第55話 あまりに遠く
山椒、参照、参上? 第3章、スタートです。
「......痛てぇ、腕が無くなってる」
俺は激痛の根源である右腕を見てみると、二の腕の辺りから先が全て、寸分の狂いもなく真っ二つになっていた。
これは剣では成せない、魔法の業だな。
「薬草......クソっ、再生はしないか」
影に収納した薬草を取り出して右腕のあった場所に当てると、傷は完全に塞がったが腕が再生することは無かった。
護身用に刀を取り出した俺は辺りを見回すと、後ろには学園の森が。そして前方には、無限とも思える荒野が広がっていた。
「何だこれは......ん?」
『あら? あらあら? あらあらあらぁ!? どうして? どうしてどうしてどうして!? どうしてゼルキア様が居ないのぉぉぉぉ!?!?!?!?』
森の中から出てきた人影に意識を向けると、羊のような角が生えた、赤黒い髪に白い肌の女性が現れた。
咄嗟に木の影に隠れた俺は、盗み聞きをする体勢に入った。
『おかしい、おかしいわ! 私の魔術は成功した! なのにどうして!? どうしてゼルキア様が居ないの!?』
「ゼルキアを捜してる......のか?」
『ン〜?』
思わず言葉が口から出ると、バッチリと女性と目が合った。
......嫌な予感がする。
『だぁれ? ボク。私の転移で来たのかな?』
「......お前が森を飛ばしたのか?」
『お前、ですって?......まぁいいわ。でもおかしいわね......あの魔術だと、魔王クラスじゃないと一緒に転移しないはず......まさか、見間違えた?』
なんか、自分の世界に入り込んじゃった。
このまま放置してどこかに行くのも良いが、目の前に広がるのは何も無い荒野だ。
もしかしたら別世界の可能性もあるし、ここは転移をさせた本人と言う、この人に話を聞こう。
「すみません、お姉さん。ここはどこですか? 僕は森でテストを受けていたところ、ここに飛ばされたんですよ」
『......ボクちゃん、ゼルキア様を知ってる?』
「はい。ゼルキアは親ゆ......フッ、危ないですね」
俺がゼルキアの名を口にした瞬間、女性はどこからともなく杖を取り出し、俺の首目掛けて振りかぶる。
恐ろしいことにその杖は、音を置き去りにして振り切られた。
流石に音速を超える速度で殴られたら死ぬかもしれないので、安全を取って杖の先を斬らせてもらった。
カラン、と空色の水晶と湾曲した材木が地に落ちると、女性は何が起きたのか理解出来ていない様子を見せた。
「ゼルキアは親友です。彼が元魔王であることも、前世で何をしていたのかも知っていますよ?」
『......ふん。貴方、何者かしら?』
「ここはどこか、それを教えてくれたら俺も喋りますよ。お姉さん?」
左手で刀を持つ俺の姿を見た女性は、しばしの思案の後、俺に敵意が無いことを悟ってくれた。
『ここは魔王領の最東端にある、死の荒野よ』
よっしゃァァァァァァァァァ!!!!!!
別世界でも何でもなかった!!!
ただの魔王領だった!!!
やったぁぁぁぁぁあ!!!!!!!
ふぅ......落ち着け。ここで餓死するのを待つ未来が消えただけだ。家に帰るまでが遠足。そう、帰らないと。温かいお家に......!
「そうですか。俺は転生者で、前世ではゼルキアと友達になったガイアと言います。貴女は?」
『ガ......ガイ.........ア?』
俺の名前を聞いた途端、女性は俺を信じられないと言った様子で見てきた。
杖を捨て、何も持っていことを両手を広げてアピールした女性は、俺の体をペタペタと触り始めた。
ひとしきり触り、しゃがみ込んだ女性は、最後に俺の目を見て言う。
『失礼します』
深紅の瞳だった女性の双眸が赤く輝くと、そのままペタリ、と座り込んでしまった。
いや、違う。
座り込んだのではなく、跪いたんだ。
『......申し訳ありません。私はスタシア・スタシスと申します。現在は魔女公爵の爵位を賜り、領地の繁栄に尽力しております』
「......はい?」
やべぇ、言ってる意味が何も分からなかった。
名前が『スタシア・スタシス』であることしか理解出来なかったんだが?
『ガイア様のお話はゼルキア様からお聞きしております故、私めが敵意を持つことはありません。お約束します』
「ま、待ってください。どういうことですか? ひとつずつ教えてください」
突然の敬語に始まり、話の展開が全く分からない。
まず、ゼルキアから聞いていたってことは......前世の話だよな?
100年、いや110年前の話だが、純粋な人間じゃないから寿命が長い......のか?
