第61話 ユーディルゲル・ガーランド
第3次タイトル改変が実行されました。
え? 大惨事タイトルですって?.....HAHAHA.
「ようやく着いた。意外と遠かったですね」
ペースを落として歩き続け、2週間。
本格的に冬の姿を見せ始め、雪が降っている。
目の前に立つ街の外壁は、雪を落とす為に急勾配の屋根が設計されている。
スタシアさんが言うには、王都に1番近い街とのこと。
「ガーランド公爵領ね。アイツとは仲が良いから、2人も安心して入れるはずよ」
「......余に乗ればすぐだったのに」
「ダメよ。あの姿は周囲の魔力を吸い込み過ぎるもの。変身するだけで生態系が滅茶苦茶に荒れるわ」
「......むぅ」
ずっと口を尖らせるエメリアの頭を撫でてやると、徐々に柔らかく表情を変えてくれた。
「行きますか。もう草の布団では風邪を引きます」
「ふっふっふ。余が温めてやるのじゃ!」
「確かに、寒すぎるものね。どうする? 冬が明けるまでここに滞在する?」
あ〜、どうしようか。
冬の旅は危険を伴うし、何より移動速度が格段に落ちるから効率が悪い。そうなると、早く帰りたい気持ちを抑え、ここに滞在した方が良さそうだな。
「そうしましょう。公爵とお話しする必要がありますし、ここいらで冬休みとしましょう」
「分かったわ」
「了解じゃ......くくく、ガイアと遊び放題じゃな」
検問の列に並んで待っていると、エメリアの楽観的な思考が漏れた声が聞こえた。
「エミィ、俺は遊べないぞ? 休みの間は働いて金を稼いで、仮の義手を作らないとダメだ。遊ぶ程の余裕が無い」
「え〜!!! そんなぁ......」
「神経の修復もやらないとだから、着いて来ることもオススメしない。少しの間、スタシアさんと一緒に居ることだな」
「む? 何故じゃ? 何故一緒に居たらダメなのか?」
俺の言葉にキョトンと首を傾げるエメリア。
彼女はまだ、腕が完全に無くなった時の修復方法を知らない。
「グロいからだ。一度塞がった傷口を開き、魔力の糸で神経を引き伸ばす。それから薬草で神経の補修と生成をするんだが.....まぁ簡単に言うと、死ぬほど痛いことをやるんだよ」
「うわぁ......大変なのじゃな。余の右腕、要るか?」
「要らない。自分の体は大切にしろ、バカちん」
ぽんぽんと頭を叩いてから列を進むと、スタシアさんが前に出て、俺達の説明と来訪の目的を衛兵に伝えた。
数分待った後、事務所で待っていてくれと言われ、俺達は衛兵が沢山居る詰め所にぶち込まれた。
「ほれガイア。あ〜ん」
「あ〜ん......うん」
「美味しいかの?」
「ん〜、正直に言えば微妙」
「そうなのか。茶菓子というのは微妙なのか?」
「作り手の問題だな。これはコストカットの問題で砂糖を減らしているから、本来甘みで成り立つ旨みを捨ててしまっているんだ。多分、この羊羹を広めたのはゼルキアだな」
待っている間、エメリアを自由にさせていたら世話焼きな傍付きのようになってしまい、周囲の衛兵さんが微笑ましい顔で見てくる。
別に俺、右腕が無くてもこれくらいは平気なのだが......これも甘える練習だ。人を頼らないと。
「エミィは料理、好きか?」
「好きじゃ。余が焼いた魚を食べる時、ガイアはいつも美味しそうに食べるからの」
「そっか。じゃあ少しずつだが、料理を教えてやるよ。この世の誰も知らない料理を知ってるから、楽しんで欲しい」
レガリア帝国の料理や、当時戦争中だった神国のお菓子など、この世界以外の料理を俺は知っているからな。
和食ならゼルキアが広めて稼ぐはずだから、競合を避ける為に俺はあの世界の知識を差し出すとしよう。
......懐かしい。ミリアの手料理を食べたいものだ。
「うむ! その時は沢山食べるのじゃぞ? 大きくなるのじゃ」
「はいはい。身長も伸びてきたし、そろそろだと思うんだがな......」
「何がじゃ?」
「思春期。大人への階段を歩く時だよ。これでようやく重い剣も握れるようになる」
今の俺が使っている武器は、ヒビキから譲ってもらった刀......ではなく、父さんから貰った直剣だ。
流石に刀は片手で使うには重すぎて、身体強化をしないと振りにくい。その点、直剣は重心が取りやすくて振りやすい。
体が大きくなれば、その分重い剣も振れるようになる。
今はそれが楽しみで仕方が無い。
「エメリア。暗に『一緒に寝るな』と言われてるのよ」
「む? どうしてじゃ?」
「それは......ねぇ? そういうことだからよ」
「どういうことじゃ? 説明して欲しいのじゃ」
あ〜あ。スタシアさんが地雷原に腹滑りしやがった。
