第58話 魔族の街・リデラ
1周年ェ.....
何も存在しない乾ききった荒野に花を咲かせ、異質な者同士で弾む会話も慣れてきた。
その時間、約半年。
およそ4,320時間にも及ぶ彷徨の末、俺達は魔王領最東の街、リデラの外壁前に辿り着いた。
「スタシアさんや。もう旅は終わりじゃのぉ」
「ガイアさんや。私もゼルキア様に会いとうございます」
「お前さんは転移があるじゃろうに。魔法で行け」
「あらあら、ツレないわね。そんな対応でミリア様は大丈夫なのかしら?」
「ミリアは俺の全てだ。軽口を叩き合うくらい、スタシアさんより出来るよ」
「はぁ〜ん? 私が軽口を叩けないとでも?」
「叩けてないじゃん。6秒前の言葉思い出せ」
「......はい」
大勝利。この半年間、ずっと話し続けてきたからスタシアさんと仲良くなれた。
俺達の場合、旅の仲間というよりは共通の友人を持つ知り合いのような関係で、ゼルキアを介して仲良くなった友人と思っている。
スタシアさんのことで分かったのは、意外にもこの人は優しいということだ。
俺が幻肢痛に苦しんでいる時、頭を撫でて落ち着かせてくれたからな。素直に感謝したよ。
「さて、そろそろ入りましょ。ガイアさん」
「ですね。この凄まじい数の衛兵を何とかしたら、の話ですけど」
俺達がリデラの入口に近付いた瞬間、50人あまりの武装した魔人が集まってきたのだ。
彼らは剣や槍を持ち、明らかに『オマエ、コロス』という雰囲気を放っている。
「私のせいね。魔女公爵がアポ無しで来たら、何か裏の意図を読んじゃうものね」
「言えばいいじゃないですか。『転移したら死の荒野で迷子になりました』って」
「あら、魔王領の均衡を崩壊させる気かしら?」
「軽口、叩けましたね」
「嬉しいわ」
バシバシと互いの腕を叩きながら笑い合っていると、門番の波を掻き分けて1人の男が現れた。
くすんだ金髪に泥のように澱んだ青い瞳は、見られているだけで不快感を覚える。
『久しぶりね、辺境伯。相変わらず元気そうね』
『■■■■■■■■■? ■■■■』
『この子はゼルキア様の仰ってたガイア様よ。あまり舐めた口を聞いていると、貴方なんて塵も残らないけど』
『■■■■■■! ■■■......?』
『冗談? フフッ、そう思えるだけ幸せね』
そう言えば俺、魔人の言葉が分からないんだった。
あぁ、魔人というより魔族か。
何にせよ、人間の言葉で喋らないから何を言っているか分からない......が、腹の探り合いをしているのは分かるぞ。
2人は貴族だ。こんな辺境の地、しかも公爵にもなっている人達だ。そして......俺も。
「取り敢えず入れてもらっても? こんな所で下らない話をするより、中で特産品とか食べさせてくださいよ。領地なんでしょ? って伝えてください」
『あ〜......早く入れなさい。街が消されるわよ』
『■■■! ■■■■■......■■』
「意訳の塊じゃん。まぁいいや、行きますか」
辺境伯は血相を変えて兵を退かせ、俺に頭を下げた。
スタシアさんには頭を下げず、やはり貴族は面倒だと思いながら、俺はスタシアさんの手を取った。
こうすれば、多少なりともスタシアさんに気を向けるだろうからな。
「ガ、ガイアさん? ててて、手......」
髪色と同じくらい顔を真っ赤にしたスタシアさんは、凄まじい力で俺の左手を握りしめた。
「何照れてるんですか? ここでは俺の方が身分が高いみたいですし、俺を盾にするだけですよ」
「あっ......なるほど。すみません」
「いえいえ。それより、通訳お願いしますね。俺には魔族の言葉が分からないので、スタシアさんを信じます」
「はい、こちらこそ。よろしくお願いします」
何を考えてるんだ? この人。
俺を政治的に利用したいなら、それなりの覚悟を持って挑むことだな。
自身の地位の確立とか言うのであれば、地獄を見せてやるぞ。
◇ ◇
「お、美味しい! この見たこと無い虫、すっごく味が濃い! それにこの魚! サッパリしたソースとの相性が完璧だ!」
