第57話 復讐の狼
◇ ◆ ◇
「ヒビキ、敵の情報は分かった?」
『いえ。そういうセナの方は?』
「分かんなかった。だ〜れもあの、紫色のバーン! を知らないって」
事件の日から半年が経った。
王都から東に位置する深い森の中。そこで1匹と1人......ではなく、2人の男女が炎を囲んでいた。
外はもう暗く、月明かりで照らされたセナの銀髪が輝き、その姿はまるで1枚の絵画のよう。
だがしかし、そんな彼女の心にあるのは灼熱とも言える復讐の炎。
ガイアを殺した敵を討つ。その一心であった。
『セナ。ガイア様の仇を討ちたい気持ちは分かる。だがその後はどうするのだ?』
「その後?」
『仇を討った後の、セナの生き方だ』
「う〜ん」
白のスカートの裾を掴み、セナは思案する。
自分がガイアを殺した敵を討ち取り、その日、或いはその数日後。セナ自身が何を目標に生きて行くのか、足りない経験で導き出す。
「......ガイアの所に行く」
『......本気なのか?』
「うん。だってガイアは、セナのご主人様だもん。ずっと一緒に居るって言ったもん」
弱肉強食。生物の強さを表すヒエラルキーの中で、人間を超え、頂点付近に位置するアセナの自決。
それは生態系を維持する面から見ても、大きな打撃だ。
世界に有するアセナの個体数はかなり少ない。
そんなセナが死ぬということは......最悪、魔物の波が生まれかねん。
『アセナの支配力を棄てる、と』
「うん。セナが居なくても、ツバキとミリアが居る。セナに怖がる魔物も、あの2人なら大丈夫」
『......俺には無理だと思うがな。この王国に生息する魔物の全て......とは言わないが、大多数が森や山から降りてくると、流石に力不足だと思う』
「そう?」
『あぁ。それこそ、ガイア様のような方が居れば話は変わるが、ガイア様は......』
「ふ〜ん」
セナはその強さ故に、数で押す魔物の怖さを知らない。
ヒビキはその弱さと経験故に、数で押す魔物の怖さを知っている。
これは考えれば分かる話ではない。天性の強さか、積み重ねた強さか。どんな強者であっても、この2つの道のどちらを歩んできたかで思考が分けられる。
軽く耳を整えたセナは、火に魔力を掛けて消化した。
そして狼の姿に戻り、焚き火の跡を掻き消してから草の上に丸まった。
『おやすみ。明日はもっと東に行くよ』
『セナも心を大切にな。おやすみ』
セナの影に入ったヒビキは、そのまま眠る。
静かになった森の中には、穏やかな魔力の流れと虫の鳴き声が響き渡る。
時に聞こえる呻き声も、自然の摂理の結果だろう。
そんな森で寝息を立てるセナだったが......突如現れた異質な魔力を感じ取り、目を覚ました。
「あぁ、こちらにいらっしゃいましたか」
『誰?』
例え眠っていても、対面した者を本能から震え上がらせるアセナを前に、ソレは一切の危機感を出さずにセナの前に歩み寄った。
「あのお方は......熊の次は狼ですか」
新緑の緑の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ、異質な魔力を持つ女は、そっとセナの頭を撫でた。
不思議と気を許したセナは数往復撫でられた後、この女の魔力を理解した。
『ガイアと同じ魔力?』
「えぇ。私はアルラウネですので。それも、あの方の魔力から生まれました。ですので私は......あの方の娘に当たります」
『あの方って、ガイアのこと?』
「そうですよ。私には、その名の口にするのが恐れ多いです」
『ふ〜ん。ミリアが産んだの?』
「王妃殿下の魔力も混じっていますので、貴女の言う通りでもありますが......王妃殿下とあの方の『魔力から生まれた』というのが正確な表現ですね。悲しいことに」
女は自身の魔力を指先に出し、セナの毛の先端に付けると同化し、セナの高い魔力の親和性からその魔力がガイアと酷似していることを証明した。
決して2人の名前を口にしない女に頭を傾げたセナは、鼻先でそっと女の手に触れた。
『で、誰? セナ、知らないよ?』
「ふふ、そうですね。私に名はありませんので種族だけでも。私は『変異精霊』のアルラウネです」
『へんい?』
「はい。変異精霊は言わば、制限の無い精霊。魔力を司る精霊とは違い、強い魔力から生まれた自由な精霊です」
一応、セナも精霊については知っている。
ガイアの大切な人であるミリアの魔力、そして前世の種族であったから、自分から興味を持って色々と聞いていたのだ。
だけど変異精霊については何も知らない。
今聞いた話でも、中々理解出来ない様子だ。
一所懸命に思考を巡らせていたセナだが、背後から近付く魔力に全ての意識を持って行かれた。
「制限が無いんじゃなくて、社会の輪から外れただけでしょ?」