別に俺は一緒に寝てもいいしイタズラされても構わないのに、優しさが仇になったな。
「エミィ、気にしなくていい。スタシアさんもね。これまで通り、変わらないスタイルで居て欲しい。変に配慮された方が、余計に生きづらくなってしまう」
「そう? まぁ、ガイアさんがそう言うならいいけど」
「余は何が何やらサッパリじゃ。大人への階段とは何だ?」
「エミィはまだ知らなくていいよ。大人になったら分かるから」
「む、そうか......ん? 余は子どもなのか?」
「「さぁ?」」
衛兵さんが『子どもだろ!』ってツッコミを入れてきた気がするが......誰もドラゴンの常識を知らないからな。
エメリアが子どもなのかどうか、全く分からんのだ。
そんなこんなで雑談していると、詰め所に1人の男がやって来た。
荘厳なプラチナブロンドにガラスのように透き通った右眼の義眼。左眼は青く広い空のようで、整った顔立ちは歴史的な彫刻のよう。
腰に差すひと振りの剣は、白銀に輝いている。
「やぁ、スタシア。そちらのお2人は初めまして。私はユーディルゲル・ガーランド。このガーランド領を治める領主だ」
「うむ! 余はエメリアじゃ! よろしくな!」
「よろしく。それで......君は?」
ユーディルゲルが俺の顔を見てくるが、俺は口を開けない。
何故なら俺は、コイツを知っているから。
それも、常人の比にならないほど詳しく、な。
「ガイア? 大丈夫かの?」
「ガイアさん?」
2人の心配を他所に、俺は影から剣を取り出した。
剣先を下に向け、柄の先端を持ち、胸の前に出す。
「......まさか」
「久しぶりだな、ユディ。元気そうで何よりだ」
レガリア帝国には、騎士の階級が存在する。
一般の騎士が知る最上級は、騎士総団長。こちらは作戦に於いて全ての指揮を執ることが出来る、戦場の最高指揮官。
だが騎士総団長よりも上に、もう1つ階級があった。
今までにたった2人しか辿り着けなかった、戦争の支配者。
皇帝は、その騎士をこう呼んだ。
「戦帝騎士、ガイアだ」
「戦帝騎士、ユーディルゲルだ......まさか、再び会えるとは......!」
ユーディルゲルもまた、俺と同じように剣を持った。
これは戦帝騎士のみに許された礼だ。
この礼を知る者はレガリア皇帝、宰相、騎士総団長のみだ。
「2人は知り合いだったの?」
「スタシア、ガイアは知り合いなどでは無い。私の心の友だ。彼は昔、神国との全面戦争に於いて、私とガイアのたった2人で57万の軍を討った、戦友だ」
「喋り過ぎだろ! それにしても、お前も転生していたとはな」
「お前も《・》? ガイアも死んだのか!?」
「老衰でな。お前の子どもと孫、立派な大人になったぞ」
「そうか......良かった」
ユーディルゲルは戦争の後、妻と子どもを残して病死した。
当時騎士で流行だった、傷口から感染する病気に罹っており、病名が発覚する頃にはもう手遅れの状態だった。
そんな中、俺とミリアは頼まれたんだ。
『妻と子を......出来れば孫も頼む』と。
なんと図々しい願いだと思いながら手を握ると、ユーディルゲルはそのまま息を引き取った。
......不思議な気持ちだ。
それに俺、ミリア、ゼルキア以外に、ユーディルゲルという新たな転生者が発見されてしまった。
もしかしたらまだ居るかもしれないが、これ以上関わるのは自分を縛り付けることになるだろう。
ユーディルゲルを最後に、転生者と関わるのはやめようかな。
「屋敷に案内しよう。3人の待遇についても考える」
ハッと思い出したようにユーディルゲルは馬車を呼ぶと、煌びやかに装飾された護送馬車が走って来た。
4人で馬車に乗り込むと、ゆっくりと走り出した。
「スタシアさんはともかく、俺とエメリアは普通の待遇を望むぞ?」
「ダメだ。お前が連れて来る人物など、絶対に公に出来ない者のはずだ。忘れたのか? ふらっと現れては『これ、王女』と言ってミリアを見せてきた時を」
「忘れたな。毎度涙目で跪くお前の姿なぞ、記憶の欠片も無い」
懐かしい。俺とミリアが隠れて交際をしており、たまたま寄った酒場で見付けたユーディルゲルに挨拶した時だっけか。
それからは3人で飲むこともあったし、気付けば4人になっていたっけ。
楽しかったな。
「スタシア、余には2人の会話が理解出来ぬ」
「奇遇ね。私も理解出来ないわ」
荒野の次は、昔話に花を咲かせてしまった。
昔と言うには古すぎるし、思い出と言うにはこの体に経験が無い。そのせいで、他人の武勇伝を話し、聞いている感覚だ。
更にひとつ、怖いことがある。
今、俺の目の前のユーディルゲルは、どのユーディルゲルだ?