「ふふっ、良かったわね」
街の中心付近にあるレストランに案内された俺達は、最高級......ではない、普通の料理を食べていた。
街本来の魅力を知るには高すぎない店がいい。
身分とか待遇とか、そういうの大っ嫌いなんだ。
それでもと個室のレストランに案内した辺境伯は、見た目の割に気が利くのだろう。
「はい! この店は大当たりです! ただ難点を挙げるならば......腕が無いと食べにくいこと、ですかね」
「それは......すみません」
「いいんですよ、もう。帰ったらミリアに義手を作ってもらいますし、右腕を保存してくれていたら治せますので」
俺は本来、右利きで生活している。
物を食べる時も、刀を握る時も、基本的に右手を中心に生きてきた。
だが昔、レガリア時代の騎士訓練生の時に、ちょっとした事故で右腕が吹き飛んだことがある。
その時は死に物狂いで左手を使う練習をしたんだ。
今もその成果はきているが......戦闘しか上手く出来ない。
物を食べたりする時、まだ動きがぎこちないんだ。
「にしても美味しいですね。王国でも食べられないのかな?」
「難しいと思います。魔王領の強い魔力でしか育たない虫ですし、飼育することも出来ないので」
「いや、魚のソースの話です。虫はあっちでは人気出ないので、この酸味のあるソースは野菜にも肉にも合うので、王国で出したら絶対に流行ります」
このレストランを王国で出せば、一食銀貨1枚でも客が殺到すると思う。それぐらいには美味しい。
いつかミリアにも作ってもらいたいな、ご飯。
「......ガイアさんって、普段は何を?」
「普段は薬草採取と鍛錬をしてますね」
「いや、そうじゃなくて」
「過去の話ですよ。俺も大昔は公爵でした」
俺は視線を水に向けると、反射する空色の瞳の奥を覗いた。
この心だけを研ぎ澄ます感覚......自然と目が開く。
「善人には施しを。悪人には断罪を。そんな街を作ったら、滅んじゃいました」
「それは......まぁ」
「人を活かすなら長所を伸ばす教育が良いですが、社会を活かすなら短所を無くす政治にしなければなりません」
俺は今までに死んできた分、誰よりも失敗を経験している。
時には自分を殺し、友人を殺し、家族を殺す。
そんな結果になることも、1回や2回じゃなかった。
「食べ物は大事なんですよ。その土地独自の食材が地元民に好まれないと、街に住み続ける人は増えません。そして外部から来た人に美味しいと思ってもらえないと、その土地に興味を持つ人が増えません」
「興味?」
「はい。興味とは万能の原動力です。『あそこの店が美味しいらしい』『あの街の食べ物は王族も好む』そんな話が流れたら、旅人や商人の興味を買えます。もし商人がその食べ物を他の領地や外国に売れば......分かりますよね?」
「更なる発展」
「そうです。基本なんですよ、その土地の食べ物が美味しいというのは。それがこの街は出来ています。まぁ、領民の全てには行き渡ってはいませんが」
ここに来るまでの道のりでスラムの気配を感じた。
臭いや見た目でなくても、スラムで生活した経験があれば分かる、特有の黒い感覚。
懐かしい。スラム上がりの人生を思い出す。
「良い街ですよ、本当に。聞き耳を立てられるのは仕方が無いとして、辺境伯の犬が来ていることを除いて、ですけどね」
「え?」
俺はフォークを扉に向けて投げると、裏から苦しそうな呻き声が聞こえた。
「うわ、本当に犬だった。獣人は魔王領にも居るんだな」
『■■......■■■!』
穴の開いたドアを開くと、廊下で胸に刺さったフォークに苦しみ、のたうち回る犬獣人の女の子が。
もし足音から大人と判断して少し上に投擲していれば、この子の頭に刺さり、最悪死んでいたかもしれないな。
いや〜、危ないなぁ。これだから貴族は。
「ごめんね。君の言葉は分からないよ」
「その子、確かリデラの奴隷ね。耳が良いから高い金を積まれて動いたんでしょうが......人族語も分からないとはね」
