第56話 荒野に咲く花
サッ!
『はぁ、はぁ......! 足、速すぎます!』
「すみませんね。それより水晶はこれでいいですか?」
『はい......って粉々じゃないですか!!』
「そりゃあ、あの高さから落ちれば割れるでしょう」
スタシアさんという足枷を着けた俺は、『もしかしたら転移出来るかもしれない』という理由で、斬った杖を拾い直したのだが、魔力タンクの役割を持つ水晶が粉々に砕けていた。
俺、悪くないもん。
杖で殴ってきたスタシアさんが全部悪いもん。
正当防衛で杖を斬っただけだもん。
『これだと......戻れませんね』
「デスヨネー。それよりこの、頭に響くような声を出すの辞めてもらえませんか? 気持ち悪いです」
『あぁ、少々お待ちください』
スタシアさんの声は、何と表せば良いのか......あぁ、アレだ。エコーが掛かったような声をしているんだ。
マイクも無いのにエコーが掛かって聞こえることに違和感を覚え、さらに頭に直接響くような声なので不快なんだ。
絶対にこの人の本来の喋り方じゃない。それは確かだ。
「これで如何ですか?」
「バッチリですね。その声の方が綺麗じゃないですか」
「きれ......ごほん。では行きましょうか」
「行くって言っても......そろそろ朝ですよ?」
ここは極西大陸であり、レガリア王国との時差はかなり大きい。
向こうでは朝の出来事だったが、ここでは深夜に起きたことだった。故に、もうそろそろ夜が開けるのだ。
時差ボケをするとは思えないが、念の為に体力を温存しておきたい。
「太陽が昇るまでキャンプしましょう」
「ここで、ですか? この荒野は魔物が多く出現するのでオススメしませんよ?」
「誰がこの荒野に転移させたんでしょうね?」
「うっ......も、申し訳ありません」
「いいですよ、もう。それより魔物と遊ぶのは好きです。向こうから来てくれるなら、嬉しい限りですよ」
水は作れるし火もスタシアさんが起こせる。
だけど食料は影に入れている川魚だけ。これではダメだ。
しかし魔物という、食肉が自らやって来るのなら有難い限りだ。その点に於いてこの荒野は、この上ない食料調達地だろう。
「来ました、サイクロプスです。ここは私が──」
「いただきます」
俺は刈り氷で一つ目の鬼、サイクロプスの首を落とし、影に収納した。
「この肉は朝ご飯にしましょう。火は任せますよ」
「......あれ? サイクロプスは?」
「もう殺しましたよ。呆けてないで、後ろを見たらどうです?」
「後ろ?......きゃあ!」
ぼーっと突っ立ってるスタシアの後ろには、また別のサイクロプスが太い木の枝で出来た棍棒を振りかざしていた。
「帰りな。もう肉は十分だ」
『ゴグ......ゴガガ!!!』
「死にたいなら1人で死ね。俺は意味も無くお前を殺さない」
声に魔力を乗せ、全身から魔力を立ち上がらせることで威嚇しながらサイクロプスの棍棒を左手で受け止めると、サイクロプスは棍棒を捨てて逃げ出した。
「嘘ッ......!?」
「聞き分けの良い子でしたね。それじゃあ、朝が来るまで雑談でもしましょう。旅は長いですから」
声に魔力を乗せても逃げなかったのって、ヒビキとセナくらいか?
2人とも物凄く強い魔物だし、その点から見るにサイクロプスはそこまで強くないんだろうな。
あぁ、早く帰りたい。セナのモフモフに癒されたい。
◇ ◇
「え? アセナ?」
「そうなんですよ。もうすっごく柔らかくて、ふわふわで、サラサラで......一度触ると時間が溶けるんですよね」
「......これは......ゼルキア様のお話以上の方ですね」
太陽が荒野の全体に陽を差し始めた頃。
俺はイマジナリーセナを抱き締めながら、その柔らかさと温かさについて語っていた。
最初は珍しそうに話を聞いていたスタシアさんだったが、セナの種族がアセナだと聞くと、目を大きく開いて顎に手を当てた。
「ゼルキアも誇張してスタシアさんに伝えてるでしょうし、その情報はアテにしない方が良いですよ。それに、本人の前で人伝ての姿を語るのは失礼かと」
「確かに......そうですね」
「ちなみにゼルキアは何と言っていましたか?」
「ゼルキア様は『明るく、強く。優しく、賢い。人を惹きつける魅力があり、こちらが明るく接すれば彼も明るく接してくれる。心が沈んだ時、無理矢理にでも楽しそうに話しかけると、彼は本当に僕を楽しませてくれる』と。そう仰っていました」
モリモリに盛ったな、ゼルキア。
俺は明るくもなければ強くもなく、優しく出来ずに頭も悪い。
全てを否定する要素を持っているが、全てを肯定する要素も持っている。
俺は記憶している情報量が他人と比べ、圧倒的に多い。
何せ、今までの自分が持つ常識、感性、知識、経験など、あらゆる情報が何千年という時間の数だけ存在しているからな。
ん? 違うな。このゼルキアが指しているのは、河合樹が転生したガイアのことか。
「ゼルキアの言う通りの人物か、よく見極めてください」
「はい。是非とも」
「それじゃあ最後になりますが、何故敬語を使うように? 最初は普通だったじゃないですか」
スタシアさん、俺の名前を知ってから異様に恐れているというか、謙り始めたんだよな。
俺としては敬語を使わない方が親しみやすいし、出来ればもっとフランクに接して欲しいが......
