第67話 最強vs最狂
1億円落ちてないかな〜と思う毎日です。
「ほう、そして50層はドラゴン2頭か。よく勝てたな」
「ホントにな。しかも雌雄でセットだから、連携取ってくるんだよあのクソトカゲ。マジで死ぬかと思った」
もう報告する項目も最後の1つとなり、1番の目玉であるドラゴン戦の話になった。
俺が戦ったドラゴンは、白い鱗の個体と青い個体のドラゴンだ。どちらも基礎能力が高く、扱う魔術も尋常ではない威力を誇っていた。
その証拠に俺の指と肩。そして左眼が無くなったんだ。
「本当に助かった。礼を言う」
「いいっての。恩を売れたし、ラッキーだったよ」
「ハハ、ではラッキーついでにアーティファクトを」
「これだ」
俺は最後に開けた宝箱の中身を、アーティファクトで溢れる机の上に置いた。
針と言うには太すぎる、乳白色の大きな牙。
忘れもしない、俺の指を噛みちぎる威力を誇る、ドラゴンの牙だ。
「龍牙か! それも穿牙じゃないか!」
「せんが?」
「穿つ牙と書いて、穿牙だ。これはドラゴンの顎の先端にある、最も力が強い、人間で言う奥歯にあたる物だ。他の牙より鋭く、頑丈で、並の金属なら砕ける代物だ」
「あぁ、そりゃあ指持ってかれるわな」
身体強化をした俺の体でも、ドラゴンのパワーならアッサリと噛みちぎられてしまう。人間なんかより遥かに強いドラゴンの、最も強い牙ともなれば......
でもこれ、何に使うんだ? 武器の素材か?
「使用用途は観賞用か?」
「本当は気付いてるだろう? お前の頭なら」
「鍛冶師も加工師も知らないぞ」
「紹介しよう。ドワーフの職人だ。至高クラスのな」
ドヤ顔で投げ付けられた皮袋の中に、魔物討伐の報酬金がたっぷりと入っていた。
至高クラスか......レガリア帝国の鍛冶師に付けられるランクで、最高階級の鍛冶師を表している。
まぁ、腕が良い分、掛かる費用が凄まじいんだよな。
「優秀じゃないか。予算は......いいや。武器も刀で満足してるし、この金は家族の為に使う」
「好きにしてくれ。お前の金だ」
メイドを雇いたいんだ。
アンさんを筆頭に、ちゃんとした給料で働いてもらいたいから、今後の為に取っておかないと。
「戦利品は以上か。よく生きて帰ってきたな、ガイア」
「ありがとう。ユディに褒められるとは、存外悪くない」
小さく笑い合って片付けを始めると、ユディはメイドに手伝うよう言ってくれた。
暫く2人で整理していると、俺は黒い箱を見つめた。
俺が入手したダンジョンの宝箱の中身は、地球の産物だけでなく、レガリア時代の物まで入っている。
その筆頭がこの箱で、魔力を注ぐと箱が開き、とあるボードゲームを遊ぶことが出来るんだ。
「なんだ、やりたいのか?」
「ん〜......ちょっとだけ」
「私はとてもやりたいがな。実は私も持っているんだ、模擬戦争」
「じゃあやろう今すぐやろう早くやろう」
机の上を急いで片付けた俺は、箱に魔力を注いだ。
これがレガリア時代最高の魔道具師と魔術師が集まり、騎士の戦略的頭脳の強化目的として作成し、民衆の娯楽にもなった遊戯。
「《開戦を告げる》」
箱が展開されると、縦横8列のチェスボードが現れた。
模擬戦争。そう名付けられたこの箱は、レガリア帝国の技術の粋が集約した、魔法のチェスだ。
色や基本的なルールは同じだが、殆ど駒の名前が変わっている。
「本当に好きだな。戦帝騎士の頃と変わらない」
「だって楽しいんだもん。小さな戦争ってさ」
「お前の相手を出来るのは私くらいだしな」
ユーディルゲルは羊皮紙を引き出しに入れると、席を立ってメイドに何かを伝えた。
紅茶のお代わりならまだあるし、2人にしようとしてくれたのかな。
そうしてユーディルゲルの準備を待っていると、執務室にアンさんを含めた数人のメイドと執事、そしてスタシアさんとエメリアまでもが入って来た。
コイツ、まさか見物人を呼んだのか?
