第59話 空飛ぶトカゲの大きな夢
賛否両論。ミシシッ否州。否ッ否火中!
「でっけぇ山。これ登らなきゃダメなんですか?」
「えぇ。それも、谷を行かないと山頂の方はドラゴンが出るわ」
リデラから2週間ほど歩き続けていると、ゴツゴツとした岩肌に山頂が見えないほど高い、大きな山の麓に来た。
どうやら回り道も相当険しいらしく、気候による魔力乱れのせいで空を飛べる魔人でも簡単に死ぬらしい。
「ドラゴンって......空を飛ぶトカゲの?」
「時々思うけど、ガイアさんの認識ってどこかズレてるわよね。普通、ドラゴンって聞いたら震え上がって失禁するレベルよ?」
「名前だけで漏らすとか、感受性豊かですね」
「はぁ。もう慣れてきました」
「一応言いますと、スタシアさんは俺の友達の中で1番一緒に居る時間が長いですからね。慣れてくれないと困ります」
ユーリ達とはまだ、2ヶ月も経っていない。
それでもあれだけ親しくしてくれたのだから、俺の中では今でも光り続けている。
「はぁ......今更後悔してきた」
「ホント、遅いですね。行き遅れ」
「まだピチピチの234歳ですけど!!!」
「人間に例えると?」
「......16歳」
「嘘つけ。絶対35歳くらいだろ」
「何よ! 23歳くらいよダメなの!?」
「あ〜、23なら普通ですね。すみません」
「いいのよ......もう......」
女性に年齢の話は禁句だが、スタシアさんは割と何でも話してくれるタイプだ。
本当なら色々と考えて話す人なのだろうが......化けの皮はとっくの昔に剥がれている。
「スタシアさん、そろそろ転移は使えませんか? 俺の魔力も飲んでますし、もう時期使えてもいいと思うんですけど」
「試すわ」
スタシアさんは両手を前に出すと、自身の鈍色の魔力に空色の魔力を混ぜ、足元に時計の針の様に見える魔法陣を描き始めた。
「凄い......綺麗」
「私の得意分野だもの。さて、行き先は西に、と」
魔法陣の中の針が動き出し、西の方角にピタッと合う。
学園の時は幾何学模様だったが、今回の転移とは違う理論で構成された魔術なのだろう。
「行けるわね。飛ばすわよ?」
「はい。お願いします」
「それじゃあ......『空間転移』!」
足元の魔法陣がパッと輝くと、何かに体が引っ掛かる感覚がした。
「あれ? スタシアさん?」
『つ、捕まえたのじゃ! 遂にやったのじゃ!!!』
スタシアさんを探して辺りを見回すと、俺の体は白い鱗に覆われた4本の指で鷲掴みにされており、肋がミシミシと音を立てている。
肝心のスタシアさんはと言うと、どうやら俺は山頂に飛ばされたらしく、スタシアさんの姿は無かった。
『ふっふっふー。余も成長したな〜! 転移する人間を捕まえるとは、古龍であっても日々成長を感じるものじゃ!』
先程から喜びと興奮を抑えてきれない声の主は、真っ黒な鱗が艶々と輝き、空気が痛く感じる威圧感を放つドラゴンだった。
アヒル君とは格が違う、本物のドラゴンだ。
「そろそろ手を離せ、ドラゴン。鼓膜が破れそうだ」
『む? この人間、余の力に耐えておるのか?』
「俺を見ながら言うとは、相当なアホか」
『なに! 余はアホではない! お茶目なのじゃ!』
「知らねぇよ。離さないならその腕斬るぞ?」
『ふっ、出来るものならやってみるがいい。まぁ? 余みたいな? つよつよボディの前じゃ? 人間程度に傷ひとつ付けられることは────』
ゴトリ。鈍い音と共に、白い鱗の隙間を縫った刈り氷により、太い腕が地に落ちた。
あまりの切断速度にすぐには血が流れず、周囲が赤く染まったのは3秒も後のことだった。
「俺の刈り氷は精度が違う。分子レベルで鋭い上に振動している。温かい氷の刃は斬られたことを感じさせない」
長年の研究の末、編み出された魔法だ。
俺の持つ魔法で最強の攻撃力を誇る氷の刃。
形状も自在に変えることができ、鱗の隙間だって狙って斬れる。
『余......余の右腕......余の右腕がぁぁぁぁ!!!!』
「うるさ。俺が右腕無くなった時とは大違いじゃねぇか」
『人間より余の右腕の方が大事じゃ!!!』
「知らんがな」
『うぅ......もう、余はお嫁に行けんのじゃ......』
ドラゴンは口から吐いたブレスで傷口を焼くと、右腕を悲しそうに鼻先で突いた。
こんな大きな見た目にも関わらず、意外と可愛い。
敵対しないのならば、仲良くなりたいな。
「お前、俺が腕をくっ付けてやると言ったら何を出す?」
『本当か!? なら、余を差し出そう! 人の姿にも変えられる故、人間の生活に紛れることも出来るぞ!』
「じゃあやらないわ。嫁さんはもう居るから」
『んなっ!? 余の夢なのに......お嫁さん』
なんだコイツ。ドラゴンの癖にお嫁さんが夢なのか?
