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第64話 メイド、は知る

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「んぅ?」



 ドタドタと慌ただしい足音で目を覚ました。

 昨日は確か、ダンジョンを攻略して死にかけて、そんでもってエリクサーで全ての傷を治したんだったか。


 パッと状況の整理をした俺は、重い瞼を開けた。



「エミィ。エミィ、起きろ」


「......なんじゃ?」


「服脱いで寝るな。その上抱きしめながら寝るな」


「ん?......ほほほ、これはマズイな。朝から騒がしくなる」



 きっと、ミリアも同じようなことを言うだろう。

 直接的には言わないのに、心の奥を擽ってくる。

 エメリアとミリアって、どこか似通った思考をしているんだよな。


 やっぱり、永く生きると行き着く先は同じ場所なのだろうか?



「早く着替えろ。朝ご飯食べに行くぞ」


「え〜? 余とイイコトしないのか〜?」


「サキュバスの真似をするな。腹が立つ」


「すまぬ。余も着替えよう」



 俺の目を見て、サキュバスに良い思い出がないことを理解してくれたエメリアは、一線を引いて着替えてくれた。


 こういう時に理解があるのは助かる。

 一緒に居る上で、お互いが超えては行けないラインというものがあるからな。



「どうじゃ? メイドが選んだモコモコの服じゃ!」


「似合ってるじゃないか。パジャマみたいだけど」


「確かに......あ、本当に寝巻きのようじゃ。昨夜、着替えるのを忘れておったわ」


「ハッ」


「笑うな!」



 着替えると言っても、普段のエメリアが着ている物は鱗を変形させて作った衣服だ。

 最強のドラゴンだけあって、魔力の制御力も抜群に強く、並のドラゴンでは再現出来ないほど細かい装飾も作れるらしい。


 だが、今回は普通の服だ。

 それ故にエメリアは、慣れない着替えの作業をしている。



「手伝ってやる。はい、ばんざ〜い」


「ばんざ〜い?」



 両手を上げさせてパジャマを脱がすと、エメリアの白く綺麗な肌が顕になる。

 俺は健全な男子だが、時と場所を弁える紳士だ。



「ガイアさん、起きてる〜?......えっ」


「起きてますよ」



 完全に寝ていると思ってノックも無しに入って来たスタシアさんは、俺が裸のエメリアに服を脱がすシーンを目撃してしまった。



「な、何やってるの......?」


「服を着させてます」


「服を着さすぇ、着さしぇ着しぇ......噛んだのじゃ」


「絶好調だな」


「のう。余だって恥ずかしいのじゃぞ? 動揺のひとつもする」


「それは申し訳ない」



 軽く笑いながら外出用の服を手に取り、エメリアに着させてあげた。

 どうやらメイドさんのセンスは完璧のようだ。

 白いシャツに同色のセーター、そしてエメリアの象徴でもある黒のカーディガンで上半身を、下は紺のスキニーパンツで纏め上げられており、エメリアの魅力を最大限に引き出すセンスに驚いた。


