第66話 人は変わるもの
んめっ!
「なぁ、寝お起きに大人が立ってたら怖いよな」
「あのガイアが怖い? 何の冗談だ?」
「うっせ。ハイビスカス酒飲ませんぞ」
「......やめろ?」
昼寝から覚めると、ベッドの横にユーディルゲル、例のメイドさん、そしてスタシアさんとエメリアが立っていた。
傍から見れば儀式のように思えるこの状況。俺はどすればいい?
「のう、ガイア。そのメイドは連れて行くのか?」
「■■■■■■■■■■!」
「通訳エミィちゃん」
「連れて行ってほしいとな」
「そうか......ユーディルゲルはいいのか? 世話になる上にメイドさんまで引っこ抜いても」
俺はメイドさんが欲しい。ガーネット子爵から貰った屋敷の管理を任せたいし、ミリアの手伝いもして欲しいからな。
俺が居ない時に、ミリアを支えてやって欲しいんだ。
「俺としては、アンが構わないなら許可しよう」
「アン?」
「この子の名前よ。知らなかったの?」
「知らなかった。ごめんなさいアンさん」
翻訳エミィちゃんの時に出てきた、アンというメイドはこの子だったのか。
......あ。だからあの時、強く反応したのか。
「■■■■■■■■■■」
「すぐに支度してくるそうじゃ」
「いやいや、今じゃなくていいよ。冬が明けるまで滞在するから、それまではユーディルゲルに仕えてくれ。仕事の後継もあるし、時間が要るだろ?」
エメリアが俺の言った言葉を通訳すると、アンさんは目を輝かせて頭を下げた。
流石にこのまま彼女を引っこ抜くのは、友人以前に人としてダメな気がするからな。
貰ったら返す。あげるから貰うんだ。ギブアンドテイクの精神だ。
俺は軽く服装を整えてからベッドを降りた。
ドアへ向けて1歩進んだ瞬間、ユーディルゲルが一瞬にしてドアの前で立ち塞がった。
「ガイア、仕事の時間だ」
「お、何だ? 街の片付けか? 任せろ」
「報告だ」
「ホウ......コク......ッ!?」
ちょっと待って欲しい。いや、待ってくれ頼む。
俺は昔から、本当に昔から報告作業が苦手なんだ。
自分がやったことを再現するのは出来るが、それを言語化して伝える才能が全く無い。
騎士の時も、ずっとユーディルゲルか部下に投げていたからな。
「ダンジョンでどんな魔物を倒してどんなアーティファクトを拾ったか、細かく教えてくれ」
「......アーティファクトとは」
「5階層毎に出る強力な魔物を倒した際、宝箱が出現しただろう? その中身だ。世間では皆、『異界の遺物』と呼んでいる」
「なるほど」
俺が拾ったステンレスの氷とか、電......動マッサージ機のことだな。オーケーオーケー。
いや待てよ? 大抵は地球の産物だから使い方が分かる。それ故に製品の説明とかするなら、一種類だけとんでもない地雷を持っているんだが。
......大丈夫、恥ずかしくない。そのアイテムを使う意味を教えればいいからな。うん。
「さて、では余も話を聞こ「ダメだ」......え〜」
「聞き耳を立てることも許さない。絶対だ」
エメリアが聞いたらブツを狙って恐ろしい事態になりかねない。ここは事前に手を打たないと。
「そんなに重要な物を拾ったの? やっぱり、下に行けば行くほど高価な物だったり、危険物が出るのね」
「......そうですね。スタシアさんはエメリアを頼みます」
「分かったわ。住民の手伝いでもしてくるわね」
そうしてユーディルゲルの執務室に来た俺は、屋敷全体に薄い魔力を張り巡らせ、誰かが盗み聞きしないか厳重にチェックしながらソファに座った。
「ではまず、強力な魔物、ボスから話してくれ」
眼鏡を着け、机に向かって羽根ペンを持ったユーディルゲルが、僅かながら怯えて聞いてきた。
「5層目は手が岩みたいなカンガルーだ」
「タイタンナックルだな。アーティファクトは?」
「これだ。繰り返し使える氷が1つだけ」
「ふむ」
あれ? スラスラと書き進めてる。
もしかしてだけど、この氷は既出品か?
