第68話 強欲な少年
「......んぁ、寝てた」
「起きたか。幾ら強くても、今は子どもの体だからな。回復に多大な睡眠を要するのだろう」
ふと目が覚めると、ユーディルゲルとスタシアさんが模擬戦争をしており、俺に気付いたユーディルゲルが声を掛けてくれた。
「スタシアさん、右のナイトを後ろに引かせて。じゃないと次の3手で負ける」
「え? 確かに。よく分かるわね」
「ん......でもユディはもうちょい先読んでます。後は......ふわぁぁ。頑張ってください」
起き上がろうとしたがエメリアが乗っているので諦め、毛布に包まりながら脱力した。
寝息を立てるエメリアから落ち着く香りがする。
懐かしいな。ミリアが膝枕してくれた時も、同じような香りがしたんだ。
「......なんじゃ、もう起きたのか?」
「今さっきな......あまり動かないでくれ。擽ったい」
ぺたっと俺に抱きついたまま力を抜いたエメリア。
俺も脱力出来ているし、エメリアもリラックスしている。今の状態がお互いにとって一番楽な体勢だな。
「ガイアさん。エメリアは重くないのかしら?」
「お、お主! 女であろうに何故「重くないですよ。デリカシー云々の前に、俺の筋力で子ども1人くらい余裕です」......お、おぉ」
暴れるエメリアの頭を鷲掴みにして落ち着かせた。
スタシアさんは純粋に俺を心配していたようだが、悪意無き言葉が全て、エメリアの心に刺さっていたな。
普段から鍛えていてよかった。ダラダラと生活する為にも、ある程度の筋力は必要だしな。
「チェックメイトだ。また私の勝ちだな」
「あ〜......参ったわね。流石だわ」
「ありがとう。楽しませて貰ったよ。さて、そろそろ夕飯の時間だ。3人とも降りる用意は出来てるか?」
「私はいつでも」
「余も〜」
「俺も〜」
「じゃあ行こう。頭を使ったから空腹だ」
次々と執務室を出て行く中、俺は模擬戦争に魔力を注いで箱に戻し、両手に持った。
懐かしいのに、どこかあの時と違う感覚がする。
何百、何千時間と遊んだこのゲームに、違和感を覚えるのは何故だろう。やはり、ダンジョンで出て来たから?
でも、もしかしたらこれは神からの贈り物かもしれない。自意識過剰になるが、あの地獄の人生を歩み続けた俺に、『もういいんだよ』と言われているような、そんな気がする。
「ガイア〜? 行かぬのか〜?」
「今行く!」
これまでの経験と共に模擬戦争を影に仕舞い、俺は皆を追い掛けて食堂へと向かった。
◇ ◇
「ユディ、寝る前に申し訳ないが、仕事を紹介してくれないか?」
夕飯やシャワーなど、諸々を済ませた俺はユーディルゲルの部屋に足を運んだ。
短期間とはいえ、滞在するに当たってそろそろ仕事をしないとと思ったんだ。俺は大抵のことが出来るし、仕事はあると踏んでるが......
「魔物討伐と復興の手伝い、行商人の護衛。どれがいい?」
「全部やる」
「バカだな。まずは復興の手伝いをして住民と触れ合え。その後に魔物を討伐し、信用を勝ち取ってから護衛だ」
「そうする」
「では明日、街の南西にある武器道具屋の手伝いをしてこい。あそこは半壊している程度だから、お前なら1日もあれば十分だろ?」
ニヤッと口角を上げながら圧を掛けるのはやめろ。
店の構造が分かれば、それこそ数分から数十分で修復は終わるが、多分設計図とか無い......よな。
よし、取り敢えず明日は南西の武器道具屋に行こう。
「感謝する。じゃ、おやすみ」
「どれだけ寝るつもりだ? まぁいいが。おやすみ」
ユーディルゲルから簡易的な地図を貰い、俺は部屋に戻った。
大きなベッドは既にエメリアが寝ており、すぅすぅと可愛い寝息を立てている。起こすのも悪いのでベッドの縁に座り、目を閉じた。
「魔法でも創るか」
今日は寝過ぎた。もう寝る気が起きない。
戦帝騎士になる前、眠れない時はいつも魔法を創っていた。
誰かの役に立つ魔術ではなく、自分の為だけの魔法。
簡易的な詠唱で織り成される魔法は、陣を刻み魔力を編む魔術師に嫌われていた。
「散れ・星屑」
月明かりの差し込む仄暗い部屋の中に夜空が舞う。
自分の魔力を1つの塊にし、その塊から取り出すように小さな魔力を空間に浮かべる。
天の川に似た星の集まりは、俺の魔力制御が甘いばかりにくっ付き、融合してしまう。
「すぅ......落ち着け」
部屋に浮かぶ、数百万の魔力の粒一つ一つに意識を向けて、決して星が融合しないように動かす。
「......綺麗じゃの」
集中して制御していると、大人しく寝ていたエメリアが起きてしまった。俺は彼女を起こすまいと静かにやっていたのに、チカチカさせてしまっては無意味だったな。