偉く少女的というか、女の子らしい頭の中だな。
「番は居ないのか?」
『居らぬ。余は強すぎたからな。強き者雌には、強き雄を。そうしてより強い子孫を残してきた龍の習わしは、余を孤立させた』
軽い気持ちで聞いたのに、本人......本龍は凄く真面目に語り出した。
『余は古より生まれた古龍じゃ。余が生まれたのは数万年前。最強の龍帝の父と、最弱の龍神の母の娘として生まれた』
「龍神?」
『左様。母上は龍の中の龍。階級で言えば最上級の龍じゃったが、その中では最も弱かったのじゃ。じゃが父上と結ばれ、余が生まれた』
龍のラブストーリーか。面白そうだ。
でも強き雄は強き雌と子を成すそうだし、周囲の龍の反応は悪かったんだろうな。
俺とアミリアのように。
『雄は龍帝、雌は龍神。どちらもこの上ない強さを持っておったが、他の龍が認めんかった。故に両親は迫害され、遠い西の地へ追いやられた』
「極西大陸か。ここだな?」
『じゃ。そして生まれた余は、龍でも珍しい黒龍じゃった。黒龍は他の龍と違い、体内に流れる魔力の量、質共に格が違うとされておる』
「そりゃあ最弱とは言え最上級の母親と、紛れもない最強の父親から生まれたんだから、優秀だろうな」
『うむ......じゃが、余は強すぎた。父のように惚れ込む龍も居らぬ上に、母のように強き心を持っておらぬ。体は強くとも心が弱い。人間にこの気持ちが分かるか?』
「分かるさ。痛いくらいにな」
俺が今まで、どれだけ自身の心の弱さに嘆いたことか。
俺が今まで、どれだけ体の強さに嘆いたことか。
そんな俺を優しく包んでくれる人は居ない。ただ1人を覗いて。
『そうじゃよな。余の腕を落としたのじゃ。人間も苦しい思いをしておろう』
「いいや? 言ったじゃん、嫁さんが居るって。心が弱い俺を優しく支えてくれる人が居てな。今も待っているんだよ。あとお前、考えすぎなんだよ。もっと浅く考えろ」
『浅く?』
この龍は理想がある。それはきっと、『自分より強い龍』とか、そんな馬鹿げた理想だ。
コイツは言った。『余は強すぎた』と。
では何故、自分より強い龍を求める? そんな習わしを捨てることも出来ないなんて、実際は弱いとしか言えないぞ?
この龍は甘えている。いつか理想の龍が現れると信じて、叶いもしない大きな夢を抱き続けている。
「妥協しろ。自分より弱くてもいいから、自分を大切にしてくれる龍を見つけるんだ。愛に強さも弱さも関係ない。本当にお嫁さんを目指すなら、相手の心と会話するべきだ......と、人間の俺は思っている」
飽くまで人間ベースだ。龍の心は全く知らん。
俺は強さに魅力を感じないし、優しさでさえ魅力を感じない。
俺はその人の心の在り方で魅力を感じる。
ミリアは昔から、俺が憧れる心を持っているんだ。
『そう、か......でもダメなのじゃ。母上は死の直前ら余に言った。『強き者と生きなさい』と。じゃから......』
「面倒くさ。しかもその言葉、『強き雄と』とか言ってないから、魔王とかと結婚すればいいってことじゃん。良かったな、問題可決。チャンチャン」
黒龍のお悩み相談もこれで終わりだ。
後は腕を治して、適当に丸め込んで山の麓まで乗せてもらおう。
『何を言っておる。魔王など弱すぎて話にならぬ。現にこの山が開拓されぬのも、魔王であっても開拓出来ぬからであるぞ?』
「は?」
『余より強い者など、それこそ余に傷をつけた者くらいじゃな。まぁ? 余みたいな? つよつよボディに傷をつけられるものなど誰も居な......』
やっべ! 逃げろ!!!!
これまでに無い嫌な予感が走った俺は、全力でその場から駆け出した。
ここは山頂をくり抜かれて出来た洞窟のような巣になっており、このまま飛び出せば一気に山を降りられる。
「飛べ、俺ッ!!!!」
素の入り口の壁を蹴って横にぶっ飛んだ俺は、夕陽に照らされながら空中散歩を開始した。
「煙! あれか!!」
麓に広がる森の中。その開けた場所から高い煙が上がっていた。
あれはスタシアさんに違いない。俺なら空からやってくると信じて、煙を出す判断をしたのは大正解だ!