声の主、それはセナもよく知っている、ミリアだ。
『ミリア!』
「セナ、家出はもう辞めなさい」
体を人間にしてミリアに飛び込んだセナ。
久しぶりに包まれる優しい感触に心を震わせ、ミリアの肩に小さく涙を零した。
「それで、そこの緑の女は誰かしら?」
「はい。私はアルラウネで御座います。森の王ガイア様、そしてミリア王妃殿下の魔力から生まれました」
一瞬、何を言っているのか分からないミリアだったが、前世の記憶を遡ると理解出来ることがあった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ねぇガイア。子ども、欲しくない?』
精霊樹の森で120年ほど生活していた2人は、少しずつだが生活に飽きが生まれ始めていた。
このままではガイアとの生活が楽しくなくなると判断したミリアは、思い切った提案を出した。
『こ、こここ、子ども!?』
『えぇ。まぁ、子どもと言っても精霊と人間とじゃ出来にくいし、魔力を練り合わせるくらいのことよ』
『何じゃそりゃ。っていうか、魔力練ったら子ども出来んの!?』
『子どもというより、精霊よ。私の魔力は精霊の頂点に立つ魔力だから、多分精霊を創り出すことも出来るわ』
『へぇ〜。それなら今すぐやるか。暇だし』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あれ......成功してたの?」
あの提案をしてから、何度も精霊の創造を繰り返したが、ミリアとガイアの手では成功しなかったのだ。
それが今、どうしてアルラウネとして、『森の守護者』として生きているのか、それはミリアでも分からない。
「私は偶然の産物でございます。王の死後、精霊樹の森に充満していた王の魔力、そして王妃殿下の散らばった因子が結び付き、私は生まれました」
「因子......なるほど。そういうことね」
ミリアの脳に映し出されるのは、ガイアを庇い、勇者の剣に貫かれた瞬間の記憶だ。
体が光の粒になって、魔力が分解される感覚。
きっとそれが因子なのだと。
「それで、貴女の目的は何かしら?」
「はい。私はセナに、王がご存命だと伝えに来た次第です」
「「......え?」」
突然のカミングアウトに、2人は固まってしまった。
無理も無い。セナはこの半年間、ずっと果ての無い人探しをしていたし、ミリアに至っては学園がガイアの墓を建てようとしているのだ。
2人の『ガイアは死んでしまった』という認識に、アルラウネが傷をつけた。
「い、生きてるの!? 場所は!?」
「申し訳ありません。存じ上げません。ですが、今も王の魔力は精霊樹の森に流れています。もしかすると、送り続けた魔力の尾が見えていないだけかもしれませんが......」
「「......そう」」
2人は知っていた。ガイアが精霊樹の森に魔力を流していたことを。
いつかあの場所に帰った時、また2人で暮らしたいと思い、溢れ続ける空色の魔力を常に送っていた。
その魔力量は膨大であり、アルラウネの言った『尾が見えていない』という可能性は十分にあった。いや、あり過ぎた。
2人の誤認の傷は、瞬く間に修復されてしまった。
「情報が確定次第、お伝え致します」
「えぇ。分かったわ......」
アルラウネが消え、再び重くなる空気。
抱き合っていたセナの腕も、もう殆ど力が入っていない。
このままセナを連れて帰り、せめて学園を卒業しよう。そう考えたミリアだったが──
「セナ、行くね。仇......討ちたいから」
「帰っては「もう帰らないよ」セナ......」
最後の別れだ。
これからはもう、王国を出て仇を探す。
そうなると、帰るまでに何年も、何十年も掛かる。
それ故に、これが最後の挨拶。
「えへへ、笑って。ガイア言ってた。『お見送りは笑顔で』って」
『ミリア......生きろ』
あの時、ミリアの手を掴んだガイアは笑顔でそう言った。まるで、彼女の人生を見送るように。
「うん、分かったわ。誰でもないガイアの教えなら、私も従う」
お互いに真っ赤に腫れた目元を拭い、口角を上げた。
「行ってらっしゃい、セナ」
「行ってきます! えへへ」
最後にミリアを強く抱き締め、セナは笑顔で振り返る。
涙はまだ我慢。寂しいなんて思わない。
これから先、もっともっと寂しい未来が待っているんだから、今ここで挫けてはいけない。
「待っていてね、ご主人様」
月を見つめた1人の少女は、1匹の狼となって森を駆けた。
覚悟を決めたモフモフ。果たして、いつ真実を知るのか──!?
次回『魔族の街』お楽しみに!
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