第54話 旅立ち
「これより5人班を8つ作り、裏の森で2泊3日過ごしてもらう。森の中には川があり、果物もあるが......勿論、毒のある物だって存在する」
「授業で習ったことを活かして、生き残ってくださいね!」
「それでは10分で班分けと役割分担をしてもらう。始め!!!」
Aクラスのほぼ全員が大量の荷物を持ち、誰と班を作るか話し合い始めた。
仲良しグループで集まる者。
成績優秀者で集まる者。
問題を避けるために同性で集まる者。
一見ちゃんと考えている風に見えて、皆、森の生活を舐めて掛かっていた。
「先生、採点基準は?」
「おはようございます、ガイア君。採点基準は試験終了時の健康状態と何を行動したか、ですよ」
「ありがとうございます」
ふむ。長い間森で暮らした経験がある俺とミリアは別々の班になった方が、周りの人間に恩恵がありそうだな。
感情としては離れたくないが、それで怪我人や死者を出してはダメだ。
「俺、ミリア、ゼルキアは別れるぞ。経験が違い過ぎる」
「それもそうね。じゃあ、私はセレス達と組むわ」
「なら、僕は適当な所に行くよ。またね!」
ゼルキアは早々に離れて行き、ミリアは俺をギューっと抱き締めてから、セレス達貴族の集まる班へと入って行った。
「俺はどうするかね......」
周りを見れば、もう殆どの......あれ? 全員決まってね? 俺だけ1人ぼっちじゃね?
あっ......オワタ。
「時間終了だ。それでは森に行くぞ」
「せんせ〜い、ガイア君が1人ぼっちで〜す」
なんだコイツは。
誰かは知らんが、男子が物凄くウザイ口調で報告し始めたぞ。
「ん? では教員チームに来い」
「せんせ〜い、ガイア君はすっごく強いらしいですし〜? 先生と組んだら絶対に満点取っちゃうじゃないですかですかぁ」
黙れよ、点数取れない奴。
そもそも教員と組めば点数が稼げると分かっているなら、何故お前は教員と組まないんだ?
あぁ、そこまで頭が回らないのか。可哀想に。
「先生、俺は1人でも大丈夫ですよ。これでも冒険者として森で生活したことはあるので、経験はあります」
「ダメだ。安全上認められない」
「では歩くのが1番遅い先生と組みます。それなら安全上も、先生達の見回りも含めて良いのでは?」
ここまで来たら、誰よりも人数が少なく高得点を取ってやる。
ウザイ口調で話してた男子、精々頑張るといい。
俺は1人の方が動きやすいし、早く思考も出来る。
団体行動の練度を見るテストじゃないんだから、俺にとってはアドバンテージだ。
「それでは私がガイア君と組みます」
「アリス先生が?」
意外だな。この人は普通に動ける人だろう。
「はい。ガイア君が寝ていた分の授業の補習もしますし、一石二鳥じゃないですか?」
「......お前、寝てたのか?」
やめろよ先生。剣術の授業中、鋭い眼光を飛ばしてくるの我慢してるんだから、威圧するような声を出すなよ。
大体、俺はテストの為に最近は真面目に授業を受けてるからな?
「まぁまぁ。安全面も私の魔法なら大丈夫ですし、いいでしょう?」
「......はぁ、分かりました。ではアリス先生はガイアをお願いします」
さて、どうしようかな。
森で1日生き延びるだけなら飲まず食わずでも大丈夫だが、途中のアクションで点数が加点されるみたいだし、狩りか採取か釣りか、悩むところだ。
「2泊3日、頑張りましょうね!」
「え? 1泊2日じゃないんですか?」
「......ガイア君、先生怒りますよ?」
え? 本当に2泊3日......ハッ! 思い出した!!
いや、思い出したって言うより、さっきあのガタイのいい先生が言ってたわ!