「さて、やろうか。最強と言われた私と、最狂と言われたガイアの戦いを」
「趣味悪いな......まぁいい。先手は譲る」
「ほう......」
ユーディルゲルが悩んでいる間、チラッと使用人の表情を伺ってみると、揃って苦い顔をして盤面を見ていた。
どうやら、この場に居る仕様人達は皆、ユーディルゲルにボロ負けした経験があるようだな。
「ガイア、これは何じゃ?」
「ゲームだよ。チェスに魔術の要素を追加した、盤面上の戦争」
「なるほどな。膝の上に座って観てもよいか?」
「ど〜ぞ」
エメリアは俺の膝の上に座ると、盤上の駒を見て何かを考え始めた。
ルールはチェスと少し違うが、少し難しいからな。
独自の解釈と本当のルールの違いを見付け、楽しむつもりなのだろう。
さぁ、ユーディルゲルの思考が終わった。戦争の始まりだ。
「騎士団、兵士と共に1歩進軍」
ユーディルゲルが駒に指示を出すと、ペガサスの駒と甲冑の駒が同時に1マス進んだ。
これが騎士団の特性、隣接する兵士を1つ、動かせるというものだ。
「魔術師、皇帝に防御魔法」
「......読まれてたか」
「高速締めなんて面白くないだろ? 保険だよ保険」
杖を持ったローブ姿の駒が杖を掲げると、チェスで言うキングに値する駒に、オレンジ色の光を浴びせた。
これは一度のみ、効果を受けた者のダメージを無効化するというものだ。
このゲームは、魔術師が鍵と言っても過言ではない。
「ウィザード、前線のオーダーに防御魔法」
「暗殺者、オーダーの剣を使い、マイルを討て」
ルークのポジションであるる、盤上の小さな駒。暗殺者は、上下左右のマス移動に制限が無く、騎士団の周りに浮く剣を使って敵の駒を破壊出来る。
但し難点があり、自身の駒に隣接する2マスに敵の駒があると──
「アサシン、横を取れ」
「んにゃ〜、自害してもうた〜」
そう、自害する。
本来の意味は『敵に囲まれたら攻撃でも逃亡でもなく、誇りを持って自害する』というが、慣れたプレイヤーは『恥ずかしがり屋』と呼ぶ。
フードを被った姿だし、可愛い駒なんだよな。暗殺者。
「面白い。まるで本物の戦争じゃな」
「だろ? 俺のお気に入りなんだ。オーダー、マイルを連れて1歩前進」
口角を上げて盤上を見つめるエメリアの目は、ただの観客者から一転、戦場の先を読む指揮官の目をしていた。
さて、前座は終わりだ。ここまでは言わば、形式的な打ち合いだ。パーティで自己紹介をするようなもの。
ここからは本当の攻め合いになる。
頭を使って相手のカイザーを落とす、殺し合いだ。
「ウィザード、アサシンに防御魔法」
「クイーン、アサシンに誘惑」
クイーンの持つ能力、それは敵の誘惑。
誘惑された相手の駒がクイーンでない場合、2手の間動くことが出来なくなる。
また、これは自分のクイーンも同様に動けなくなる。
「......オーダー、マイルを連れて1歩進軍」
「ウィザード、マイルを討て」
「オーダー、ウィザードを討て」
「アサシン、オーダーを討った後、剣を回収」
ユーディルゲルよ、何故俺のクイーンを討たない?
