されたんだ」
「「に、2,000人!?」」
『ガルルルゥ!?』
「あぁ。僕の領土はここから遥か西......あっちは今、夜だね。住民の避難をさせながら、分身体でここに来たのさ」
「だから着地ミスったのか」
「そうそう。全力で分身体を投げ飛ばしたんだけど、力加減を間違えちゃった☆」
テヘペロ! と、そんな言葉が似合うように舌を出したゼルキアだったが、今はもう、空元気にしか見えない。
「だからね、僕。君に......ガイアに遺言を遺そうと思って来たんだ」
ゼルキアの言葉を聞き、ミリアと安部くんが席を外そうとしたが、ゼルキアは止めた。
「君達にも聞いて欲しい。そしてどうか、後世に伝えて欲しい」
「それは私達に人里へ行け、と?」
「違う。忘れないで欲しいと言いたかったんだ」
「......そういうことなら」
一瞬だけ怒気を出したミリアだったが、ゼルキアの正直な言葉を聞いて席に戻った。
「では、僕の遺言を伝えるね。
僕の親友、精霊樹の森の主、ガイア。君には幸せに生きて欲しい。そしてガイアの仲間である、ミリア、安部くん。君達はどうか、ガイアを幸せにしてやってくれ。
以上だ」
「「..................は?」」
『ガル?』