「じょ、冗談ですよ。もうふざけません」
「それならいいですけど」
本気と書いてマジと読む、でした。ごめんなさい。
そしてテストに参加する全ての教員が前に出ると、大きな声で出発の合図が出された。
「それでは出発だ! 1班から順に森に入れ!」
2泊3日、頑張るしかないか。
◇ ◇
「が、ガイア君......待っ、て......ぇ」
森を歩くこと1時間。
慣れた感覚で進んでいると、無理にペースを合わせようとしたアリス先生がダウンしてしまった。
「水よ、我が魔力を糧に顕現せよ。はい、水です。それ飲んで休憩してください」
「ありがとう......ございます」
習った詠唱を適当に使いながら、無詠唱で土でコップを作り、水を入れた。
コップの出処を聞かないあたり、上手く隠せたな。
「はぁ、はぁ。森って案外しんどいですね......」
「初めてなんですか?」
「はい。先生、ずっとお勉強ばかりしていて、こうして長時間森に入ることは無かったんですよ......」
「そうなんですね」
ダメだこりゃ。
直ぐに再開しようと思ったけど、予想以上にアリス先生の消耗が激しかった。
1番足が遅い人とは言ったが、1番体力が無い人だったな。
仕方ない、川の音は......生身じゃ聞こえない範囲だが、一度仮拠点を作るとしよう。
「先生、拠点作りをペットに手伝わせるのはアリですか?」
「ペット?」
「はい。狼のペットが居るんですけど、その子に手伝わせてもいいですか?」
「狼? まぁ、出来るのなら......どうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、セナ。薪を集めておいで」
『うん!』
影からニュっと出てきたセナは一気に本来の姿に戻り、俺の指示通りに薪を集めに走って行った。
俺はセナを見送った後、チラッとアリス先生を見てみると......案の定、目玉が飛び出るくらい見開いていた。
狼は狼だが、聖獣だとは思わなかっただろう。
「先生、先生? あれ......気絶してる」
『一般人に狼、それも本来のセナの姿となれば、良くて棒立ち、悪くて失神、最悪はショックで死ぬでしょう』
「そんなにか?」
『聖獣とは呼ばれてますが、強力な魔物です。あのツバキ嬢でも一筋縄ではいきませんよ』
「そんなにか......」
ツバキさんでも苦労する。そんな魔物が何故俺に懐いたんだか。
セナに聞きたいことは山ほどあるが、今はいい。
長い時間を共に過ごすのだから、焦って何かを聞く必要は無いからな。
『がいあ、もってきた!』
「ありがとう。先生がセナを見て気絶しちゃったから、小さくなって傍に居てやってくれないか?」
『うん! せんせ、まもる!』
「ありがとうな」
ガラガラと40本程の枝を地面に置いたセナは、木にもたれかかって意識を失っている先生の傍で座った。
番犬にしては可愛い見た目だが、ヒビキが言うにはツバキさんでも苦労する魔物。
ヒビキを信じる俺からすれば、頼もしい相棒だ。
「よし、竈完成! あとは食料の確保だな」
『俺が探してきましょうか?』
「やらなくていい。これは俺のテストだからな。先生に許可を取ったのも、セナだけだ」
『では、大人しく待っておきます』
「ごめんな。ありがとう」
手早く石を掻き集め、魔法で強化して繋げた低い壁に、空気の通り穴を確保して薪をくべた俺は、火を起こすべく、太陽光の差す木々の隙間へとやって来た。
魔力を薄く伸ばし、レンズ状にすることで虫眼鏡を作る。
そして魔力を通して増幅された太陽光を、先程くべた薪に照準を合わせる。すると──
バチッ!
一気に枝が炭化し、小さな穴が出来てしまった。
どうやら太陽光を強化しすぎたらしい。
改善点が分かれば大丈夫。
2度目で程々に抑えた太陽光を枝に向ければ──
「よし、着火完了。俺だって頭を使えば火を起こせる」
最初は弱かった火も、セナが拾った薪を燃料に温かい炎へと姿を変えた。
「セナは先生を守っていてくれ。俺は食べられる木の実や魚を取ってくる」
『いってらっしゃい』
「あぁ、行ってきます」
焚き火がある程度安定してたら、セナの頭を撫でて森を走る。
身体強化と影食みの使えるこの体なら、誰よりも速く、大量の食料を集めることが可能だ。
そうして森の中を疾走していると、川に出た。
川の付近には幾つかの班が拠点を作る準備をしていた。
「おい、川の近くに拠点を作るな。雨が降って増水すれば、拠点諸共お前らも流されるぞ」
「......チッ、うるせえよ」
「授業で学んだことが全てだと思うな。それじゃ......あと、拠点を作るならあそこを進んだ所が良い。少し開けているから、薪も集めやすいぞ!」
一応の忠告はしたが、やはり俺は嫌われ者らしい。
誰も一人として聞く耳を持たず、そのまま拠点作りを再開した。
まぁ、雨の匂いもしないし、大丈夫だと思うが。
「魚発見。上流は誰も来ていないし、2食分頂きます」
川の上流は水が澄んでおり、大量の魚影が見える。
4本の魔力の糸で川の表面に四角い枠を作り、4本の間に魔力の糸を通し、大きな網にして引っ張り上げた。
「大漁だな。だけどこんなに要らない。リリースリリース」
何十匹と掛かった魚を逃がし、15匹程度だけ下処理をして影に入れた俺は、直ぐに拠点へ向かって走った。
「ただいま」
「ひゃあ! お、おかえりなさい......ガイア君」
拠点に戻ると、アリス先生がセナをモフりモフっており、恥ずかしそうに手を振った。
「昼ご飯の魚です。俺は野草と果物を取ってくるので、適当に食べてください。あと、セナ......そこのワンコにも1匹あげてください」
『おさかな!?』
「そうだぞ。セナは魚が好きだからな。美味しく食べ......ッ!!!!」
魚に枝を刺して焚き火の前に並べた瞬間、森の鳥達が一斉に飛び出した。
空には紫色の幾何学模様が浮かんでおり、明らかに『魔法陣』と言いたくなる見た目をしていた。
「な、何ですか......これは」
「ヒビキ! セナ! 範囲内の人間を外へ出せ! 急げ!!!!」
このまま放置するのはダメだと判断した俺は、直ぐに2人に指示を出し、全力で生徒達を森から避難させるよう動かした。
「先生、荒いですが許してくださいね!」
「え? え?......きゃぁぁぁぁぁあ!!!!!」
火に魔力をぶっかけて消火した瞬間、アリス先生をお姫様抱っこで抱え、全開の身体強化で森を抜けて運動場に置いてきた。
1人救助するのに15秒。遅すぎだ。
もっと......もっと早く!!