久しぶりの戦いのせいで、焦っているのか? 良くないな。本当に良くない。
焦りは禁物だと、あれほど学んだというのに。
あぁダメだ。自然と口角が上がってしまう。
模擬戦争をやると、ついつい俺が狂人と言われる所以が出てきちゃうんだよな。抑えないと。
「アサシン、投擲でクイーンの元のアサシンを討て」
暗殺者の便利な点、その2。
前方に居る駒が誘惑中に限り、持っている剣を投げて敵を討つことが出来る。しかも、1手の判定内だ。
これはあまり使われない仕様だが、俺はよく使う戦法だ。
「何ッ!? そうか、前を見て......ウィザード、クイーンを討て」
「はい残念。アサシン、ウィザードを討て」
「オーダー、相手のオーダーを討て」
「カイザー、オーダーを討て」
良いね良いね。肉を切らせて骨を断つが出来ている。
それにしても、ユーディルゲルがクイーンを動かさない理由が分からないな。
最後の最後で誘惑するクイーンか、ただのニート女王か見極めねばな。
「カイザー前進」
「ほ〜ん、アサシン、カイザーの元まで引け」
「......不味いな」
危ないねぇ。相手のカイザーにウチの恥ずかしがり屋さんを殺させる訳には行かないのでね。
1人は自害しちゃったけど、もう1人は頑張って生き残ってもらおうかな。
「オーダー、マイルを連れて前進」
「ウィザード、アサシンに瞬速魔法」
「マイル、ウィザードを討て」
「アサシンちゃん、そこに居るオーダーとマイル、やっちゃって」
暗殺者が物凄いスピードで動き回ると、カイザーの目の前まで来ていた相手の騎士団と兵士が木っ端微塵になった。
これがウィザードの使える2つの魔法のうち、2つ目にあたる瞬速魔法だ。簡単に言うなら、1ターンに2回行動出来るようになる。
「クイーン、オーダーを誘惑」
「アサシン、ウィザードを討て」
もう終盤戦だ。お互いの魔術師は全滅、相手のアサシンに防御魔法が掛かっており、俺のカイザーに防御が掛かっている。
実もう、勝敗は分かっている。
だがしかし、仕様人達が見ている前で降参するのは恥ずかしい。そうだろう? ユーディルゲル。
俺が眉を上げて伺うと、ユーディルゲルは静かに頷いた。
「マイル、前進」
「アサシン、クイーンを討て」
「マイル、前進」
「オーダー、マイルを討て」
「カイザー、前進」
「オーダー、アサシンに攻撃」
「アサシン、オーダーを討て」
「アサシン、アサシンを討て。チェックだ」
相手のカイザーは俺のアサシンを討てない。
そして俺のアサシンは、次の一手で相手のカイザーを討てる。
ここでカイザーが斜めに動ければチェックを回避出来るが......残念ながら動いた所でマイルの斜め前だ。アサシンを避けてもマイルにやられる。
「......カイザー、左後方に移動」
「しぶといな。アサシン、マイルを討て」
「カイザー逃げろ。お前なら出来る!」
これは酷い。全軍がやられた上に、カイザー1人が盤面上を走り回る姿なんて誰が見たいんだ。
潔く死んでくれよ、全く。
「アサシン、カイザーを討て。チェックメイト」
「あぁぁぁ......私のカイザーがぁ!!」
ユーディルゲルのカイザーが討たれると、今回頑張ってくれた駒達が剣を掲げて喜び始めた。
そしてMVPとも言えるアサシンが俺の前まで走ってくると、小さくお辞儀した。
「可愛いのぉ」
「可愛いよなぁ。これだから暗殺者プレイはやめれねぇんだ」
アサシンだけなんだ。プレイヤーにお辞儀をするの。
戦場をトコトコと走り回って敵を討ち、勝利を喜びながらプレイヤーに礼をするなんて、推さない手は無い。
囲まれやすい序盤によく死ぬアサシン故に、最後まで残った時の動きが他と違うんだ。
製作者達よ......ありがとう。
「ユディ、最後は何で逃げ回ったんだ? らしくない」
「憶えてないのか? 神国とやり合った時、逃げ回る教皇相手に追いかけ回したじゃないか」
「......趣味悪いな、お前」
「ニッコニコで追いかけ回してたガイアに言われたくないな」
まさかあの戦争を再現するとは。
そう言えばあの時、最初に送り出した俺の暗殺者達が帰って来なかったな......まさか?