 しかもこれ、目だけで選んでるんだよな。

 凄まじいセンスをしているな、ここのメイドさん。



「似合ってるな。お洒落だ」


「す、凄いわね。私のとは大違いよ」


「メイドに感謝じゃな。ガイアよ、着せてくれてありがとうの」


「どういたしまして。んじゃ、街の名物巡りでもするか!」



 エメリアを連れて部屋を出ようとすると、ちょっと待てと言いたげにスタシアさんが手を出した。



「外はまだ、スタンピードから回復していないわ。潰れた家も多いし、お店がやってないのよ」


「あ〜......そうなんですか」


「ここの屋敷で出してくれるから、それを頂いてね?」


「はい。ありがとうございます、スタシアさん」



 もっと早く俺が動いていれば、潰れた家も少なかったのかな。

 もっと早く俺が魔法を使えていれば、亡くなった人も出ずに済んだのかな。


 自責の念が、雪のように降り積もる。



「ガイア、それは違うのじゃ。お主は最速で最善を尽くし、最良の結果を出した。それは間違いの無い事実じゃ」


「でも」


「でもも桃もない。『もっともっと』と求めるのは、ガイアの悪癖じゃぞ?」


「......はい。気を付けます」


「うむ、よろしい」



 俺の記憶のせいなんだ、最速と最良を求めるのは。

 幾ら早く成し遂げても、あと1秒、あと0.5秒と早くすることに拘り、走り続けた。


 そのせいで俺は、今になっても最速を求めている。

 そして、最良も。



「少しずつ、治していくよ」


「それが一番じゃ。偉いぞ〜ガイア」



 よしよしと頭を撫でられたが、悪い気はしない。

 寧ろ、もっと撫でられていたいと思う。



「仲良いわね。取り敢えず、降りましょ」


「スタシアさんはもう食べたんですか?」


「ええ。この後仕事があるから、お先にね」


「「仕事?」」



 スタシアさんからは聞き慣れない言葉に疑問を抱いた俺達は、揃って首を傾げた。



「これでも魔女公爵よ? ガーランド領からは遠いけれど、通信手段があるから連絡を取れるのよ。それで緊急の用事だけ終わらせるの」


「そう言えば貴族でしたね。お疲れ様です」


「頑張れ〜。余はガイアとのんびりするのじゃ」


「......喧嘩売ってる? まぁいいわ。それじゃあ私はこれで。またね」



 そう言ってスタシアさんは、俺達を食堂へ案内せずに立ち去ってしまった。

 2人でどうするものか考えた末、同じ結論に至る。



「「探検じゃあ!!!!」」



 ユーディルゲルの屋敷は広い。つまり、それだけ謎が多いということ。

 いつだって人は謎に惹かれる。どこか謎めいた女性が魅力的に見えるように、謎とは未知という名のドレスを身に纏っている。


 そんなドレスを脱がすべく、集まったのが俺達イタズラ2人組。


 2階の端の部屋から順に、そのドレスを脱がせてやるぜ。




◇ ◇




「エミィ、どうだ?」


「ただの客室なのじゃ」


「こっちもだ。これで2階の殆どは見終わったな。後はフロント部分と1階だけだ」



 長い廊下の無数にあるドアを開けて回ったが、どれも俺達が寝ていたような客室ばかりだった。

 たまに調度品が沢山置かれた豪華な部屋もあったが、特にこれといったことは無い。


 どうせここも客室なんだろうと、階段のすぐ隣の部屋。

 フロント部分にあるドアをそ〜っと開けると、中でメイドさんがお茶会をしていた。



(エミィ、翻訳を)


(任せるのじゃ)



 小さな声でエミィを前に話を聞いてると、どうやら俺とエメリアの話をしているようだった。



『あの男の子、すっごく美形ですよね!』


『そう? 普通だと思うけど』


『え〜!? あれが普通なんですか!?』


『エリー、アンが普通と言うことは、あの子は相当に美形ということよ。この子、どんな男を見てもゴミ、ドブ、犬の方がマシと言うからね』


『私がドSみたいに言うの、辞めてください』


『え? 違うの?』


『違うくは......ないですけど、私はあの子なら責められたいですね。ああいう美形の方って、どこか奥手な面があるので、そこを男らしく、強く出てくれたら最高なんです』


『『へ〜』』


『......私ばかり話してもアレですね。マリーさんはどうなんです?』


『私? う〜ん、年下はダメかなぁ。それにあの子はまだ子どもだし、女の子も居たでしょ?』


『ユーディルゲル様が、あの子と同等に、最高の待遇をしろと言っていた子、ですよね』


『そうそう。寝てる時もずっと抱きついていたし、多分お姉ちゃんか妹だと思うけど、もしかしたら......』


『幼妻?』


『そう。だから、私は触れられないかな』


『お、おおお、幼妻ってもしやそれは、あの男の子と女の子は夜な夜な、大人のようなことをしている、と......?』


『『それはないでしょ。常識的に考えて』』


『で、ですよねぇ! あはは!』


『エロエリー』


『んなっ!? そういうアンこそ、あの男の子こと想像して1人で──』




 おろろ? 通訳エミィちゃんが止まってしまった。

 チラッと顔を覗いて見ると、今までに見たことが無いくらい真っ赤になっているではないか。


 どうやらディープな猥談に耐えきれなかったらしい。



「はい回収。逃げm」



 ア、アレ? オカシイナ。後ろにメイドサンが居ル......