「イメージしろ......もっと早く、もっと強く」
思い描くは強力なロープ。
例え大人10人が体重をかけてもビクともしない、とても頑丈なロープ。
「これは......どういう、こと?」
全身から魔力を出し、その全てを糸に変え、紡ぐ。
そんな俺の姿を見た先生が、驚愕の表情で言葉を漏らす。
速く、早く、速く、早く!!!!!
「フッ!!!......20人ッ!!!!!」
全力で運動場から跳躍した俺は、森に向けて先程作ったロープをぶん投げた。
ロープを成す1本1本の糸を操り、森の中に居る生徒に括り付け、20人の人間を繋げることに成功した。
「お......ら゛ぁ゛ぁぁぁぁぁ!!!!」
体が落下に向かう前にロープを握りしめた俺は、下へ落ちる力と共に一気にロープを背負い投げた。
すると繋がれていた大量の生徒は森の木々を突き破って空へ投げ出され、糸1本に繋がれた命綱のせいで運動場へと落ちてくる。
「受け止めろぉぉぉおおおお!!!!!」
影を経由して精霊樹の森に貯蔵されていた魔力。
これから自身の肉体の外へと溢れ出ていく魔力。
学園生活の合間に溜め込んでいた影の中の魔力。
その全てを一気に放出し、20人の生徒を柔らかな空色の液体で受け止めた。
「はぁ......はぁ......先生、殆どは擦り傷です。治療を」
「......あぇ?」
「俺は残りの生徒を助けます」
よかった、まだ魔法陣は発動していない。
『がいあ! いっぱいはこんだ!』
『ガイア様! 残りはゼルキア様とミリア様の班だけです!』
「よくやった! あとは任せろ!!」
森の入口で教員含め10数人を運んでいるヒビキ達とすれ違うと、有難い報告と共に物凄い速度で入れ替わった。
ロープに使った糸を探索用に解いて森に飛ばせば、ゼルキア達はもう森の外に避難していることを確認した。
「ミリア! ミリア!! ミリアァァァ!!!」
「ガイア!!!」
全力で声を出して森を走っていると、ミリアの声が聞こえた。
道中にある木を全て、魔法で切り刻みながら進んでいると、セレスともう1人、忍者のような格好をした女子が足を怪我している様子だった。
学園の制服じゃないとは珍しい。
「ガイア、この2人を先に「ヒビキ」......ありがとう」
影からヒビキを出して怪我人を運ばせ、俺はアリアを抱き抱えて走り出した。
俺の後ろにはミリアが居る。
やはりミリアの身体強化は素晴らしい。
全力じゃないとはいえ、俺に着いて来るのは流石としか言えない。
そんなことを思いながら走っていると、上空の魔法陣が強く輝き出した。
「クソっ! ごめんアリア!」
俺は魔力でアリアの体を包んであげると、その場から全力で運動場に向けてアリアをぶん投げた。
あぁ、マズい。もう時間が無い。
あと2歩という所で俺は体を反転させ、ミリアの手を掴んだ。
そしてミリアの体を押してやると、丁度そのタイミングで、魔法の効果範囲を示すように、紫色の光のカーテンを作った。
「ガイア!」
「ミリア......生きろ」
その瞬間、俺の視界は紫色に光り、意識を失いかける程の激痛が走った。
◇ ◆ ◇
「......嘘......でしょ?」
突き飛ばされたミリアが握るのは、愛する人の右腕。
比喩表現でも何でもない、本当の意味での右腕。
赤い液体を流し続けるその腕は、ミリアの手を握ることはない。
『ガイア様っ!!!......え?』
「なに......これ。ねぇミリア、ガイア......ガイアは?」
学園側から走ってきたヒビキとゼルキアは、ぺたりと座り込むミリアの傍に駆け寄ると、前方の景色を信じられずに居た。
「『森が......消えてる』」
丁度、魔法陣の囲った範囲。
大きさで言えば半径500メートルほど。その範囲内にある森や川などが、綺麗にゴッソリと無くなっていた。
