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第65話 妥協する転生者



「「ご馳走様でした!!」」


「■■■■■■■■、■■■■■!」



 昼ご飯を食堂で頂いた俺とエメリアは、食後の紅茶を頂きながらのんびりとしていた。



「雪、降ってるな」


「ここに滞在して正解じゃの。あの雪では、余に乗っていないと歩けまい」


「余さん、乗ったらどれくらいの高度でどれくらいの速度で飛ぶと思ってんだ? 俺達の安全面も考えてくれよ」


「余さん......ま、まぁ。スタシアも乗ることを考慮し、ここで待つのは英断じゃと思うぞ」



 顔を逸らしながら紅茶を飲むエメリアは、賢いのか賢くないのか分からない。

 ただし、俺達を早く目的地に連れて行こうとしてくれる、その優しさは感じ取れる。中々に可愛い奴だ。



「ガイア、客じゃ。メイドが来たぞ」


「ん〜?」



 パタパタと足音を立てて、俺の背後に1人のメイドがやって来た。

 この人は確か、さっき指を治療した子だな。

 見た目的に15歳ぐらいか? ツバキさんくらいの身長だ。


 それにしても、何かあったのだろうか。息は切れてるし髪も乱れている。流石にこのまま聞くのも悪いし、一旦休憩させよう。



「どうぞ」


「座れ、と言っておるぞ」


「■、■■」



 俺はメイドさんを隣に座らせると、エメリアにこの子の分の紅茶を頼んでもらった。

 するとこのメイドさんが真っ先に動こうとしたので、左手を掴んで止めさせた。



「君の為だ。君が動いてどうする?」


「......■、■■■?」


「お主が動いてどうする? と言っておる」


「■■■■■■■」


「メイドですから、じゃと」


「じゃあ今だけメイド休業って伝えてくれ。大丈夫、ユーディルゲルにはバレないから」



 アイツは今、街の状況確認や住民への対応でてんてこ舞いだからな。1人ぐらいメイドがサボっても、絶対にバレない自信がある。


 というか、俺が隠し通してやる。



 メイドさんの分の紅茶が来ると、優雅にカップへ口を付けた。

 この人、お茶会の時にも思ったが所作が丁寧だ。

 カップを取る時も戻す時も、ほんの僅かしか音が立たない。



「■■......■、■■■■■■」


「見られて恥ずかしいそうじゃ。ガイアよ、あまり少女を不躾に見るでないぞ? 余なら全く構わんが」


「ちゃっかりすんな。そう言うエミィこそ、この子や俺を不躾に見てるんじゃないか?」


「当たり前じゃ。そのメイドはこの屋敷でも一二を争うほど美しい上に、ガイアは余の旦那じゃ。礼儀など彼方に捨てたぞ」


「そんな君にはこの言葉を授けよう。『親しき仲にも礼儀あり』とな」


「ぐぬぬ......!」



 ティーカップ越しに言ってやると、悔しそうに歯を食い縛った。

 俺は紅茶を飲み干すと、隣のメイドさんを倣って出来る限り音が鳴らないようにカップを置いた。



「うん、良い感じ。執事時代を思い出す」


「執事もやっていたのか?」


「あぁ。伯爵専属のバトラーだったぞ。就任して2年で伯爵が暗殺されたがな」


「人間とは愚かじゃの」



 昔を懐かしみながら語ると、エメリアは紅茶を口に含んだ。


 今がチャンスだ。



「まぁ、その伯爵は横領と違法奴隷の売買に関わっていたから、俺が執事になって情報を流していたんだけどな」



「ぶふぅ!!!! お主はそっち側なのか!!!!」



 エメリアは、盛大に俺の顔へ紅茶を吹いた。

 最悪だ。横を向いて吹くと思ったのに、まさか真正面の俺に吹くとは。



「汚ねぇ。礼儀作法がなってねぇ。なぁ? メイドさん」


「■、■■■?」


「拭く物は大丈夫だよ。魔法があるから」


 

 俺は指先から出した魔力で体を覆うと、付着した汚れを綺麗サッパリ落として見せた。

 ドヤ顔する程の技術でもないし、何ならこのメイドさんも出来ることだから丁寧にやってみたが、釘付けになっているな。


 面白い人だ。

 しっかりしているようで、意外と子どもっぽい。



「ふわぁぁ......眠くなってきたな」


「余が膝枕してやろうぞ」


「いい。昨日大量に出血したから、寝るならちゃんと寝たい」


「む? 『えりくさー』とやらは、血を治せないのか?」


「無理らしい。万能の秘薬と言われてるらしいが、体外に流失したものは戻せないんだとさ」



 昔、とある議論が巻き起こったらしい。

 それは『流失した血を戻すことは出来るのか』という議題で、議論の中心になったエリクサーの効能を思案するに当たって、『流失した血液は時間を戻さない限り、治すのは無理』という結論に至ったのだ。


 って、ポーション大好きユーリ君が寝る前に語ってた。


 ユーリ、元気にしてるかな。1人で寂しくないかな?