「10層目は植物のデッカイ奴だ。エロ同人誌に出てきそうな、触手や根を操る厄介な敵だった」
「エロ同人誌?」
「復唱するな。何の為に警戒してると思ってる」
「置いておこう。それで?」
「エリクサーだった」
「......10層で、か?」
「あぁ。だがその時の俺は、記念品程度にしか思っていなかった」
大きな溜息をついてから、ペンを走らせた。
仕方ないじゃないか。今まで出来た傷は俺の魔力漬けの薬草で治っていたんだし、薬草こそが至高の医療品だと思っていたからな。
あの時エメリアにシバかれなければ気付かなかった。
エリクサーの存在、そして効能を。
「15層は錫杖を持った女だった。和歌を詠み、聞いたら悪夢を見せるとか言ってきたぞ」
「何ッ!? その女の格好は!?」
「食い付くなぁ。確か、僧侶みたいな服だったぞ」
「僧侶......やはり」
見せられた夢より報酬の方が悪夢だった15層。
重箱に入ってるからワクワクしていたのに、中は飛んだピンクの脳ミソで精神が汚染されかけたぞ。
それにしても、ユーディルゲルの反応が気になる。
俺は出された紅茶を一口飲み、聞いてみた。
「知ってるのか?」
「奴の名は『ナイトメア』。種族としてはサキュバスと同じ、夢魔に属する恐ろしい魔物......いや、悪魔だ」
「ほんほん」
「ナイトメアは一定の姿を保たず、出会う者によって姿形を変え、話し方から知識量までもを操り、相手に悪夢を見せながら殺す」
「怖いな」
別に悪夢が怖いのではなく、詩を聞いただけで眠るその魔術が恐ろしい。
俺は精神が脆いところもあるから、精神攻撃には滅法弱い。
今後の課題でもあるが、果 ゴールは果てしないな。
「奴と出会い、生きて帰った者は数少ない。私を含め、20人のパーティで戦ったことがあるが、生き残ったのは私1人だけだ」
「あ〜、もしかして自分で夢を砕いたか?」
「そうだ。ガイアもか?」
「いぇすいぇす。夢の中に出てきたミリアが、『貴方の彼女よ!』とか言うから、気持ち悪すぎて気付いちゃった。あと、俺の大切な家族の声で覚まされた」
ミリアは『彼女』なんて言わないからな。
絶対に『妻』か『嫁』と言う。或いは『婚約者』か。
恋人以上家族未満の関係と理解しているからこそ、更に距離を縮めようとそう呼ぶのだ。
実に可愛い。少しずつ外掘りを埋める感じが堪らないな。
「やはりか。私も呼ばれたのだ。ステラに」
ユーディルゲルの嫁さんだな。
ステラは医学に精通した魔法使い見習いだったところを、恋に落ちたユーディルゲルが引っ張り上げたんだっけ。
ミリアとも仲が良かったし、旦那想いの良い奥さんだったよ。ユーディルゲルの容態を見た時のあの顔は、絶対に忘れないけどな。
「すまない、思い出させたか」
「いいよ。俺がお前を守り切れなかったのが悪い。戦帝騎士の癖に、ユディを見ていなかった俺の責任だ」
ステラがユーディルゲルの病に気付いた時、彼女は俺を憎んだ。あの憎悪に満ちた人間の表情は、今でも鮮明に憶えている。
──どうしてユディを殺したの?
光を失った瞳で放たれた言葉の重み。
反論しようにも俺の記憶が口に鍵を掛けたんだ。
『早く』『強く』『速く』
あと少し俺が早く行動していれば、ユディは助かった。
あと少し俺が強ければ、ユディは助かった。
あと少し俺が速ければ......
「違うぞ、ガイア。俺は元々、あそこで死ぬ運命だったんだ。お前は最善を尽くし、成し遂げただろ?」
「......改善点はあった」
「いや、無いな。あの時のお前が執った式は、完璧と評価するに値するものだ。戦場に張り巡らされた戦術の網は、帝国最強の魔術師と言うに相応しかった。誇りを持て」
何度も何度も失敗した末に作った戦術だからな。
神国を完膚なきまでに叩き潰すのに、俺は1500回は死んでいる。
そんな俺に、誇れるものは無い。
「変わったな、ユディ。明るくなった」
「そう言うお前は変わらないな。いつも、最善を超える手を探し、それが雲であることに気付いてない」
「ハッ、その気体こそ、俺の持つ期待なんだよ」
「賢さは時に判断を鈍らせる。『適度にバカであれ』そう言ったのはお前だぞ? ガイア」
ぐうの音も出ませんわ。完敗だよ、ユーディルゲル。
まさか自軍を鼓舞する時に言った言葉を使われるとは、過去の俺も捨てたモンじゃない。
ただ、それをユーディルゲルに言われたことがショックだ。
「お前の頭は忙しいんだ。あれもこれもと考え、全てを手に入れる為に自らを犠牲にする。全く......ミリアに泣かれるぞ?」
「うっ......右脚のことは忘れろ」
「無理だな。泣きながらお前の義足を作る姿を見て、私とステラが1番苦しんだのだから」
苦い思い出を蘇らせるのはやめてくれ。
戦争の要である聖杯を盗み帰り、『足1本で済んで良かった』と言った瞬間、ミリアに泣きながらボコボコにされたんだ。
それからは、絶対にミリアを泣かせないよう努力したよ。
「少し休め。今のお前は戦帝騎士ではない。愛する人の為に生きる一人の人間として、休む大切さを覚えろ」
「......はい。それじゃあ、報告を続けるぞ」
「あぁ。こんな話をした後でなんだが、明るく行こう」
「分かりましたよ〜っと。んで20層が──」
俺はもう、間違えないことを恐れない。
かつての戦友にここまで言われたんだ。そろそろ意識を変えないと、本当にミリアを悲しませてしまう。
もしミリアを悲しませれば、それは俺の信条に反する。
何としてでも、元気に帰らないと。
後の紹介にも書きますが、ユーディルゲルはハイビスカス酒が苦手です。過去にガイア達と飲んだ時から、苦手になったそうです。
次回『最強vs最狂』お楽しみに!
ブックマークや評価等、よろしくお願いします!