「......ねぇ、ミリア。その手にあるの......」
「ぐすっ......がいあ......がいあぁぁぁ!!!!」
ミリアの悲鳴のような泣き声と共に抱き締められているそれは、紛れもない、親友の右腕であることに気が付いたゼルキア。
「嘘......だよね?」
『ガイア様! ガイア様!......くっ、影が!』
何としてでもガイアの傍に戻ろうとしたヒビキだが、何度影に入ってもガイアの元に移動することが出来ない。
『がいあ? がいあ〜?』
ミリアの悲鳴を聞いてやって来たセナ。
彼女は最も敬愛し、恐れている主の匂いの元へと駆け寄ると、そこに主の姿は無かった。
『みりあ。がいあは?』
「うぐっ......ぐすっ......これしか......無いの」
『え? ガイア......死んじゃったの? 嘘だよね?』
酷く人間らしい困惑の声を上げたセナに、思わずミリアは顔を上げた。
「セナ?」
『誰? 誰があの方を......? 誰がセナのご主人様を殺したの? 誰がッ!!!!!!』
憎悪の篭った声に、その場に居る3人に緊張の糸が張る。
普段は聞くことがない、セナの怒りの声。
聞いたら命は無いと思える、強き魔物の声。
そのあまりの気迫に3人は、固まることしか出来なかった。
『殺す......殺してやる。絶対に殺すッ!!!』
誰よりも早く、誰よりも強い復讐の炎を纏ったセナの口は、強く歯を噛み締めたせいで血に塗れていた。
『ミリア。その腕ちょうだい』
「え?」
セナは、困惑するミリアからガイアの腕を奪い取り、白く綺麗な牙を使って丁寧に制服を外すと、地面にそっと腕を置いた。
『......いただきます』
そう言ってセナは、ガイアの右腕を喰った。
その言葉と信じられない光景に、3人の思考は固まってしまった。
1頭の狼が人間に懐き、その人間の腕を喰らう姿など見たことが無い。
大切に、されど狼らしく肉を喰らったセナは、体毛が全て空色に染まり、肉体の造形を変えた。
「「『......え?』」」
「ご主人様。仇は討つからね」
先程まで狼の姿だったセナは、白銀の髪に空色の瞳を持ち、頭には狼の耳を、腰からは狼の尻尾を生やした、獣人の姿へと体を変えた。
聖獣と呼ばれる魔物、アセナ。
その生態は肉食の狼とされ、戦闘能力、学習能力、適応能力の高さから《幻級》の魔物としてギルドに認定されている。
だがしかし、本来のアセナはただの狼と変わらない強さである。
では何故、《幻級》と言われるのか?
それはアセナの持つ、『喰った者の力を得る』性質にあった。
セナは普段、ガイアの影に入り、影の空間を構築するガイアの魔力を喰い、力を得ていた。
少量の魔力摂取で言語を扱えるようになった程の生物が、人間の肉体を喰らえばどうなるか?
「人間の体は強い。ヒビキも言ってた。だからセナも、人間になる。人間になって強くなって、ガイアを殺した奴を......殺す」
アセナの持つ能力を使い、セナは人間となった。
いや、正確に言えば......人間になれるようになった。
今やセナは、移動時は狼の姿に、戦闘時は人間の姿を取れる、この世で唯一の化け物だ。
「ミリア、ゼルキア。待っててね。セナがやるから」
そう言い残したセナは、ミリアとゼルキアを抱き締め、固まるヒビキを連れて歩き出した。
2人は言葉を残さない。否、残せない。
例え精霊であっても、魔王であっても有り得ない光景を目にした2人は、言葉を残す力も残っていなかった。
「バイバイ、ガイア。大好きだよ」
これにて第2章は終わりです。
次回は第3章.....に入る前に、登場人物紹介です。
勢い余って文字数が増えちゃいましたが、楽しんで頂けていたら幸いです。では!
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