「速く、速く速く速く!」
俺は魔力を蹴ってぐんぐんと加速して飛んでいると、後ろから物凄く大きな気配を感じた。
『つ〜か〜ま〜え〜たっ!』
「あっ」
俺はまた、華麗に鷲掴みされてしまった。
しかも今回は優しく掴まれており、先程の行動を反省しているように思える。
『逃がさないのじゃ。お主は余の婿となれ』
「ごめん、ドラゴンには興奮出来ない」
『安心せい。人の子の姿になれる』
「どこが安心なの? 君、思考ブッ飛んでるよ?」
『知らぬ知らぬ。ほれ、戻るのじゃ』
嫌だなぁ。ここまで来て、ドラゴンの婿エンドかよ。
俺の人生、ハードモードのバッドエンドを引いた気分だ。
コイツは殺したら大問題になりそうだし、迂闊に本気の攻撃が出来ないんだよな。
「離せ。今度はその左腕も落とすぞ」
『よいぞ? 弱者は強者に従う。余はこのまま飛行を辞め、この高さからお主を下敷きに地に落ちよう』
「ウザイなぁオイ! 変に賢いの、マジでやめてくれよ」
『余はお茶目であって馬鹿ではない。あまり舐めないで欲しいのじゃ』
「俺は人間であってドラゴンではない。あまり気にかけないで欲しいのじゃ」
『おぉ! 口調を真似するとは優しいのじゃな! 余と同じ生を歩んでくれると、そういうことじゃな?』
「お前も意訳の塊かよ。もうやめてくれよ〜」
折角あと少しという所だったのに、俺はまた黒龍の巣にぶち込まれてしまった。
悲しいことにこの黒龍、俺より速い。
人間の中では最速の自信がある俺でも、この山に於いては黒龍に負ける。
本格的にドラゴンの恐ろしさを知り始めてきたな。
『お主、名は何と言う? 人間ならばあるのじゃろ?』
「ゲス・ロドリゲス・オカネスキーだ」
『偽名じゃな。本名は何と?』
「オカネスキー・ゲスマネーだ」
『偽名じゃな。本名は何と?』
「ゲスマン・オンナスキーだ」
『偽名じゃな。本名は何と?』
あぁダメだ。RPGの会話文みたいになっている。
正しい選択肢を選ばないと会話が一切進まないあの感じ、昔ながら結構好きなんだが......リアルではやめてくれ。
「ガイアだ。ガイア・アルスト。お前は?」
『良い名だな。じゃが、余に名前は無い』
「それは悲しいな。人間には『名は体をあらわす』と言って、文字通り、名前がその存在を表すんだ」
名前に由来がある人物は、特にこの言葉が似合う。
前前世で樹の名前を付けられた時も、大樹のように大きく育って欲しいと願い、付けられた名前だ。
あまり大きくなれなかったが、心は太く在れたと思う。
『では余に名を付けてくれぬか?』
「そうしたら解放してくれるか?」
『ついでに腕も治してくれぬか?』
「そうしたら解放してくれるか?」
『この巣の掃除をしてくれぬか?』
「そうしたら解放してくれるか?」
『余の婿になってはくれぬのか?』
「そうしたら解放してくれるか?......ハッ!」
『うむ! 決まりじゃな! 解放するぞ!』
「待て、今のナシ! 狡いことするな!!」
つい反射的に答えてしまった。バカヤロウ!
黒龍め、ドラゴンだけあって今までの相手とは格が違うな。
ここまで自分のリズムを乱されるとは、俺も本領が発揮出来ない。
よし、冷静になろう。
ここで潔く婿になると言ったら、俺はこの巣で監禁生活人生バッドエンドのアフターストーリーもない悲しい生涯を送ることになる。
では敢えて、時間を稼ぐように『友達から』と言えばどうなる?
うん、そうだよね。俺とスタシアさんの旅に着いて来るし、何ならずっと俺と居る気になるよね。
あ、俺天才かも。閃いちゃったわ。
押してダメなら引いてみろ。これで行こう。
「なぁ、俺が婿になるんじゃなくて、お前が嫁に来るのはどうだ?」
『......はぇ?』
「ん?」
ん?
んんん?
んんんんんん!?!?!?!?!?
「な、何言ってんだ俺!?」
何が天才だバカが! 1番押しちゃダメなレバーを引いたな! バキッと折れたな! 誤作動起こしたな!!!
『余、余でよければ、その......よろしくお願いします』
「終わったわ、俺の人生」
波乱の幕開け。
次回もお楽しみに!