「ということでガイア君、昼寝します」


「仕方ないの。余は片付けを手伝うとしよう」


「お、偉いな。頑張れ」


「偉いも何も、世話になるからの。当然の支払いじゃ」



 ......すみませんでした。ユーディルゲルと仲が良いせいで、つい与えられることが当たり前だと思い込んでいた。

 危ねぇ。エメリアが居なけりゃユーディルゲルに迷惑だけかける所だったぜ。



 俺も何か、部屋の掃除とか手伝うか。




◇ ◇




「あの〜、メイドさん? 僕ちん1人で寝たいんだけど......」


「■■■■■■■■」


「だから分かんないんすよ、アンちゃんの言葉。オラァにも分けぇる言葉で伝えてくりゃあしませんかね」


「■■!?」


「はい?」



 自分でベッドメイキングしていると、メイドさんが傍を離れなくなってしまった。

 多分、『それぐらいはメイドがやります!』的なことを言ってるんだろうが、最後に驚いたのが分からない。


 何だろう。魔族語で罵倒でもしちゃったのかな。




「ワタシ、寝ル。ユー、出テ行ク。オーケー?」


「■■■?」


「1人、寝ル。スヤス〜ヤ。オーケェイ?」


「?」



 ダメだ、俺のジェスチャーは効力を失ったらしい。

 回数制限系のアクションだし、これ以上使ってもSP切れで伝わることがないだろう。


 となればここは、強引に押し出すしかない......よな?



「カモンベイビー。こっちおいで」



 そっとメイドさんの手を取ると、部屋の外に出た。

 これで俺だけが部屋に入れば、『貴様は部屋に入るな!』と言いたいんだと伝わるはずだ。



「入っちゃやーよ?」


「■■、■■■?」


「ダメ。熟睡爆睡枯山水するから」



 敢えてバタン! と音を立てて部屋に戻り、ベッドにダイブし、布団に潜り込んだ。

 キングサイズだろうか。俺がゴロゴロしてもスペースが有り余っており、無限の癒しを提供してくれる。


 そうしてベッドの上を転げ回っていると、ガチャり、と音が鳴り、例のメイドさんが入って来た。



 何なの? 新手の嫌がらせか?



 メイドさんは俺と目を合わせると、手に持っている一冊の本を胸の前に見せてきた。


 俺が首を傾げると、メイドさんはベッドの縁に座り、表紙を開く。



「本? 別に絵本を読まないと寝れない子どもじゃないんだけど」


「■■、■■■■■■■」


「がいあ分かんな〜い」



 相変わらず何言ってるか分からない魔族語に脳を溶かしていると、メイドさんはページをじっくり見ながら口を開いた。


 遂に地獄の読み聞かせがスタートするのだろうか。



「だ、い、す、き、で、す」



「......はい?」



 大好き? 台が好き? ダイス、木?

 何が言いたいのか分からないが、その本が人族語の発音について書かれていることは分かった。


 では、後はじっくりと時間をかけて聞こうか。



「あ、な、た」


「はい」


「す、ご、く」


「はい」


「つ、よ、い」


「......まぁ」



 片言でも聞き取れたので、頷いて応えた。



「ろ、う、か」


「廊下?」



 扉の方を指すと、ウンウンと頷いてくれた。

 それにしても廊下か。次の言葉は何だ?



「ち、ち」


「ちち?」



 乳? 男の夢がどうしたんだ? それともファザーか?