「その......ゼルキア様が『彼が魔王領に来た時は最高の待遇をするように! 気持ちだけでも、僕より偉い人だと思ってね!』とも仰られたので......」
「あンの野郎め......要らぬ配慮を遺しおって......!」
い、嫌がらせか?
暗に『魔王領に来るな』と言っているのか?
俺はずっと魔王領に行きたかったというのに!
おのれゼルキアめ。人想いが過ぎる奴だ。
「敬語はもうやめてください。俺は自分の命を守る為に敬語を使いますが、スタシアさんは使う必要が無いです」
「命を守る為、ですか?」
「はい。俺にとって魔王領は知らない国ですからね。詐欺のカモです。そんなことより、こうして言語が通じているのもスタシアさんのお陰でしょう? 最初に話し方が違ったのも、言語の壁を取っ払う魔法でも使ってたんじゃないですか?」
「ご存知なのですか!?」
「知りませんよ。疑問形の時点で察してください」
あの声の響き方は、精霊樹の森でミリアが最初に話しかけてくれた時に似ている。
ミリアのように透き通った声ではなかったが、それでも性質くらいは分かる。あれは言語の壁を取り払うものだ。
「ゼルキア様......お許し下さい......」
「スタシアさん、ゼルキアのことが好き過ぎますよね。もう、好きというより執着に近いと自覚した方がいいです」
俺もだが、な。
ミリアを想うあまり、客観的に見て自分の首を締めていることに気が付かない時がある。
分からないんだよ。自分より相手が大切だから。
「分かり、ました......いえ、分かったわ」
スタシアさんの抱くゼルキアへの想いは分からない。
だけど、決して悪いものじゃないことは確かだ。
その気持ちを理解してくれたスタシアさんは、恐れた目で俺を見るのを辞め、1人の人間として見てくれた。
「では、改めて。よろしくお願いします」
「よろしくお願いするわね」
朝日が全身を照らし、関係の進展を祝福してくれたみたいだ。
◇ ◇
「ガイアさん! う、後ろ! 見て!!」
「なんですか、クソ暑いのに......え、何コレ」
歩いても歩いても変わらない景色を進んでいると、スタシアさんに手を引っ張られた。
何か大きな魔物でも来たのかと思って振り向くと、ある意味では魔物より恐ろしい光景が広がっていた。
「おぉ、お花畑だ。俺の脳内かな」
荒野を俺が足で踏んだ位置を中心に、大量の草花が生えている。
前方は荒野、後方は色とりどりな草原。
別段何もしていないにも関わらず、この死の荒野に何が起きているのだろうか。
「ガイアさん、何をしたんですか!?」
「何もしてないですけど」
「何もしてなかったら花が生えるわけ無いでしょ!?」
「さぁ......? 本当に分かりません。というより、面白いですね。転移した森から緑の足跡になっていますよ」
横幅は数メートルも無いが、俺達が歩んできた道に緑のカーペットが敷かれているようだ。
あ、今気付いたが、もしかしたら精霊樹の森が出来た時って、この現象が一点に集中したからなのか?
何が原因で自然の力が増しているのか不明だ。
だが、実験してみる価値はある。
「魔力が原因説を唱えましょう。この乾ききった土地なら、俺の魔力をグングン吸うはずですから、ちょっと試してみます」
俺はそう言って左手に魔力の塊を出すと、スタシアさんを下がらせてから左側に向けてぶん投げた。
飛沫を上げて着弾した魔力は瞬く間に乾いた大地に吸い取られ、着弾地点から凄まじい勢いで草や花、低木が生え始めた。
「「うわぁ......」」
砂漠の緑地化とはこのことか。多分違うけど。
でも、これで大体分かったな。
俺の魔力は植物に強く作用すると。
「急ぎましょう。ダラダラしていると森になって呑まれます」
「この荒野に緑が出来るとは......初めて見ました」
「スタシアさん?」
「何でも無いわ。行きましょうか」
いつになったら街へ着くのか。
魔王領の在り方が分からない俺は不安だが、スタシアさんが居れば安心だ。
彼女を護衛しつつ街で別れ、そこからは1人で走ろう。
今は遠い未来の話より、近い未来のことを考えねば。
「寂しい世界だ。全く」