「今の試合が、私とガイアが戦った神国との戦争だ。実際の帝国はここまで被害を出していないが、それは私とガイアで敵を殲滅したからだ。だが概ね、戦いの流れは同じだということを知ってくれ」
やりやがった。仕様人達に説明する為だけに、最初からこの流れを組んでいたってか。
試合に勝って勝負に負けた気分だ。
やり場のないこの気持ちをどこかにぶつけたいが、俺は必死に押し殺して感情を無にした。それからエメリアの肩に首を置いて目を閉じた。
「どうしたのじゃ?」
「別に。ただ......ちょっと疲れただけだ」
「あれだけ寝たというのに、まだ寝るのか?」
「寝る子は育つんだよ。それにちょっとだけだ」
俺はソファに背中から体重を掛けた。
すると、エメリアも俺に体重を掛ける形でリラックスし始めた。
少し休憩だ。アーティファクトの使い方とかも学んだし、脳を休ませないと。
◇ ◆ ◇
「面白い戦いだったわ、ユーディルゲル。私と1回どう?」
「スタシアが乗り気とは珍しい。ではやろうか。マリー、すまないがあの二人に毛布を掛けてやってくれ」
「かしこまりました」
観戦していた使用人の殆どが業務に戻る中、マリーは毛布を取りに部屋を出る。先程の試合を思い出しながら歩いていると、部屋の前で毛布を抱えたアンと出会った。
「マリーさん、どうしたんですか?」
「い、いえ......私はユーディルゲル様に言われて毛布をと」
「ではこちらを。私も必要になると思った次第ですので、どうぞ」
半ば押し付けられる形で毛布を渡すと、アンはパタパタと小走りで去ってしまった。途中で髪の乱れを気にする素振りを見せた。
きっと、今までのアンを知っている者なら誰もが首を傾げる光景だ。
「......ホント、変わったわね」
彼が来るまで、アンは言われたことをするメイドだった。空いた時間は仕事の精度を上げることに費やし、自分個人のことは何もしない子だった。
今はもう、引退したメイドには、『お人形さん』とからかわれることもある程だ。
「世界でたった1人のリリスの子。大変だと思うけど、頑張ってね」
新人の頃からアンの面倒を見てきたマリーにとって、彼女の変化は嬉しい。だがしかし、同時に寂しさも覚えてしまう。
「先輩が辞めることはあったけど、後輩が辞めるとはねぇ......」
「どうしたんですか〜?」
「エリー。ふふっ、アンが行っちゃうと寂しいと思ってね。あの子があんなにも明るく輝ける場所なら、送り出さなきゃなんだけど......でも......」
毛布にかからないように顔を背け、感情の塊を零す。
アンと同じ年に入って来た、同期のエリーもまた寂しく思うが、マリー程のショックは受けていない。
「アンは言ってました。『出来ないと思うけど、夢を語るなら普通に恋をしたい』って。ユーディルゲル様のご友人且つ、その方が初恋の相手ならば、アンの夢が叶うということなんですよ」
同期だからこそ言えた、アンの夢。
それが今、現在進行形で実現しているということが、エリーにとって何よりも嬉しいことだった。
「私は泣きません。一緒に切磋琢磨してきたアンだからこそ、笑って見送ります。まぁ、アンが行っちゃってから、わんわん泣くと思いますが」
珍しく笑顔を崩すエリーの瞳は、とても潤んでいた。
まだ暫くは一緒に居れるが、逆を言えば暫くしか一緒に居れない。
30年も共に過ごしてきた仲間の旅立ちは、メイド達にとって新たな刺激となる。
「......じゃあ、行くわね」
「はい!」
いつもの笑顔を取り戻したエリーに見送られて、マリーは執務室へと向かった。
幼子のように眠る2人の顔を見て、微笑みながら毛布を掛けるマリー。きっと、アンがやりたかった仕事だと思うが、主の命である以上、覆す訳にはいかない。
「ミリア......」
ガイアの寝言に小さく笑ったマリーは、ユーディルゲルの傍に付き、スタシアとユーディルゲルの模擬戦争を観るのであった。
★プチ色★
模擬戦争には3つのモードがあり、1手1ターンで動くモードが《開戦を告げる》です。
他の2つには、2手1ターンのモードや、最初から全ての駒をうごかす順番を決め、地獄の読み合いをするモードがあります。
年末まで毎日投稿出来たらいいなと思ってます!
それでは、次回もよろしくお願いします!