「分かりませんよ? 魔族の言葉しか分からないと見せかけて、本当は今の会話を理解していたのかもしれません。ねぇ? 店員さん」
騒ぎに出向いた店員が女の子の手当をしながら耳打ちしているのを見て、店員の頭を蹴った。
『■■■!!!!!!!!!』
「ありゃ、フォークが深く刺さったか。運が無いね、君。相手も悪すぎる。ただのガイアお兄ちゃんとしてなら絶対にやらないが、アルスト家の顔ならば平気でお前を殺しちまうからな。怖いお兄ちゃんに手を出すのは辞めときなよ?」
貴族として社会に戦う戦士の目を閉じ、普段の冒険者兼学園生の目に変えてしゃがみ込み、俺は影から薬草を取り出した。
「はい、手当したよ。隠密技術は高いのに、応用力がまるで無いから、あの辺境伯には戦う練習をさせろと言うことだ。ほら、行きな」
店員を魔力の縄で縛り上げ、俺は女の子の頭を撫でてから店の外に向けて歩かせた。
血の跡が着いた服も綺麗にしたし、辺境伯が出せる証拠は粗方潰した。
『■■......■■!』
「ん? 何て?」
「ごめんなさいお兄ちゃん、だって」
「あっちも仕事だろうに。教育不足だな」
影の教育がなっていない。
相手を痛めつけて回復させ、本能的に気を緩ませてから俺が情報を抜き取ることだって出来るのに。
まぁ、6歳くらいの女の子にはキツい話か。
「今更ですけど、逃がしてよかったんですか?」
「勿論。どうせ街を褒めるくらいしか喋る予定が無いですし、影が通用しない相手と分かったでしょ」
「ある意味で力を見せつけた、と?」
「はい。それよりこの店員に今回の代金を払わせましょう。辺境伯は俺達がお金を持っていないのを読んで、ここの代金を理由に貸しを作るつもりでしょうから」
俺は店員の縄を消してフォークを眼球の前に突き出すと、店員は酷く震えながら頷いた。
やはり言語が通じるというのは怖いな。
連れている人が人だけに、面倒事が舞い込む。
「......負けた気分ね」
「安心してください。やられたから知っているだけです。そもそもアポ無しで来た時点で不利ですからね。今回は俺が助けます」
「ありがとう......ございます」
スタシアさんもスタシアさんで、貴族としての知識や教養が十分にあるが、貴族から転落する人生は知らないからな。
一文無しで他貴族の領地に入るなんて、相当な自信家じゃないと利用されて終わりだ。
「「ご馳走様でした」」
「いや〜、久しぶりのまともな食事って最高ですね! しかも1人じゃなくてスタシアさんと一緒ですし、楽しかったです!」
ひとしきり食べ終えた俺達は、内通者の店員に代金を支払わせ、密告すれば殺すとスタシアさんに言わせて店を出た。
「あら、狙っているのかしら?」
「何がです?」
「え?」
何を狙うんだ? あ、命を狙ってるとか思われてる?
右腕と転移の代償を払わせるなら、確かに命くらいなものだ。
でもこの人が死んだところで何も変わらないし、友達が死ぬのは嫌だからな。殺さないよ。
「さて、そろそろ行きますか」
俺はスタシアさんの手を取って歩き出すと、中央の道から逸れたタイミングでスタシアさんが足を止めた。
「ガイアさん、領主亭はあっちよ?」
「何言ってるんですか。挨拶はあの子が勝手にするので、もう領地を出ますよ。こんな所でゆっくりしてちゃ、サティスの入学式に間に合いません」
「えぇ......?」
「外壁を飛び越えます。そのまま数キロほど西に飛ぶので、ちゃんと掴まってるように」
左腕だけでスタシアさんを抱えた俺は、足から順に濃密な魔力で身体強化を発動させる。
久しぶりの全力だ。
街に穴が開くかもしれんが、俺からの挨拶としておこう。
「行きますよ......ふっ!」
「えっ、速ッ──!」
数歩の助走の後に飛び上がると、凄まじい暴風と共に俺達はリデラの街を去った。
家の屋根が吹き飛ぶ音が聞こえたが、許せ。
「次の街が楽しみですね!」
次回『トカゲ』お楽しみに!
ブックマークや☆評価、感想などよろしくお願いします!