「ち、ま、み、れ」


「あぁ......その節はどうもすみません」


「み、た。あ、な、た」


「俺を見た。ほう」


「し、に、か、け」


「それ......フフッ。笑っちまうだろうが」



 ゆっくりと死にかけなんて言われたら、シュール過ぎて笑ってしまう。

 でも、本人は凄く真面目な顔をしているし、ちゃんと聞こう。



「わ、た、し。あ、な、た。みた」


「俺を見たと。うんうん」



 そう言えばダンジョンから帰ってきた時、この人を見た気がするな。冷静に他のメイドを呼んで対処していたし、素直に素晴らしい仕事をしていると思ったぞ。



「し、ん、ぱ、い。した」


「ごめんなさい。もっと早く、エリクサーに気付けば良かったな」


「あ、なた。げ、ん、き、に、な、つ、た」


「元気になつた......元気になった?」



 ゆっくり聞くと、またウンウンと頷いてくれた。

 可愛いなこの人。10人中1万人くらいが可愛いと言うぞ。

 こういうのを小動物系女子と言うのだろうか。小さく頷く姿が小動物を連想させ、保護欲求に駆られる。



「す、ご、い」


「エリクサーの力だけどな。ありがとう」



 マッサージ器や1個しかない繰り返し仕える氷に比べて、あのボスが落としたアイテムは本当に使える物だったよ。


 あの錫杖女、忘れねぇからな。どピンクが。



「か、ん、ど、う。ふ、し、ぎ」


「そうだね。腕も生えちゃったもんな」


「び、つ、く、り」


「ビックリしたよな。迷惑かけてごめんな〜?」



 右腕を見せてやると、メイドさんは俺の手を掴んだ。

 撫でるように手をスライドさせ、俺の腕の筋肉をチェックしてきた。



「ほ、そ、い。ひ、だ、り。ち、が、う」


「......あぁ、左腕より細いと?」


「うんうん」


「そりゃあ半年以上左腕だけを使っていたからな。筋肉も発達するし、左右のバランスがおかしくなるのも当然だな」



 改めて自分の両腕を比べると、明らかに左腕の方がゴツイ。

 肩から肘にかけて、肘から手首にかけての筋肉量が、右腕と比にならないほど発達している。



「で、も、つ、よ、い」


「これでもツバキさんと遊んでたからな。地力はあるさ」


「す、ご、く。か、つ、こ、い、い」


「お、おう。ありがとうございます」



 凄くカッコイイなんて初めて言われたぞ。

 少し背中がむず痒いが、嬉しいな。もっと言ってくれ。自己肯定感を育ませてくれ。



「ほ、れ、た」


「掘れた? 温泉が?」


「す、き」


「や、き?」


「ううん。あ、い、し、て、る」


「......ンー?」



 拝啓 寒さも本格的になってきましたが、ミリア様はいかがお過ごしでしょうか。

 ところで、私ガイアは現在、魔王領にて元気に生きております故、ご心配なさらぬようお願いします。

 実は、現在ガーランドに滞在しているのですが、その地のメイドに愛の告白を受けてしまいました。貴女という最愛の人が居るのに、何故こうも人に好かれるのでしょう。

 それに、エメリアという────




 ハッ! 気付いたらミリアへの手紙を頭の中で作っていたぜ!



「き、も、ち。つ、た、え、た、い」


「............はい」


「こ、と、ば。お、ぼ、え、ま、す」


「......はい」


「い、つ、し、よ、に。い、た、い、で、す」


「はい」



 ゼルキア。お前、俺とポジション変われ。

 あの時、お前だけが転移されていたら夢のハーレム生活が送れたかもしれないぞ。ちょっと時間戻せ。


 ......いや、それはエメリアに失礼か。



「ごめんなさい。一緒には、居られないです」



 ゆっくりと、丁寧に言葉を返す。



「ほ、ん、さ、い。じ、や、な、く、て、も、い、い」


「そういう問題ではありません。俺には愛する人が、母国で待っているのです。その人を裏切るのは、ダメです」


「う、ら、ぎ、る?」


「はい。俺には、あの人しか居ないのです」


「で、も」



 頑固だな。

 さっきも思ったが、この人の意思はとても強い。

 一度決めたら自分の納得出来る範囲まで落とし込まないと、何度でも挑み続けるタイプだ。


 これは厳しい戦いだ。ドラゴンに匹敵する。



「じゃあ、俺のメイドになりませんか? 勿論、ユーディルゲルと話をしてから、ですが」



 妻は無理だが、メイドなら出来るかもしれない。

 俺なりの妥協案を出してみると、メイドさんはパッと笑顔になり、本を閉じた。



「き、く!」


「行動力バケモンかよ......行ってらっしゃい」



 ビシッと姿勢を良くしてお辞儀をしたメイドさんは、パタパタと走り去ってしまった。


 俺、あの人の名前も知らないんだけど引き抜いてもいいのか? ダメだよな? ダメだと言ってくれよ? ユーディルゲル。


 お前は、大切なメイドを俺という魔の手から救い出すんだ。これは、お前にしか出来ない重要任務だ。





「取り敢えず......寝るか! 起きたらエミィに通訳してもらいながら聞こう」





 色々と考えることを投げ捨てた俺は、枕に頭を置き、とてつもなく大きい布団にくるまって目を閉じた。


 さぁ、夢の世界に逃げ込むぞ!!

くんくん、これは修羅場の匂い!

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