「■■■■■?」


「ちょっと何言ってるか分かんない」


「■・■・■?」



 やべぇ、言葉は分かんないけどめっちゃ怒ってることは分かる。どうしよどうしよどうしよう! 別に疚しい気持ちで覗いてた訳じゃないんです。僕達はその......ね? 好奇心旺盛なもんで.......へへっ。



「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 案の定拘束され、部屋の中に引き摺り込まれた。

 驚く3人の顔をチラッと見て、俺は静かに目を閉じる。

 そして詠むのだ。辞世の句を。



「猥談や。小さき声で、語るのじゃ。子どもの耳に、入らぬ声で」



 よかろう。切腹で御座るな。得意である。

 某、レガリア帝国所属ヒッポンの侍。大地(ガイア)で御座る。

 謀反の罪、腹を切って詫びるとしよう。



「あれ?」



 床に正座し、刀を抜いて構えていると、メイドさんが大慌てで俺の刀を取り上げた。

 別に本気で切る気も無いし、切ったところで死なないんだがな。優しい人達だ。


 いや、掃除が面倒なだけか。ごめんなさい。



「■■■■■!?」


「ごめんね、言葉が分からないんだ。でも刀は返してもらうよ。俺の命の次に、大切な物なんでね」



 指先から魔力の糸を出すと、抜き身の刀を両手で持っているメイドさんから引っ張り上げた。

 回収するなら、せめて鞘に納めてもらわないとメイドさんが傷ついてしまう。



「あぁ、指を切ってるじゃん。治すから大人しくしろ」



 大人しくするのは俺の方だって? 知らんな。

 よし、魔力漬けの薬草を小さくちぎって、絞ったエキスを傷口にかければ......治った。



「刀は危ない。皮膚程度、簡単に切れてしまうからな。メイドさんも女の子なんだから、肌は大切だろ?」



 ボーッと俺の顔を見るメイドさん。俺、何か失礼なことをしたのだろうか。

 まぁいいや。言葉が分からないんだから、許して欲しい。



「エミィ、降りるぞ。もう昼だ」


「あぅ......」


「クッ、不覚にも可愛いと思ってしまった自分が情けねェ......!」



 まだ真っ赤な顔をしているエメリアをお姫様抱っこした俺は、メイドさんに下へ降りるとジェスチャーで伝えてから部屋を出た。


 朝から何も食べてないせいで腹ぺこだ。

 折角の休暇なんだから、ちゃんと食べて休まないとな。



 今日は屋敷の中で1日過ごそう。

 久しぶりの、体を動かさない日になる予定だ。




◇ ◆ ◇




「アン? ねぇ、アン!」


「は、はい? どうしましたか?」


「さっきからボーッとしてるけど、大丈夫?」


「えぇ。大丈夫......ですよ? 多分」


「多分じゃダメじゃない! 今日はもう休んだら?」


「ダメ、それだとあの子が......ごほん。何でもないです」



 ユーディルゲル公爵邸に務めるメイドのアンは、今日の昼前から様子がおかしくなってしまった。

 メイドの主たるユーディルゲルの戦友だと言う、1人の少年のことをずっと考えてしまうようになったのだ。


 理由は幾つかある。


 まず初めに、ダンジョンから帰ってきたガイアを最初に出迎えたのが彼女だった。ガイアのボロボロと言うには生易しい、満身創痍の姿を見て、いち早く他のメイドに治療セットを持ってくるように指示を出した。