「ごめん。起こしたか」
「よいよい。それよりも綺麗じゃ......」
俺の傍に来て膝に枕にしたエメリアは、ウットリとした表情で天井の星々を眺めた。
「そんなに綺麗か? 外の方が綺麗だろ」
「いいや。本当に綺麗じゃ......お主の瞳が」
体を起こして俺の頬を両手で挟むエメリア。その瞳に映る俺の両眼は、淡く空色に輝いていた。
どうやら俺は、集中しすぎるあまり目から魔力が溢れていたらしい。エメリアが綺麗というのも分かるくらい、幻想的な輝きだ。
「吸い込まれそうな魅力じゃ。お主は一体、その瞳で何人の女を落としたのじゃ?」
「......さぁな。分かるだけで3人としか」
「ミリアと、余と......誰じゃ?」
「ツバキさんだ。大陸では3人しかいない、冒険者の頂点に立つ人だよ」
「ほう。斯様な者も籠絡したか」
「人聞きが悪いな。その口、塞いでやろうか?」
「やれるものならやってみよ」
蠱惑的な瞳を輝かせ、そっと俺に近付くエメリア。
俺はそんなエメリアの頬を両手で挟むと、むぎゅ〜っと押し潰してやった。
「ふぁみむるおゃ!」
「お前の理想的な塞ぎ方はミリアにしかしないんだよ。お前はもう寝ろ。俺は鍛錬してから寝る」
そうして一悶着あってから鍛錬を続け、仮眠を取る程度に休みを挟んだ。
◇ ◇
「おはようございます。ユーディルゲルに紹介されて来ました、ガイアです」
「ユーディルゲルって......領主様か?」
「はい。仕事をくれと言ったら、ここの鍛冶道具屋の復興の手伝いをしろと言われたので来ました」
朝になり、早速ユーディルゲルから貰った文書を持って武器道具屋に来た。店の前面がオークに殴られたように崩れており、付近の道がボコボコに凹んでいる。
これは酷いな。早く修繕しないと。
......あ、違うわコレ。
ボコボコになってるのは俺の魔法のせいだ。
「手伝い、感謝する。そちらのお嬢さんは?」
ドワーフの主人が文書を読み終えると、俺の横に立っているエメリアの存在に疑問を抱いた。
「余も手伝いじゃ。そこらの者より力はあるからの。ガイアの次に使えると思え」
「ハッハッハ! そいつァいい心構えだ」
「む? 信じておらぬな?」
そりゃあ信じる訳無いだろ。
女の子が1人追加でやって来たとして、どちらも子どもの外見なのに力があるとは思えないからな。
魔力を見れる者でもない限り、俺達の質に気付く人は居ないっての。
「それで、仕事はどうしましょう? まずは道の穴でも塞ぎますか?」
「兄ちゃん、土の魔術が使えるのか?」
「まぁ、そこそこ。どうします?」
「なら頼むよ。嬢ちゃんはこっちで荒れた小物の片付けを手伝ってくれ」
「分かったのじゃ。ではガイア、また後での」
「ほいほい」
頭を撫でてエメリアを送り出した俺は、店の外で地面に手を付いた。
平に均された地面の上に並べられた石材。その至る所に出来ている無数の穴。それら全てを細かい魔力の糸で見付け出し、仮として魔力で埋める。
どうせだから街全体の道の舗装をしてしまおう。
「うん、土が足りないな。作るのもいいが、ここは持って来た方が無難か」
魔力で作った土より、天然の土と石の方が自然と馴染みやすいからな。ちょっと街の外に出て、山を少しだけ頂いて来よう。
「強化、強化、強化。自分を中心に壁を作って......フッ!」
バァァァン!!!
そんな炸裂音を立てて飛び上がった俺は、一瞬だけ生成した魔力の壁を蹴り、山へ向かって猛スピードで飛んで行く。
普通に歩く速度を鳥の飛行と例えれば、俺はジェット機並の速度で山に着いた。
「ちょっと貰って行くぞ。森には被害を出さないから、許してくれ」
近くに生えている木にそう語りかけ、俺は山の一部分を魔法で細かく抉り出すと、影に収納していく。
これから森が広がる場所の土は取らず、出来る限り森から遠い場所の岩石を頂いた。
『ガルルルルゥゥゥ......』
「おはよう狼クン。サイクロプスの肉をやろう」
十分な量を取り合えた頃、中央大陸で見るフォレストウルフの大きな個体が俺を威嚇しに来たので、旅の道中で余った肉を分けてあげた。
最初は鼻で肉を突いた狼だが、食べられる物と判断した途端に肉を持って走り去った。
「住民に被害を出す前に倒さないといけないよな......いや待てよ? あの狼を手懐ければ、群れ全体をコントロール出来るのでは?」
あの個体は間違いなく他の狼より大きいだろう。
するとアイツは群れのボスである可能性が高く、もし引き込めれば魔物の駆除に役立つかもしれん。
「よし、追うか。セナには悪いが、ちょっと狼のボスになってくる」
滞在中のちょっと変わった生活をお送り出来たらなと思いままままます。