「順番に知りたいことを知りましょう。俺が質問するので、スタシアさんは答えてください。その次に、スタシアさんが質問して、俺が答えます」
『はい』
一問一答。
お互いに知りたいことがあるなら、これが1番だ。
「ではまず、スタシアさんがゼルキアに俺の話を聞いたのはいつですか?」
『281年前です』
「細かいですね......ありがとうございます。質問をどうぞ」
281年前となると、俺がゼルキアと出会ってから30年くらい経ってからか。
俺の姿が変わらないことを知り、周囲の人に話したと考えよう。
『ゼルキア様はどちらにいらっしゃいますか?』
「レガリア王国のエデリア王立学園です」
『レガリア王国、ですか......』
というかスタシアさんがこの森を転移させたんだから、学園に居ることは把握してたんじゃないのか?
「次。スタシアさんは人間ですか? 獣人ですか?」
『魔人です。父はベルフェゴール、母はリリスです』
「そうなんですね。よく分かりませんけど」
『んなっ! ご存知ないのですか!?』
「はい。誰が何をしたとか、興味無いんで」
一応、名前は知っている。
ベルフェゴールが何か凄い悪魔で、リリスは何か凄い悪霊なんだっけ?
『では、その......私の質問は以上です』
「分かりました。じゃあ、ここはレガリア王国からどれくらい離れていますか? そう近くないのは分かっていますが、具体的な距離が分からなくて......」
『ここはレガリア王国のある中央大陸の西に位置する、極西大陸です。ここから中央大陸に行くには西に進み、大陸の東側から入るのが近いかと』
終わったな。なんだよ極西大陸って。習ってないぞ。
というか大陸に名前があること自体知らなかった。
今から全力で走っても、何ヶ月......いや、何年かかるか。
はぁ......どうしよ。
「え? そんな距離を転移させたんですか? スタシアさん」
『はい......ゼルキア様をお呼びすべく』
「じゃあ逆のことって出来ませんか? 俺をレガリア王国に送り返すのは」
『出来ません。私の魔力300年分を使って発動させたので、一方通行です』
終わった......本格的に人生詰みエンドかもしれない。
いや待てよ? もしかしたらミリアやゼルキアが迎えに来てくれるかもしれない。
ゼルキアは空も飛べたし、行けるんじゃ......あ、ダメだ。
今のゼルキア、魔王の時よりめちゃくちゃ弱ってるって言ってたな。空は2秒しか飛べないとか。
「分かりました。それじゃあ俺は行くので、さようなら。次に転移させる時は周りの人を巻き込まないようにしてくださいね。では」
急がないと。
のんびり歩いていたらミリアが悪い男に狙われるかもしれない。
それに2年も経てばサティスが学園に入学する。
サティスの制服姿を見たい。きっとサティスは『こんなに成長したんだよ』って言うはずだから。
家族を大切に。俺の信念だ。
『ま、待ってください! 徒歩で戻る気なのですか!?』
「それ以外無いでしょう? 俺は空も飛べなければ転移も出来ない。影食みも満足に使えないカスですよ?」
『え?......影食みをご存知で?』
「はい。相棒から教えてもらいました」
そういや、ヒビキも誰かに教えてもらったとか言ってたな。
なんだっけ......アナスタシア? 違うな。もっと短く......スタシア、みたいな......あ!!
「スタシスだ! 貴女がヒビキに影食みを教えた人か!」
『ヒビキ、とは?』
「天鬼ですよ。鬼神とも言われる。150年前に教えたんでしょう? アイツ、今は俺の右腕として頑張ってますよ。まぁ、物理的な腕は無くなりましたが」
ジョークだ。笑ってくれ。
『天鬼......まさかあの、刀を持った?』
「そうです。俺の刀は、その天鬼から頂いた物です」
スタシアさんはヒビキの存在を頭に浮かべると、ウットリとした表情で笑みを浮かべた。
確かヒビキが助けたんだったか。
何があったのかは聞いてないが、スタシス女公爵を助けたと言っていたはずだ。
さっきは『魔女公爵』と言っていたが、何か変わったんだろうか。
「って、そんなことはどうでもいいや。俺、もう行きますね。ゼルキアには伝えておきます。んじゃ!」
今はスタシアさんと話すより、王国に戻らないと。
あまりに遠い場所に飛ばされたが、戻れないことはない。
自分の力を最大限に行かさないとな。
よし、身体強化のギアを徐々に上げて走るか。
『待ってください! 私、私も!!!』
「無理です! 自分の魔法で何とかしてください!!」
『転移出来ないんですよ! 杖を壊したじゃないですか!!!!』
「あっ」
そう言えばそんな物を壊した気がするな。
もしかして、アレが無いと魔法が使えないとか、そんなタチ?
「うへぇ、正当防衛が足枷になるとか最悪だ......」
次回『荒野に咲く花』お楽しみに!