何度も転生して何度も同じ行動を繰り返したせいで、存在があやふやだ。
「すまないな、2人とも。私としてはそちらのお嬢様にも話が聞きたいのだが、この後時間はあるかな?」
「余か? 別によいぞ。ガイアの戦友なら理解もあるしの」
「ユディ、エメリアの話を聞いて気絶するなよ? コイツ、本当に凄い奴だから。お前でも勝てん相手だ」
したり顔でエメリアの頭を撫でて言うと、エメリアは満足気に頷き、ユーディルゲルは両手で顔を覆って天井を見つめた。
実はドラゴンだと知ったら、どんな反応をするのかな。
「■■■■■。■■■■」
「あぁ、着いたか。ありがとう」
御者から声が掛かり、馬車が止まった。
荷台の扉が開けられると、そっと地面に降りた。
目の前に建つ屋敷は二階建てで造られており、屋根が大きく雪が積もりにくい設計になっている。
大理石のように薄灰色の建材と屋根の青色、そして舞い散る白い雪が魅せる領主邸は、美形のユーディルゲルと似合う色合いだ。
コイツが公爵とは、中々に出世したもんだな。
「2人とも驚いてくれて嬉しいよ。兄妹みたいだが」
「確かに、全く同じ体勢だと兄妹に見えるわね」
ポケ〜っと突っ立って見ていると、2人にからかわれた。
同じ体勢とは何だと思い左側を見てみると、エメリアも俺と同じようにポケ〜っと屋敷を見ていた。
「綺麗だな」
「うむ。立派な屋敷じゃ。住む者の人柄が分かる」
「ありがとう。それじゃあ入ろうか。ゆっくりしていってくれ」
そうして門をくぐり、屋敷に入ろうとした瞬間──
カン! カン! カン!!!
強く鐘を打ち付ける音が街中に響き、警告音を出した。
「スタシアとお嬢様は屋敷に避難してくれ。ガイア、行くぞ」
「分かった。じゃあな、2人とも」
「え、ちょっ!」
「どこに行くのじゃ!」
走り出すユーディルゲルの隣を走ると、住民が皆、凄まじい勢いで避難を開始していた。
どうやら街の北西から避難しているようで、俺達は人の波に飲まれぬよう、屋根に飛び乗った。
「■■■■■■■!! ■■■■■■!!!!」
「ほう、スタンピードか」
「スタンピードとは?」
「ダンジョンから魔物が溢れ出すことだ。近頃、ダンジョンの活動が活発でな。掃除が間に合わなかったのだろう」
おぉ! ダンジョン!!!
この世界にもダンジョンの存在があるのか!
「ダンジョンって、アレか? 地下に行く階段があって、魔物がいっぱい出るアレ」
「そうだよ。帝国にもあっただろ?」
「そう言えばあったな。確かあの時は、入り口を塞いで魔物で溢れさせて、街に流れ込む前にダンジョンを爆破したんだっけか」
「あぁ。皇帝に泣かれたアレだ」
「了解した」
これまた懐かしいな。
当時の俺、ダンジョンのことをアリの巣程度にしか思っていなかったからな。
戦帝騎士になって好き放題やってた時の、遊びの1つだ。
「ガイア、気を付けろ。あの頃とは魔物の質が違うぞ」
「知ってるよ。殺しても塵にならないし、考えて殺す」
「少し違うが.....まぁいい。行くぞ」
ユーディルゲルを追って屋根を飛び回り、人の気配がしない北西広場に来ると、そこはもう、大量の魔物で溢れ返っていた。
「オークにゴブリン、オーガに狼。今の俺でも楽勝だ」
ガイア君に無いもの。それは運。次回もお楽しみに!