 そして血塗れの廊下を掃除していると、たった数分で傷が完治し、初めてガイアの右腕を見た。

 大人へ成長する途中だと言うのに、大人に負けず劣らずの筋肉が分かる姿に、数瞬目を奪われた。


 もうその時には、彼が気になって仕方が無かった。


 あれ程までに傷ついた体で、涙一つ零さない少年の心の強さと、有象無象がつけるような傷ではない、強大な何かと戦った証を背負って帰る大きな自信。

 ユーディルゲルが『彼ならやれる』と信じてやまないその気持ちを知り、見てみたいと思う心が芽生えたこと。



 普段は他人に興味を示さないアンが、初めてガイアに興味を持ったことに、他のメイドも驚いていた。



「手......しっかりしてたなぁ」


「手がどうしたの?」


「あの子の手ですよ。物凄く温かく感じるんです。子どもの小さな手なのに、傭兵の男性より強くて。とても......温かいんです」



 他のメイドは皆、気付いていた。

 メイドの中でも最年少の150歳。そのアンに、春が来ていると。



「アン、自覚しなさい。貴女はあの子に恋してるのよ」


「こ、恋? それはあの、男女間に於ける友情とは違う、性欲と友情が混じり合った新たな形態、愛になる元とされている、あの?」


「そう。貴族のお嬢様なら、自由恋愛に夢を見るんでしょ? 大丈夫、今の貴女はただのアン。人を好きになったら、その人の所に行っちゃえばいいのよ」



 アン。本名アンネマリー・アドネア。

 魔王に仕える侯爵の娘だったが、勇者との戦闘により領主夫妻が戦死し、齢40歳にして両親を失い、爵位も住む家も失ってしまった。


 当時、人間で言う4歳に相当するアンは、賢い頭を使って日銭を稼いで生き、アドネアの忘れ形見として哀れみの目を向けられた。

 そして120歳になった頃、ガーランド公爵の一人息子として産まれたユーディルゲルに拾われ、以後メイドとして生きている。


 そんなアンは、これまでに生きることに精一杯で、恋をする余裕が無かったのだ。


 将来はメイドを辞め、適当な男と結婚して普通に生涯を終えたいと思っていたアンに、スタンピードという未曾有の危機に瀕した街を救った、1人の少年が現れた。


 その少年は一夜でダンジョンを攻略すると、満身創痍の姿で帰ってきた。


 言葉は伝わらなかったが、彼が伝えたいことを一生懸命に理解しようとした。体を支えようとしても、血で手が汚れるからと、手を払い除けてまで1人で歩く、優しき心。


 その生き様を見てしまってからは、世界に色が着いたように輝き出した。



『いつ起きるのかな』


『誰が? ユーディルゲル様?』


『いや......うん。遅くまでお仕事をなされていたから、起床が遅くなると思って』



 仲間に嘘をついてしまう、悪い子になってしまった。

 見たことも無い剣で腹を切ろうとした時は、柄にも無く頭より先に体が動いていた。


 こんな気持ちは、初めてだった。



「いい......のかな。私なんかが」


「いいのよ。良い男ってのは、自然に女が集まってしまうからね。敵が増える前に、早く行きなさい」


「分かりました。勇気......出してきます」


「そうそう。初恋なんだし、バーッと行っちゃえ!」




 アンは掃除に区切りを付けると、部屋に道具を置き、個室に戻って髪型を整えた。


 美しいプラチナブロンドの長髪を纏め上げ、アドネア家に通ずる黄金の瞳をパッチリと開き、両手の人差し指で口角を持ち上げる。




「父様、母様。アンは、この想いをぶつけてきます。どうか見守っていてください」




 気持ちが昂ったアンは、メイドであるにも関わらず、廊下を走ってガイアの元へ向かったのだった。


好きなゲームがサービス終了ということで、つらすぎて更新しちゃいました。

最近はサ終が多くてメンタルがやられます。


あ、今回のタイトルは『メイド、走る』と『メイドは知る』の掛け合わせです。次回も楽しんでくださると嬉しいです。

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